9.精霊樹とお話ししたところ
ジュダンは、私が考えたとおり、自分の本来の身分も存分に駆使して情報収集をしてくれたようだった。しかも、小鳥が情報をくれた時には既にムディラン入りをしていて、二日間で情報をかき集めたとのこと。驚異的すぎる移動方法は、どうやら暗部もいくつかは知っている、謎の道らしかった。
簡単に言えば、ある地点とある地点を、ある法則に則って道に入ると、一気に飛ぶらしいのだ。その原理は分かっていないのだが、便利とのことで使われているらしい。失敗してどこかに飛ぶと言う事はなく、失敗すれば通常距離の移動しかできないだけと言う事なので、危険度も低いらしい。
そんな裏技あったんですか。初耳過ぎて脱力ですよ。しかも小鳥の方がその道に詳しかったらしく、抜け道もどうやらそう言う道だったとか。城から出る時はほぼ馬車移動、城下にお遊びで出ることもないという生活をしていれば、確かに知ることの出来ない情報ではあるんですけど、なんだか、私だけすごく無知のようでいたたまれない。
「それじゃあ、俺が仕入れてきた情報ー」
へらりと笑ってジュダンは話し始めた。
「まずは、体良く王子が姫さん連れ帰ってきたら、そのまま事実婚にして国に返さない算段してました」
思わず飲みかけていたお茶を吹くところだった。何処まで横暴。と言うか、事実婚てなんだ。移動中にガルエル王子と出来ちゃいましたってことか? それとも、一ヶ月の間に何かあったので、ムディランに着いた時に子供がいるって分かっちゃいましたとか言うつもりか。後に死産しましたとでも言う事にして子供は産まなくても平気とかそう言うところか。
「ジュダン。後でリストくださいね」
にっこりと笑って私がそう言うと、ジュダンは嬉しそうに笑った。
「了解、姫さん」
うん。私が何を言いそうかまで分かっていたのか。本当に有能だ。後でグラッパリエに頼んで何か領土全般的に良くなるものでも贈れるように算段しよう。多分、その方が喜ぶだろう。何より今回のムディラン入りは、グラッパリエに頼まれてという事になっている。グラッパリエの覚えのいいことがあったと解釈されるだろうから、少々くらい行きすぎた物だったとしても、有難く受け取って貰えるだろう。
「他には」
「それがダメだったら、病気になったって言って、神殿に閉じ込めよっかとかも言ってたねー」
呑気なジュダンの声に、私の笑顔は見事に固まった。きっと、多分我慢しなくていいと思う。うん。ちょっと南の塔に行ってこよう。
「私、南の塔に用事を思い出しました」
ふらっと立ち上がって私がそう言うと、ジュダンが慌てて私を制止する。
「わー。姫さん落ち着いて。それ、本気で洒落にならないから」
情報通だな。と言うかそれを知っているとなるとかなり危険なんだけれど。何処まで知っているんだろう。
「そんな大変なことにはなりませんよ」
スー兄様は出れないとなれば、そう大変なことにはならないのだ。本当に。けれども、ジュダンはそこまで分かっているようで、それでもと私を止める。
「いやいや、本当、それなら、俺がやるから勘弁して」
ジュダンが本気でそう言っているという事は、言っていたのは全て王族か。確かに根絶やしにしてしまったら色々と後が面倒だな。でも、とりあえず、ここに一人残っているし、最悪なんとかなるんじゃないかしらと、思うことにする。。
「いや、転覆するからホントに」
私の思考を読んだらしいジュダンがそう言った。転覆と言う事は、王族のみならず家臣一同か。それは大変だな。でも、家臣のすげ替えくらいきっとできるだろうし、王族一人残っていれば、国を立て直すことも出来ないことはないだろう。多分。ムディランの今後など私の知ったことではないし。
「姫さーん」
「えっと、ムディラン転覆計画で良いんでしたっけ?」
笑っていない私の笑みを見て、本気でジュダンが焦りはじめた。私、結構本気なんですけど。どこかまずいですかね。
