第11話 とある双子の補習
父さん……先生の非情な宣告から数日後。今日は補習一日目。普通だったら夏休み初日だ。ムカつくぐらい太陽はギラギラと照りつけているし、セミの声もうるさすぎていやになってくる。
「……何で僕たち、学校にいるんだろ」
「……」
そうぼやいた僕に、一夜は知るか、と目で答えた。
***
「よーし、皆そろってるな?」
「先生ー! 川島がいませーん!」
「あいつは不良だからほっとけ」
なんだか、教師にあるまじき発言が聞こえたような気がするけど、気のせいかな?
記念すべき(?)初の補習授業のトップバッターは、父さんもとい世界史の姫宮先生だった。ていうか、僕たちが受けるのは姫宮先生の授業だけだけどね。
僕たちは、学校では絶対に教師と生徒の立場を守るように父さんからきつーく言い聞かされている。ある意味当然だけどね。だからここでは父さんのことは先生と呼んでいる。
ところで、今日から一週間続く予定の補習は、当たり前だけど成績が芳しくない生徒が集められて受けるものだ。教科ごとに補習メンバーは違うのだけれど、姫宮先生の世界史クラスは生徒が圧倒的に多い。
特に女子生徒が。
その数実に十五人。プラス僕と一夜の二人で十七人という大所帯を記録している。ちなみに言うと、うちのクラスの女子は二十人だ。つまり、ほとんどの女子がこの補習に参加させられているのだ。
要するに姫宮先生は、ものすごくモテるのだ!
……すごいね、女の子って。姫宮先生の補習を受けたいがために、皆わざと成績を落としてるんだから。まぁ、先生がモテることに関しては仕方がないかなって思うけどね。
先生は実際格好いい。軽く左右をピンでとめたサラサラの茶髪、長い睫毛にくっきり二重瞼の焦げ茶の瞳、肌はほどよく日焼けして健康的。身長は高いし、手足も長くスタイルがすごくいい。
極めつけはその笑顔。爽やかに"ニコッ"とでも効果音がつきそうな笑顔を見せられたら、大抵の女子は骨抜きになる……らしい。そうならない唯一の女子は、多分母さんだけだ。
これで妻子持ちの三十五歳とは、末恐ろしいものだ。自慢と言えば自慢の父さんだけどね。
そう言えば忘れてたけど、姫宮先生と僕たち双子が親子であることは、多分生徒は知らない。
……先生たちは知ってるだろうけど……いや、絶対知ってる。たまに先生たちから異様な目で見られるから。
特に、あの二人が……。
「……おい、双子兄の方。五賢帝時代にローマ帝国を最大領土にした皇帝は?」
「……はい?」
いつの間にか、僕は問題をあてられていたらしい。まずい、全然聞いてなかった。
僕は仕方がなく、問題に答えるべく立ち上がった。
「先生、もう一回お願いします」
「五賢帝時代にローマ帝国を最大領土にした皇帝は?」
「トラヤヌス帝です」
「正解。座ってよし」
僕はとりあえず難なく答えることができた。はーっと脱力して席につく。斜め後ろの席でつまらなさそうに頬杖をついている一夜は、呆れたような目線を送ってきた。
――仕方がないじゃないか。分かりきったことを何度も教えられたって楽しくないし。
僕はそう思いながらも、またあてられるのは勘弁してほしいので、真面目に先生の声に耳を傾けた。
***
「終わったー!!」
「……」
あれから数十分後。やっと授業終了のチャイムが鳴り響き、僕たちは今日の補習から解放された。さぁ、後は下校するだけだ。
「一夜、さっさと帰ろう!」
「……待て」
勢いよく鞄を持って教室を出ようとした僕の肩を、一夜は短い制止の言葉と共に掴んで引き止めた。
……本日の一夜の第一声である。
「何?」
「父さんに弁当届けろって母さんに言われただろ」
あ。忘れてた。
そういえば今朝、父さんは母さんの愛情(?)の詰まった愛妻弁当(笑)を忘れて行ってしまっていた。母さんは不機嫌オーラを最強のポーカーフェイスに隠して、僕たちに弁当を届けるように指令を出していたのだ。
危ない危ない。一夜が言ってくれなかったら、今晩母さんに一体何を言われることか。
「ごめんごめん、忘れてたよ。帰る前に職員室に寄って行こう」
「……」
僕がそう言って職員室を目指して歩きだすと、一夜は軽く溜め息をついて後をついてきだした。
この後僕たちは、まさかあんな場面に遭遇することになるなんて、知る由もなかった。
2013/1/13 少し改稿しました。