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とある双子の非日常  作者: 吹雪
第4章 双子の別行動
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第18話 とある双子の目的(一夜編)

 そもそも私たちが一夜くんと、この宝満山に登ることになったのは、おじいちゃんの計らいだった。


 おじいちゃんの家は宝満山の登山ルート入り口から、徒歩十五分ほどの場所にある。家から山までは、おじいちゃんの散歩コースなのだ。


 今朝私と弟は、暇潰しにおじいちゃんの散歩に付き合っていた。その最中に、私たちは一夜くんに出会った。


 彼は山の入り口で何か躊躇うような素振りを見せながらも、覚悟を決めたかのように顔を引き締め、山に入ろうとしていた。私はそんな彼を見てつい声をかけてしまった。


「姫宮くん……だよね? 山に登るの?」

「……!」


 彼はびくりと肩を震わせ、驚いた顔で振り向いた。


「えーっと……大丈夫?」

「……」


 心配して聞いてみたものの、彼は相変わらず無言のままだった。それでも、何だか疲れたような雰囲気が漂っていたのは私の気のせいではないと思う。


「ねーちゃん、その人誰? 彼氏?」

「バカッ! そんなわけないでしょ!」


 弟の佑樹は興味津々に一夜くんを見ながら、面白そうに言った。私はその言葉に少し過剰かもしれないぐらい強く否定した。その時の私の顔は、多分真っ赤だったと思う。


 だって、私は一夜くんに片想いしてるから……。


 恥ずかしいけど、それは事実だった。私は正直言って浮かれていた。だって、夏休み中はきっと会えないだろうと思っていた一夜くんに、こんな所で会えたから。


 しかも、お兄さんの千夜くんがいない!


 これで弟とおじいちゃんが傍にいなかったらテンションMAXだったと思う。かえって弟たちがいてくれて良かった。いなかったらこんなに冷静じゃいられない。


「なんじゃい、由梨ちゃんの友達かい」

「う、うん。クラスメイトの姫宮くんだよ、おじいちゃん」


 私たちより少し遅れてやって来たおじいちゃんは、ニコニコしながら一夜くんを品定めするかのように見ていた。因みに言うと、由梨というのは私のことだ。


「姫宮くんはこの山に登ろうとしてるのかね?」

「……」


 おじいちゃんの問いかけに、一夜くんは無言で頷いた。どうやら本気で登るつもりらしい。


「それなら、由梨ちゃんと佑樹くんも一緒に行きなさい」

「……え」


 一瞬耳を疑った。


 ――おじいちゃん何言っちゃってるの!?


「友達と一緒の方が楽しいじゃろう」

「……」

「ちょっと! おじいちゃん! 姫宮くんに無理なこと言わないでよ!!」


 おじいちゃんは楽しそうに言っていたけれど、私は一夜くんの険しい表情を見て焦りに焦った。こんなことで彼に悪い印象を持たれたら、ショックで寝込むかもしれない。


「姫宮くん、おじいちゃんの言うことなんて気にしなくてもいいんだよ?」

「……」


 本音を言えば、私は彼と登山をしてみたかった。……初デート(?)が山っていうのもなんか微妙だけど。それでも、彼に与える私の印象の方が大事だった。


 彼はしばらく考える素振りを見せると、やがて決心したかのように頷いた。


 ……ん? 頷いた?


「そうかい。この子たちと一緒に行ってくれるかい」

「……」


 おじいちゃんがそう嬉しそうに言うと、彼はまた頷いた。


 私はというと、色々と衝撃的過ぎて放心状態だった。だって、だってあの一夜くんだよ? あの一夜くんが、千夜くんに推しきられない限り動こうとしない一夜くんが、私たちと山に登ってくれるって、ミラクルじゃない!?


 私は心の中でガッツポーズをし、おじいちゃんに感謝した。


「そうと決まれば、二人共、ばあさんにお弁当を作ってもらいなさい。少し準備に時間がかかるかもしれんが、大丈夫かね?」

「……」


 一夜くんはまた頷いた。


***


 ――ということがあって、今に至る。


 あの後、私たちは準備の間に一夜くんをおじいちゃんの家に招待した。茶菓子を食べてたのは正直意外だった。実は意外に彼は甘いもの好きなのかも。



 一夜くんは、私にリュックに入れていたスケッチブックを見せてくれた。真っ黒な表紙に、大きく"Sketch"と書いてあった。


「絵を描きに来たの?」

「……」


 彼は頷いて近くの大きな岩に座り込むと、自分の隣をポンポンと手で叩いた。


 ――まさか、隣に座れってこと!?


 私は一瞬あまりの衝撃に混乱してしまったけど、すぐに気を取り直した。


「えーっと……隣、座るね」


 私は躊躇いがちにそう断りをいれて、彼の隣に腰を落とした。彼は私か座ったのを見ると、スケッチブックの中身を見せてくれた。


「うわあ……! すごい……」


 描かれていたのは、殆どが美しい風景画のスケッチだった。


 一ページ目は、深い青色の海だった。どうやら彼は水彩色鉛筆で着色しているみたいで、柔らかい青色と、青空を飛ぶカモメが印象的だった。


 二ページ目は、キャンプ場のような場所の綺麗な川。日に照らされてキラキラ光る水が色鉛筆の繊細な色合いで表現されていた。


その他の絵もすごく綺麗で、私は感動してそれらの絵に夢中になっていた。


「すごく絵が上手なんだね姫宮くんは」

「……」


 私がそう褒めると、一夜くんは無言ながらも、少しだけはにかんだような表情を見せた。彼のその表情にびっくりして、思わず仰視してしまったために、私は彼に目を逸らされてしまった。


 ――やば、見すぎちゃった。


 私は少し反省して、先に行ってしまった佑樹のことを思い出した。立ち上がって後ろに振り返ると、不機嫌そうに口を尖らせた佑樹がいた。


「ねーちゃんたち、遅いよ! 早く行こうよ!」

「ごめんごめん。姫宮くん、そろそろ行こう?」

「……」


 佑樹は文句を言いながらまた先に歩いて行く。姫宮くんはなぜか少し残念そうにしながら、ゆっくりと立ち上がった。


「佑樹がまた先に行っちゃう。山頂でまた絵を描くんだよね? なら早く行こうよ」


 私がそう言うと、一夜くんは頷いて私の後に付いて歩きだした。


「……ありがとう、田中さん」


 一夜くんのその小さな呟きは、私の耳には届かなかった――


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