第19話 とある双子の休み明け
今日は九月一日。二学期初日であり始業式。
僕は約一ヶ月ぶりの教室にて、クラスの皆が賑やかに騒ぎたててるのを机に突っ伏した状態で観察していた。
――皆楽しそうだなあ……。
別に一人が寂しいとかそういったことを言ってるのではなくて、ただ純粋に見ているのは和む。きっと、皆は夏休みの思い出話に花を咲かせているのだろう。
もちろん僕と一夜も楽しい夏休みを満喫したよ。家族四人でキャンプに行ったし、お盆には親戚同士集まって宴会もしたし。
……一夜は始終しかめっ面だったけど。(特に宴会)
まぁそんなこんなで、少なくも僕にとっては楽しい夏休みだった。
「姫宮」
「ん?」
僕が一人で思い出を振り返っていると、クラスメイトの大島拓斗くんが声をかけてきた。通称タクくん。サッカー部所属のスポーツマンだ。
彼は珍しいぐらいにニコニコしていた。なんかちょっと変だよ。
「この間の動物園以来だな。レッサーパンダ上手く描けたか?」
「……レッサーパンダ?」
……えーっと……ん? ちょっと待って。確かにレッサーパンダは描いたけど……でも……。
「えーっと……それっていつだったっけ?」
「八月十日だよ」
僕が聞き返すと、タクくんは不審そうな表情をしたけど、ちゃんと答えてくれた。
八月十日……その日の僕は確か……。
僕はまさかとは思いながらも、僕の斜め後ろに座っているはずの一夜を見た。
一夜はというと、陸上部の田中由梨さんに声をかけられていた――
***
長いようで短い夏休みは終わりを告げた。
珍しく教室にいる俺に、クラスの連中は妙な視線を送ってくる。兄貴がうるさいから仕方ないだろうが。
それにしても、面倒な学校がないのはいいことだが、その代わりに兄貴が色々と面倒な計画を立てるものだから、結局は大して変わらなかった。
特に大変だったのは、毎年恒例母さんへの誕生日プレゼントの絵を描いたあの日だ。母さんの面倒過ぎる要望を聞いたために、俺は散々な目に遭った。
どうやら兄貴も散々だったらしいが、若干目が輝いていたから、おそらく悪いことだけじゃなかったのだろう。うらやましい限りだ。ムカついたから、軽く頭を叩いてやった。(うるさかったが)
兄貴は今、サッカー部の大島に声をかけられている。
……って、大島? おいちょっと待て。お前はしばらく兄貴に話しかけるな。色々ややこしいことになるだろうが。
俺が表情には出さずに内心慌てていると、クラスの女子が俺に近寄ってきた。確か名前は……田中由梨……だったか?
田中は少し頬を赤く染めながら、何かを言おうとして躊躇っていた。
――言いたいことがあるならはっきり言えよ。
俺は内心イライラしていた。軽く睨んでしまったのは仕方がないと思う。
「えーっと……姫宮くん、この間の絵、完成した?」
「……」
はぁ? この間の絵って何だよ。俺はお前に自分の絵を見せた覚えはねえよ。
無言ながらも俺の気持ちは表情に表れていたらしい。田中は少し怯えたような表情で一歩後ずさった。
「おっ覚えてないかな? 八月十日のことなんだけど……」
田中はしどろもどろになりながらもそう言った。若干瞳が涙で濡れている。そんなに俺の顔は恐いのか。
それよりも、八月十日……だと? その日の俺は「はい、ストーップ!!」……まさか。
俺の思考を兄貴が大袈裟に遮った。突然乱入してきた兄貴に、田中は目を見開いて驚いた。
「一夜、今から二人で話し合おうか?」
「……」
兄貴はニコニコと人の良さそうな顔をしているが、目は笑っていなかった。どうやら、少し怒っているらしいが、それは俺だって同じだ。
「……あと十分で体育館集合だ。話し合うなら今この場でだ」
「……りょーかい」
俺は初めて教室で声を出した。クラスの連中が俺たちを囲んで騒いでいるが、そんなことどうでもいい。
「一夜、君、八月十日はどこにいた?」
「動物園。母さんの要望通りだ。兄貴は?」
「宝満山。母さんが山頂から見える景色がいいって言うから」
俺たちは真剣な表情で話していた。すると、外野から声が聴こえてきた。
「え、じゃあ俺たちが動物園で会ったのは、兄貴じゃなくて弟の方だったのか?」
「私と登山したのも、一夜くんじゃなくて千夜くん……?」
大島と田中が驚くのも無理はない。性格も外見も全く違う俺たちが、入れ替わっていたのだから。
「何で僕のふりしてたの?」
「……俺が一人で動物園っておかしいだろうが」
「確かに。僕が一緒ならそうでもないけど」
「兄貴は何でだ?」
「一日一夜体験。四六時中無言でいることがどれだけ大変なのかを実証するためだよ」
「……」
兄貴の理由はくだらないものだな。俺は盛大に溜め息をついた。兄貴はばつの悪そうな顔で少し笑った。
「そういえば、何でレッサーパンダを描いたの? 可愛かったけどさ」
「大島の提案。あと、兄貴なら描きそうだって思ったから」
「なるほど。奇遇だね。僕も、君なら風景画を描くだろうと思って描いたんだよね」
どうやら俺たちは、意図せずに同じことを考えていたらしい。流石は双子、とでも言っておこうか。
話し合いが済んだところで、兄貴は呆然としている大島と田中の方に振り返って、顔の前で拝むように手を合わせた。謝罪のポーズだ。
「ごめんね。タクくん、田中さん。僕たち、悪気は無かったんだ。この通りだから許して?」
「……悪かった」
兄貴だけに謝らせるのもどうかと思った俺は、とりあえず頭を下げた。すると、気を取り直したのか、大島と田中は首を勢いよく振った。特に田中。
……首千切れるぞ。
「なあ、お前らって、結局どっちなんだ?」
大島は主語無しでそう聞いた。意味はもちろん分かっている。俺たちは互いに顔を見合わせて、こう答えた。
『当然一卵性だ(よ)』
第4章終わり