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16.首謀者を問い詰めてみたところ

 獣人の子供と視線を合わせて座ると、私は逡巡した後に、ざっくばらんに話を進めることにした。何より私の持っている情報は少なすぎる。それに、獣人の子供相手に腹芸をやったところで意味がないのは明白だ。

 「まずは、名前ですが」

 「テュカ」

にこにことこれでもかと笑みを浮かべて、獣人の子供、テュカは私を見る。なんでしょうね。この、そこはかとない敗北感というか、無碍にしたらズキリときそうな純真無垢さは。

 「では、テュカ。アナタはなぜ選ばれたの?」

こんな小さな子供を選ぶにはそれなりの理由があるのだろうと思い、そこも問いただしてみたのだが、返答は思ったより脱力を誘うものだった。

 「俺、一番、言葉上手かった」

一瞬言葉通りに受け取り掛けてしまったけれど、言語形態が違うのか。私たちの言葉をテュカが一番上手く操れたと言うことなのだろう。そうなると、性別と言語習得のみでふるいに掛けられたと言うことかも知れない。なんて無謀な。

 「それで、何で私を嫁に貰いたいんですか?」

問いかけると、テュカはきょとんとして首を傾げた。

その仕草、可愛いんですけどね。可愛いんですけど、あな多那にも分からないで私に嫁に来いと。と言うか、もしかして、根本的に嫁という言葉の意味を理解していないだけなんじゃ。

さて、やはりテュカに聞いても埓が開きませんね。どうしましょうか。助けを求めるようにスー兄様に視線を向けると、肩をすくめられた。確かに、この状況で何を聞いても仕方ないですね。

 「あ。俺、手紙預かった」

懐をごそごそと探り、テュカはどうだと言わんばかりにそこから手紙を取り出し、私たちに見せた。

なんだかこの手紙も凄く嫌な予感がするんですけれどね。とりあえず見てみないことには分からないですよね。見るまでもなくというような気がするんですけれど。本当に。

 「見ても良いですか?」

一応断りを入れると、テュカはうんと元気よく返事を返した。

くらりとしたが、なんとか持ち直し、私は受け取った手紙を開いてみる。ええまあ、おおかた予想通りでしたね。言葉は何とかなっても、文字は覚えるの大変ですものね。

ああ、でも言っても良いですか。心の中だけですから。読めない手紙ほど意味のないものはないんですよっ。

 「スー兄様。読めますか?」

自分で解読は不可能と判断し、早々にスー兄様に丸投げをした。さすがにスー兄様も、獣人の言語にまでは詳しくないようで、見た瞬間、表情が引きつっていた。

 「とりあえず、解読はしてみるよ」

そう言ってくれましたが、どうにも時間がかかりそうですね。精霊種は、あまり人と接触をしない種族なので、言葉が通じないというのは、仕方のないことだと思いますが、文字があってもここまで隔たっているとは思いませんでしたね。

 「テュカ。私はあなたと結婚する気はないので、お嫁さんにはなれません。その上で、これからアナタはどうしますか?」

 「お嫁さん、ダメ?」

 「ええ」

ゆっくりとその言葉に頷くと、テュカはしばらく考えて、にっこりと笑う。

 「俺、リィリアと一緒に居る。長老言ってたよ。一緒にいると情が移るって」

へらっと脳天気に笑ったテュカに、私は本当のことを言うことは出来なかった。

情は移るだろう。でもそれは確実に、愛玩動物に対する情に近いですよ。その長老、絶対それ分かってて言ってますよね。なんて質の悪い。

けれども、ここにいると無邪気に言う子供を追い返せる人間は、多分どこにも居ない。

レイ兄様とクー兄様も、嫁の意味ももしかしたら良く理解していない子供の言葉には、目くじらを立てないだろう。元々小さくて可愛いものが好きですし、何より、この城の人間は、一度懐に入れてしまった人間を無碍にするのがとても苦手なのだ。

