21.一触即発に気が付いたところ
長らく放置しております。すみません。
次もいつとは言えませんが、終わらせる心づもりはあるので、年に一遍くらい思い出して頂ければ幸いです。
全ての種族が集まったところで、私の考えそのものが劇的に変わる。
などと言うことが起こるはずもなく、ほんの少しどころでなく騒がしくはなったものの、変わらない日常が、今日もまた繰り返されています。
「リーリア」
相変らず全力で私に体当たりをしてくるテュカを、やんわりとコーディが引き止めて。いや、コーディそれテュカの首が確実に絞まってますよ。ちょっと緩めるか何か策を講じないと酸欠に。
おろおろと二人のやりとりを見ていると、コーディは、大丈夫というように一つ頷いて見せます。本当に大丈夫なのかと、テュカを見れば、じたばたとしているようなので、思ったようなダメージはないよう。
ほっと息を吐き、テュカを離すようにコーディを促すと、渋々といった様子で、テュカの襟首を掴んでいた手を離しました。
あまりやり過ぎると、しつけではなく体罰になりますからね。その辺りの線引きはしっかりしないとダメですよ。
けれども、かなり近づき、先ほどの勢いよりはダメージはないとは言え、精霊種は力は人より強いため、なかなか良いダメージを与えられました。
くっと、息を詰めていると、遅ればせながらコーディがテュカの首根っこを掴んで持ち上げています。
ダメージがそこそこあったために、痛みで、制止の言葉がすぐには出て来ないですが、制止をして話しを長引かせるよりは、早急に話を終わらせる方が双方痛手が少ないのでは、と思い至り、すぐに話を振ることにしました。
「テュカ、コーディ。何か私に用ですか?」
たまたま姿を見かけたからという可能性もありますが、そうであるなら、コーディがいるのがおかしい。
「全員揃ったなら、選んで欲しいと、テュカが」
コーディのことばに、テュカは力強く頷いていますが、精霊種の寿命はさておき、どう見ても、コーディとの方がお似合いすぎる相手との結婚はちょっと。
それに、最近思うところもありますし。
私はゆっくりとその場にしゃがむと、テュカと視線をしっかりと合わせて、彼の思いを一つ余さず見付けようと、心構えをして、彼にも分かりやすいように、ゆっくりと言葉を紡ぎます。
「テュカ。コーディと一緒に居るのは楽しいですか?」
突然の脈絡のない私の言葉に、テュカはくりっとした目を更に見開いて、じっと私を見ています。
私の言葉の意味を探るというよりは、質問の意味がよく分かっていないのかと、テュカの考えが纏まるのを根気強く待っていると。
「楽しい。コーディ、俺より強いし」
うんうんと、私はニコニコとしてしまうのを止められないまま、言葉を続けます。
「私と結婚すると、コーディとは遊べなくなります。コーディと遊ぶのをやめられますか?」
私の言葉に、テュカは酷く驚いた顔をして、私とコーディを交互に見ました。彼の村であれば、問題ないことなのかも知れませんが、少なくともこの城で私と婚姻を結べば、コーディと一緒に居ることは咎められるでしょう。主にお父様とか、レイ兄様とかクー兄様とかに。
それが分かっていて、黙っているほど意地悪ではないですし、私個人としても、妹の幸せを優先したいですしね。
「なんで?」
「結婚した者以外と、今みたいには遊べません。コーディと結婚するなら別です。私とテュカは、コーディとテュカのようには遊べませんし、遊びませんから」
この家族の中にあって、私だけが著しく身体能力が低いんですよね。耐久力もですが。
それもあり、私は絶対にコーディのようにテュカの相手は出来ません。やったら確実に怪我をするか、下手をすれば命に関わることになるでしょう。
「今すぐ答えをどうこうというわけではないですが、テュカも少し考えてみてください」
私の言葉にかなりショックを受けているようで、テュカは気も漫ろと言った返事をすると、ふらふらとあてがわれている部屋を目指して歩いて行きました。
「リィリア姉様酷い」
口を尖らせていじけるコーディに、私は思わず笑ってしまいそうになるのを必死に堪えて、訳知り顔をして見せます。
「コーディの気持ちはコーディが自分で伝えなさい。私はそこまでしてないですよ」
そう。大切なことは自らの口で伝えなければならない。私はただ、私に対する思いとコーディに対する思いのどちらが強いのかを考える切っ掛けをテュカに与えただけですからね。後は二人が自ら動かない限りどうにもならない話。
「わかって、ます」
「マリ姉様もコーディも、ちょっと自分のことは苦手のようですからね。少しだけ無理をしなさい」
勇気を出せば確実に空回りをする未来が見えていますから、苦手な方面で無理をする方が塩梅が良いと思うのですよね。
マリ姉様の方は、お相手にがんばっていただきたいところですが、あちらはあちらで鈍感ですし。
