19.三の姫様と密談したところ
なんか凄い放置ですみません。
次はもっと早く乗せられたら良いな。
とはいえ、呆然と事態を眺めているわけにも行かないので、何とか笑ってその場を誤魔化し、三の姫様と自室に避難をした。ひと息を吐いてお茶とお菓子を準備すると、二人で窓辺にあるテーブルに向かい合わせで座る。
ここに入ってしまえば、求婚の攻撃もないですし、しばらくは静かに過ごせるはずです。流石に今のところ夜這いと強行をかけてくるような人間は居なかったので、安心だと思いたい。
「三の姫様」
お茶とお菓子を食べ、ふんわりとした笑みの戻った三の姫様になんと問いかけようかと考えながら声を掛ける。
「出過ぎた真似をしました。リィリア様」
それでも謝罪の言葉がないあたりが三の姫様。私が唐突のことに困ったのに対して、出過ぎたと言っているけれど、悪いことをしたと思っていないから謝罪はしない。
ふんわり可愛らしく、乙女スキルの高い三の姫様ではあるが、こういう所は二の姫様、一の姫様と変わらない。
しかし。
「わたくしのこと、嫌いになったりしますか?」
カタンと小さな音をたてて、三の姫様は立ち上がると、必死の形相で私の手をぎゅっと握り、そんなことを聞いてきた。
「え?」
思ってもいなかった言葉に私が呆然としていると、みるみると三の姫様の瞳に涙が溜まっていく。
「いいえ。嫌いとか、考えてもいなかったことを言われたもので」
まさかこんな展開になるとは思っていなかった。二の姫様からかなり三の姫様からの覚えが良いことは聞いていた。確かに多少のお話はしたし、年も近いことから共に行動することも多かったが、決してグラッパリエのような友人関係を結んではいなかったはずだ。
一方的に私が気に入っていただけという感じだったはずなんですけれど。
「リィリア様には、いつも助けていただいて。ですから、わたくし、今回のことで少しでもリィリア様のお役に立てればと思ったのです」
なんだか話しが大変ズレてきた気がするんですが、私の気のせいですよね。多分。きっと。
真剣な瞳で、私のことを見詰めている三の姫様の表情に、なんだか少しばかり鬼気迫るものを感じながら、私は出来ることなら、現実逃避がしたいなどと思う。
けれども、どうやらそんな暇など与えてくれる気もないようで。
「わたくし、色々と考えたのですけれど、わたくしがリィリア様の元に嫁げばよろしいと思いませんか?」
なんだか凄いことを言われた気がする。
「三の姫様?」
問いかけのような言葉に、三の姫様は愛らしくにっこりと笑う。本当に可愛らしい方だ。
と、うっかり釣られて笑ってしまったが、いけない。そんな場合じゃないですよ。
「あの、それって」
普通に大丈夫なのかとか、色々と突っ込みたい所なんですけれど、三の姫様相手に突っ込んだところで、なんだか訳の分からない理論を展開された挙句、納得させられそうな気がして、突っ込むことが出来ない。
日頃の行いはそれほど悪いとは思っていなかったが、どこかで不興を買っただろうかと考えて、不興は色々と買いまくっている気がして溜息が漏れた。
「色々とお話は聞きました。そしてわたくしなりに考えたのですけれど。リィリア様が嫁がなければ、全ての問題は解決するのではないかと思いまして。三の姫であるわたくしは、ある意味王位を継ぐ必要がございません。いずれはどこかに嫁ぐのであれば、わたくしは、リィリア様のお役に立ちたいのです」
そこまで告げられて、やっと私は三の姫様の考えが分かった。危うく、そういう趣味の方なのかとどきどきとしてしまいましたけれど、そういう意味であれば確かにうってつけと言いますか、良い考えではあるのですけれどね。
「同性の婚姻が認められているかが問題なのではないかと」
三の姫様が必死に考えてくださったのは本当に嬉しいと思うのですけれどね。
