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3.婚約話が降って湧いたところ

 さて。私も十五歳になり、求婚などと言う言葉がちらつきはじめた。

正直、面倒くさい。いや、求婚が、ではない。求婚が来る度に、半狂乱になる、レイ兄様とクー兄様がだ。

そろそろ、締め上げてもいいかしらと、早朝のテラスで小鳥たちとともに不穏な打ち合わせをする毎日だ。

 ちなみに、クーデターの大臣他数名は、小鳥たちと話し合いをした結果、ここで不吉と言われる鳥たちに棲み着いて貰うことにした。餌は、少し大きめの鳥たちに運んで貰って、食糧事情はばっちりだ。

そんな不吉な鳥に大挙され棲み着かれた屋敷の持ち主達は、謂われのない誹謗中傷までプラスされ、隠居を余儀なくされた。

代が変わったのを見計らって、鳥たちには移動して貰ったお陰で、更に良くない噂がプラスされたらしいが、私のせいじゃない。たぶん。

お陰で今は、概ね平穏。スー兄様の願ったとおりに。

 「だけど、実際問題、そろそろ、相手を選ばなくてはならないというのは、事実よね」

次女と言う事もあって、それほど婚姻に対して何か強要もされない。また、隣国との状況もいいから、政治交渉のために婚姻を結ばなければならないという切羽詰まった状況でもない。

 「なんでここには、未婚女性の逃げ込める場所がないんだろうか」

これが元居た世界だったというのなら、尼寺なり、教会なりの宗教関係に逃げて未婚を通すことも出来なくはないけど。

残念なことに、ここには、そう言う宗教はない。宗教自体は存在していなくもないんだけど、土着宗教だからな。どちらかというと精霊崇拝に近い。城下だと鍛冶屋などが多いから、火の神を奉っているとか、そう言う感じで、全体的にどうというものではないみたい。

ついでに言うなら、魔女と言う存在はいても、魔法はない。この世界の魔女って言うのは、薬の調合の出来る人のこと。だから男性でも魔女という。

そんな感じで、今のところ私に結婚しないという逃げ道はない。

まあ、お母様もレイ兄様とクー兄様のあの様子を見て、少々行き遅れるのは仕方がないと思っているようだけど。

だから、まだ先だと信じていた。

婚約も、結婚も。



 私たちは、何時ものように午後のお茶をしていた。

何故か珍しくお父様がいないのが不思議だったんだけど、その疑問はすぐに解ける。

 「リィリア。お前の相手が決まったぞ」

希代のダメ王こと私の父は、とっても嬉しそうにそう言ったその瞬間、レイ兄様とクー兄様に連行されていった。

その空気まったく読めてないところ、実は嫌いじゃないですよ。お父様。

そして、そんなお父様を見送ったお母様は。

 「あらあら。レイとクーったら」

と、空恐ろしい笑みを浮かべていた。

いやでもお母様。多分、今回のことは、お父様が悪いんじゃないかなと、私も思うんです。

と、のど元まで出かけた言葉を私は必死で飲み込んだ。

だって、お母様とお父様は、本当に愛し合っていて、しかも、世界七不思議に数えられてしまうほどにお母様がベタ惚れという事実。お父様、お母様に惚れ薬とか仕込んだんじゃないんですか? 実は、この世界には私の知らない心を操る魔法とかがあるのでは? などと思ったけれど、普通に考えて、あのお父様がそんなことに頭が回るはずもないんですよ。だからこそ、七不思議とか言われてしまう訳なんですけど。

そんなわけで、まあ、がんばってね。レイ兄様。クー兄様。

と、私はそっと頃の中で手を合わせた。

 「まあ、でも、あの人でなくとも仕方がなかったのですよ」

お母様が静かにそう言った。どうやら、レイ兄様やクー兄様が阻止出来ないような所から来てしまったようだ。そして、お母様も。

 「それは、どこの方なんですか?」

 「隣国、ムディラン第一継承王子」

口元にカップを運び、お母様はそう言った。

それは、断れないですね。次女くらいくれてやれって勢いですね。

ムディランとは、今でこそ、和平を結んで平和な関係を築いているが、私が生まれるずっと前は、侵略されかけたそうだ。まあ、そう言うこともあり、何となくムディランとうちの国、シュロスティアとの関係は、微妙らしい。

