第17話 とある双子の目的(千夜編)
俺は彼女の美香と共に、千夜をつけて行った。
千夜は迷うことなくどこかに向かって歩いて行く。周りの入場者などまるで視界に入っていないかのように、人々の間をすり抜けて行く。小規模の遊園地や鳥、ゾウガメ、ふれあいコーナー、孔雀……全てを気持ちがいいほどに華麗に無視している様子は、正直言ってかなり意外だった。
なぜなら、千夜は自他共にに認める好奇心の塊みたいな奴で、何に対しても目をキラキラさせて興味を示すのが常だからだ。そうなった千夜は誰にも止められない。弟の一夜でさえも、好奇心の塊と化した千夜は止められないのだ。
な・の・に・だ。
後ろから見てるのでは、表情は伺えない。だが、千夜は明らかに動物に興味を示していない。動物園にいるのに、だ。
――絶対おかしい……。
怪訝な表情をしながら美香の様子を伺うと、彼女も不思議そうな表情で千夜を見つめていた。
「なあ、姫宮兄はどこに行くつもりだと思う?」
「えーっと……地図によると、この先にある有名どころは、レッサーパンダ……かな?」
「レッサーパンダ……か」
レッサーパンダと言えば、千夜は男のクセにかわいいものが結構好きだったはずだ。もしかしたら、狙いはレッサーパンダか?
「きっとあいつはレッサーパンダが目当てなんだ。そうに違いない!」
「そうなの?」
断言した俺に、美香は若干疑わしげな顔をした。それでも俺は、千夜の目的はレッサーパンダだと思っていた。
ところが……
「レッサーパンダを全力でスルーだと!?」
千夜はレッサーパンダにさえ見向きもしなかった。
――ありえねぇ!! あの姫宮兄がかわいいの代名詞レッサーパンダに見向きもしないなんて!!
「姫宮くんって本当に読めないよねー。何しに来たんだろ?」
愕然としている俺を尻目に、美香は能天気に言った。……と思うと、美香は突然辺りをキョロキョロと見渡し始めた。
「どうした? 何か落としたのか?」
「……違うよ。姫宮くん、いなくなっちゃった」
「何!?」
俺たちは話し合いながらも、ちゃんと千夜をマークしていたはずだった。なのに美香の言う通り、人で溢れかえってる俺たちの周辺には、千夜らしき人物を見つけ出すことができなかった。
「……どうする? 諦める?」
「そうだな……」
この人混みの中で一度見失った人物を探すことは不可能に近いだろう。俺たちは潔く諦めることにした。休み明けにでも聞けばいいか。
「……何してんの? お二人さん?」
『!?』
諦めようとした瞬間、俺たちの背後から声がした。驚いて振り返ると、そこにいたのは、
『姫宮兄!?』
「そうだけど……」
驚きのあまり声を揃えて叫ぶと、千夜は一瞬怯んだように顔をひきつらせたが、すぐに立ち直った。
「お二人さん、もしかしてデート中? だったら邪魔してごめんね。すぐにお邪魔虫は退散するよ」
「待て待て待て!!」
千夜は変に俺たちに気を遣い、背を向けて歩きだそうとしたが、俺は慌てて奴の肩を掴んで止めた。
「お前、弟はどうしたんだ? 一緒じゃないのか?」
俺はやっとここに来てずっと抱いていた疑問を千夜にぶつけることができた。すると、千夜は少し不思議そうな表情で俺を見た。
「今日は久し振りの別行動だよ。一夜がどこにいるかは知らないけど、多分自然がいっぱいの所にいるんじゃないかな?」
「自然がいっぱいって……森林浴でもする気なのかよ」
「違うよ。絵を描きに、だよ」
そもそも、一夜は自然とか興味ないし……と呟くと、千夜はおもむろに手に持っていたバッグから何かを取り出した。それは……
「スケッチブック?」
「そうだよ」
「姫宮くん、絵を描くの?」
「うん。僕たちは美術部所属だしね」
その言葉を聞いて、俺と美香は顔を見合わせた。
姫宮兄弟が美術部所属だなんて、初耳だった。美香も俺と同様に唖然としている。そんな俺たちの様子を見て、千夜は少し照れくさそうにはにかんだ。
「実はさ、来週は僕たちの母さんの誕生日なんだ。僕たちは、毎年母さんに自分たちが描いた絵をプレゼントしてるんだよ。今日の別行動はそのため。何を描くかはランダムに決めてるんだけど、ジャンルが被らないように分かれてるんだ」
母親思いだな。俺なんか、母さんの誕生日なんか何もしたことないぞ。
「別行動の意味は分かったけど、結局姫宮くんは何を描くつもりなの?」
「それが……何も考えてないんだよね。何かいい案ないかな?」
美香の質問に、千夜は困ったように頭をかいた。そんな千夜を見て、俺はあることを思いついた。というより、思い出した。
「姫宮、俺に提案がある」
「お、何?」
千夜は期待に目を輝かせた。俺は真剣な表情を作って、こう言った。
「レッサーパンダを描くべきだ」
俺のその言葉に、千夜は意外にも一瞬だけ嫌そうな表情を見せた。が、すぐにそれを取り繕うかのように笑って見せた――