第1話 とある双子の日常
日常なんてあってないようなものだと、僕は常日頃から思っている。理由は簡単には説明できないけれど、ふとした日常がいとも簡単に崩れ去っていくことを考えてみたら、日常とはその程度のものかと思うんだ。
だからこそ僕は、非日常という名の刺激を求めている。僕の飽くなき好奇心を満たしてくれる非日常は、一体どうしたら手に入れることができるのだろう?
僕の好奇心は尽きることを知らない。僕は今日も、僕の愛する非日常を求めている――
「一夜、またサボり?」
「……」
只今の時刻十三時。福岡市内のこのK高校は、ちょうど今さっき五限目の授業を知らせるチャイムが鳴ったところだ。
だけれど今僕たちがいるのは、教室ではなく屋上。要するに、僕たちはサボりである。今頃担当の先生怒ってるんだろうなぁ……なんて思いながらも、今回だけ見逃してね、と心の中で謝っておくとする。
我が双子の弟一夜は、なぜだかいつにも増して機嫌がよろしくないらしい。声には出さないけど、不穏なオーラが彼の周りに漂っている。
「どうしたんだい? 随分と機嫌が悪いみたいだけど」
「……」
一夜は答えない。だけれど一夜が声を出さないのはいつものことだから、別に気にもしない。声なんか出さなくったって、大体様子を見ればわかるし。
そんなことを思っていると、一夜は相変わらず無言のまま、見ろと目で言いながら僕に一枚の紙切れを手渡した。それを見て、僕は怒ってる一夜には悪いけど、少しだけ笑ってしまった。
「またなのかい? 君もいい加減諦めたら?」
僕がそう言うと、一夜は僕を睨んできた。そんなふうに睨まれたって、慣れてる僕からしたら恐くもなんともないんだけどね。
その紙切れは、よく見ると可愛らしい便箋だった。真っ白だけれど、所々に薄いピンクの桜模様が控えめにプリントされてある。しかも、ご丁寧にも真っ赤なハートのシールで封がしてあった。
要するに、これはどこからどう見てもラブレターだ。
どこの誰かも知らないけど、紙切れなんて言ってごめんね。
一応心の中で謝罪しておく。内容はこんな感じだ。
姫宮くんへ
私は姫宮くんのことが好きです。貴方はいつも黙っていて、声もあまり聴いたことがないけれど、前に私が重い荷物を持っていた時、さりげなく持つのを手伝ってくれたのがすごく嬉しかったです。
貴方は思っていたよりもずっと優しい人なんだと思いました。
でも、私は貴方と無理に付き合いたいとは思っていません。貴方を見ているだけで私は十分幸せだからです。願わくは、貴方が私の気持ちだけでも受け取ってくれることを期待しています。
Y より
「やばい、この子一途過ぎて涙が出そう」
「……」
手紙の中身を読んで、僕は思わず感動してしまった。今まで読んだ一夜へのラブレターの中で、間違いなく一番好感を持てる。
かわいそうに、何でこんな顔だけの無口男に恋してしまったんだ。君ならきっと一夜よりもいい男を見つけられるよ。
一夜は相変わらず微妙な顔で僕を見ている。
何感動してんだこいつ、みたいな目で僕を見るなこの馬鹿。
そう思ったところで、僕は重要なことに気がついた。
「ねぇ、この手紙の『Y』さんって誰? 知り合い?」
「……」
僕の問いかけに、一夜は無言で首を横に振った。どうやら知らないらしい。というより、分からないと言ったほうが正しいのかな。
はてさて、僕たちのクラスにイニシャルが『Y』の女子はいなかったはずだけど。
「本当に分からないの? この子君に荷物持ってもらったって書いてるけど、覚えてないの?」
「……」
そんなことした覚えはねぇ、と目で訴えられた。なぜ覚えてないんだ。学年主席のクセに、その程度のことも覚えてないのか。
なんて言ったら怒られそうだから言わないけれど。それよりも気になるのは……。
「差出人は、誰なんだ……?」
2013/1/13 冒頭を一部改稿しました。