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4.悪巧みをしてみたところ

 出来れば、スー兄様に相談したいところだけれど、今、スー兄様は、レイ兄様とクー兄様の鎮圧、もとい、無力化、じゃなかった、お相手で忙しいので、相談には行けそうにもない。

呑気に歌をさえずる小鳥の声に耳を傾けつつ、ふっと私は思い出した。そうそう、一人こう言うことに巻き込んでも良心の痛まない男が居た。

シャルトア・ジュタンこと、ジュタン領時期領主にして、無血の英雄、ジュダン殿だ。

私のことを表立ってばらさないようにと忠告をするために、彼を捕まえたのだが、運悪く、その時、彼の従者が、彼の本名を呼んでしまったのだ。

さすがに、シャルトアの名前までは覚えていなかったのだが、何時だったか、ジュタン領領主が放蕩息子が一人いると話をしていたのを思いだしたのだ。そんなわけで、期せずして、彼の正体に気が付いてしまった私は、笑顔とともにジュダンを脅すことに成功した。

もっとも、正体がばれるとまずいという事で、王城に上がらずに済むように取りはからうという取引も込みではあったのだけれど。

そんなわけで、ジュダンの弱みを握っているので、少々の無理を言っても何とかなるのだ。

これは、共通の友人でもある、グラッパリエも呼ばなくては。

本当は一度、シャルトアの婚約者も呼んでみたいとは思っているけど、シャルトアは身分的に王宮に自由に出入りが出来ない。グラッパリエをここに呼ぶのは問題ないんだけど。だから、呼ぶのはあくまで、ジュダンなのだ。

とりあえず、あまり大っぴらに、平民を王宮に呼び出すことは出来ないが、無血の英雄ともなれば別だ。クーデター騒ぎのお陰で、兵士や騎士まで彼の顔は覚えている。お母様も何となく知っているようだが、表向き、王と妃はジュダンには会っていない。今後も騒ぎが大きくなるのを嫌うジュダンは公で王と妃に会うことはしないと宣言をし、それを褒美として貰ったのだ。

そのため、門番達に話を付けておけば、ジュダンをここに呼ぶのは実に楽な作業になる。

 「何を考えていらっしゃるのか、暴かせていただきましょう。ガルエル王子様」

クスクスと私が楽しそうに笑っていると。

 『うわー。悪巧みしてるよ』

小鳥がおののいていた。

失礼な。そんな怖い顔などしていないはずだ。表面的には。


 ジュダンを呼びつける手紙と、グラッパリエに対する招待状をしたため、それぞれを指定の場所に届けるように言付けた。

 「手紙が届いて二人がここに来るまで、十日。 一人でガルエル王子のお相手をするのか」

裏で色々と手を回すのは得意だけど、実は正面切っての腹の探り合いは苦手だ。自分でボロを出さないように気を付けよう。




 ただいま私は休息中です。

ボロを出すのが怖いので、私自身は、幕の奥で現状を見ている状態。

さてと。どうしたものだろうな。何かを探るような物言い。けれど、今、ガルエルの対応をしている私には、ぼんやりとした記憶しかない。何かを探るようにしているのは理解しているけれど、出した結論に至るまでの経緯が曖昧だから、ガルエルに対応中の私は、困ったように曖昧な笑みを浮かべている。

こうやって客観的に見ると、とっても美少女なんだよね。私。本当になんでこんな事になったのか。むしろ、こう、目立たず周りに溶け込める十人並みの容姿で本当良かったのに。

