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とある双子の非日常  作者: 吹雪
第7章 料理は気持ち
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第32話 とある双子の不安

「料理開始!!」


 兄貴のそんな掛け声と同時に、母さんと秋本は動き始めた。


 母さんはまず手を丁寧に洗い、それから食材に手をつけ始めた。秋本もほぼ同じだ。


 俺は兄貴に言われた通り、母さんと秋本がそれぞれ用意した食材に目を通していた。母さんはともかくとして、いくらあの性悪女(秋本)とは言え、そんなに妙なものを用意するなんてことはないだろう。


「――なあ、一夜。変なものとか無かったよな?」

「……」


 父さんは大人しく椅子に座っているものの、なぜか不安げな様子だった。俺はそれに対し、無言で頷いた。


 ――何が不安なんだか。


 俺は心の中でそう呟いた。俺の右隣にはニコニコと笑いながら母さんたちを見つめる兄貴がいる。そして俺たちの左横には、なぜか真剣な表情の綾小路姉妹だ。


 このなんとも言い難い状況の中で、俺は内心溜め息をつきたいぐらい面倒だと感じていた。


 その理由は、俺は食に無関心だからだ。


 兄貴曰く、食とは己の欲求を満たすものであり、食事によって身体や精神の健康を維持することができるものである、とのことだ。


 確かにそれは正しい。というか、それは一般論だと思う。兄貴は常に正しいのだから、こんな大したことのない話題で兄貴が間違う訳がない。


 だが、俺は兄貴の意見にいくつか付け加えたいことがある。


 食事とは、栄養摂取に他ならない。欲求うんぬんはともかくとして、生きるために食事をする。食べなければ死ぬ。だから食べる。それだけだ。


「――そういえば父さん……じゃなくて姫宮先生、秋本先生って料理上手なの? この間は旨いって言ってたけど」

「……今それを聞くのか?」


 俺がどうでもいいことに考えを巡らせていると、ニコニコと笑って試合観戦をしていた兄貴が、そんなことを突然言い出した。


 その質問に興味をひかれたのか、綾小路姉妹も体をこちらに向けて兄貴たちを見つめていた。


 父さんはなぜか、表情をひきつらせている。


「……ぶっちゃけると、ヤバい」

「それっていい意味? それとも悪い意味?」

「悪い意味」


 早くも暗雲の兆しか。父さんと綾小路姉妹にとって。


「……姫宮先生、それは、その……大丈夫なのですか? 色々と」

「……多分。もうあれから二十年近く経つことだし……大丈夫だろ。多分、上達してるだろ」

「……何それ。ものすごく不安」


 綾小路姉妹は父さんの煮えきらない返答に、不安げな表情を見せた。


 それはそうだろう。自分たちが試食しなければならないのだから、不安になるのは当然だ。


「先生、何がどうヤバいの? もう少し説明してよ」

「……ああ、うん。秋本……先生の料理はさ、見た目はプロ級で、めちゃくちゃ旨そうなんだよ。見た目は。でも味は……」

「……不味い?」

「そう」


 ……逆にそれはすごくねえか。


 父さんはひきつった笑いを浮かべながら、料理に集中している母さんと秋本を見た。


 母さんはひき肉をこねていて、秋本は何やらソースを作っているようだ。面倒だから実況はしない。そういうのは兄貴の十八番だろう。


「――あーあ。実況してみたかったなあ。秋本先生睨むんだもん」

「あいつ、昔っから騒がしいのが嫌いだったからな。それも真剣勝負ならなおさらだろう」


 秋本の殺気がこもった睨みの前では、流石の兄貴も口出しできないらしい。父さんは苦笑しながら宥めるように兄貴の頭をなでている。兄貴は照れながらも若干嬉しそうだな。おい。


 ……高校生の息子の頭を撫でるのはどうなんだ? そしてそれを喜ぶ息子ってどうなんだ?


 俺は思考することを放棄した。あまりにも面倒だし、意味がない。秋本の料理の腕前には多少の不安があるが、そんなことは俺には関係ない。食べなければいいのだから。


 兄貴は退屈になったのか、鞄から何かの本を取り出して眺め始めた。やけにでかい本だと思ったが、よく見ると画集だった。誰の画集だ?


「――あ、一夜も見る? 今度美術館で見に行こうよ、ユベール・ロベール」


 俺の視線に気づいた兄貴は、ニッコリと笑ってその分厚く重い画集を持ち上げてそう言った。


 ……そんな重そうなものをなぜわざわざ持って来たのかが理解に苦しむな。


「ユベール・ロベール……」


 美咲はなぜか小声で兄貴の言葉を復唱している。


 兄貴、誘うなら綾小路を誘ってやれよ。飛び上がって喜ぶぞ。


 俺のそんな思いが叶うことはおそらくないのだろう。兄貴はそんな美咲の様子に気づくことなく、鼻歌混じりに機嫌良さそうに画集に視線を落とした。


 そうしていると、母さんが使っている調理場の方から、何やらピー、ピーっと音が聴こえた。


 それでふと顔を上げて見ると、炊飯器の音だったことが分かった。母さんはきっちり人数分のご飯を茶碗についでいる。


 この場の全員分だから、七人分か。母さんはつぎ終わると、俺たちの方を向いてこう言った。


「――できましたよ」


 開始四十分。夕飯ができた時のように、いつも通り無表情に。しかし少しだけ弾んだ調子の母さんは、さっさと席につきなさいと言わんばかりの顔で、そう俺たちに呼びかけた――


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