「少なくとも、わたくしの国には性別を断じる法はございませんでした」
言われて私の動きが止まる。
確かに、普通に考えて婚姻とは男女の間で為されるという大前提があるために、男女しか婚姻を認めないという法は確かに存在しない。
三の姫様の大変侮りがたい法の隙を突いたと言いますか。人の心理の裏を掻くと言いますか。あまりよろしくない方向での結論の達し方に、私の笑みも少々引きつるというものですよ。
レイダレットの姫様方は揃いも揃って、癖のある方ばかりのようですね。
私はなんと言ったものかと、カップとソーサーを手に取ると、お茶を飲んで気分を落ち着かせる。
温かいお茶を飲みながら、三の姫様の言葉を吟味してみるが、論じるまでもなく、ないなという結論に達した。
「あの」
「やはり無理がございましたか?」
「まあ、はい。私の倫理観的な意味合いからも」
三の姫様が可愛らしいと愛でるのと、愛しいと愛するのは違う。作戦的なものだと言われて、言葉の上では納得出来ても、形式上とはいえ婚姻を結ぶというのは、どうも何か違うと思われた。
別に、誰かと結婚したいと思っているわけではない。
「それに、ですね。私、三の姫様のお子様が見たいです」
そして、三の姫様を射止め、いなすことの出来る殿方も見てみたい。三の姫様のドジの数々を、避けるなり、いなすなり、共に被って笑うなりが出来るような剛胆な男がどれだけ世の中に存在するのかは分からないが、この体質と性格は遺伝するのかどうか凄く気になるのですよ。私は。
ティティナ嬢のあの、天上の天使をも射止める勢いの歌声は、一代限りであって欲しいとは思いますけれどね。次代に繋いで良いものと悪いものがあります。
「そ、そんな」
恥ずかしげに照れる三の姫様。
私、何か返答を間違えましたか?
「子供が欲しいだなんて。そんな、積極的すぎます」
えっと、私、三の姫様の性格を未だ持って甘く見ていたようですね。
「私の子供は産めませんから。三の姫様。どこか別の殿方の所に嫁いでくださいませ」そう告げると、三の姫様は、ぷうっと愛らしく拗ねてみせる。思わずその膨らんだ頬を突いても良いだろうかなどと考えつつ、自分の気を紛らわせるのも兼ねて、お茶を飲んだ。
さて、なかなかに激情的な提案をなんとか、三の姫様の納得した上で取り下げて貰いたいところではあるんですけど、どうにも無理な気がしますよね。
なにより、ただの提案としては魅力的で、楽しげであるのがいけませんよ。
これのお陰で、ジュダンを呼び寄せる訳にもいかなくなっていて、実に暇を持て余している状態ではあるんですが、その分は、リュクをからかって溜飲を下げることにしているので、良いんですよ。ええ。
「レイガウス様もクウレウス様も良い案だと喜んでくださいましたのに」
「兄たちの話は本気にしてはダメです」
些かかぶり気味に突っ込んでしまう。お兄様方の話しを鵜呑みにされてしまうと、はっきり言って大変なことにしかならない。
「リィリア様は、どこかに嫁がれるおつもりですか?」
小首を傾げて三の姫様は私を見る。
なかなかに核心を突いた言葉に、私は返す言葉を探しあぐねて、手近にあった菓子をつまんでお茶を飲む。嫁ぐ気があるかと問われれば、まったくと言って良い程にない。けれども、嫁がないのかと言われると、これもまた微妙な話しになってくる。
「そうですね。ごくごく個人的な意見であるのでしたら、無い。と言うのが正しいですが、では、嫁がないのかと言われると、これもまた返答に困る問題ですね」
苦笑を浮かべて私が告げると、三の姫様は、なんだか少し寂しそうに微笑む。
「無粋を言いました」
王族を名乗る以上、婚姻は、契約でもある。お父様がそう簡単に契約の婚姻を私に勧めるとは思いませんけど、ムディランはなしですけど、私の中で、サムロイは有りなのですよね。