 シュロスティアの周りには、ムディラン、レイダレット、サムロイの3つの国がある。シュロスティアは、海に面していて、外海の国とも少々取引をしている。

もともと、ムディランがシュロスティアを落とそうとしていたのは、レイダレットに攻め込むためだったらしく、その頃はまだ賢王が治めていたため、本格的に攻め込まれる前に、四国間同盟を結んだらしい。

その第四番目の国となったのがサムロイだ。シュロスティアと面していると言っても、本当に極一部。ただ、侵略を考えるムディランとは健全な取引が出来ず、レイダレットは大国で足元を見られたため、サムロイの主立った取引相手は、シュロスティアであった。もっとも、それは、シュロスティアでも言えることだったんだけれど。

緩衝材のごとく、シュロスティアとサムロイが存在し、レイダレットとムディランは静かに睨み合っているという状態になっている。実に、心臓に悪い和平交渉であった。

まあ、それでも、そこそこ平和が続けば、無理に何かをしてまでと言う風潮にもなる。

だから今は、これと言って争いの火種もなく、平穏になっているわけだ。

そんな経緯もあるから、ムディランにとって、シュロスティアがこれと言って旨味がないのは事実。

戯れで嫁に欲しいと言うのであれば、ムディラン側は、本来強気に出れるはずなのに、わざわざ、こちらに来ると言うことをねじ込んできたらしい。国を離れたい理由があるのか、それとももっと別の理由なのか。とは言え。

 「あくまで相手が私を気に入ればと言う話ですよね」

 「あら。リィリアを振る男なんていたら、多分みんな黙っていなくてよ」

くすりとお母様が笑う。そして、マリ姉様とコーディが静かに頷いていた。みんな、どうしたいのかとりあえず、どこかに方向性を見出そうよ。矛盾過ぎてどこをどう突っ込んで良いのか。

 「婿養子になればいいのよね」

いや私、王位継承権がないですし、むしろあちらは第一継承者ですよ。なんで婿養子。

とうか、むしろ次女的私にとっては玉の輿なんじゃなかろうかと。いやお嫁にいきたいわけじゃないんですけどね。

だんだんとお話が不穏当になってきているので、頭の中でだけ目まぐるしく突っ込みを入れ続けていた。

 「私、そろそろスー兄様の所に行って来ますね」

早々にこの話から逃げ出したいのも手伝って、私はそう言うと、立ち上がる。

その言葉に、そっと控えていた侍女が、バスケットを私に渡してくれた。スー兄様の分のお茶とお菓子だ。

本当は、スー兄様を解放したいんだけれど、まだ、そのための下地が揃っていない。場所だけは少々改善はされた。その大半の理由が、私が地下牢に行くのを見るのがいやだとごねた、レイ兄様とクー兄様のせいだったというのは、知っているけど知らないことにしている。

 「いってらっしゃい」

お母様はそう言って私を送り出してくれる。マリ姉様は複雑らしく、静かに「ええ」とだけ返事をした。スー兄様がこんな事をすると思っていたわけじゃなくて、一番年が近いから、相談くらいしてくれても良かったのにという憤りからみたい。

私も別にスー兄様に相談を受けたわけではないけど。マリ姉様は、普段見せている顔からは想像つかないくらい正義感が強いのだ。だから、レイ兄様やクー兄様にも守られたいんじゃなくて守りたいと思ってる。その辺りを兄様方は理解出来なくて、マリ姉様を可愛がれなかった分、私に傾倒しているらしい。

そんなこともあって、マリ姉様は、スー兄様を助けて上げられなかったことが、とっても悔しいのだ。

スー兄様の所に行って、そう言ってしまえば簡単だろうとは思うけど、多分、顔を見たら怒鳴りつけてしまいそうで怖いんだろう。

マリ姉様には、もう少しだけ時間が必要みたいだ。



 城を出ると、その南側に塔が立っている。

昔、魔女が城勤めをしていたときに強請って作ったものらしい。今は、城で魔女を囲わなければならないようなことはないから、この塔は管理者不在で放置されていたため、スー兄様の幽閉の場所となった訳なんだけど。