結局は、こうなる運命だったのだと、私は半ば諦めにも似た溜息を吐いた。

 「アナタの気が済むまでここにいるのは構いません。帰りたくなったらいつでも帰って良いですよ。故鄕にも、ここにも、ね」

そうして結局なし崩しに、獣人の子供は城に住み着くことになった。ええ、自業自得って言う言葉がよく似合うのは私だって重々承知してますよ。

でも、元を正せば、あの白い人たちのせいだと思うんですよ。




 ぼんやりと目を開けると、そこは暗いけれども明るいという妙な空閑だった。

ここには見覚えがある。そうだ、あの白い人たちが居たところだ。

 「あんたらっ。一体どういうことよっ」

溜まりに溜まった鬱憤を一気にここで晴らしてやろうと、勢い込んで起き上がるが、そこには誰もいなかった。

 「あ。ほら、やっぱ怒ってるよ」

 「だから、知らぬ存ぜぬで済ましちまおうって」

 「それやったらまた怒るよ」

 「だからな。そこは戦略と言うことでだな」

 「往生際が悪いってのよアンタたちはっ」

そんな声が後ろから聞こえてくる。

どこまでバカですかこの白い、いや今回はどうやら部屋に合わせて黒いですけど。まあそれはさておき。

 「だから何で堂々と後ろで作戦練ってますか」

相変わらずだ。最初と全く変わらない。この人たちって、神様みたいなものなんじゃないかと思っていたけれど、違うんだろうか。

 「ほ、ほら。最初もお前だったし。説明は任せたっ」

 「お前の方が良いだろう」

 「男には容赦なさそうだし」

 「グッドラック」

 「……」

既に何かを言うことすら諦めたらしい紅一点は、諦めたように私の方を見た。

 「えー。まずは説明不足すぎたわね」

作り笑いを浮かべて、女性は話し始めた。どうやら全てフラグをへし折って回避しようとしたのがまずかったような気がする。

 「まあ、本来死ぬはずだった彼女が好みそうな展開になるからこそ、あの世界に選ばれていたのよ」

むしろ展開ありきで彼女チョイスだったのか。確かに、彼女は、こういう感じのゲームが好きだったなと、ぼんやりと思い出す。私は苦手な方だったというのは、言うまでもないだろう。

 「リィリアっていう存在は、世界を構成するのに重要な人物な訳なのよ」

なんだか一気に話のスケールが大きくなった気がするんですが。

 「だから、アナタを花嫁に出来たところが世界を制することが出来るって。そう言うことになっているのよ」

ああ。嫌な予感はしていましたよ。してましたけどね。私、そろそろ切れてもいいんじゃないでしょうか。

 「ああ。ちょっと落ち着いて。だって、元々は彼女ならって思っていた世界だから」

私に合わないのは仕方がないと言いたい訳か。確かに、この趣味に関してだけは、理解しかねた。元々、私が男性嫌いの気があるというのもあるんだとは思うが。

 「それで。私に何をさせたいんですか?」

予定を変更させてしまった一端は私にもあるのだろう。予定外と言っていたし。とりあえずの譲歩として話を聞くくらいは良いでしょう。

 「いや。そのね。別段そんな身構えるほどのことじゃないのよ。ただ、切り捨てないであげて欲しいだけ。好きになれないのは仕方ないことだけど、チャンスも与えないでというのは、困るのよ」

途切れ途切れの言葉に、私はきょとんとした顔をしてしまう。

とりあえず付き合ってみて、合わないのは仕方ないけれど、付き合うこともしないで全てを否定するのはやめろと言うことか。まあ、必ず誰かを選べと言われているわけではないのだから、その辺りは譲歩しても良いか。

もっとも、譲歩できるのはその程度だけだけれど。

 「分かりました」

私がそう言うと、あからさまにほっとした顔をされる。本当にフラグへし折られたくなかったんですね。世界がどうとか言われたところでぴんときませんけど。

 「そう言えば、三番目のお兄さんはどうなの?」

 「スー兄様ですか? 好きですよ。一番話しやすいですし」

突然どうしてスー兄様の話が出てくるのだろうかと、私が訝しんだ顔をすると、意味深に笑うだけで答えてくれなかった。

 「まあ、気負うことはないから」

笑っているが、絶対にろくでもないことに巻き込まれるに決まっている。これから一体どういうことになるんだろう。それに、わざわざスー兄様のことを聞いたって言うのも気になる。

でも、私にはそれを知る術はない。結局は、流されるしかないのだ。流されて、行き着いたところが答えなのだから。

変わり映えのしない日常。私はそれが一番大切だ。波瀾万丈なんて、疲れるし怖いだけだ。私一人だけだというなら良いけれど、絶対それには巻き込まれる人が居る。それだったら、退屈なくらいの日常で良い。

平々凡々。それが一番幸せなんだと、私は思っている。

騒動は気が重いけれど、少なくとも、命のやりとりをするようなことはないと思えば、ましな方だろう。それに、決定権は私にあるようだし。何とかなるだろう。

家族に被害が及ばなければいい。

もっとも、多少の被害は否めないんだろうとは思う。なんと言っても、王族に求婚しに来るのだから。

何より、わざわざ説明するためだけにここに呼んだと言うことは、これから騒がしくなると言うことだろう。

もっとも、たいした説明はまたしてもされていないけれど、どうやらその辺りはわざとのようだし、ここで妥協するしかないんだろう。

 「はぁ。これからが気が重い」

ぼそりとつぶやいて、私は、ゆっくりと現実に覚醒した。

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