「いやいやいや。大丈夫だって、全部、姫巫女さんが一喝して却下させてたから。いやーもう凄い剣幕だったよ。姫巫女さん。ムディランを殺す気かって怒鳴って。姫巫女さん可哀想だから止めたげて」
本当に姫巫女はそう言うことは考えていないようで、全てのロクでもない計画を怒鳴りつけて白紙にさせたらしい。まあ、白紙にならなければ、私自身がけりを付けていただけなのだろうとは思うけれど、まだ、国内に抑止力が残っているというのなら、私も落ち着こう。
「では、一応その計画はないと言う事ですね」
「うん。まあ、正しく言うなら、現時点では。だけどな」
ジュダンがそう言って、ばつの悪い顔をする。何処まで姫巫女の力が及ぶかは彼にも分からないのだろう。それは別に良いのだ。最悪、私が婚姻、病気などという事で、ムディランに縛り付けられたとなれば、お父様が黙ってはいない。お父様が怒ると、本当に手が付けられなくなるのだ。だって、お母様が、本気になりすぎるから。
「良いです。神殿に直接入ればいいと言うことですから」
私がそう言って座り直すと、あからさまにジュダンはほっとした息を付いた。ちょっと遊ぼう程度だったのだろうけれど、質が悪すぎでしたよ。
「後は、巨木か。神殿では、精霊樹って呼ばれているらしい」
ああ、やっぱりそっちでしたか。ガックリと私が肩を落としていると、唐突にガルエル王子が私を見た。
「やはり、リィリア姫は精霊の声が聞けるのですね」
キラキラと瞳を輝かせ、実年齢より遙かに子供っぽい表情になって、私を見るガルエル王子は、興奮しきっていた。
「王の話では、幼い頃は、水や風が貴女の言うことを聞いているようだったという話でしたから」
衝撃の初事実を聞いて、私の動きが固まった。私の幼い頃? 私、全くそんな記憶はないですけど。そんなことをしていたのか? 私。ダメだ。全く記憶に引っかからない。という事はもしかして。私が目覚める前のことか。自我が生まれていない時。
そんな時の行動まで、私、責任取れませんよ。
「えっと」
『聞こえてるし、話せるよ』
ジュダンの肩に乗り、ずっと大人しくしていた小鳥がそう言った。もの言いたげな小鳥の雰囲気を感じ取り、私はしばらく考える。小鳥には色々とお世話になっているし、その小鳥が来て欲しいと言っていた。じっと私は小鳥の方を見る。そして、ジュダン、ガルエル王子と順にその顔を見て、決断することにした。
「分かりました。ジュダンの使った道を通って、神殿に直接入ると言うことであれば、私、ムディランに参ります」
もう、これしか道は残っていないだろう。面倒くさいことだ。
「お父様、お母様、それと、兄様方には事情を話します。私に何かあれば、ムディランがどうなっても責任は取りませんので、お覚悟を。ムディラン第一継承王子、ガルエル様」
きっぱりとした私の言葉に、ガルエル王子は嬉しそうに笑った。
「来ていただけるのですか?」
「ええ。行かないことにはお話にならないようですし」
逃げ続けられればそうしたいが、どうにもそうも行かないらしい。この辺りが諦め時なのだろう。
「ジュダンはどうする?」
「ここまで来て最後が分からないなんて言ったら、俺、グラッパリエに殺される」
「分かったわ」
確かにグラッパリエに報告するのはジュダンの仕事だ。私では、グラッパリエに全てを話さないかもしれない。それならば、ジュダンが見たままを話して貰う方がいいだろう。
「出発は、お母様達の許可が出てからになりますが、よろしいですか?」
私がガルエル王子の方を見ると、ガルエル王子は、力強く頷いた。
「はい。ありがとうございます。おばあさまの願いを聞き届けていただけて嬉しいです」
深々とガルエル王子は頭を下げた。どうやら姫巫女は、ガルエル王子のおばあさまだったらしい。ガルエル王子は、そのおばあさまのためにここまで来たのだろう。思わぬことが色々起きていて焦っていたようだし。
「では、後日また、改めまして」
私もガルエル王子に頭を下げると、ジュダンは小鳥を私の方に差しだした。
「んじゃ、決まったらまたコイツで知らせて」
「ええ」
