20.最後の人たちが来たところ
随分と間が空いて、すみません。
伝言を頼まれたという名目でしたので、数日の滞在で、三の姫様は帰って行かれました。
私が誰も決めていないと言うことが分かれば、レイ兄様もクー兄様も、安心するでしょうし。
ここで、私が少しでも心揺れている人がいようものなら、明日にでも帰ってきそうで怖いです。あながち冗談ではないでしょうしね。精霊の抜け道を駆使すれば。
人は着々と増えていっていて、いずれどうにかなるだろうと思っていましたが、ある程度のところで追い返されているようで、私としても、平穏に過ごせて何よりです。
「残るは」
魔種と、魔人ですか。
この二種族が揃えば、私のお役は多分ごめんとなるはずなんですが。
なかなかにこのに種族の現れる気配がないのが困りものですね。
ほとんど人の中に姿を見せないため、その存在すらも危ぶまれていることもあるけれど、多分かならず、存在するんでしょう。あの白い人たちが、わざわざ全てと関わって欲しげにしていたのですしね。
まあ、それを実行しなければならないと言う義理も、本当はないのですけれど。
私自身が、ここに居ることに、なにがしかの理由を見いだしたいと思っているのも、確かではあるのですよね。
それがあの人達の思惑に乗るという方向でも、何とかなってしまうということに気が付いてしまったときは、本当に落胆を隠せませんでしたが。
「まあ、もうしばらくは、付き合いましょう」
全ての種族と渡りを付けた後は、全員追い出し決定ですけれどね。もっとも、若干名、出ていかないような気がするのが居りますけど。うち一名は、出て行けないとも言いますが。
子供といえど獣人。一度村の外に出れば、妻帯するまで戻れない掟のはず。私がテュカを選ぶ気がないのは確かではあるんですが、そうなると、テュカに帰る場所が当分なくなると言うことになるんですよね。
流石に城から追い出すのは気が引ける幼さですから、誰かと婚姻を結ぶまでは、城に置いておくか、どこかに置いて貰えるように取りはからうかしなければならないですよね。
まあ、テュカは良いんですよ。テュカは。問題は、お母様の国から来たエデルと、あの根性悪、リュクです。他にも往生際の悪そうな方で、城に滞在を許された方は、数名この付近に残りそうではあるんですが、この二人に比べれば可愛らしいものです。
エデルとリュクは、どうしても、城から追い出すのがなかなかに難しい立ち位置であるというのが、実に悩ましいところです。リュクに関しては、どうなってもいいよというお墨付きではありますけれど、流石に人の道に外れるほどのことは出来ませんし。
「さてと、どうなりますことやら」
溜息と共に出る独り言に、思わず遠い目をしてみるものの、現状が良くなるはずもなく。人の世のことには無関心である精霊など、私の心中を慮ることもしてはくれないですしね。むしろ、現状を楽しんでいる節はある気がしますが。
残る種族がやってくればこのバカ騒ぎも一段落付くことでしょうし、それを願って、残りがやってくるのを待ちましょう。
それから数日して、城の前がたいそう騒がしくなってきたのを感じると、ばたばたと騒がしい気配がそこここに伝播していく。慌ただしいと言うよりは、何か物騒なことでも起こっているのかという勢いではあるけれど、この城で現在こういうことになると言えば、私の婿候補が来城したと言うことなんでしょうね。
魔人はまだしも、魔種なんて、私たちにとっては半ばお伽噺。近しい存在だけに精霊の方がまだ現実味があった。
そこに来て、五種族がそろい踏みするなど、あり得るはずがないと思っていただろう者達は、今頃卒倒しそうになっているんじゃないだろうか。
なんというか、大変ご迷惑をおかけしておりますと、頭を下げたくなる。
私の所為ではないが、概ね私が居るせいであることは確実なのだから、部外者を気取るわけにもいかない。いや、いっそ、旅にでも出ようか。主に私の心の平穏のために。
五種族揃ったと言うことは、一応の約束を果たしたということになるだろうし、全員に顔を合せなければならないというわけでもない。
「なかなかに良い考えのような気が」
今にも荷物を纏めて飛び出していきそうな勢いの私に、小鳥が残念な者を見るような目を向けている。
「分かってますよ。遠路はるばるいらしたお客様を放っては行きません。ただ、口に出して、ちょっと実行に移す算段をするくらいは許されると思うんです」
拳を握って力強く言えば、四方から更に残念な者を見るような気配がします。少しくらい自分の心の安寧を計るための行動をしたところで、問題は無いと思うんですけどね。
あー。気が重い。なにより、彼女と違って、恋愛関係は、ほとんど縁が無かった。だから、どうして良いのかの勝手が分からない。
