第21話 とある双子の家族会議
「――さてと、家族会議を始めるぞー!」
「おー!」
「……」
僕があの謎のぬいぐるみを見つけて、一時間が経過した。時刻は十一時。早いところは昼食を用意し始める時間だ。
僕たち三人は食卓用テーブルを挟んで向かい合っていた。僕の右隣に一夜、その正面に父さんが座っている。
テーブルの上にはぬるくなったコーヒーとトーストが三人分並んでいるけど、ほとんど手をつけていない。
朝食よりも重要なことがあるからだ。
「一夜もそろそろ目が覚めたよな? だったら早速問題定義しよう。このぬいぐるみは一体誰の物なのか? どうして床に落ちてたのか?」
「えー、父さんが酔って拾って来たんじゃないの?」
「……そ、そんな記憶はないし、証拠もないだろ!」
僕の言葉に、父さんは若干顔をひきつらせて否定した。でも全く説得力がない。父さんのすぐ傍に落ちていたのが、何よりの証拠なんじゃないの?
僕はとりあえず、さっきからずっと黙っている一夜からも意見を聞こうと思った。
なので僕は、父さんが手に持っているぬいぐるみをひったくって、一夜に渡した。
一夜は興味無さげな表情をしていたものの、一応受け取って観察をし始めた。
「一夜、何か分かった?」
「……」
僕の問いかけに、一夜は少しだけ僕の顔を見て、頷いた。……頷いた?
「え、嘘!? 持ち主分かったの?」
「……違う。手掛かりだけだ」
思わず興奮する僕をなだめるように、一夜は首を横に振った。
「分かったことは二つ。一つ目は、これはつい最近まで洗濯されていたということだ」
「洗濯? 何で分かるの?」
「洗剤の匂いがする」
そう言われて、僕はそのぬいぐるみの臭いを嗅いでみた。……確かに、洗剤を使って洗ったような、無添加石鹸の匂いがするような気がした。
「二つ目は、これが大分昔に作られたものだということだ。しかもこれは手作りだな」
「昔ってどれくらい?」
「俺の見立てでは二十年以上前だな」
「そんなに!?」
僕は驚きながら、改めてそのぬいぐるみを観察してみた。言われてみれば、所々糸や布がほつれてるし、商品タグもない。見るからにパッチワークで作った、という感じだった。
しかも洗濯をした後のはずなのに、花柄ワンピースには少し茶色っぽいシミもあった。おそらく、大分昔にできたシミだから、洗濯しても汚れが落ちなかったんだと思う。
「成る程な。一夜頭いいな~。俺に似なくて良かったぜ」
「……何それ」
父さんの情けない言葉に、僕は脱力した。一夜もいつもの仏頂面ながらも、呆れたような視線を父さんに送っている。
しかし父さんは僕たちの視線を無視して、何か思いついたかのように、得意げな笑顔で立ち上がった。
「よし、決めたぞ。千夜、一夜、お前たちが調査して、そのぬいぐるみの持ち主を見つけてくれ。タイムリミットは母さんが帰ってくるまでだ」
「え~!!」
父さんの爆弾発言に、僕は思わず絶句した。
何で僕たちが父さんのために、そこまでしなきゃいけないんだよ!
「頼むよ千夜、一夜~!! 俺、今日までに中間考査の問題作らなきゃならねーんだよ!」
「父さんが飲み会なんかに行くのが悪いんじゃんか!!」
「考査のこと忘れてたんだよ! 頼む!! 持ち主見つけられたら、ご褒美に新しい水彩色鉛筆を二人に買ってやるから!!」
「え、本当に!?」
「男に二言はない!!」
最初は渋っていたものの、最後は誘惑に負けてしまった。
だって、水彩色鉛筆って意外に高いんだよ!? 僕たちの月々の小遣いは三千円だから、本気でお金貯めないと買えないんだよ!!
「一夜、頑張ろう!!」
「……」
僕は気合いを込めた声でそう言ったけど、一夜は面倒だとでも言いたげな表情だった。
仕方がないので、¨奥の手¨を使うことにしよう。
「……一夜、来週の¨アレ¨忘れてないよね?」
「……」
僕が¨アレ¨のことを口にすると、一夜は無言ながらも、ピクリと眉を寄せて反応した。
――よしよし、いい反応だ。
僕はニヤリと笑って一気に畳み込んだ。
「僕たち、¨アレ¨までに道具揃えておきたかったんだよね。だって、負けるわけにはいかないでしょ? ¨あの二人¨に」
「……分かった」
――よぉし!! 一夜に勝った!!
僕は心の中で勝利の味を噛み締めながら、一夜の腕を掴んで階段に向かいだした。理由は単純。着替えるためだ。僕たち、まだ寝間着のジャージだったんだよね。
「父さん、僕たちが絶対にぬいぐるみの持ち主を見つけてくるからね!! だから色鉛筆の件はよろしく!!」
「おお。頼んだぞ!」
テンション上げ上げで父さんにそう呼びかけると、父さんも同じくらいノリノリで応えてくれた。
僕に引っ張られている一夜はというと、呆れ返った表情で、こう呟いた。
「メシ食わせろよ」