第39話 とある双子のゴミ掃除
「――ねえ、一夜」
「……」
「あれ、ヤバくない?」
「……」
***
僕と一夜は、病院からかれこれ一時間弱ぐらい歩き続けていた。
幸い、今日は雲一つない快晴なので、歩くのには何の支障もない。ちょっと寒いけれど、太陽の暖かい日射しのおかけでかなり快適だ。
そんな日射しに助けられていた僕たちは、今は長い帰り道の中で見つけた古い神社にお邪魔している。
残念なことに、この神社の名前は分からない。住職さんはいないし、何より名前が彫られていたであろう石碑は、表面がなぜか削られていて読めなかった。
おまけに、本殿自体も古かった。お賽銭箱は壊されていて中身はないし、所々ペンなどでカラフルに落書きされているのはなんだか痛々しい。
本殿の周りは雑草が伸びきってて空き缶などのゴミが散らばってるのも嫌な感じがする。
僕はこの神社の前を通りかかった瞬間、思ったんだ。
――お参りしよう。
今日の僕たち姫宮兄弟の不幸っぷりは凄まじい。だからこそ、神社でお参りをして厄祓い(?)をしてもらおうと思ったのだ。ついでにゴミ拾いもしよう。
「一夜、これにゴミ入れてまわって」
「……」
僕は学生鞄から二つの大きめのビニール袋を取り出して、そのうち一つを一夜に手渡した。一夜は一瞬怪訝そうな目付きで僕を睨んだものの、結局文句も言わずにそれを受け取った。
ところで、なぜ僕はビニール袋を持ち歩いていたのか。その理由は、母さんの昔からの方針のせいであった。
母さんは常にビニール袋やゴミ袋を持ち歩き、道端に何かゴミが落ちていれば拾う。そんな癖……というかポリシーみたいなものを持っている。そのために、僕たちも週に一度は必ず袋を持たされるのだ。
……そんなわけで、僕たちは早速ゴミ拾いを開始した。
まずは入り口の鳥居付近のゴミを探しだした。とは言っても、大して目を凝らすことなくすぐに見つかった。
僕はブレザーの袖を上げて袋を片手に、空き缶やコンビニ弁当などのゴミを拾っていく。一夜も黙々と僕に倣った。
「……なんか、あっという間に満杯になっちゃったな……」
「……」
ほんの数分後。鳥居の周りを一周しただけで、大きかったはずのビニール袋はすぐに膨らんでしまった。一夜のも同様だった。
僕は深い溜め息をついて、石段を上って本殿に向かった。そして、腐りかけなのかギシギシと嫌な音を響かせる本殿に座りこんだ。
「なんだか……精神的に疲れたよ……」
「……」
うなだれている僕に、一夜は相変わらず無言で同意してくれた。
本っ当に今日は嫌な日だよな。携帯電話は壊れるし、バスには乗り遅れる。食中毒のお婆ちゃんをタクシーで病院に運び、そのおかげで破産。公衆電話で学校に連絡したらなんと抜き打ち避難訓練で誰も出ない。挙げ句の果てには、古びた神社で終わりが見えないゴミ拾いだし……。
僕は今日一日の不幸な出来事を思い返すごとに、また溜め息をついた。それからふと顔を上げて一夜の様子を窺うと、なぜか本殿よりも向こう側の木が生い茂っている場所を鋭く睨んでいた。
何事かと思って僕も同じところに注目したけれど、特に何も見当たらない。あるのは、ちょっとした森みたいな暗い茂みぐらい……って――
「……一夜……」
「……兄貴、隠れるぞ」
僕はここで、やっと一夜が何を睨んでいたのかを理解した。僕は慌てて一夜に言われた通りに本殿を盾にして隠れた。
さて、もう一度じーっと目を凝らしてよく見てみよう。僕は一夜ほど視力が良くないので、すぐには気づかなかった。けれども、一度見えたものが見えなくなることはない。
茂みの陰から、三人の学ランの高校生が現れた。どこの制服かは分からない。多分、この辺りの高校の生徒だと推測する。
その三人は、なかなか個性的な格好をしていた。学ランの前を開けていて、その下にはTシャツを着ているようだ。面白いことに、僕から見て右側にいる人は赤Tシャツ、真ん中は黄色Tシャツ、左側は青Tシャツだった。
……信号機ですか? それとも特撮ヒーローですか? 笑えるんですけど。
Tシャツはさておき、彼らは全体的に面白かった。今時あんな格好の不良なんかいるのだろうかってぐらいに。
髪は金髪だったり銀髪だったり、ツンツン立ち上がっているかと思えば天パもいる。三人とも、ピアスやアクセサリーがじゃらじゃらとしててウザい。びっくりするぐらいにウザい。
そんな彼ら三人は、どう見たって神社にお参りするような信心深い若者には見えない。ならば、なぜ彼らはこんな所で油を売っているのか(人のこと言えないけど)
それは、木に隠れてよく見えないものの、そこの陰に座りこんでいるもう一人の男子高校生が原因なのだろうと思う。
僕は体を少し横にずらして、陰に隠れてしまっている少年の姿をよく見ようとした。けれども、一夜は僕の襟首を引っ張ってそれを制した。
……痛いんだけど。
「――おい――調子こ――!!」
「さっさと――出せこの――が!!」
「痛い目――金――いい加減に――!!」
……全部聞き取れたわけではないけれど、大体の状況は理解できたかな。これはカツアゲだ。
信号機三人組(勝手に命名)は唾をはきちらすように怒鳴って少年を脅している。少年は木の幹にうずくまってブルブルと震えているようにも見える。
……これはマズイんじゃ……?