 「いったいここの魔女って、何を研究していたのかな」

緑の生態系が微妙に狂っているのは、目に見えて明らかだった。何をどうするとこんな植物を作れるのか分からないが、塔を伝っている蔦は、切ったさきから伸びていき、あっという間に再生してしまうのだ。

お陰で、入り口を作るのにひどく苦労した。

最終的に、皆で頭を付き合わせ、ああでもないこうでもないと頭を悩ませた結果、蔦の伸びる先を変えればいいのではないかという案が出て、それを実行し、成功させるのにまた時間がかかった。

蔦の再生速度に、方向を変える手が間に合わなかったのだ。

そんな苦労を繰り返し、やっと入り口を作って、スー兄様をこちらに移動した。

 「ご苦労様です」

にっこりと微笑むと、見張りをしていた兵士は、ガシャンと鎧を鳴らし、敬礼をする。

鍵のかかっていない扉を開けて中に入ると、少しカビくさい匂いが鼻につき、次いで紙と埃の匂いが充満していることに気が付く。明かり取りの窓の下には、ゆったりとした様子で座っているスー兄様が居た。

スー兄様、むしろ心ゆくまで本が読めて、この生活満喫してませんか?

ちょっとは、私の苦労とかを慮ってくれると嬉しかったりしますよ。

 「リィリ。早いね」

 「スー兄様は、ここに引っ越して、かなり今の生活満喫してますね」

地下では、明かりが少なく、本を読むのも一苦労だった。蝋燭やランプもほとんどないし。

けれど、この塔であれば、ランプも常備されているし、この中であれば、行動を制限されることもない。

 「まあ、少々不自由ではあるけどね」

嫌味を感じ取りながら、飄々とかわすスー兄様に、私はわざとらしく溜息を吐いてみせる。

 「少しは休息をどうぞ」

用意されたお茶とお菓子をいつの間にやら壁の端に追いやられているサイドテーブルを引っ張ってきて並べると、スー兄様はやっと椅子を持ってこちらにやってきた。

 「今日は何?」

少し楽しげにスー兄様が聞いてくる。実はこれで結構スー兄様は甘い物が好きなのだ。でも、本が汚れるので読書中は絶対に食べないんだけど。

 「マリ姉様特製です」

何とは言わず、私がそう言って笑うと、ざっとスー兄様の顔から血の気が引いたのが見て取れた。

 「今、気分が、悪いんだ」

片言になっている言葉を必死に吐き出し、スー兄様はよろりと椅子から立ち上がろうとした。しかし、恐怖のために足がもつれて上手く立ち上がれないらしい。

 「マリ姉様が、ちゃんと食べたのを見届けて来いって言っていたので、観念してください」

恐るべしマリ姉様。本の通りに作ってこの味を出せるのは、既に特技だと思います。私もちょっと一欠片だけ味見をしてみて、井戸に直行しました。水瓶なんて生温いです。世界の果てをみた気分になれます。

 「俺に死ねと」

そこまで言いますか、スー兄様。そんなこと言ったら、マリ姉様が泣きますよ。「やっぱり私、料理の才能が皆無なんだわっ」て、世を儚んで部屋から出てこなくなりますよ。スー兄様はマリ姉様にそんなお辛い思いをさせるつもりですか? と言うのを要約して。

 「骨は拾って差し上げます」

私はにっこりと笑ってスー兄様に死刑宣告をした。




 あれから数日後、隣国。ムディランの第一継承王子こと、ガルエル・ムディランがやってきた。

紫がかった黒髪と、鋭い眼光の金の目。金目は王族の証しでもある。もっとも、血が薄まり、金と言うよりは黄色に近い色になっているのが現状ではあるが。

 「ようこそおいでくださいました」

私は膝を折り、ガルエル王子に深く頭を垂れる。

そう。とうとう来てしまったのだ。私の求婚相手が。

ちなみに暴れるので、レイ兄様とクー兄様は、スー兄様と一緒に塔に軟禁中である。元々口数の少ないスー兄様は、レイ兄様とクー兄様を無力化させる言葉を端的に選んで投下していた。

