第12話 とある双子と三角関係
「だから、何であの姫宮先生なんですか!?」
「そんなの、貴方よりも顔も性格も頭もいいからに決まってるじゃないですか!」
「しかし、彼は妻子持ちですよ!?」
「そんなことどうだっていいです。奪いがいがあるじゃないですか!」
……何この会話。一体どういう状況なのか説明プリーズ。
僕と一夜は、父さん……じゃなくて姫宮先生に弁当を届けるべく、職員室を目指していた。その道中で、たまたま通りかかった音楽室から不穏な会話が聴こえてきたのだ。
好奇心に負けた僕は、中の人に気付かれないようにそっと少し扉を開け、息を潜めて中の様子を伺った。一夜も静かに僕に従った。
中にいたのは教師二人。どっちもよく知った先生だ。
まず一人目。一番最初にキレてたのは、体育教師の岩本雅士、多分三十代半ば。独身。黒髪スポーツ刈りの筋肉質な先生で、ウザいぐらいの熱血。残念なところは背がちょっと低くて、顔が油ぎっているとこ。
二人目は女性。音楽教師の秋本千華。多分三十いくかいかないぐらい。こっちも独身。軽くウェーブのかかった肩ぐらいの茶髪で少しケバい。まぁそれなりに美人には見えるけど、どう見たって化粧で作った顔だ。性格ブスだと思う。
全く……ナチュラル美人の吉永先生(第一章参照)を見習ってほしいものだね。
さて、この二人が一体何を話しているのか。多分誰が見ても明らかだろう。そう、二人は我らが姫宮先生のことを話しているのだ!
俗に言う三角関係。
岩本先生は秋本先生に、秋本先生は姫宮先生に片思いしている……らしい。僕も今知った。うわー、どうしよう。何だかめんどくさいことが起こりそうだ。
「……何やってんだ? 姫宮兄」
「へっ?」
突然、頭上から聞き覚えのある声が降ってきた。見上げると、予想通りの姫宮先生だった。
……何でこのタイミングで現れるんだよ。
「えーっと、弁当届けに来たんですけど……」
「おっ、マジで? サンキュ」
「……」
僕が弁当を渡すと、姫宮先生は嬉しそうに笑顔で受け取った。
あ、いつの間にか一夜がいなくなってる。
***
「そういえば、さっきは音楽室前で何やってたんだ?」
あんなことがあった日の夜。姫宮先生……父さんは、何気なく聞いてきた。あくまで話のついでに、という感じだ。
「いや、大したことじゃないよ。ねぇ、一夜」
「……ああ」
一夜は、何で俺にふるんだよ、みたいな顔をしながらも同意してくれた。それに対し、父さんは不思議そうな表情をしたものの、特に何も言わなかった。
「大したことじゃないならいいんだけどな……何かお前ら、妙なこと企んでないよな? 特に千夜」
「何で僕!?」
何て人聞きの悪いことを! 僕はそんなに信用ないのか!
「まだ何も企んでないよ。まだ」
「まだを強調するな」
父さんは呆れた表情でそう突っ込んだ。一夜も同じような表情をしている。流石は親子。そっくりだね。
「あ、そうだ、父さん。聞きたいことがあるんだけど」
「何だ? 世界史のことなら大歓迎だぞ」
「違うよ」
僕は一旦否定すると、一呼吸おいて口を開いた。
「父さん、浮気なんか絶対しないよね?」
「はあ?」
僕の質問に、父さんは驚きの声をあげた。一夜はいつものように黙って、真剣な表情をしていた。
「……疑ってんのか?」
「まさか。僕たちは父さんのこと信じてるよ。絶対そんなことしないって。ただ……」
昼間のことが気にかかる。父さんがあの秋本先生になびく可能性は万にひとつもないってことは分かってる。だけど、
「なんか、心配になっちゃったんだよね……。父さんの周りが」
「……」
父さんは真剣な表情で黙りこんで何か思案していた。しかし、何か思い当たる節があったのか顔を上げて、真っ直ぐ僕たち二人を見据えた。
「心配しなくても俺は大丈夫だよ。お前たちを不安がらせることは絶対にしない。約束するよ」
いつもの優しい笑顔に戻った父さんは、僕たちにそう断言した。つられて僕も少しだけ笑った。
「さあて、今から明日の予習をやるぞ!」
ところが父さんは、突如和やかな雰囲気を捨て去る声を出し、立ち上がった。
僕は軽くずっこけた。
「えー!! 予習なんかしなくてもちゃんと理解してるってば! あんなの暗記すればいいんだからさ!」
「何言ってんだ! 歴史はロマンだぞ! 覚えただけじゃ駄目!!」
僕と一夜は、結局就寝時間ギリギリまで父さんに付き合わされたのだった。
(父さんの授業って、分かりやすいけど眠くなるんだよね)
2013/1/13 一部改稿しました。