そう考えると、甘い柔らかい感じのリィリアと、鋭いきつい感じのガルエルの取り合わせは、悪くはない。傍で見ていたら、彼女の服の裾を引っ張って。

 「やっ。あのカップル凄い良くない?」

とか言う私に、彼女は大仰に溜息を吐き、呆れた声を出すのだろう。

 「眺めてるんじゃなくて、恋人ちゃんと作ろうよ。もう、いい年なんだし」

こんな事を言って。

 時折、彼女のことを思い出す。普段は思い出さないように気を付けているけれど、こうやって完全に外界から隔離され、一人きりになると、気が付くと考えてしまうのだ。

置いてきたのはむしろ私だというのに、なんとも情けのないことだ。

けれど、私がこんな事をやっているのは、過去に浸るためじゃない。グラッパリエと、ジュダンが来たときに、吟味出来るだけの材料を揃えるためだ。

第一継承王子が、わざわざこちらに尋ねてこなければならなかったわけ。そして、それが私でなくてはならなかった理由。他にも色々とあるけれど、この状態で、収集出来る情報は少ない。

なんと言っても、自分から会話を引き出すために動けないからだ。それをやると自分もボロを出すって言う危険性があるわけだけれど。

最終日くらいは、きちんと私が対応するべきだろうか。それでないと、情報が少なすぎるかも知れない。まあ、その辺りは、おいおい考えよう。

吟味すべき点は。

 「まずは、何が目的か。か」

何故、私に求婚してきたのか。ムディランのしかも第一継承者であれば、こちらに来ずとも嫁に貰いたいから寄越せと言う書簡で済むはずだ。立場的には今でこそ同等ではあるが、やはり、ムディランの方が強いという感は否めない。だからこそ、今回の急な訪問を断わることも出来なかったのだ。

この国にあるのか、それとも私にあるのか。

それを見極めなくては動きようもない。何より、グラッパリエに笑われる。鼻で。

 「お前の考えなしにも困ったものだねぇ」

とか言って笑う。グラッパリエなら笑う。年は少しばかりグラッパリエの方が上だ。それを言うなら、ジュダンも私より上なのだけど、ジュダンは行動が子供っぽ過ぎて、年上と思えない。元々の記憶のせいもあるけれど。

グラッパリエは、二十歳を過ぎたくらいだが、公爵位、現在、第一継承者である。弟が生まれたことにより、本来なら、継承位が引き下げられるはずなのだが、弟の身を案じ、ある程度の年齢になるまでは、グラッパリエがそのまま第一継承権を持ち、その後、継承権そのものを放棄するらしい。

幼い弟が生まれたせいで、なかなかにきな臭いらしく、グラッパリエは、見た目以上に狡猾で老成していた。もとより女が第一継承者という事もあって、身の危険自体はずっとつきまとい続けていたらしいが、それがより明確なものとなったようだ。

もっとも、そんなことでグラッパリエがどうにか出来るはずもなく、妙な手出しをしてはしっぽを掴まれ粛正されているらしい。表だって出来ないものは、口にも出来ないおぞましいことになっているとかジュダンが言っていた。どこまで本当かは分からないが、まあ、そこそこ本当なのだろうことは、ジュダンの態度で分かったので、以降、私はそのことに対して、触れるのを止めた。絶対に地雷だと思う。知らないで済むことは極力知らずにすめばいい。事なかれ主義と罵られ、誹られても。

 思わず自分の殻に閉じこもりすぎてしまった。慌てて、外に意識を向けると、ガルエルが、私に迫っていた。

ああ。いけない。この私が引っ込んでいる以上、それ以上やると手酷い目に。

と、思いつつ眺めていたら、表の私は、兄様達にたたき込まれた自己防衛と言う名のほとんど反射的行動によって、ガルエルを投げ飛ばしていた。

外交問題に発展しないことを私は切に願おう。そして責任は、レイ兄様とクー兄様に取らせよう。などと、私がずれたことを考えていると、背中をさすりながら、ガルエルは立ち上がる。少し困ったような笑みを浮かべ、驚かせてしまった自分が悪かったと、私に謝罪していた。悪い人ではないのかもしれない。