我が家族は、恋愛関係において、かなり下手な部類なんでしょうか。お父様とお母様を見ていると、上手くいってしまえば、後はどうとでもなりそうなんですが。
馴初めを聞いたところによると、お母様の一目惚れですし。お父様の血が、恋愛ベタなんでしょうか。
レイ兄様と二の姫様も前途多難ですよね。
そんなことを考えていると、とても視線が突き刺さりますが、私は、あえて恋愛関係を避けているので、下手とかそう論じる以前ですよと、胸を張れば、確実に馬鹿にされますね。
婚約者が居なければ、本当にジュダンあたりで手を打ちたいところです。
一人。もしもの時に考えている人物は居ますけど、そこに迷惑を掛けるにはまだ早いですしね。人生とはなかなかにままならないものです。
そして、テュカの襲撃の後は、胡散臭いことを隠しもしない笑みを貼り付けている、魔人のジギが眼前に居た。
ここの警備ザルなんですかね。むしろわざとという気がしてきましたが、突っ込むと、夜もおちおち寝ていられなくなりそうなので、突っ込みませんよ。私は。
「リィリア姫。おはようございます」
慇懃に一つ礼をしてみせるその姿は大変優雅で、遠くで見ていたいものです。ええ。劇場で言うなら最後方で、オペラグラスを使わないと見えないくらいの位置で。
「魔人の血を王家に入れてみたいとは思わないのですね」
腹に一物どころじゃなく抱えてそうなのは物騒でここには入れたくないです。ただし、お父様のお仕事のお手伝いというのであれば、辛うじてありでしょうか。
「長く排されてきた種族とは思えない申し出ですね」
魔人はその力の異質性から、長く排されてきた種族。だからこそ、ほとんど、どこの領地とも交流がない。むしろ私の血を欲しているのが、そちらなのではないかとも思わなくもないのですが。
「姫は平和に暮らしていたんですね」
瞳に少々の嘲りが混じった。
途端に何を言っているのかを唐突に理解しましたよ。胸くその悪い。
「お前達は好戦的なんですか? 争って楽しい? 力を誇示して、相手をねじ伏せて。それが最高に楽しいとでも?」
頭が湧いてるんじゃなかろうか。この男。ここ、シュロスティアで、争いを望むものはほぼ皆無だ。レイダレットとムディランを相手取って戦争とか、自殺願望あんのか?
死ぬなら一族郎党そっちだけで完結して速やかに集団でやれ。
おっといけない地が出てた。
まったく、思わず、地が出るほどに嫌悪しか感じませんよ。とっとと居なくなれば良いのに。
「うわー。そこまであからさまに侮蔑を籠めた瞳を向ける子、久しぶりに見たね」
ケラケラと楽しそうに笑うのは、魔種のノリューだ。いつの間に来たのか。精霊も騒いでいなかったところを見ると、気配を隠してきたというのが正解かも知れない。
「平和が一番ですし、シュロスティアが旗を掲げれば、三国入り交じっての大戦になってもおかしくないです。しかもその旗頭に私を立てれば、混乱必至。どう考えても、何も考えてないとしか思えない」
どんどんと冷えていく私の瞳に晒され、ジギの顔色が悪くなっていく。それを見て、ノリューがそろそろ死にそうな感じに床で悶えているんですけれど、大丈夫なんでしょうか。
「でもさ、お姫様、ちょっとだけ許してあげてよ。魔人は住んでる環境もあってさ、力がないと死ぬんだ」
笑いで引きつりながら、ノリューがジギを弁護してきて、少し驚きました。そう言えば、魔人と魔種は交流があるのでしたね。
「俺らはさ、力そのものだから、早々死ぬこともないけど、魔人の彼らは、あの環境では、力がないと死ぬんだ」
人に追われ、辺境に逃げてきた彼らを受け入れたのは、魔種だったのだろう。そして、魔種は環境に適応することが必要ない。だから、どこでも比較的簡単に生きていられるため、人の居ない、要するに人にとっては生きづらい場所に居たと推測出来る。
「だからね。あれは彼なりの自分のアピールなんだよ。力があるから、すごくもてるし、女の子は自分が好きなのが前提だから、態度も横柄になるけど」
「それとこれとは、また話が別です。力があれば何をしても良いのであれば、あなた方魔人は魔種に搾取されても文句は言えない。純粋に力で言えば、魔種の方が強いのでしょう。けれど、そうなったとして、簡単に従えるのですか?」
いって含ませるように言葉にすれば、ジギは酷く嫌そうな顔をする。道中力でもってノリューに色々と従わされていたのかも知れない。自業自得としか思えませんが。
「それに、私自身の力はたいしたことはないですが、精霊はその限りではなく、精霊にお願い出来る私は、アナタに見下される謂われはないのですよ」
しつけと称して、ちょっと風の精霊に脅しをかけて貰おうと考えれば、ジギの態度に腹を立てていた私に引き摺られていたようで、私が何かを仕掛けようと考えた瞬間、既にことは行われていた。