そう返事をしながら、結局ムディラン入りが決まってしまったことに内心、私は溜息を吐く。ああなんだか気に入らない。予定調和とでも言うんだろうか。そんな気がしてならない。
けれども、もう小鳥は何も言わない。だから私は、小さく溜息を吐いた。
あの後、何時ものようにジュダンは窓から帰っていった。ガルエル王子も部屋に帰り、私は小鳥を空に放すと、お母様の元に行くことにした。
マリ姉様には話しづらいけれど、お母様とお父様と兄様方にだけは話さなければならない。何かあった時に動くのは、この五人だからだ。何よりお父様に妙な誤解をさせたままだと私の身が危うい。私、お嫁に行く気はないですよ。お父様。
侍女をともない、私は正式にお母様の元に訪れた。
さあ、ここからは冷静にならなくては。兄様方とお父様を止められるのは私だけなのだから。下手をすると、本当に明日の朝には根絶やしにしかねない。
「あら。ジュダンは帰してしまったの?」
部屋を訪れると、お母様がそう言って笑った。ゆったりと執務用の椅子に座っているが、笑みが恐ろしい。どうやら、お母様も結構、怒っているみたいだ。本当に冷静にならなくては。
「はい。彼は、公式の場には出られませんから」
にっこりと私が笑うと、お母様はその意味が分かったようで、溜息を吐いた。まあ、大方の予想は付いているのだろうとは思うが、その予想を裏付けられない移動の早さは、ある意味ジュダンの身を守っているのだ。
「まあいいわ。だいたいは報告を受けました」
そう言うと、お母様は立ち上がり、執務用の机から、長いす移動し座った。報告をどこから受けたのかは一目瞭然ではあったが、私はここに来て、やっと重要なことを思い出した。
「はっ。そうですよ。お母様。私付きの侍女たちっていったいなんですか」
「だって、リィリア達にに男の護衛を付けると、レイとクーが怒るものですから」
そう言えば、マリ姉様のところにもいなかったですね。男の人って。コーディにもそう言えば。
「どれだけ私たちの護衛にお金を掛けているんですか。もったいない」
「レイとクーが暴れるよりは安いですよ」
にっこりとお母様は笑って言った。いや、まあ、確かにそうなんですけれど。それでも何か腑に落ちないというか、無駄に国のお金を使うのはどうかなとも。でも、護衛を付けなければいけないというのも確かで、侍女と兼用であれば、ある意味、押さえられてはいるのか。個人当りの金額が高そうで怖いけれど。
「まあ、その件に関しては良いです。お父様を交えて、南の塔でお話ししたいことがございます。お時間は頂けますでしょうか。シュロスティア王妃」
私はわざと、最後にそう言った。個人の問題ではない。下手をすれば国益に発展する話だ。と言うか、全面的にムディラン転覆になるが。それを出来ることを私は知っている。だからこそ、きちんと話をしなければならない。
「分かりました」
お母様はそう言って頷いた。
さて、南の塔で緊急家族会議となりました。いえ、もっぱら私の役目は、レイ兄様、クー兄様、お父様の三人をなだめることなんですけれど。流石に腹に据えかねたらしく、スー兄様も手伝ってくれません。私、孤軍奮闘ですよ。
「落ち着いてください」
「落ち着けるわけないだろっ」
今にも扉をぶち破って出ていきそうな勢いのレイ兄様を必死で止めるものの、頭に血が上りすぎて、完全に私の話を聞いてくれていない。仕方ないので、手に持った鈍器で一発殴っておきます。
「リィリ」
痛みにほんの少しだけ冷静さを取り戻したようで、レイ兄様が私を見てくれる。
「落ち着いてください」
一語一語区切ってそう言うと、レイ兄様は、やっと、椅子に腰掛けた。一つ事情を話すたびにこれでは、全部話し終わるまでには夜が明けるんじゃなかろうか。
「とりあえず、私としては、ご高齢と言われる姫巫女様のお顔を立てたいと思っています」
御年、85才と言われる姫巫女様は、未だご健在とは言え、王族には、二代にわたって女児はなく、彼女がいなくなれば、姫巫女が途切れることになるらしい。