けれど、じっと私の瞳を見据えたその金の目は、奥にいる私を見透かすようで、私は、小さく体を震わせた。

あくまで私は知識の管理者でしかない。多分、ここに居る私と、表の私との差違が無くなれば必然存在出来なくなる、淡い存在でしかない。

それでも、知識の蓋は出来るだろう。

 「次は、本当の貴女に会えればと思います。リィリア姫」

そう言って、ガルエルは笑った。

平穏が酷く遠く感じられ、私は一人、溜息を吐いた。




 「どうしたら良いんだろう」

ばれている。とってもばれている。気がする。

いや、ばれているのも困るのだけれど、ムディランの王子であるガルエル王子にどうしてばれたのか。お母様と、スー兄様くらいにしか、とりあえず表立ってはばれていないはずなのに。

家族は、何となくは分かっているのかも知れないけれど、レイ兄様とクー兄様は、気が付くとか気が付かないとかじゃなく、全部ひっくるめて私だと思っていそうなので、ある意味誰よりも懐は深い。

侍女たちや家臣にばれているとは思えない。グラッパリエにばれたのは、グラッパリエという人間を知らなかったがために対応を間違えてしまったせいだ。少なくとも、そのお陰で得難い友人を得たのだから、結果オーライではある。

ジュダンに関しては言うまでもない。裏で手を回していたのを全部ジュダンの手柄にしろと脅しつけたのだから、ばれないはずがない。

そんなわけで、詳しくは知らないけれど、私の二重生活のようなものを理解している人間は、厳密には二人しかいない。

とは言え、この二人がばらすなんて事あるはずがないし、一体どこから話が漏れたんだろうか。

多分、ガルエル王子に直接聞くのが一番早いんだろうけれども。

 「絶対になんか厄介ごとな気がしてイヤ」

まして自分から藪を突く必要もないだろう。うん。ない。ないはず。

とは言え、現状放置は危険かな。レイ兄様とクー兄様がいるから、スー兄様に相談は出来ないし、グラッパリエとジュダンが来るのはもう少し後だし。お母様は。

 「お母様に相談するしかないのかな」

出来れば、家族には言いたくない。家族だからこそ言った方がいいという考えもあるかも知れないけれど、私は家族だからこそ言いたくない。

だって、私の記憶は、家族ではないから。それをひっくるめて私と言う存在だから、気にするなと言われそうだけど、なんというか。彼女の存在同様、私の中で残しておきたい部分なのかもしれない。短い人生になってしまったけれど、本当はもっとあって、本当だったらもっと一緒に過ごせただろう家族に、私と言う存在を残しておきたいとか、そんな感じなのかもしれない。

でも、ガルエル王子のことは、放っておくと、外交問題になりかねない。私が嫁に行けば済むことであれば、まあ、それでいいんだけれども、そんな話になろうものなら、レイ兄様とクー兄様が半狂乱になりそうだ。

ちょっとは、ガルエル王子のこと憎からず思ってたりするんですよって感じでフラグならぬブラフを作っといた方がいいのかな。

こんな打算的なことを考えているとか、レイ兄様やクー兄様にはなるべくばれないようにしよう。

 「よし。決めた」

お母様には相談しよう。多分、お父様と違って、お母様は、ムディランがわざわざこちらに来てまで、私を娶りたいというという事に疑問を持っているだろう。釣り合わないわけではないが、理由がないのだ。

 「嫁に欲しいから、こちらに尋ねるという、その理由」

それが分かれば、もう少し手が決められる。

 「矢面に立たないで裏から手を回して画策する方が得意なのに」

ぽつりと呟いた言葉を聞いていた小鳥は、『やっぱり』と、静かに同意をくれた。



 お城というものは、無駄にスペースがありすぎる。

もっともそれは、侵入者除けの仕掛けを施しているせいもある。一人である数に侍女や従者を連れて歩くのは、その、仕掛けを避けるためでもあるのだ。場所を熟知しているのは、従者や侍女達であるからだ。

