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とある双子の非日常  作者: 吹雪
第7章 料理は気持ち
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第35話 とある双子の夕食 後編

「――い、岩本先生!?」


 そう驚きの声をあげたのは、他でもない秋本だった。それと同様に、兄貴と父さん、そして綾小路姉妹も口をあんぐりと開けて驚いている。


 この場で驚いていないのは、こうなることを始めから知っていた俺と母さんだけだ。


 岩本はサッカー部の顧問のはずだから、つい先程までは部活の練習に参加していたのだろう。若干額に汗が滲んでいる。


「……ど、どうも。秋本先生もいらっしゃったのですか。僕は姫宮くんに言われてここに来たのですが……」


 岩本は首にかけたタオルで汗を拭いながらそう言った。と同時に一斉に兄貴に視線が集まった。


 秋本にいたっては、何余計なことしてんの、とばかりの表情で兄貴を睨んでいた。


 これには流石の兄貴もうろたえた。


「……ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ皆! 僕はそんなこと知らないよ!?」

「貴方以外に誰がいるのよ」


 慌てて弁解する兄貴に、妹の美波は素っ気なくそう言った。


 ……一応念のために言っておくが、俺だって姫宮だぞ?


 俺はそう思いながらも、口にするのは面倒だから無言で兄貴たちの様子を傍観していた。


「えっと……確か千夜くんのほうが僕のところに来たのですが」

「ほら、やっぱり!」

「ぬ、濡れ衣だよー!」


 美波にそう言われて、兄貴は半べそ状態になって無実を主張した。


 ……だが、すぐに何かピンときたのか、じと目で俺を睨んだ。


 ――やっと気づいたのか。


 俺は兄貴の回転の遅い頭に内心嘆いた。


「――もしかして一夜、また僕に変装したの?」

「……」


 兄貴にそう言われ、俺は無言で頷いた。兄貴の言う通り、俺は兄貴に変装して岩本をここに呼び出した。


「……兄貴のほうが違和感ないだろ」

「そういう問題!?」


 今日初めて声を出した俺に、兄貴は大声で突っ込んだ。


 それに対し、俺は大した反応を見せずに兄貴を無視した。大体、そんなどうでもいいことを気にしてる場合ではないだろう。


「……貴方たちは、やっぱり双子なのですね。まさか入れ替わるだなんて……」

「……弟、あの(千夜)のテンションでしゃべったの……?」


 綾小路姉妹はなぜかショックを受けた様子で、それぞれそう呟いていた。


 ……確かに、兄貴のふりをするのは骨が折れるな。


「――そんなことは大した問題ではありません」


 話が逸れそうになったところで、母さんが不満げなオーラを纏いながらそうピシャリと言った。


 すると兄貴や綾小路姉妹は大人しくなったが、秋本はそうではなかった。


「……ま、まさかとは思うけど、岩本先生に食べさせる気なんじゃ……」

「察しがいいですね。その通りです」


 母さんは何でも無さそうにそう言うと、秋本のハンバーグを置いたテーブル前の椅子をさして、岩本に座るように促した。


 岩本は何がなんだか分からないといった表情ではあったものの、促されるままに座った。


 そして目の前に置いてあるハンバーグをまじまじと見て目を輝かせた。


「これを秋本先生がお作りになったのですか?」

「……は、はい。一応……」

「そうでしたか。素晴らしい出来ですね!」

「……」


 それは食べてから言え。


 母さん以外の全員の心が一つになった瞬間だった。


「それでは、その……食べてもよろしいのでしょうか?」

「ええ、どうぞ。秋本先生が腕によりをかけてお作りになった料理ですので、どうぞ味わってお召し上がり下さい」


 母さんのその言葉で、遠慮がちだった岩本はぱあっと表情を輝かせて手を合わせた。そして、


「そうですか! では遠慮なくいただきます!」


 元気よくはつらつとした声でそう言って箸に手をつけた。


 岩本は体育会系に恥じない豪快さで、箸で少し大きめのハンバーグを掴んで、そのまま大口に運んだ。


 一口で四分の一ほどの大きさを口に入れた岩本は、嬉しそうな表情で咀嚼する。その様子を、秋本を始めとした全員がハラハラしながら見守っていた。


「もぐもぐ……ゴクンッ。……秋本先生」

「……はい……」


 一口を飲み込んだ岩本は、やけに神妙な面持ちでそう呼びかけた。それに秋本はビクリと肩を震わせて不安げに返事した。


 岩本はゆっくりと口を開き、何かを言おうとしている。その間がおそらく秋本や他接点にとっては不思議なぐらいに長く感じられたことだろう。


 だが、俺は岩本がこれから何を言おうとしているのかは、大体予想がついていた。母さんだって分かっているはずだ。


「――美味しいです」

「…………え?」


 一瞬走った緊張は、岩本のこの一言で収まりを見せた。


 秋本は一瞬何を言われたか理解ができず、長い間を空けてようやく応えた。


「いやあ、嬉しいですよ。秋本先生の手料理が食べられるなんて夢みたいです」

「え? え?」


 岩本は嬉しそうな満面の笑みを浮かべてそう言い、また残りを食べ始めた。その間、秋本は放心したかのような表情で固まっていた。


