第45話 とある双子の壁
「千夜くんも一夜くんも、非常に優秀なお子さんでして……」
「いいえ。成績云々はともかくとして、この子たちには、それぞれ大きな問題があります」
三者面談ならぬ四者面談にて、僕たち双子は早くも苦境に立たされています。
***
一夜との三年ぶりの喧嘩から、約三週間ほど経った。今ではいつもの仲良し(?)双子に戻っていて、普通に楽しい毎日を過ごしている(つもり)。
本日の日付は十二月二十五日。つまりはクリスマスである。そして、僕と一夜の十六回目の誕生日でもあり、二学期最終日の終業式でもある。
なかなかどうしてイベント三昧な今日だが、実はもう一つイベントがあった。それは、
「こんにちは、吉永先生。いつも息子たちがお世話になっております。本日はどうもよろしくお願いいたします」
「いえいえ、こちらこそ。息子さんたちの日々のご活躍には、担任である私も舌を巻いております」
学期末に行われる、三者面談である。
とは言っても、僕と一夜は同じクラスで双子なので、いつもセットで四者面談とされている。
面談の場所は我が一組の教室。いつもなら三十九人分の机が一定の間を挟んで並べられているのだけれど、今日は真ん中の四つの机をくっつけて使われている。
その机を挟んで向かい合っているのが、僕たち双子とその母――姫宮かぐや、そして我らが担任教諭吉永先生である。僕たちは母さんを挟んで椅子に座り、吉永先生と向かい合っている。
相変わらず可愛らしいショートボブと温和そうなタレ目の吉永先生は、なぜだか妙に緊張した面持ちだ。
さてさて、この四者面談は今回で二回目。前回は夏休み三日目にしたんだっけ。
前回は、吉永先生が僕たちの成績とか素行とかを簡単に母さんに話して、通知表をくれたんだったかな。多分、今回の面談もそうなるのだろう。――と思っていた。母さんに、僕の痛すぎるところを指摘されるまでは。
「千夜くんも一夜くんも、非常に優秀なお子さんでして……」
「いいえ。成績云々はともかくとして、この子たちには、それぞれ大きな問題があります」
前半は普通だった。一夜は母さんの左隣で面倒そうな表情を隠そうともせず、始終無言だった。僕は僕で、先生が話す、僕たちの学校生活の過ごし方に補足をしたりするだけで、あまり話すことはなかった。
それなのに、母さんの発言によって僕たちは劣勢に立たされることとなった。
「一夜はサボり癖が酷いです。いくら成績が良くても、これでは満足に褒めることもできません」
母さんは、自分の左側に腰かけてあからさまに不機嫌な様子の一夜を睨みながら、そう言った。それに対し、吉永先生は苦笑しながらあいまいに頷いた。
母さんの鋭い指摘はまだ続く。
「千夜は千夜で、授業の出席率は良いものの、毎度のこの成績は一体どういうことですか」
「……あ、あの……姫宮さん……お言葉ですが、千夜くんは非常に優秀でして……」
お、吉永先生がフォローをしてくれた!
だけれど、そんな弱々しいフォローじゃ、母さんの毒舌は止まらない。
「吉永先生、うちの息子を高く評価して下さっていることに関しては、感謝してもしきれません。――ですが、」
母さんはそう一旦言葉を切ると、右隣の僕を一睨みし、僕の成績表を開いてこう言った。
「全教科九十九点だなんて、零点を取るのと同じレベルで難しいですよ」
もしくはそれ以上に、と付け加えた母さんは、心底呆れた表情だった。それに対し、僕と吉永先生は何となく顔を見合わせて、乾いた笑いを浮かべた。
「……いや、だってさ……」
「何ですか? 何か正当な理由でもあるのですか?」
言い訳をしようとする僕を、母さんはさらに睨みつけた。……恐いよ、母さん。
「今回は、本っ当に頑張ったんだよ。終わってからも何度も見直しをしたし」
「では、なぜこのような結果になったのですか?」
尚も言いつのる母さんに、僕は若干恐れおののいて少しだけ距離をとった。それでも、何とか絞り出した言い訳を言いたいと思う。
「えっと、まずは英語。自由英作での"different"【異なる】のスペルを、"f"を一つ書き忘れて"diferent"にしちゃって。それで一点マイナス」
「……他は?」
なぜだろう。母さんの額に怒りマークがついているような気がする。
僕は口元をひきつらせながらも質問という名の尋問に答えていく。
「現代文は漢字の書き取りで、"簿記"の"簿"を"薄い"の"薄"って書いちゃった。古文は"清少納言"の"清"を"生命"の"生"に」
僕の言い訳という名の説明はまだまだ続く。
「数学は確かマイナスの書き忘れだったかな。生物は"細胞"の"胞"を"抱擁"の"抱"にしちゃって、世界史は"コンスタンティノープル"を"コンスタンティープル"に「もういいです。よく分かりました」……ハイ」
母さんは僕の言葉を遮ると、深い深い溜め息をついた。吉永先生はあからさまに僕と母さんから視線を逸らし、一夜は呆れてものも言えないというような表情だった。
母さんたちの反応を見て、僕は僕で苦笑いをすることしかできない。
「……あはは、母さん、その……えっと……」
僕はとりあえず、
「ごめんなさい」
と一言だけ謝っておいた。
すると母さんは、もう一度深い溜め息をついてこう言った。
「とりあえず、まずはケアレスミスを無くす練習をしましょうか」
こうして、僕と巻き込まれの一夜の前に、見えない大きな壁が立ちはだかることとなったのだ。
「……最悪な誕生日だな」
本日初めての一夜の声は、僕に対する呆れと同情が込められていた。