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8.王子様の正体が知れたところ

 結局なにも動きはしない。となれば、捨て身でやるしかないのかと、私は大きな溜息を吐く。こうなったら、グラッパリエの言っていたマリ姉様にするように甘えて見るを実行するために、普段は余り意識していない私を観察することにした。

そんなわけで、一日マリ姉様に密着。

 「リィリ。どうしたの?」

べったりとくっついて離れない私に、流石にマリ姉様も不穏なものを感じたらしく、心配そうな顔をしてこちらを見る。けれど、マリ姉様に、ガルエル王子を落とすためにちょっとお勉強中なんですと言えるはずもなく。

 「たまにはマリ姉様と一日過ごしたいと思って」

と、愛らしく笑って誤魔化してみた。いや、その、誤魔化されてください。マリ姉様。

 「嬉しいけど、理由は言えないの?」

スー兄様とマリ姉様はやっぱり誤魔化せないか。さて、どうしよう。話すのは別段かまいはしないのだ。ただ、マリ姉様は、微妙にレイ兄様、クー兄様寄りなため、話したが最後どうなるかが読めなかった。

 「もし、私が企み事のために色々しているんだって言ったら、協力して貰えますか?」

これ以上の誤魔化しはいやだし、私は真剣にマリ姉様を見た。そんな私をマリ姉様はじっと見つめた後。

 「いやよ」

すげなく断わられた。あれ。私、実はほんの少しだけ、可愛い妹の言う事だし協力するって言って貰えるかと期待をしてたんですけど。相変らずマリ姉様とスー兄様の言動だけは読めない。

 「私が協力するって言ったら、リィリは全力で頑張ってしまうんでしょう。だからダメ。協力はして上げません」

きっぱりとした物言いでマリ姉様は言い切る。確かにその通り過ぎて反論の余地がない。だって、マリ姉様に手伝って貰って、半端になんて出来るはずがない。そう考えると、私は、この企みに全力投球すると言う事になって。あれ、なんだか凄いまずいことになりそうな。

 「ほら。困った」

そう言って、マリ姉様は笑う。スー兄様といい、マリ姉様といい、私の性格を把握しすぎですよ。

 「協力はして上げないけど、好きにしなさい。いざとなったら、お母様を引っ張り出したって、貴女を守って上げるから」

ぎゅっと抱き締められて、私は苦笑を浮かべてしまった。グラッパリエの言葉の意味が分かったからだ。スー兄様は、私が甘えやすいようにちゃんと線引きを見せてくれている。マリ姉様には、私は無意識で気を許している。それは、男女の差なんだとは思うけど、それを意識して、ガルエル王子にやるのは、かなり大変そうだ。

いや、そうか。信じてみればいいのか。ガルエル王子を。一つだけ、信じられる点はなくもない。あの人はおそらく、押しが弱い。決定的に攻めきれないのだ。うん。その甘さを信じるというのもまたおかしな話だけれど、それを信じると、多分、ガルエル王子は、私に手を出すことは出来ないはずだ。

 「マリ姉様。大好き」

ぎゅっと抱き返すと、マリ姉様は嬉しそうに笑った。



 ひとまず巨木のことは棚上げにして、ジュダン待ちと言う事にしてあるので、ここからは、私の方が攻めさせていただきましょう。私は、臨戦態勢に入るべく、気持ちを引き締めた。

まずは作戦か。立てたところで意味はない気がするけど、自分を落ち着かせるには丁度いいだろう。ガルエル王子がなんでああ言うのをチョイスしたのかも気にはなるけれど。

レイ兄様の話を信じるのなら、ガルエル王子は押しに弱いと見る。だから、マリ姉様にするように、べったべたに甘えれば良いというわけだ。そう遠くなく、許容を越えるだろう。

襲われる心配は、実はしていない。いや、従者の方が危険そうではあるけれど、こっちの襲われるはむしろ刃傷沙汰だ。命が危険にさらされそうで気を付けなければと思う。

こう言う時は、どうして私は三の姫様になれないのだろうかと思う。あの、ふわふわな天然は最強だ。女の私でも、思わず守って上げたいかもと思わせるあの愛らしさ。私には望んでも無理な資質だから、諦めてはいるけれど。

まあ、マリ姉様にするように程度なら、何とかなりそうな気がする。グラッパリエに言われて分かったが、マリ姉様には、甘えて良く触れるのだ。接触するというのは確かに良い手だ。後は、それをレイ兄様とクー兄様にばれないようにしなければ。後で知ったとしても、危険だ。

