第22話 とある双子の聞き込み
「一夜、早く行くよ!」
「……」
僕と一夜は朝食という名の昼食を食べた後、私服に着替えて外に出ていた。今いるのは我が家の門の前だ。
後ろに振り返ると、仏頂面の一夜が渋々頷きながら歩いて来ていた。
今日の一夜は白いTシャツに黒い薄手のジャケットを羽織っている。小さな十字架のネックレスをしてるとこがちょっとおしゃれだと思う。
一方の僕は、青色のパーカーに黒いジーンズ。頭にはお気に入りのモノトーンカラーのキャップを被っている。アクセサリーの類はなし。僕は一夜みたいなイケメンじゃないから、そういうのは似合わないと思ってる。
「確か母さんが帰ってくるのは、夕方だったよね? それまでにこれの持ち主見つかるかな……」
僕は手に持っている例のぬいぐるみを見ながら、不安げに呟いた。
さっきは勢いあまってあんなこと言っちゃったけど、内心は時間の少なさにまいっていた。
「……充分だ。とりあえずは近所をまわるぞ」
一夜はそうぶっきらぼうに言うと、僕の手からぬいぐるみをひったくって、先に歩き始めた。
向かった先はお隣の山下さん宅。三十ぐらいの若夫婦と、五歳・七歳の娘さんがいる四人家族だ。山下さんご夫婦はとても気さくな人で、うちとも結構仲良くしている。
一夜は迷うことなくインターホンを押した。ピンポーンと、ありがちな音が響くと、すぐに応答があった。
『はーい』
「隣の姫宮です」
『少々お待ちくださーい』
今の声は奥さんだった。すぐにパタパタと音をさせながら、ドアを開けて、黄色のエプロン姿の奥さんが出てきた。栗色の髪をショートボブにした色白の、可愛らしい奥さんである。
奥さんは愛嬌のある笑顔で駆け寄ってきた。布巾か何かで濡れた手を拭いているから、食器洗いでもしていたのかもしれない。
「あらあら双子くんじゃない、こんにちは。今日はどうしたの?」
奥さんの問いかけに、一夜は無言で少し離れた場所にいる僕に視線を移した。
――自分で説明しないのか!!
僕は仕方がなく奥さんの前に歩み寄ると、このぬいぐるみの持ち主を探していることを伝えた。
「そうなの、大変ねえ。残念だけど、それはうちのじゃないわ。役に立てなくてごめんなさいね」
「あ、いえいえ、こちらこそお仕事中すみません」
申し訳なさそうにしょんぼりとしてしまった奥さんに、僕は慌ててそう返した。まだ聞き込みは始まったばかりだし、そう落ち込むこともないだろう。
僕がそう思っていると、一夜はうつ向いて考えこんでいた顔を上げた。そして奥さんにこう聞いた。
「昨晩は何時ごろにお休みになりましたか?」
「え?」
「はあ?」
一夜の突拍子のない意外な質問に、僕と奥さんは揃って目を丸くした。
一夜は何を考えてるんだ?
「えっと……確か昨晩は主人が飲み会で遅くなったから、私は帰ってくるまで少し寝てて……主人が帰ってきたのは、今日の一時頃だったわね。私もそれからまたすぐに寝たわ」
要領をえない返答だったものの、大体は理解できた。どうやら山下さんのご主人は、うちの父さんと同じくらいの時間に帰宅したらしい。でも、それが一体何の手掛かりになるんだろう?
一夜は奥さんの話を聞いて再び考え込むと、もういつ質問した。
「ご主人が帰宅した際に、変わったことは何かありませんでしたか? 奥さんが気づいたことでも、ご主人が言っていたことでも何でも構いません」
「変わったことねえ……」
奥さんは腕を組んで考え込み始めた。数秒唸った後、奥さんははっと何かを思い出した様子で表情を輝かせた。
「そういえば、主人が言ってたことなんだけど、帰ってきた時に、貴方たちのお父さんを見たらしいのよ。それ自体は変わったことじゃないんだけどね――」
奥さんはなぜだか妙に楽しそうにそこまで言うと、一旦言葉を切った。きっと、この後をどう言ったら面白くなるのかを考えているのだろう。
「うちの主人、見ちゃったらしいのよ」
「何をですか?」
奥さんはふふんと笑い、嬉々とした表情で答えた。
「ゆ・う・れ・い」
「はあ!?」
――何言っちゃってんだこの人!?
僕は驚きのあまり、つい大きな声を出してしまった。僕たちの背後にある歩道を、犬と散歩していたお爺ちゃんまで驚かせてしまった。ごめんね。
どうやら僕のリアクションは奥さんのお眼鏡にかなったらしい。ものすごく嬉しそうな表情をしている。
「本当よ? うちの主人が嘘をついてるはずないもの。何でも、姫宮さんの背後に真っ黒な影がいて、姫宮さんに触れようとしてたらしいのよ!」
最後のほうは半ば興奮気味だった。奥さんはかなりの噂好きらしい。
「それは、確かなんですね?」
「ええ、間違いないわ」
一夜の確認に、奥さんは自信満々に大きく頷いた。
――え、一夜それ信じちゃうの!?
僕の焦りは一夜には伝わらなかったらしい。一夜は短く礼を言うと、さっさと別方向に歩き始めた。
「ちょっ、一夜待ってよ! 奥さんありがとうございました!」
「頑張ってねー」
僕は慌てて奥さんに礼を言って一夜が向かった方向に走り出した。奥さんは楽しそうにはつらつとした声で見送ってくれた。
一夜が向かった方向。それは、なんと僕たちの家だった。
――え、もう帰るの!?
「ちょっと一夜! まだ聞き込みしなきゃ持ち主わかんないよ!」
「……」
一夜を引き止めてそう言うと、一夜は無言で首を横に振った。
「……聞き込みは終わりだ。持ち主は分かった」
「はあ!? 嘘!?」
そう断言した一夜に、僕は驚きを隠せなかった。何であれだけの聞き込みで持ち主が分かるんだよ!?
「分かったのなら、早く届けに行かなきゃ!」
「その必要もない。持ち主は今は留守だ」
「そこまで分かってるの!?」
僕のツッコミに、一夜はうるさそうに顔をしかめた。失礼な奴だな!
一夜は頭を掻きながら家の門を通ると、僕にこう言った。
「夕方になれば全て分かる」
一夜は自信ありげな表情で、珍しくニヤリと笑った。