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とある双子の非日常  作者: 吹雪
第8章 双子の災難
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第37話 とある双子の携帯電話

「それじゃ、母さん、行ってきまーす」

「……」

「行ってらっしゃい。お気をつけて」


 あの料理対決から五日経った月曜日の朝七時。僕と一夜はいつも通りに母さんに見送られて家を出た。


 今日は秋晴れのいい天気だった。昨日が大雨だっただけに、今日はものすごく清々しい日に思える。


「いい天気だね、一夜。こんな日は何だかいいことが起こりそうだよ!」

「……」


 僕がそう言うと、道路側を歩いている一夜は無言ながらも軽く頷いた。


 僕たちはまず、バス停に向かおうとしていた。バス停までの距離は徒歩十分ぐらいだ。遠いとも近いとも言いがたい距離だけど、僕的には遠いんじゃないかなと思ってる。


 さて、僕はこの登校中に、ぜひやりたいことがあった。それは、僕と一夜がいつも持ち歩いている"アレ"が必要だった。


「ねえ、一夜。ちょっと携帯貸してくれない?」

「……」


 僕が左手を差しだしながらそう頼むと、一夜はあからさまに不審げな表情を見せた。その目は、「何に使うんだよ」か、「自分のがあるだろ」と言っている。


 それでも僕は嫌そうな一夜を無視して手を差しだしたままだった。


「いいじゃんか、別に減るものじゃないし。ちょっとだけだから」

「……」


 そう言いつのる僕に、一夜は嫌々ながらも鞄のポケットから携帯を取り出して、僕に手渡した。


 一夜の携帯は、僕と色違いのお揃いだ。僕が白で、一夜が黒。形は今時のスマホではない、折り畳み式の従来型。たまたま流行に乗り遅れたちゃったんだよね、僕たち。


「ちょーっと待っててね。すぐ終わるから」

「……」


 僕はそう言いながら、少しだけ一夜に背を向けて一夜の携帯をいじり始めた。一夜はそんな僕を胡散臭そうな目で見ている。


 僕の目的は携帯の中身ではない。それとは真逆だった。


「……よし、できた!」

「……」

「じゃじゃーん!」

「……」


 僕が有りがちな効果音と共に見せたのは、一夜の携帯に付けた携帯ストラップだった。しかも僕とお揃いだったり。


「これ、可愛くない?」

「……」


 僕の言葉に、一夜はしかめっ面で首を横に振った。


「えー、いいと思ったのに」


 僕が一夜の携帯に付けたストラップは、昨日訪れた美術館の売店で買ったものだった。


 僕たちが観に行ったのは、ユベール・ロベールっていう、イタリアで活躍したフランス人の画家の展覧会だった。ちょっとマイナーな人なんだけど、なかなか味わいのある風景画を描いた人だ。


 ところが僕が売店で気に入ったのは、ロベールのグッズではなくて、猫のストラップだった。


 なぜ全く関係のないものに惹かれたのかは気にしては負けだと思う。


 とにかく僕は、一夜に隠れてその猫のストラップを購入した。どういうものかと言うと、黒と白の子猫が長方形の金属にプリントされた、実にシンプルなものだった。


 白猫が僕ので、黒猫が一夜のだ。本当はもっと早めにあげる予定だったんだけど、色々あって忘れてたんだよね。


「いいじゃんか一夜。僕とお揃いだよ? しかも意外に高い八百円だよ? 二つ合わせてなんと千六百円!」

「……」


 無駄遣いしてんじゃねえって顔をしてるけど、そんなの気にしないよ! 一夜をからかうためなら、僕はどんな犠牲(お金)だって払うよ!


 僕は自分のと一夜のを比べながら心の中でそう言って、一夜に携帯を返そうと手を伸ばした。


 ……はずだった。


 僕はどういう訳か、地面のまん中に転がっていた小石につまずき、前のめりになって転びかけた。けれど、寸でのところで一夜が支えてくれたから、"僕自身"は無事だった。


 ……そう、僕自身は。


「あ」

「……」


 前述した通り、昨日は大雨だった。故に水溜まりがたくさんできていた。


 僕が転びかけた道の真ん前には、ちょうどいい具合に……いや、良くないけど。そこには大きめの水溜まりがあった。


 しかも、よく見ると意外に深かった。


 僕は転びかけた反動で、両手に持っていた僕たちの携帯を落としてしまった。もちろん、その水溜まりに。


 ボチャンと二つの落下音が地味に響いたところで、僕ははっと我に返った。


「やばっ僕たちのは防水じゃないのに!!」

「……」


 慌ててブレザーの袖を上げて、濁りきった水溜まりに手を入れた。冷たい水の感触に顔をしかめながらも、手探りで探した。


「……あった! 大丈夫かな……」


 僕は水浸しの二つの携帯を手に取って、開いた。だけれど……


「……ブラックアウトしてる……」

「……」


 両方ともお陀仏だった。ごめんよマイ携帯たち、短い間だったけど、世話になったね……。


 がっくりと肩を落として、心の中でそう携帯たちに謝罪したけれど、そんな冗談をかましてる場合ではなかった。


「一夜」

「……」

「……ごめんなさい」

「……馬鹿兄貴」


 恐る恐る一夜にそう謝ると、心底呆れかえった表情と声でそう一言言われた。


 こうして僕たちの災難が始まった。この時の僕たちは、大人しく家に帰ってしまうべきだったんだ。


 それなのに僕は学校に行こうだなんて言い出して、本当に悪かったと思ってるよ、一夜。


 ……だからそんなに睨まないで!! 反省してるから!!


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