 やることは決まった。覚悟も決めた。後はこれを実行に移すだけだ。

 「女は度胸とは言いますけどね」

それでもやっぱり、やりたいと思えるものではないのは確かで、思わず溜息が漏れた。


 何時ものようにお話と言う事で、また、お茶の準備をしていた。前回のこともあり、お菓子類だけには皆慎重になっている。緊張感が全く違った。そりゃあ、マリ姉様のお菓子が混じっていたら、洒落にならないですしね。

流石に、コーディも次にやったら南の塔行きを宣言してあるので、やらないとは思うんですけど。ついでに、ガルエル王子がマリ姉様のお菓子やその他のものでも、倒れでもしたら、ムディランに帰る時に一緒に行って看病することになるとも言って置いたので、あの悪戯だけはもうすることはないとは思うけれど。

コーディは、レイ兄様やクー兄様と一緒に、暗部の方々のところに出入りしているという話しも聞いたので、油断は禁物ですが。

 「お招きありがとうございます」

ガルエル王子はそう言って入ってきた。

決めた覚悟が揺らぎそう。いやでも、がんばれ、私。ここが多分、全てにおいての正念場だ。目を瞑り、切り替える。堆く積み上がった何とも言えない不信感を自分の中から覆い隠し、低い好意を引き上げる。ゆっくりと深呼吸をして、眼を開けると私は、これでもかという笑みを浮かべ、ガルエル王子を迎えた。

 「どうぞ、寛いでください」

柔らかく笑い、椅子を勧めると、ガルエル王子の態度が奇妙だった。流石グラッパリエ。見てもいないのに情報だけで良く思いついたものだと、グラッパリエに心の中で賛辞を送りつつ、私は、穏やかに微笑みながら、ガルエル王子にお菓子やお茶を勧めていく。

 「そう言えば、ガルエル様が先日お話になられた巨木は、どのような木なのですか?」

話のネタが尽きてきて、とうとうここに突っ込まざるを得なくなったことに内心、焦りを隠せない。この話は出来るだけ外したいとは思っていた。けれど、自然な接触を考えると、この話が一番無難かもしれない。

 「とても大きな木で、色々な動物が休みに来るのですよ。何時も葉を茂らせ、風に揺れる葉擦れの音も心地いい。何より、あそこにいると、自然と穏やかな気持ちになれるんです」

話をしている間に、ガルエル王子の表情は、とても穏やかなものになってきた。その木を思い浮かべているのだろう、今まで見ていた顔とは全く違い、目許は柔らかくなり、とても幸せそうな表情だった。

 「とても素敵ですね」

ここで行ってみたいと言えないから、この話題は振りたくなかったのだけれど、この表情を見ると、あながち失策ではなかったのかもしれない。

 「あ。お茶が無くなってしまっていますね」

そう言うと、私は立ち上がり、ポットを持って、ガルエル王子の元に戻る。お茶を注いで、手渡しながら、マリ姉様にはどうしていたかと思い出す。

 「ガルエル様、どれが一番、美味しいですか?」

 「えっ」

予想していなかったことに対応しきれないというような声が上がった。その瞬間、後の方から妙なプレッシャーを感じる。そこにいるのは、多分、ガルエル王子付きの従者だ。

どうして、従者が王子に対してこんな高圧的なプレッシャーを掛けるのだろうと考えて、私が一番最初に感じたことを思い出す。そうだ。この、ガルエル王子の態度、従者に似ていると思ったんだ。という事はもしかして。

 「大丈夫ですか? なにやら顔色が」

そう言って、私は、ガルエル王子の頬に触れ、そのまま額同士をくっつける。我慢だ私と、ひたすらに自分を励ましながら、耐える茶番。どちらが精神的に朽ち果てるのが先かという我慢大会だと思ったが、まあ、仕掛けた方より、仕掛けられた方が心の準備がない分、ボロは出る。

 「ひゃーっっ」

なんとも情けない声を上げてガルエル王子が逃げた。それはそれはものすごい勢いで飛び上がるようにだ。これは。

 「どうされました?」

すらっとぼけて、私は、ガルエル王子の退路を塞ぎにかかる。この態度、この雰囲気、これは正しく。

 「い、いや」

ジリジリと逃げる。今までの態度であれば、これ幸いと腰を引き寄せるくらいはやってのけたはずだ。それがこれという事は、やはり今までの態度は、作っていたと言うことに他ならない。そして、本来は。