私がこの強制的なイベントを回避したかった理由は、このせい。何かが関わるようなものには触れたくない。王族ともなれば、失言一つでとんでもないことになる。
そこまで理解していて、婚姻に拘りたいとは思わないため、どう逃げるかをずっと算段していたのだけれど、ここに来てこの大騒ぎ。どこかの誰かとそれなりの関係にならないことには、収まりは付かないだろうことは明白。
「終わったら、絶対にしばらく引きこもりますっ」
南の塔にでも引きこもれるように算段しておきましょう。ツタも私ならなんとか出来ますし。
つらつらとどうでも良いことを考えながら、謁見の間まで歩いてきましたが、扉を見ると、また、逃げ出したい気持ちに支配されますよね。
それに気が付いている先導をしていた侍女が、ちらりとこちらを窺った。扉を開けて良いのかと視線で問いかけられ、小さく頷く。
ここまで来てごねたところで意味の無い先延ばしでしかないですしね。
私が頷いたのを確認した侍女が扉を開ける。ぎっとやけに重い音を立てて開くのを見ながら、溜息を飲み込んで背筋を正す。
ここからが正念場ですし。如何にして円満にお帰り頂くかという策略を練らないと。そのためには相手を知ることでしょうね。
結局の所、会わないという選択肢は最初から無い。
分かっていても、何か別の道はないかと無駄に足掻いているだけだ。そこまで理解しているのであれば、いい加減覚悟を決めれば良いと言われそうだが、人間そう簡単に諦められるものではない。
ましてや、避けようと思っていた道であればなおのこと。
みっともないと言われたって足掻くくらい良いじゃないかと思うんですよね。だいたい、他者の思惑のために私がどうして譲歩をしなければならないのか。いや、少なくとも譲歩をしているのだから、このくらいは、予想して然るべき。
うん。いくらへっぽこに見えようと、神に準ずるものであれば、この程度は予想して然るべきなんではないでしょうか。うんうん。この程度は予想の範疇内ですよね。
ギリギリまで現実逃避をしつつ、上段に坐すお父様とお母様の横に立った。
「いやだったら断わっちゃって良いからね。後のことなんてどうとでもなるから」
横に立った私に、お父様がにこやかに声を掛けた。本当に笑っているのが本気で怖い。何をどこまでやらかすのか底が知れないのが特に。
「望まないものを無理にどうこうなんて、誰にもさせませんから、そこは安心なさい」
次いでお母様もにっこりと笑ってとんでもないことを言った。夫婦揃って、今回の事はもしかして腹に据えかねておりますか。
ちょっと待ってください。二人が本気で怒ってたら、私は、逆に冷静にならないといけないじゃないですか。被害を最小限に抑えるために。
この状況で、冷静に婿候補と向き合うなんていやですよ。ちょっと、お父様お母様、私の現実逃避の隙を奪わないでください。
そんなことを思っている間に来客がここまで辿り着いたらしい。
先駆けが入室し、衛士が、槍を一つ打つ。かつんと硬質な音が静まり返った室内に響いた。
胃が重い。だけれど、これで全て終わると思えば、少々の気力は引き出せるというものです。
少し待ち、入出してきた者は、黒だった。一人は純粋に黒く、一人は混沌とした黒と分けようと思えば分けられるだろうか。
どちらにしろ黒という括りは変わりはしない。
「はじめてお目に掛かります。私は魔人と呼ばれている種族のものです」
綺麗に一礼をして、男は人好きのする笑みを浮かべる。
「俺は魔種だ。人は俺たちを恐れるから、どうしたものかとは思ってたんだが、上位種の意向って話しだから、その顔を立ててって感じで、な」
ぶっきらぼうな男は、倣って礼をすることもなく、不遜に笑う。
どちらにしても自己紹介をする気が無い辺りが、やる気のなさを感じられて、私的には、大変好感度が高いです。
嬉しそうに笑う私を男二人は大変怪訝そうな目で見ていますが、気にしません。
これで長い苦痛から解放される。そう考えるだけで口の端が上がるというものです。
お父様とお母様は、私の心情を正しく理解しているのか、少しばかり苦笑しているようですが。
「珍しい」
二人の声が重なり、重なったせいで驚いて二人は互いの目を合わす。
「そちらもか?」
「そっちもか」
二人だけでなにやらわかり合っているようで、たった短いそれだけの言葉で全てを理解したというように頷いている。
「我々を見て恐れを抱かない他の種の女性は初めて見た」
「我々を見て本能的な恐れを抱かぬ者は久しぶりだ」
凄まじく自分がやらかした気がしてきました。ちょっとこれは私の所為なんですか?
と言うか、魔人と魔種に人が本能的に恐れを感じるなんて聞いたことないですよ。いや、考えてみれば、全くこの二つの種族とは交流がないと言うところで気が付くべきだったんですか?