「神殿に直接入れば、リィリアは平気なのかい?」
お父様が心配そうにそう訊ねてくる。多分大丈夫だと思うのは、ただの直感でしかない。だから私は返答に困った。なんと言うべきか。しかし、その間をお父様は、許してはくれなかったようだ。
「ねえ。レイガウスと、クウレウスと、スウリウスを全員動かしたら、一晩で済むかな」
お父様は、私をすっ飛ばして、お母様にものすごい危険なことを聞いてますよ。ちょっと待って、それはダメ。いや私もちょっとやっちゃおうかなって思いましたけど、そこにスー兄様足したら、本当に洒落にならないですよ。
「お父様。ちょっと、ちょっと待ってください。大丈夫なはずなんですけれど、それが私の直感だけなので、説明のしようがないだけなんです」
慌てて私がそう言うと、お父様は本当に辛そうな顔をして私を見る。そんな顔しないでください。今生の別れではないし、私、ここに戻ってくるつもりですし。
「ねえ、リィリア。ボクはね。王様としては本当にダメな人間だって言うのは分かっているんだよ。だからね。父親としてまでダメな人間にはなりたくない。ボクの言葉がリィリアを窮地に立たせてしまったんだろう。それなら、これはボクにも責任のあることなんだ」
「お父様のせいじゃないです。私が迂闊でした。それに、こう言う言い方は、卑怯だと思うんですけれど。多分、私は行かなくてはならないんです。ムディランの精霊樹の元に」
多分、こんな事がなくてもいずれは行かなくてはならなかったんだろう。そんな気がする。そして、この力はいらない物じゃなくて、むしろこれこそが重要だったんだ。ああ腹立たしい。
「リィリア」
心配そうな瞳が私を見る。もう大好きでどうしよう。私は何があってもここに帰って来たい。きっとそれは我が侭なのかもしれない。それがムディランを壊すことだったとしても、私はここに帰りたい。みんなが居る、ここ、シュロスティアのお城に。
「だから、私をここに帰れるようにしてください。私は絶対に、ムディランになんて残らない」
こらえきれなくなった涙がぽろぽろと零れて落ちていく。こんな姿、マリ姉様に見せたら、怒り狂ってしまうかも。なんとか涙を止めようと、そんなことを考えてみるけれど、余計に涙が止まらなくなった。
「大丈夫よ。ちゃんと貴女がここに戻れるようにしますから。泣かないで」
お母様が優しく抱き締めてくれて、兄様方は少しばつが悪そうな顔をして、お父様は嬉しそうに笑っていた。
ここに居られることを、私は本当に嬉しいと思ってる。
まあ、そんな今生の別れのような修羅場を越え、私とジュダンはお忍びルートでムディラン入りをすることになった。王族にも誰にもばらさないようにと、先に姫巫女様に繋ぎは取ってある。
どうやら姫巫女様も、腹に据えかねていらっしゃったようで、二つ返事であんなバカどもにばらすわけがないとお返事をくださった。ガルエル王子が帰ってくると面倒なことになるので、むしろ置いてきて良いとまで言ってくださったので、私たちはその言葉に甘えることにした。
そして現在、ジュダンが一日で渡れると言った裏ルートで進行中なんだけど。ダメ、吐き気がする。良く平気だな。ジュダンは。
「ごめんなさい。次のポイントでちょっと休憩を」
吐き気に耐えかねた私がそう言うと、ジュダンは不思議そうな顔をして、私の様子を見る。本当だったら、誰もこんな風にはならないんだろう。通れないことはあっても、通れるのに体調を崩したというのは聞いたことがないらしい。
「了解。本当、姫さん今にも死にそうな顔色になってるよ」
流石に心配になったらしく、ジュダンはそう言ってくれた。なんでみんなあそこを平気で通れるんだ。ぐらぐらと視界が揺れる。ざわざわと気配がする。そこにあるなにもかもが、私の奥に触れようと手を伸ばしているように感じて、寒気が止まらなくなった。
やっとポイントについて、足を止めると、私は崩れるように座り込む。視界が限界だ。目を開いているのがきつくて、ぎゅっと瞑っていると、心配そうにジュダンが声を掛けてくる。