レイダレットに王子が居て、そこそこ年齢が釣り合えば、選択肢の一つにはなったんですが。ないものを願ったところで意味はないですし。
「わたくしが男でしたら、リィリア様も迷わなかったのでしょうね」
今正に考えていたことを言い当てられ、私は飲みかけていたお茶にむせる。
「三の姫様?」
ごほごほとむせながら、じっとその顔を見ると、ふうわりと三の姫様は笑った。
「リィリア様。レイダレッドの王族は名を隠すことはご存じですよね」
何とも言い難い雰囲気を纏う三の姫様に一瞬飲まれそうになるも、言葉の意味を理解して、一気に立て直した。
そっと、その唇に指を当て、私のよく知る秘密の仕草をする。
「秘密には、意味があるものですから」
「んーっ。面白くないですわ。リィリア様ったら」
またしても、ぷくっと膨れた顔をして、三の姫様が拗ねた見せた。
いやでも流石に、それを聞いてしまったら、色々と問題があると思うのですよ。王位を継いだときには、更に王としての名を作って、幼少の時からの名を隠すくらいですから。
名を告げると言うことは、レイダレットの王族にとって、命を渡すに等しい行為。自らの命をどうとでも好きにして良いという証しの一つですしね。
流石に、それは私には重すぎますよ。三の姫様。
「私は、臆病者ですから」
にっこりと笑ってそう言うと、三の姫様は、行儀悪くテーブルに突っ伏した。
あまりのことに私が驚いた顔をしていると、三の姫様は悪戯っぽく笑う。
「リィリア様、わたくしは、レイダレットの姫ですの。その意味がおわかりになります?」
蠱惑的な、今まで見たことのないような瞳に射られ、私は少なからず動揺をした。こんな三の姫様は見たことがない。けれども、よくよくと考えてみれば、知っていると言える程、私は三の姫様を知らない。
「私は、意図的に他国の事情を知らされずにいましたので」
苦笑を浮かべて答えると、三の姫様はくすりと笑って居住まいを正すと、変わらぬ笑みを浮かべたまま、質問を続けた。
「では、ご自身の国について。いえ、ご自身のこの王族というものの成り立ちをご存知ですか?」
「それを私に問われますか?」
仕方なく、私は質問を質問で返す。私は知っている。少なくともシュロスティアの王族が一体どういうものであるのかを。けれども、それは、私が独自の力で手に入れた情報であり、お父様本人から聞いた訳ではない。ましてやそのことは、決して口外されてはいけないものの類い。あまり迂闊なことを言うことは出来ないと、私も三の姫様に倣って、笑みを模る。
三の姫様は、そんな私の態度に、更に笑みを深くした。ニコニコと笑い合っているのに空気が重いですよ。
「リィリア様は、自分に対する評価が低いと思います」
唐突に三の姫様はいじけたような顔をする。自己評価が低いのは、自覚はしていますが、だからといってそう簡単に上がる物でもないですしね。諦めて欲しい所ですが。
「正しく自身を評価できないと、何かと足下をすくわれることになるかと」
表情を読まれましたよ。
「それもありますけれど、主体にしているものによりますから」
自己保身を考えるのであれば、自己評価は大切ではあるのですけれど、考えなければ、さして重要でもない部分でもあるのですよね。
もっとも、自身の重要性を理解した上で、餌になると言うことを考えれば、多少は理解をしておくべきなのかというのもあるにはあるんですけど。なんと言いますか。知るとろくでもないことになる気がしてならないんですよね。
ある程度は予測はしてはいるのですけれど。
「リィリア様?」
何を考えているのかというように、覗き込む仕草が愛らしくて、思わず笑みを浮かべる。基本的に、お互い様な部分はあるのは理解はしているのですけれどね。
「面と向かって言うのは初めてですね。私とお友達になってくださいますか?」
三の姫様は、その言葉に思わず固まってしまってますが、何とも形容しがたい笑みを浮かべる。