とは言え、私もまったく知らないわけではないし、聞けばきちんと教えても貰える。聞かれて困る話であったから、私は部屋から一人で出てきただけに過ぎない。何より、私の部屋からお母様の執務室に行くまでは、かなりの距離があった。ちなみにお父様の執務室は存在しないのは、言うまでもない。

お母様のいる場所に辿り着くまでに、少し、考え事をしたいと思って一人で来たのだ。本来は褒められた行動ではない。

 「リィリアです」

供も連れず、一人での訪問に、まったく気にすることなくお母様は私を執務室に招き入れてくれた。

夕食後ではあるが、早急の案件があるからと、こちらに引きこもっているのを知っている私は、寝室を訪ねずこちらに来たのだ。

 「どうしたの?」

柔らかくお母様は笑い、私の急な訪問の理由を問うてきた。

後には山積みの書類。さすがに少しは仕事した方がいいんじゃないかしらお父様とも思うが、下手に手を出されると、十倍にはなって返ってくると言うのが、お父様の特殊技能だ。ちなみに、十倍が最低ラインだったりする。

 「ガルエル様のことで」

そう言って、私は、言葉を切った。

さて、どこまで訪ねるべきだろう。

 「リィリアも、不信に思っていたのね」

 「も、という事は、その後の書類の山の一部は、今回のことに関しての調査ですか。お母様」

 「あら。違うわ」

にっこりと笑ってお母様は更に怖いことを言った。

 「全部よ」

あの山全部、今回の件の調査で上がってきたものなのか。読むのもイヤになりそうな量。多分、今回の件に直接関係ないものも混じってはいるのだろう。お母様のことだから、脅す材料になりそうなネタも探していそうで怖い。

 「私は、どうしても、ガルエル様が私にこだわる理由が分かりません」

政治交渉というのであれば、実は、私より、うちの国から見てムディランの反対に位置する、レイダレットの三の姫の方が余程、政治交渉手段としては高い。実際、レイダレットは、ムディランに娘を貰えと幾度となく書簡を送っていたらしい。

三の姫もとても美しい方だ。何より、私と違って裏のなく優しい方であるし。まあ、少々お嬢様育ちであるがために、抜けているところはあるが、あの方のそれは、あの方という人間を司る一部と言って良いくらい可愛い。

もっとも、私には、未だ、何もないところで転ける技術と、角を曲がれば人に当る技術をどうしたら身につけられるのかは解明出来ていない。

いや、したいわけじゃないですよ。どう考えても、私というキャラではないし。

ただ、技術特許が取れたらそれは儲かりそうな気が、そこはかとなくうっすらと。いや、あれは容姿と性格とが合わさらないとダメだから、やっぱり無理か。

私がそんな風に、ちょっとだけ思考の寄り道をしていたら、お母様はそれはそれは美しく微笑んでおられました。

すみません。寄り道長すぎでしたね。

 「レイダレットの三の姫ではダメな理由が、確かに見付からないのですよね」

お母様も困ったというように、溜息を吐いた。

 「何故、私だったのかと言うより、どうして私でなければならないのかという理由が分かれば自ずと見えてくる。という事でしょうか?」

 「そうだと思うわ。リィリ。貴女自身に心当たりはある?」

お母様に問われて、私は内心冷や汗を掻く。山のように思い当たりすぎて、むしろどれが本命か分かりません。お母様。

しかし、そんなことを言うわけにもいかないので。

 「私にもちょっと」

と、言葉を濁した。

どれだろう。転生者であるという事だろうか。それとも、リィリアであると言うことだろうか。もしくは、精霊契約者であるという事だろうか。その他思いつくことと言えば。ジュダンの弱みを握っていることくらいであった。

 「そう」

お母様の表情が、とても悲しげで、私は一瞬、本当のことを言うべきなのかとも思った。

けれど、やはりそれは言葉になることはなく、私は静かに、執務室を後にした。


 隠し事は、心を重くする。

けれど、言って楽になれるのは、多分、私だけだ。それならこの重さも苦さも、甘んじて享受しよう。


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