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とある双子の非日常  作者: 吹雪
第7章 料理は気持ち
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第33話 とある双子の夕食 前編

「できましたよ」


 母さんのその呼びかけに応じ、秋本以外の全員が各々の席についた。そして目の前に置かれている、今夜の¨夕食¨に視線を落とした。


 時刻は六時半。うちの夕食は七時だから、少し早いぐらいだ。でもまあ、大した違いはないから問題はないだろう。


 本日の献立はシンプルな普通のハンバーグ。その他には、炊きたての白ご飯と味噌汁、キャベツの千切りにプチトマトが少々。


 ……普通だな。料理対決をしているとは思えないほど普通でいつも通りの献立だ。


 この夕食を目にして、なぜか目を輝かせているのは兄貴と父さん。


 あまりにも質素(?)な夕食に目を点にしてカルチャーショックを受けているのは綾小路姉妹だ。


 俺はというと、兄貴たちほど喜んではいないが腹は減っている。


「――なあ、かぐや……食べていいか?」

「駄目です。まず手を洗ってきて下さい」

「言うタイミングがおせえよ!!」


 出た。母さんのボケと父さんの突っ込み。


 母さんは確信犯のごとく、父さんに何かしらのボケを仕掛ける。これはこの馬鹿夫婦の御約束だ。


「……まあ、それは冗談……いえ、本気ですけど」

「結局本気なのか!!」

「秋本先生の料理がもう少しで終わりますから、それまで待ちましょう」

「……それを早く言えよ」


 母さんの返しに父さんはうなだれた。テンションががた落ちしたようだ。


 それに対し、兄貴は嬉しそうにまた鼻歌を歌っている。……何の鼻歌なんだ。自作か?


「――できたわよ」

「お疲れ様です」


 とうとう秋本が顔を出した。お盆には審査員3名の分の料理……ハンバーグがのっている。


 ……よし。俺たちは食べずに済みそうだ。


 父さんと綾小路姉妹の前に置かれた秋本のハンバーグは、なかなかの見栄えだった。例えるならそう、ステーキハンバーグのような見た目で、上には自作のソースがかかっている。副菜としてポテトサラダもついていた。


 ……確かに見た目は上々。だが、問題は味だ。


 綾小路姉妹は秋本のハンバーグを見て、一瞬目を輝かせた。おそらく、いつも食べているような料理に近かったからだろう。


 しかし、目を輝かせたのはほんの一瞬のことだった。父さんの言葉を思い出したのだろう。すぐに顔を引き締めていた。


「お好きにどうぞ。念のために言っておきますが、これは我が家の本日の夕食です。料理対決はある意味関係ありませんから、それを承知しておいて下さい。綾小路さんたちは、食べられるだけで結構ですから、お気にせずに」

『は、はあ……』


 母さんの淡々とした物言いに、綾小路姉妹は口を揃えて生返事を返した。


 一方で、秋本は母さんの言葉に不満げな表情をしていた。化粧で作られた顔が歪んでいる。


「……波……かぐや先輩、本気で私と勝負する気はあるの?」

「ありませんね。この献立は本日の我が家の夕食です」

「……何それ」


 母さんのあまりに辛辣な物言いに、秋本は怒りを通り越して呆れていた。そして睨み合う女二人。


 その気持ちは痛いほど分かるぞ秋本。俺も以前、母さんと空手で試合してた時に勝負にならないと言われたことがある。珍しく悔しい思いをしたものだ。


「――ねえねえ、母さん、秋本先生。もう食べちゃ駄目? お腹空いたんだけど」

「……どうぞ」


 この険悪な雰囲気に勇敢にも横槍を入れたのは、言わずと知れたエアクラッシャーの兄貴だ。


 兄貴はすでに準備万端に箸を持ち、ケチャップをハンバーグにかけている。


 女二人は気が削がれたのか、睨み合うのを止めた。


「それじゃ、いただきまーす」

「いただきまーす」

『……いただきます』


 上から兄貴、父さん、綾小路姉妹といった順に挨拶をし、箸に手をつけ始めた。俺は無言ながらも手を合わせてから箸を手にとった。


「久しぶりにハンバーグだな~」


 父さんは上機嫌にそう言うと、まずは秋本のハンバーグに手をつけた。器用……と言うほどではないが、箸で四等分に割り、そのうちひとつを口に運んだ。そしてモグモグと咀嚼し始めた。


 ……だが、


「……ぶふっ!!」


 吹いた。それはもう、盛大に。


 ……食事中に汚いな。だがそんなことを言ってる場合じゃないだろう。


 父さんが口に入れたハンバーグは小さな欠片となって、その目の前に飛び散った。むしろ、他の料理の上に飛び散らなかったのは奇跡と言っても過言ではないだろう。


 そんな父さんの様子を見て一番驚いていたのは、その件のハンバーグを食べようとしていた綾小路姉妹だった。


「……」

「……」


 姉妹は全く同じリアクションで若干身を反らし、そして箸を置いた。


「……父さん大丈夫? 水とオレンジジュース、どっちがいい?」

「……ごほっごほ……水……!」


 意外にも冷静な反応を見せた兄貴は、グラスのコップに入った水とオレンジジュースを父さんに見せながら安否を伺っていた。


 ……なぜオレンジジュースが選択肢に入ってるんだ。


 父さんは兄貴から水を受けとると、ゴクゴクとそれを一気に飲みほし、大きな溜め息をついた。


「……はあ、はあ……。死ぬかと思った……」

「そんな大袈裟なあ」


 兄貴は何を思ったか、父さんの皿に乗った三切れのハンバーグを横から一つ奪い、口に入れた。


「……んぐっ……!」


 ……どうやら、父さんの証言に間違いはなかったらしい。


 兄貴は涙目で口を手で塞ぎながらも、必死に咀嚼して飲み込んだ。もちろんすぐに水を一気飲みした。


 飲みほしたところで、兄貴はカチャンと音をたててグラスをテーブルに置き、大きく息を吐いた。そして、


「……父さん、疑ってごめんなさい」

「……いや、気にするな。これは運命だったんだ……」


 訳の分からない会話でお互いを慰め合うこの奇妙な親子を、俺たちは呆れ半分同情半分の目で見ていた。


 ――さて、この一連の動きを見た秋本は、一体どういった反応を見せたのか。


「――やっぱり、こうなったのね……」


 秋本は、泣いていた。



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