 「ここで騒ぎを起こして困るのは、リィリなんだってこと、覚えておくことだよ」

で、完全鎮圧を果たし、静かになった塔の中、悠々自適にスー兄様は本を読み始め、レイ兄様とクー兄様は。

 「今、ガルエルの顔を見たら、殺してしまいそうだから、ここでしばらく大人しくしておくよ」

 「ガルエル王子にうっかりでも危害は加えられないからね」

そう言って、兄様方は悲しそうに笑った。

兄様方。とりあえず、危害を成す心積もりが消えるまで、そこで反省し続けてください。お願いしますから。

 「うっかりでも傷つけそうになるんだったら、逗留中は兄様方は病気で隔離中という事にしておくので、絶対にここから出ないでください。もし、私との約束が守れないなら、今後一切、兄様方の名前は呼びません」

少しきつめに言っておかないと、本当に寝首でも掻きかねないのが兄様方の怖いところだ。王族なのに、暗殺術に長けるとか、本当やめてください。そして暗部の方々も、絆されて技術提供しないでください。

しかし、身についてしまったものを忘れろと言っても仕方がないので、こうやって、きつめに厳重注意をしておく。それでも心配。

 「兄様方。私、ガルエル王子に何かがあったらいやと言うわけではないのですよ。その所為で、兄様方に何かがあるのがいやなんです。だから、忘れないでくださいね。私との約束」

よし。ここまで言えば、さすがに兄様方も無茶はしないだろう。と、スー兄様を見ると、ゆっくりと首を横に振っていた。

あれ?

 「リィリ。兄さん達はもっと腕を磨くよっ。そしてどんな痕跡も残さない暗殺術を」

 「だからそれを止めろって言ってんですよっ」

思わずうっかり手も出ました。身長差があるので顎の下にクリーンヒット。レイ兄様が一発で昏倒したみたい。入ったところがどうも良かったみたいだ。

 「スー兄様。やっぱり、レイ兄様とクー兄様はしばらく地下牢に入れておいた方がいいと思うんですけど」

にっこりと笑う私を見て、スー兄様は、「俺がちゃんと見ておくから、許してやってくれ」と、頭を抱えつつ、そう言った。

最悪、塔の入り口をまた蔦に閉じさせてしまえばいいのよね。と、私が思っていたことも、きっとスー兄様はお見通しだろう。

 まあ、そんなやりとりもあり、ガルエル王子をお迎えするのは、私、マリ姉様、コーディ、お母様、お父様だけである。

 「レイガウス王子とクウレウス王子はどうされたのですか?」

ひとしきりの挨拶を終え、ガルエル王子がそう言った。賓客が来ているというのに、第一継承王子と第二継承王子が揃って顔を出さないとか、無礼すぎである。でも、ガルエル王子の身を守るためです。一番危ないのは兄様方なんです。

 「申し訳ございません。兄たちは今、揃って流行病で伏せっておりまして、ガルエル様に移してはならぬと、自ら隔離を申し出され、現在は、城の別室で療養中でございます」

マリ姉様が卒なくそう言った。隔離してるのは、南の塔ですけれどね。

 「それではお見舞いに」

そう言うガルエル王子に、今度はお母様が、やんわりとした制止を入れた。

 「どうか、息子達の思いを汲んでやってくださいませ」

移したくないから隔離を申し出たので、見舞いに来て移すようなことがあってもいやなのだということを察して上げてくださいと、短い言葉でお母様は言う。

 「そうですね。分かりました」

不信感を抱いているんだろうなと思いつつ、私は、ガルエル王子を見る。

お父様が見事に空気を読まずスキップしそうな勢いで先頭に立ち、ガルエル王子を呼ぶと、ガルエル王子は、ほんの少し苦笑を浮かべてそちらに向かう。

すみません。国の恥部です。

そんなことを思っていると、ほんの一瞬だけ、ガルエル王子が私を見た。

その瞳は、妙に鋭く、悪意までは行かないけれど、どこか値踏みをするような、いやな感じがした。

なんでそんな風に見られなければならないのかと、私は首を傾げる。

どうやらこのお話、一筋縄ではいかない予感。

 だから私は、こんな地位とか美貌とか必要ないって言ったのに。平々凡々な生活がしたかったのに。

やっぱり今からでもクーリングオフきかないかな。


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