 一方で、それを見ていた兄貴たちはと言うと――


「良かった~! どうなることかと思ったよ!」

「か、感動ですわ!」

「良かったですね、秋本先生」

「ふー、これで丸く収まりそうだな」


 上から兄貴、美咲、美波、父さんだ。兄貴と父さんは安心した様子で脱力し、綾小路姉妹はなぜか感動していた。


 母さんは特に反応を見せなかったが、それでもどこか嬉しそうな雰囲気をかもし出している。


「ねえ、母さん。母さんは、こうなることが始めから分かってて岩本先生を呼んだの?」

「ええ。これもカウンセラーの仕事の一環です」

「仕事?」


 不思議そうに首を傾げた兄貴に、母さんはこう答えた。


「以前、私は岩本先生から恋愛相談を受けていたのです。どうしたら秋本先生と仲良くなれるか、と」

「……ちょ、姫宮先生! それをこんな所で言わないで下さいよ!」


 すでに完食して再び手を合わせていた岩本は、母さんの言葉を聞いて恥ずかしそうにそう言った。


「それは申し訳ありません。ですが、先生が私に相談をして下さったおかげで、私たち三人の高校時代からの問題が解決しそうなのです。改めてお礼申し上げます」


 母さんはそう言って、深々とお辞儀をした。それに釣られて、岩本も椅子に腰かけたまま、なぜかお辞儀をし返した。


 その光景を見ていた秋本は、はっと我に返って岩本を睨みつけた。……なぜだ。


「岩本先生、なぜ私の料理を美味しいなどと言えるんですか? 自分で言うのも何ですが、私の料理は不味いんですよ?」

「は、はあ。そうですか? 僕はそうは思いませんでしたが……」


 秋本の迫力満点の凄みに若干引きながらも、岩本は目を泳がせながらそう答えた。しかし、それでも秋本は納得がいかなかったようだった。


「岩本先生。もしかして、かぐや先輩と手を組んで私を担ごうとしてるんじゃないんですか? そうとしか考「馬鹿ですか」……え」


 尚も言いつのる秋本の言葉を、母さんが辛辣な言葉で静かに遮った。


 秋本は驚いて絶句し、自分の後ろに無表情で立っている母さんを見た。


「貴女は昔からそうでしたね。思い込みが激しすぎるところが貴女の短所です。もう少し柔軟な考え方ができないのですか?」

「な、何ですっ「それに」」


 母さんは有無を言わせない口調で更に言葉を連ねる。その表情には、微かに怒りの感情が宿っていた。


「そもそも、貴女は岩本先生に失礼だとは思わないのですか? 彼は、貴女の料理を心から美味しいと感じて下さったのですよ? それに対してまずは感謝するべきではないでしょうか。


 ――そして、謝罪しなさい。貴女は彼に失礼極まりない態度をとりました。すぐに謝罪すべきです」


 最後に至っては命令口調でそう締めくくった母さんに、秋本は何か言いたげに口を開いた。が、それは声にならず、結局黙りこんでしまった。


 それからは、痛々しいぐらいの沈黙が続いた。


 秋本は再び溢れだした涙をハンカチで拭っていた。しかし、すぐに何かを決心したかのような表情で顔を上げ、口を開いた。


「――ごめんなさい、岩本先生」


 それは小さく掠れた、消え入りそうな謝罪の言葉だった――


***


「――あれ、あの二人、付き合い始めたんだね」


 翌日の朝七時。まだ登校するのには早すぎる時間に、俺と兄貴は教室を目指して廊下を歩いていた。


 たまたま父さんが、珍しく一緒に車に乗せて行ってやると言ったからだった。


 そんな時に、兄貴はふと反対側の校舎を窓越しに見て、そう呟いた。


 それに自然と足が止まり、兄貴に続いて窓の向こう側に視線を移した。


 反対側の校舎には、仲良く並んで歩く秋本と岩本の姿があった。二人で微笑みながら話している様は、とても幸せそうに見えた。


「先生たち、幸せそうだねえ。良かった~」

「……」


 なぜか同じくらいに嬉しそうに笑う兄貴に、俺はとりあえず頷いた。


 結局、昨夜の料理対決は母さんの勝利に終わった。これはある意味当然と言えば当然の結果だった。


 秋本はあの後、自分が使った調理器具類を綺麗に片付けてから、母さんたちに礼と謝罪をして岩本とどこかに行ってしまった。


 二人があれからどんな会話をしたのかは謎だが、今こうして仲良くしていることから、きっと上手くいったのだろうと思われる。これもおそらく全て、母さんの計算通りなのだろうな。


 ……余談だが、母さんの庶民的なハンバーグ(とその他)を食べた綾小路姉妹は、なぜか庶民の味に感動してしまっていた。


 特に姉の美咲は、どうやったらこんな味になるのかとしきりに母さんに尋ねてメモをとっていた。……おそらくは兄貴の好みに合わせるためだろうが、これから先兄貴が無事でいられるかどうかは謎だ。


「ねえ、一夜。結局、何で秋本先生が母さんの旧姓を知っていたのかは分からずじまいだったね」


 兄貴は突然、また歩きだしながらそう俺に問いかけた。兄貴の中では、このある意味どうでもいい謎が迷宮入りになりつつあった。


 しかし、俺はこんな些細なことは謎になんかならないと思っていた。だから、何となく気まぐれを起こして兄貴に答えを教えてやろうと思う。



「秋本は、母さんのはとこだ」



第7章終わり

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