 「ヘタレ」

ぼそりと思わず私がそう言うと、ガルエル王子の両目はこれでもかと言うほどに見開かれた。ああ、本当にこの人ダメだと、私が嘆息した瞬間。

 「このダメ王子がっ」

従者が剣の鞘で、王子を思い切り殴りつけていた。

 「あんな美味しい状況になったら腰引き寄せて甘い言葉の一つも呟くもんだろうがっっ」

ああ、やっぱりこの従者の性格を真似ていたんだ。ガルエル王子。でも、私的にはまだ、この、へたれた姿の方が好みですよ。気障ったらしい男と、鬼畜っぽい男はどうにも苦手です。押し切られるつもりはないですけど、手足が先に出そうで。

 「ゴメンよ。リュク」

 「俺に謝ったって仕方ないだろっ。折角ここまで騙してきたのに水の泡だっ」

 「うん。ホントにただ漏れすぎて、流石に私もどこから突っ込むべきなのか迷いはじめてきたんですけど、まだ主従の口論はお続けになられますか?」

至極冷静に私が突っ込むと、二人の動きは正に錆付いたが如く固まった。うちの侍女達はあからさまに視線を逸らし、笑いをこらえている。本当に、空気読むのが上手すぎて、お母様の采配に頭が下がります。

 「あっ」

ガルエル王子が、叩かれたせいで目に溜まった涙を拭い、慌てて居住まいを正す。従者は、しまったという顔をしてからガルエル王子の後に控えた。

さあ、攻守完全交代ですね。こっからは、攻めますよ。

 「さて。では、色々とお話願いますね。ガルエル様」

にっこりと私が笑うと、一瞬だけガルエル王子は青ざめた顔をして、ガックリと肩を落とすと、それはそれは小さな声で、「はい」と、言った。


 騒ぎが収まり、私とガルエル王子は、すっかりと冷め切ったお茶を飲みつつ、お話をはじめた。

 「それで、お聞きしてもいいですか? 何故、私をムディランに連れて行きたいのかの理由を」

静かに私がそう問いかけると、ガルエル王子はばつが悪そうな顔をして、従者の方を見た。主従関係どっちが上なんですかと、内心苦笑しつつ、私はガルエル王子の言葉を待つ。

 「その前に、俺から訊いてもいいかな?」

 「リュクっ」

唐突に声を掛けた従者にガルエル王子は慌てて制止の声を上げる。まあ、確かに、普通に考えて、身分の低いものが上の者に直接声を掛けるのは不敬とされ、酷い人間だと、切って捨てられてもおかしくはないけれど、私は別にそんなことは気にしないですし、大丈夫ですよ。一部ちょっと殺気立った侍女がいるようですが。

 「お気になさらず。どうぞ、おっしゃってください」

私が笑って先を進めると、従者は、ぺこりと頭を下げた。

 「いつから気が付いてた? 求婚が茶番だってこと」

これはこれは。なんともここに来た理由を全否定する質問がくるとは思わなかった。まあ、確かに最初から求婚は口実だとは思っていたけれど。

 「最初からですね。あり得なくはないとも思いはしましたけれど、それにしては、ガルエル様は、あまり私自身には興味がないようでしたから」

正直に言えば、従者は参ったという顔をする。

 「リィリア姫様。確かに茶番だったが、本気じゃなかったわけじゃない。だからムディランは、ガルエルを選んだ。それだけは信用してくれ」

第二王子、第三王子を寄越さなかったのは、ムディランの誠意だったと従者は言う。もし、私が本気になった時、本当に妃として迎え入れ、継承権第一王子のひいては、後の王妃として。

まあ、そう言うけれど、何となくそうじゃないのも分かっている。もっとも、従者の方はそれを信じてる。ガルエル王子はそうじゃないことを知っている。そして、私がそれを分かっていると、ガルエル王子は気が付いた。かち合ってしまった視線を逸らし、ガルエル王子は所在なげに体を小さくした。

従者は誠意と取ったが、あれは誠意ではない。上手くすれば私を国に取込んでしまおうという算段なだけだ。それほどに私という人間が必要だといっているとも取れるが、望まないものは、不要なだけだと思う私とは相容れない考え方ではある。そして、ガルエル王子は、国のためには仕方ないと思うけれども、それをいいと思っていたわけではないという事か。

 「何故私なのかという理由、教えていただけますか?」

 「えーっ。姫さん俺置いて、それ?」

 「へ?」

ジュダンの声?