「身に宿る力の根本が違いすぎるために、異質を恐怖ととらえるものが多いのだがな」
「さすがはシュロスティアの王族と言ったところなのか?」
シュロスティアはそれほど特殊ではないとは思うんですが。いえ、まあ、特殊と言えば特殊ですけれど。
「誉めてもうちの子は上げないよ」
にっこりと笑うお父様というのは、実に珍しい。そして殺気が酷い。
「申し遅れました。私はジギ」
「俺はノリューだ」
そんなお父様の殺気もどこ吹く風のように、二人は自己紹介をした。なかなかに肝が太い。けれども、現時点で私の好感度は、マイナスで、ストップ知らずですけれど。
とは言っても、彼らも私同様振り回されている側には違いないと、少し心を落ち着ける。
「私がリィリアです」
軽く膝を折ると、視線が集中するのが分かった。二人しか居ないというのに、もの凄い見られていると感じる。特に胸とか腰とかそういう所を凝視すると、報復しますよ。と言う思いを乗せにっこりと微笑むと、視線が外された。
まあ、仕方の無いことなのは分からなくはないですが、それを許容するかは別問題ですから。
「しばし、滞在させて頂きますが、よろしいでしょうか?」
魔人のジギと名乗った男は、慇懃に一つ頭を下げた。なにもかもが様になる所作で、彼女なら確かに大喜びをしそうだなと、ちらりと考えてしまった。
「俺も」
魔種のノリューと名乗った男はどこまでも軽い。魔人は魔力と類される力を持っているだけのただの人間だ。魔法の存在しない世界で、その、魔力というものがどう使われているのかは分からないけれど、人より体が頑丈であったり寿命が長かったりするらしいので、そう言うものに使われているのかも知れない。あくまで憶測だけれど。
けれども、魔種は精霊と同じと言われているくらいなので、その生態は謎。唯一分かっているのは、魔種と契れば魔種になるということくらい。
交流がないのでどちらもよく分からないのだけれど、聞き及んだ限りではこんなものだ。
スー兄様が、必死でかき集めた資料の中に、ほんの数行だけあった二つの種族。
その昔、争いあったのではないかとも思うけれど、それは今はもう分からないこと。なにより、ここに居る二人は、人である私に対して、敵意を見せてはいない。敵意のないものを選出したというのであれば、少なくとも争う意思がないとも考えられる。
面倒臭い。
本当に面倒臭い。種族が変われば常識も倫理観もなにもかもが違うと思って掛かったほうがいだろう。
とりあえず、食べ物が一緒であることを切に祈ろう。そこは譲れないことの一つだ。
「あなた方の滞在を歓迎いたしますわ」
にっこりと笑ってお母様が滞在の許可を与えれば、お父様は追うように頷いてみせる。
外交となった今では、お父様の出番はない。全てお母様に任せた方がいいのだから、お父様の態度は正しい。
「ありがとうございます」
ジギが頭を下げ、ノリューは楽しそうに目を細めた。
二人を部屋に案内するために衛士が先導をしているのを見て、ちらりとお父様とお母様に視線を向けた。
二人は涼しい顔をして私の視線を受け流す。お父様とお母様にはやはり敵わないと私は溜息を吐く。
「あなたはあなたの好きにして良いのよ」
「ありがとうございます」
私は笑みを作って二人に礼を述べる。本当にお父様とお母様は子供に甘い。二人にもう一度お辞儀をして、私も自室に戻るべく、退室した。
お父様とお母様は、私が好きなようにして良いと言ってくれたけれど、簡単に配送ですかというわけにもいかない。
精霊種のテュカと魔人のジギ、魔種のノリューは、どういう対応をしたとしても、たいしたことは無いが、国関係の人間は、下手な対応は出来ない。
それをすらどうにかするから良いと言ってるのは分かるんですけれどね。どう考えても、武力行使な気がして恐ろしいですよ。
温和な方であるスー兄様も、あくまで方であるだけですし。コーディは言うに能わず、マリ姉様もことこれに至っては、レイ兄様とクー兄様に寄るでしょうし。
孤軍奮闘が目に見えすぎていて辛い。
もっとも、私が本気で嫌がれば、皆もさして手出しはしないでしょうけれど。その状態に持って行くまでの被害が恐ろしいので、出来るだけ事は穏便に済ませたい所なんですけどね。
「あと少し」
これで全ては終わるはず。全ての種族との一応の決着が付けば、ギリは果たしたと言えるでしょうしね。
「平穏に暮らしたい」
ただ、安寧とした日々を過ごしたいと望んでいるだけだというのに、酷いことこの上ない。
この人生最大の敗因は、あの白い人たちだろうと思わずには居られないけれど、元々の発端は私なのだから、彼らだけに責任を押しつけるのも悪いかも知れない。
けれども、説明不足は否めないし、色々と私の希望通りでなかったのだから、それに対しての文句を言うくらいは許されると思うんですよ。
さあ、気を取り直して最後の難関を片付けてしまいましょう。
早くしないと、レイ兄様と、クー兄様が帰ってきて、気の休まる日が少なくなる。なにより、マリ姉様のことをどうにかしたいんですよ。私は。
私のことより最重要事項だというのに、本当に面倒なことをしてくれたものです。
手早く速やかに全てが終わることをそっと祈りましょう。とは言っても、私は神様なんて信じていないんですけど。
なにより、祈ったとしても、あの人たちかも知れないと思うと、祈ってみるだけ無駄な気が。