「水飲む?」
「ありがとう」
ほんの少しだけ水を飲むと、少し落ち着いた。
「移動酔いなんて聞いたことないんだけどな」
本当に不思議そうにジュダンは私を見る。そうしてから、少し考え込んで、ジュダンは言った。
「姫さん。あのさ、恥ずかしいの我慢して、俺に負ぶわれない?」
うん。とっても恥ずかしいけど、この状態だと背に腹は替えられないかもしれない。
「ジュダンは平気?」
流石にこの体重を背負って走り続けるのは酷だろう。無理なら、時間がかかっても、自分の足で走るべきだ。まあ、提案してくるという事は、大丈夫だと言う事でもあるんだろうけど。
「まあ、この後直ぐ神殿ってわけじゃなくて、宿屋で一泊できるならなんとか」
流石に疲労が溜まりすぎるので、護衛としても付いていく身のジュダンとしては、万全な状態でない時は、行きたくはないだろう。更に私に傷でも付けば、ジュダンの身も危ないと言うのを思い出して、私は温く笑った。
「まあ、その点に関しては、私の方がきっともっと無理」
この気分の悪さは、本当に一晩寝て回復するのか疑問に思えるほどだ。まともに立てない状態になっている私を見て、ジュダンはしみじみと言った。
「だよね」
結局私はぐったりとしたままジュダンに背負われ、道を抜ける。着いたら直ぐにジュダンは宿を取ってくれた。その頃もうほとんど私は諸々訳の分からない状態で意識が無くなっていたんだけれど。
宿屋のご主人はぐったりとしている私を見て、それはそれは同情をしてくれて、色々と世話を焼いてくれたとのことだった。ごめんなさい。全く記憶になくて。
「姫さん、平気?」
翌朝目を覚ました私に、ジュダンが心配そうに声を掛けた。
「なんとか。でも立つのは無理そう」
まだぐるぐるとする。体の中が引っかき回された気分だ。
「じゃあもう一泊か」
「ごめんなさい。まさかこんな事になるとは予想もしてなかったから」
こんな風になるなんて話しも聞いていなかったので、油断していた。まさかのタイムロスではあるけれど、立ち上がれないのでは仕方ない。
「いや。結局今回の主役は姫さんなんだし。万全の状態で挑まないとな」
ジュダンの言葉に私は苦笑を返す。確かに、私が主役なんだろう。いったいどんな約七日を考えると、本当に気が重い。
「もう少し寝るわ」
「ああ。起きたら軽い食事を作ってもらうよ」
「ありがとう」
ジュダンにそう返事をすると、私はまたゆっくりと、夢の中に落ちていった。
その次の日、やっと全快した私は、神殿へと向かった。まあ、正面からなんて入りませんけどね。事前に、裏道を教えてもいただいているので、そこから神殿最深部に行くことになっているんです。
そして、私は、溜息を吐いた。
「ようこそいらしてくださいました。わたくしは、ニーイルと申します」
穏やかに笑う、御年85才の姫巫女様。とっても穏やかでおきれいな方だ。うん。この人のためだったら、いいと思える。というか、こんな方を怒らせたのか。ある意味凄すぎるな。ムディラン王家。
「いいえ。遅くなりまして申し訳なく思っております」
「よいのですよ。ここにいらしてくださっただけで、わたしくどもは、貴女に感謝の言葉もない」
穏やかに笑うニーイル様に、私も笑い返す。そして、問題の精霊樹を見た。
「貴女には、声が聞こえまして?」
少し寂しげに、ニーイル様はそう言った。私には聞こえている。でも、ニーイル様には聞こえないのか。この声が。
「はい。聞こえます」
「なんと言っているか、教えていただけるかしら」
「……はい」
私は仕方なく、精霊樹を見た。ずっと聞こえている声。無視していたけど聞かなければならないだろう。
『無視すんなよ。精霊の巫女』
『そんなもんになった覚えはないので断固無視したいところですけど、ニーイル様がお気の毒なので話しは聞きます』
そう返事を返すと、精霊樹は、楽しそうに笑った。
ああ。なんでこう、性格悪いんだ樹木ども。と、ひっそりと思ったのは秘密だ。