いや、早い。早すぎる異常だ。ムディランからここまで、四日で移動したのだって、異常なのに、あの知らせが来てからまだ二日だ。帰ってこれるはずがないのに。

 「俺の抜け道は尋常じゃないって言うか、むしろコイツの抜け道? いや、ムディランから一日で移動できる道があるとは思わなかった」

小鳥を指差し、呑気にジュダンは笑うけれど、本当にそれ、尋常じゃないですから。そんな笑って呑気にすましていい問題じゃないですから。

 「誰だっ」

侍女、従者揃って抜剣って、ちょっと待ってください。侍女ってどう言うことですか。私、帯剣してるなんて聞いてないって言うか、皆さんそれ、どっから出しました。

 「いやー。熱烈歓迎?」

 「されてないから」

へらっとしたジュダンの声に、一瞬にして走りかけた緊張が解ける。本当にこの男はたいしたものだ。一気に冷静さが戻ってきた私は、溜息と共に立ち上がった。

 「皆、剣を収めなさい。国を救った無血の英雄に対する態度ではありませんよ」

もっとも、不法侵入者にはふさわしい対応なんだけれど。

 「俺は少しっくらいなら遊んでもいいよ」

へらっと笑ったジュダンの眼が剣呑に細められた。からかわないでください。折角殺気が収まりかけたというのに挑発しないでください。

 「この男は平気です。私が頼んでムディランに行って貰っていました」

未だ切っ先は動かないが、殺気はなくなった。ジュダンと一緒に殺気にさらされるなんて、寿命が縮まるのでご免被りたい。それでなくとも、私は別段肉体労働派ではないですし。

 「姫さん。俺の情報、欲しいでしょ」

 「確かに、ジュダンの方が信用できますね。 お茶とお菓子を用意しましょう。マリ姉様のお菓子があったら持ってきてもいいですよ」

にっこりと笑って私がそう言うと、侍女は、大変いい笑顔で、「はい」と返事をし、お茶とお茶菓子を取りに行った。

 「そんな恐ろしい物俺に勧めないで。まだ死にたくない」

かたかたと震えながらジュダンが言う。意外にも、マリ姉様のお菓子のことを知っていたらしい。残念だ。

 「そのとっても残念そうな顔も止めて」

突然のちん入者に驚いたまま固まっている、ガルエル王子とその従者に、私は静かに笑いかけた。

 「ご紹介が遅れました。こちらは、クーデターが起きた時、無血で争いを治めた英雄、ジュダンです」

 「よろしくー」

場の空気を全く読む気のない軽い調子でジュダンはそう言った。けれど、その瞳が笑っていないところを見ると、どうやら向こうでかなり腹に据えかねることがあったようだ。私を結婚させて取込むか、拘束するつもりだったって言うのをどっかで聞いてきたのかしら。

 「とりあえず、剣を収めてください。これでは私も落ち着いて話が出来ません。ジュダンが気になるようでしたら、どうぞ、抜剣してすぐ切れる位置にいてくださって構いませんよ」

 「相変らず、姫さん酷いな」

酷いというわりに、ジュダンはへらへらと笑っている。抜剣して直ぐに切られる位置でも、あの従者程度の腕では平気と言う事か。

 「申し訳ありません」

けれど、従者はほんの少しだけ忌々しげな顔をしただけで、大人しくその剣を収めた。ガルエル王子も、やっと硬直から戻り、ほっと息を付く。むしろ、自分の主人の方が心臓止まりそうな勢いだったのか。ダメ王子。

 「とりあえず、これで私的には役者も揃いましたし、話を戻したいのですけれど、よろしいですか?」

そう言うと、ガルエル王子は、こくりと頷いた。それと同時に、侍女達が持ってきたお菓子を見て、私は、どうしようかなと遠い目をした。

だって、そこにあったのは、マリ姉様が昨日本気を出して作っていた、二段のケーキだったものですから。あれ、誰が食べるんですか?

まあ、それは話し合いが終わってから考えるとしましょう。

 「では、改めて、ジュダン。話して貰えますか?」

 「了解。姫さん」

そう言って、ジュダンはことの顛末を穏やかに語りはじめた。


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