「結構打算的ですよね。リィリア様」
「そう言う関係ではないものをという意味だったのですけれど」
にっこりと笑えば、三の姫様は少しばかり呆れた表情になる。
打算的ではない友人になろうという方が実に打算的だと言うことを三の姫様は分かっている。利害のない関係は、毒にも薬にもならないけれど、何かがあれば、助けるのは自身の裁量のみになる。
そこに打算と政治的な意味を見いださない友人関係は、ある意味非常に厄介なのだ。それが大国になればなるほど。感情は国を脅かしかねない。
「ずるいです。わたくしはずっとお友達のつもりでしたのに」
何処まで本気で何処まで嘘か。見た目通りではないと言うこと分かってしまっている三の姫様の裏を読もうと考えて、止めた。
それは、もう既に意味を成さないのだという宣言を自分でしたのだから。
「ですから、口にしたことはなかったと申し上げましたよ」
クスクスと笑って言えば、更に頬を膨らませて拗ねる。本当に愛らしくて、羨ましい限りですが。
やはり、三の姫様のようになりたいかと言われると、躊躇いますよね。
「では、名実共にお友達と互いに理解したところで、二の姫様、どうされてますか?」
出歯亀という事なかれ。事のいかんによっては、私たち姉妹の平穏を得られるかどうかと言う、重要案件なんですから。特に、コーディはこれからも長いですし、マリ姉様も、この結果によっては、色々とあるかも知れませんしね。
「一番最初にお聞きになることがそれとは」
「私たち姉妹の今後がかかっておりますので」
真剣な顔でそう言うと、三の姫様は、苦笑を浮かべる。
「仲がよろしいですね」
羨ましいという声が聞こえてきそうなその言葉に、私は微妙な表情になった。決して兄妹仲は悪くはない。ただ、レイ兄様とクー兄様の愛情は、暑苦しくて重いのだ。耐性がなければ、確実にトラウマ直行なほどだというのは、やはり外から見ている分には、分からないものですしね。
曖昧に笑ってみせる私に、三の姫様も何か思うところがあるのだろう、同じように曖昧な笑みを浮かべた。
「二の姉様は、ご存知の通り、少し引っ込み思案な方なので」
「押しは弱い方ですね」
けれども、それは言い換えれば、三の姫様とはまた違った庇護欲をそそると言うことなのだが、レイ兄様もたいがい鈍感な質であるから、気が付いてくれるのかどうか。
「ですので、リィリア様が望まれているような進展はまだございませんわね」
「まだ、ですか」
三の姫様の言い回しに気が付いて私は微笑んだ。どうやらレイダレット側も二人をくっつけようと画策中のようだ。
もっとも、それで上手くくっつくのかと言われれば、それはそれで疑問が残るのだけれど、それでも、ゼロよりは大きい可能性だろう。
「二の姉様には、幸せになって貰いたいと、一の姉様も言ってますの」
政治的意味でも、確かに二人の婚姻は望ましいので、この流れは分かっていたつもりだったが。そうか、二の姫様は、私の逆位置の方ですか。むしろ、三の姫様の方が一の姫様に近いわけですね。
そう言う意味では、クー兄様でも、レイ兄様でも、レイダレットとしては良いのだろう。家の家族は情が厚い。一度懐に入れた。いや、愛した人間を政治的になど利用できるはずもなく、それはもう、見てるこちらがあれなほどな状態になることは明白でしょうし。
「良い結果が出ると良いんですけれど」
「一の姉様も言ってますから、平気だと思います」
にっこりと愛らしく三の姫様は笑う。
レイダレットって、一体どういう国なんでしょうね。ちょっと不安になってきましたよ。うっかり三の姫様の提案に乗ろうとか考えなくて良かったと、心底思ってしまう程度には、不穏そうで。
けれども、二の姫様とレイ兄様とクー兄様のお話は、実に楽しく、久しぶりに時が経つのも忘れてしゃべり込んでしまいました。