「城に穴を開けるのは止めてください。そして地盤が弛むので水浸しにするのも止めてください。後、下の空気を抜くと本当に死ぬのでやめなさい」
更に追加で攻撃を仕掛けようとしているのをなんとか止めて、溜息を吐くと、ノリューを見る。
「後は任せます。反省したなら、帰してよろしいですよ」
「寛容だね」
「嫌味は結構。どれだけここに滞在してる者がいると思うんです。それといちいち衝突されていてはこちらが迷惑です。早々に帰って頂きたいだけ」
滞在半日にして、既に片手で数えられない苦情が来ているらしく、スー兄様が遠い目をしていましたよ。こちらの予定もあるので、少し静かにして頂きたいところです。
事を荒立てるのも面倒なので、原因が居なくなるのが一番効果的。
婿候補として面接に来ているというのが正しいのですから、脱落者はとっとと退散してくだされば、相手も、溜飲が下がるでしょうし。
もっとも、滞在を許されているからといって、脱落していないという訳ではないですけどね。
「これだけ怒っていたのに、これ以上は良いのか」
「ここまで考えておりませんでした。少し、風の精霊に頼んで髪の一房でもという程度でしたが、私の怒りに周りの精霊の方が先に怒りまして。私、お願いは出来ますけど、命令を出来る訳ではないので、制御出来るものではないのです」
自分は無実だと言ってみれば、精霊達が喧々囂々批難を喚き立てている。私がお願いする前に行動していたので私の所為ではありません。そこは一ミリたりとも譲りませんよ。私は。
「そうみたいだね。精霊に愛される者の特徴だ。随分と君は理性的だから、被害が少ないだけなのか」
どうやら、精霊を御していると思われていたようですね。これを御するなんて頭が痛くなるような面倒事はごめんです。どうして、ここには精霊王とか管理職がいないのか。
いや、管理職はあの白い人たちか。それは無理ですね。うん。確実に管理出来ませんね。そんな感じがします。
「制御ができたとしても、する気はないですけれど」
私の言葉にノリューは驚いた顔をして、それから、ふわりとした笑みを作った。初めて見た顔に、一瞬私の方が面食らっていると。
「ちょっとジギの脱落を嬉しく思っちゃうね」
そんなことを言い出す。
言葉の意味は明白で、私が返答に困っていると、ノリューは、ひらひらと手を振って、歩き出す。
穴にはまっているジギに、自力で上がってこいと声を掛けると、後は一顧だにしない。切り替えが早いというか、精霊と似た気質を感じないでもないんですが。
それはそれとして、私、一体どのあたりで好感度を上げたのかさっぱりなんですが、どのあたりの発言が不味かったんでしょう。
恋愛経験なしの人間が、人の心の機微を推測したところで意味はないですね。だいたいが正解に辿り着ける気がしませんし。
なにより、今のところ自分の恋愛より兄と姉の行く末の方が気になって仕方ないので、こんな状態で、婿選びなんて、無理に決まってます。
もしかして、お父様とお母様、ここまで見越してこの時期にしたんでしょうか。
まあ、最大の理由は、レイ兄様とクー兄様がいない方が、話しがややこしくならずに済むせいだとは思うのですけど、お陰でスー兄様がかなり割を食っている状態なので、個人的には、腹立たしいことこの上ないです。
「決めるの?」
見慣れた小鳥が肩に止ると、いつものように気安く声を掛けてくる。相変らず噂好き。
「決まると思ってますか?」
疑問に疑問を返すと、小鳥は器用に肩をすくめて見せた。
まあ、私の性格を知っていればそうですよね。
「最終的には、八方丸く収まればそれで良いんですよ」
私が、消極的に、選ばずにどうにか誤魔化す方を選択しているのは、誰しもが知るところですし、これ自体は問題になる事はないんですけどね。
問題は、そうした場合、居座る何名か。
少なくとも数名、居座るだけの理由があるというのは、頭が痛いところですが、ようよう退路がなくなったのならば、あちらを頼ることにしましょう。
少なくとも、今の状態であれば、なんとか全てあしらえるはず。
問題はまったく読めない魔種のノリューですが、これを考え始めると、どうにもならなくなる気がするので、現状放置でいいでしょう。
そこ、呆れた視線を向けないでください。現実逃避は立派な選択肢の一つですよ。
なにより、これのお陰で、やらなければならないことがどんどんと積み上がっていくという惨状ですし。
できうる限り早急に終わらせたい所なんですけれどね。
とりあえず、なまじ身分の高いものと多種族が絡んでいるだけに、無理矢理という手段が使えないのが辛いところです。
なにより、私がこの状態でいるとなると、お父様がどこまで持つのかも気になるところです。
……暴走する前に、決着を付けましょう。
なんとなく、カウントダウンが始まっている気がしますよ。今、背筋がぞわっとしました。