「――ねえ、一夜」
「……」
「あれ、ヤバくない?」
「……」
僕があちらさんを指さしながら、苦笑いでそう言うと、一夜は真剣な表情で頷いた。そしてなぜか一夜は、ブレザーを脱いで鞄と一緒に僕に渡した。
……まさか。
「ゴミ掃除に行ってくる」
「……いってらっしゃい」
やっぱりそうなりますか。薄々感じてはいたんだよ。いくら何事にも無関心を貫いていても、一夜はやっぱり母さんの妙な正義感を受け継いでいるのだから。
僕はちょっとだけ心配だったけれど、結局文句も言わずに一夜の背中を見送った。
本当に心配だよね、
「――ああ? てめえ何だ? 邪魔すんじゃ……がふっ!!」
信号機くんたちが。
一夜は迷いのない足取りでスタスタと信号機三人組に近づいた。それに真っ先に反応したのは、左側にいた青信号くん(天パ)だった。
彼は大して恐くもない顔を精一杯凄ませて、一夜に右拳で顔面パンチをくり出した。
……はずだった。
一夜はその拳を、体を右にずらして軽くかわすと、そのまま突き出た右腕を掴んで背負いあげてしまった。空中で身を一回転した青信号くんは、重力と一夜の力に従って地面に背中を強打した。
それは、ほんの一瞬のことだった。
さっすが僕の自慢の弟!! (ここ重要)一瞬で一人倒しちゃったね!!
「な、な、何なんだお前!?」
一瞬で地面に伸びてしまった青信号くんを見て、そう驚きの声をあげたのは、赤信号くん(ツンツン金髪)だった。
驚きのあまり、声が震えて腰が引けているのはご愛嬌だとでも言っておこう。不良なんて、大抵は口だけの臆病者だ。
一夜はそんな赤信号くんを冷めた目で一瞥すると、ゆっくりと彼らに歩み寄って行った。
すると、お次は赤信号くんによる蹴りがとんできた。が、普通にそれを受け止めた一夜は、切れのある回し蹴りを彼の腰あたりに決めてふっ飛ばした。
ふっ飛ばしたとは言っても、近くの木に叩きつけただけで終わった。赤信号くんは痛みに呻きながらずるずると崩れ落ちた。
「……て、てめえ、よくもやりやがったな!!」
最後の信号機くんは、黄色信号くん(茶髪金色メッシュ)だ。彼は顔をひきつらせて後ずさりながら、そんな強気な脅し文句をのたまった。
それでも……ていうか当たり前だけど、一夜は一向に怯まない。こちらからはよく見えないけど、きっといつもと変わらない無表情なのだと思う。
「この野郎!! 死にやがれ!!」
「……っ」
ああ!! 黄色信号くんがナイフを取り出した!! びっくりだよ。 ていうか卑怯だ!!
遠目でもよく分かる銀色のナイフを取り出した黄色信号くんは、脅しをかけるようにナイフを構えた。
対する一夜は、ほんの少し驚いたような仕草を見せたものの、すぐに元通りになった。おそらく今の一夜は、より冷めた目で黄色信号くんを睨んでいるのだと思う。
そんな一夜を見た黄色信号くんは、ナイフを構えているクセに若干怯んだ。それを見逃すことなく、一夜はナイフを握っている右手を思いっきり蹴りあげた。
黄色信号くんは痛みに悲鳴をあげたけれど、僕はそんなことよりも飛んでいったナイフに視線が釘付けだった。
ナイフはキラリと光を反射させて弧を描くように飛んでいった。落ちた場所は一夜たちから十メートルくらい離れた草むらだった。
そこの地面に刺さる形で着陸したナイフに目もくれず、一夜は痛そうに悶える黄色信号くんの腹を思いっきり蹴って倒してしまった。
辺りに静寂が訪れた。
「……一夜」
「……」
信号機三人組が気絶しているのを遠目で確認した僕は、小走りで一夜に駆け寄った。すると一夜は、カツアゲをされていた少年に向けていた視線を僕に移した。
「お掃除お疲れ様」
「……ああ」
ニッコリと笑ってそう労うと、一夜はちょっとだけ嬉しそうに目を細めて、そう軽く応じた――