第14話 とある双子の対決
「……どうも、こんにちは……秋本先生」
この理科室に入って来たのは、一夜じゃなく、音楽教師の秋本先生だった。
先生は僕が挨拶すると、驚いた表情を見せた。が、すぐに睨んできた。どうやら相当僕は嫌われてるらしい。……無理もないけれどね。
「何でここにいるの、姫宮くん。補習が終わったのなら早く帰りなさい」
先生は僕を射抜くように睨みながら、刺々しく言った。僕は苦笑しながらも、出ていこうとはしなかった。
先生の手に、水色のパスケースが握られているのを見てしまったからだ。
「先生、僕、姫宮先生に頼まれて写真を捜しているんですけど、心当たりありませんか?」
「ないわ」
即答だった。かなり不愉快そうだけれど、こっちだって不愉快なことには変わりない。
「おかしいですね。だって、先生の手に握られているパスケースは、姫宮先生のもののはずですけど? あ、もしかして、姫宮先生に自分で届けようと思ってましたか? だったら悪いことをしましたね。今すぐ僕と一緒に届けに行きませんか?」
我ながら、よくもまあここまで言葉がスラスラ出るものだ。自分で自分を褒めてやりたい。
先生はさらに不愉快そうに顔を歪めた。あらら。化粧で作ったお顔が台無しだ。
僕がここまで挑発的に言ったのは、先生が自分で父さんにその写真を返してくれることが理想の終わり方だと思ったからだ。
しかし、残念ながら先生は僕の申し出を受けたくないらしい。
「悪いけど、それは嫌よ。だってムカつくもの」
何だよそれ。子供かよ。
僕はいい加減本気で怒りたくなってきた。何か言い返そうと口を開こうとした僕は、扉付近に現れた人影を見つけて口をつむんだ。
「まるで駄々をこねる子供みたいな態度ですね」
「……っ!?」
突然、背後から聞き覚えのない声がしたことに驚いた先生は、弾かれるように振り返った。
そこには、無表情だけど明らかに怒気をまとった一夜がいた――
***
俺は本当は、あの秋本が現れた時、すでに理科室にはたどり着いていた。今の今まで姿を現さなかったのは、秋本が兄貴相手にどういう反応を見せるのかを見たかったからだ。
……予想以上に性格が悪いということが分かった。
秋本は突然現れた俺にかなり驚いていたようだが、気を取り直したのか、殺気のこもった目で睨んできた。
――大した度胸の女だ。
「なーんだ。ちゃんと話せるんじゃない、弟くん。声が出せないんじゃないかって心配してたのよ?」
「……っふざけんな!!」
秋本はからかうように俺を嘲った。その言葉に、俺ではなく兄貴がキレてしまった。
「一夜は話せないんじゃなくて話さないんだよ!! 本当はあんたみたいな最低な教師なんかに一夜の美声を聴かせるのは、死ぬほど勿体ないんだからな!!」
兄貴、俺のために怒ってくれるのは嬉しいんだが、論点がずれてるぞ。
俺は兄貴に歩み寄って軽くその頭をはたいた。
「いてっ」
「兄貴、あんな挑発に乗るな」
兄貴は軽く頭をさすりながらも、渋々頷いた。俺は兄貴が大人しくなったところで、いい加減本題に入ることにした。
「秋本先生、その写真を返してもらおうか」
「断る、と言ったら?」
「警察に突きだす」
俺は未だに余裕の表情を浮かべている秋本に淡々と言った。一方で兄貴は今にも怒鳴りだしそうなぐらい、怒りに満ちた顔をしている。
どうやら短期決戦が望ましいようだ。
「警察に突きだす? そんなことしたって、誰もあんたたちのことなんか信じないわよ? そんなことになったら、偶然拾いましたって言えばいいんだから」
「確かに。普通だったら教師であるあんたの方が有利だろうな」
ここで俺は一旦言葉を切って、秋本の表情を観察した。相変わらずムカつく笑いを浮かべている。俺は溜め息をつき、言葉を続けた。
「だが、たとえ警察や他の教師があんたを信じても、姫宮先生は俺たちを信じるだろうよ」
「……っ!」
ここにきて初めて、秋本の表情に焦りがでた。流石にこれには反論できないらしい。
「……でも、分からないわよ? 私が本気で泣き落としにかかれば、もしかしたら「ありえない」っ!」
負けじと反論しようとする秋本の言葉を、兄貴が遮った。兄貴は拳を握りしめて、今にも秋本につかみかかりそうなぐらいの目付きで怒鳴った。
「父さんは絶対に僕たちを信じてくれる!! あんたなんかを信じるわけがない!! 父さんは絶対に僕たちや母さんを裏切らないって約束してくれたんだから!!」
兄貴がここまでぶちギレたのは、昔俺が事故った時以来だ。俺は何だか新鮮な思いで黙って見ていたが、怒鳴られた秋本は、目を見開いて小刻みに震えていた。
「……っうるさい!! こんなものがあるから、彼は私を見てくれないのよ!!」
秋本はそう逆ギレすると、何を思ったか、窓に近づき、写真を放り投げた。
「ああ!! 写真が!!」
兄貴は悲壮な声をあげて窓に駆け寄った。
写真が入ったパスケースは、ここ三階の窓から長い弧を描いて落ちていき――
「……お?」
父さんの手でキャッチされた。
……どんなミラクルだ。
「……と、父さん!?」
「おー、どうした千夜? 一夜も。もしかして、写真見つけてくれたのお前らか?」
父さんは嬉しそうに朗らかな声で言ったが、俺たち三人は呆然としていた。
俺は仕方がなく、事実をいいようにでっち上げることにした。
「秋本先生が見つけてくれたんだよ。父さん」
「「え」」
俺がそう言うと、兄貴と秋本は揃って俺を見た。何言ってんだよ、とでも言いたげだが、それは無視することにした。
「マジで!? ありがとうございます秋本先生!! この礼は必ず!!」
「先生はケーキが好きらしいから、ケーキでいいってさ」
「よし分かった!! 今からすぐに買って来るから四人で食べよう!!」
父さんはそう叫ぶと、ハイテンションで走って行ってしまった。もちろんお礼(?)のケーキを買いに。
秋本は呆然としているが、そんな彼女にひとついい忘れていることがあった。
「先生、最近の携帯って、便利だと思いません?」
「……はあ?」
ポカンとした顔の秋本に、俺は自分の携帯を見せた。携帯画面には、こう表示されていた。
『録音中』
それを見た瞬間、秋本の顔からサーっと血の気がひいていった。
「これからは仲良くしましょうね、秋本先生?」
秋本は真っ青な顔で勢いよく頷いた。
「……一件落着……なのかな」
兄貴はまだ衝撃を受けたままらしく、呆然とした表情で呟いた。それに対し、俺の答えはというと――
「平和が一番、だろ?」
第3章終わり