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12.レイダレットの二の姫様とレイ兄様のお話

 レイダレットの二の姫様が城に入り、ささやかなるとは言い難い宴が催されている。今日は、いつもとは違う服装でどうにも落ち着かないと言った表情をしている二の姫様が可愛らしい。

マリ姉様は、レイ兄様を無理矢理連れて二の姫様とお話しをしていた。

それを私とスー兄様、更にはコーディも生温い表情を向ける。あからさますぎるマリ姉様の行動に、二の姫様は少々困惑してしどろもどろとなり、会話処ではなくなっていた。一方、今まで何となくそうなのではないかとは思っていたが、見事なまでに鈍かったレイ兄様の天然ぶりに目眩を覚える。

 「スー兄様。私、なんだか色々と最初を間違えている気がしてならないんですけれど」

思わずぼんやりと三人を眺めつつそんな感想を漏らすと、スー兄様からは苦笑が返ってきた。敢えて口にするつもりはないけれど、心は一緒のようだ。これでは恋がどうとか言う以前の問題な気がするし、何より、マリ姉様のやる気が寧ろ悪い方向で働いているのが明白だった。

 「まあ、滞在期間はまだあるし。ね」

視線を逸らしてそう言うスー兄様の言葉に、打つ手なしという言外の気持ちを汲み取り、私も思わず溜息を吐く。

マリ姉様の意気込みは分かるんですけど、相手を見て発揮しないと、逆効果というか。ああ、なんか、二の姫様が、そろそろ精神的にきついご様子。そろそろ助け船を出さないと、始まらないどころではない。このまま終わる危険性も出てくる。マリ姉様は色々と容赦がないですからね。

 「コーディ、スー兄様とここで待っていてもらえますか?」

そう問いかけると、一応の防波堤であるスー兄様がいることと、敵は現状、クー兄様だけであるため、コーディは愛らしく笑って頷いてくれた。

 「ここで、スー兄様と待ってます」

コーディが、スー兄様の手をぎゅっと握ったのを見届けると、スー兄様に軽く会釈をして、私は、マリ姉様のところへと向かう。気が付けば、二の姫様は完全に混乱の頂点のご様子で、見ているこちらがいたたまれなくなってくる。

 「マリ姉様」

声を掛けると、良いところを邪魔するなと少し睨まれるが、残念ながら、マリ姉様、まったくもって良いところではないんですよ。

 「私も、二の姫様のお話に加わって良いでしょうか?」

そう言って微笑んで、マリ姉様の視線を二の姫様に向けさせれば、やっとマリ姉様も自分失敗に気が付いたようで、言葉なく口元を押さえた。

 「二の姫様。私もお話に加わってよろしいでしょうか?」

あからさまにほっとした表情をした二の姫様を見て、私は内心苦笑する。本当にマリ姉様は、色々とやりすぎというか、容赦がないというか。それで二の姫様を追い詰めていては意味がないと思うんですけれどね。

 「どうぞ。妹の三の姫から色々と聞かされていたので、私も一度話をしたいと思っていたんだ」

三の姫様が私のうわさ話ですか。想像も付かずに小首を傾げると。

 「リィリア姫が男だったら迷わず嫁に行きたかったと言っていたよ」

と、凄いことを言われた。何かそれほど三の姫様の琴線に触れるようなことをしただろうかと、考える。思い返しても、たいしたことはした記憶はない。城の中で劇的な何かがあるなど、お話の中だけだ。実際、見知らぬ男が近寄ろうものなら、護衛に何かされるだろうし、護衛を巻いたところで、次に控えている暗部が黙ってはいない。

下級貴族であればまだ、王族に見初められと言うのもあるかも知れないが、普通に考えて逆は限りなくないに等しい。

 「たいしたことをした記憶はないのですけれど、そんな風に思っていただけるのは光栄です」

三の姫様は大変愛らしい方ですしね。そんな風に思われているというのは、少しばかり嬉しくはありますね。

 「パーティーでも、困っているとさりげなく助けてくれるとか、転ぶ前に助けてくれるとか。護衛の者より早いと言っていたからな」

転ぶ前はどうかとは思いますけど、パーティー会場で困っていようと、さすがに護衛は手を出すことは出来ないだろう。なぜか気が付くとお一人でおろおろとされていることが多いから、思わずお節介と分かりつつ、手を出していただけだったのですけどね。改めて言われると、確かに、好感触になる切っ掛けではありますか。

それよりも、話を聞いているマリ姉様の視線が痛いんですが。私、悪いことはしてませんよ。危険なこともしてませんし。

 「危険なことはしてないですよね。リィリ」

やはりそちらの心配していらっしゃいますか。一応、危険なことはしていないと思うんですけれどね。あのときも、荒事全般は、ジュダンに任せていましたし。私自身は、至って安全区域にいたはずなんですが。

 「記憶にある限り危険なことはしていないはずですが」

 「うん。せいぜいうちの上級貴族に、立ち直れないくらいの毒舌を浴びせたくらいらしいから、マリルリイの心配しているようなことはないよ」

えっと。すみません。二の姫様。まったくもって、安心できない状態になってしまっているんですけれど、私、いったいどうやってマリ姉様のご機嫌を取れば良いんでしょうか。

お願いですからそれ以上何も言わないでいてくださると大変助かるんですけれど。

 「リィリ。そう言うことは、クー兄様かスーに任せておけばいいものを」

普段でしたら私もそうするところだったんですけれど、その時は本当にたまたま間が悪かったと言いますか。クー兄様が別件で来れなくなったため、一緒に来ていたのは、レイ兄様とスー兄様の二人だけで。曲がりなりにもレイ兄様は次期国王ですから、私にかかり切りというわけにも行かず、必然、スー兄様と二人でパーティーに出席することになったんですけれど、会場に入った途端、ご令嬢方にスー兄様を拉致されていき、思わず見送ってしまい、気が付けば一人という状況になっただけだったんですよ。不可抗力です。不可抗力なんですマリ姉様。

 「あのときは、クー兄様がいなくて、スー兄様は、忍びきれずにご令嬢にもみくちゃにされていたんですよ。不可抗力です」

一応の言い訳をしてみるが、何とも言えない視線から逃れることはどうにも出来ない。私が悪い訳じゃないんですよ。頭の中身が大変空っぽそうなまあ、どこにでもいるぼんぼんといった風体の男が、べたべたと三の姫様に触れていて、あまつさえ腰を引き寄せ無理矢理抱きしめようとしていたから、ほんの少しばかり、とげのある言葉を投げかけただけでしてね。

 「あのあと一ヶ月くらい、あの男、立ち直れなかったらしくてな」

からからと笑う二の姫様。そして、マリ姉様のみならず、レイ兄様がそろそろ危険な気が。

 「リィリっ」

ああ、遅かった。今にも泣きそうな顔をして、こちらを見ているレイ兄様。会談のために赴いたレイ兄様に付いていった形なんですから、そもそもが無理なので、そう悲しそうな顔をしないでください。

 「ごめんよ。リィリ。リィリが危険な目に遭っていたっていうのに、俺はまったく役立たずで」

ぎゅっと私を抱き締めるレイ兄様を、私は苦笑をしながら相手をする。この程度でしたら、まだ普通ですしね。ただ、マリ姉様の視線が更に痛いですけど。

 「いえ、そのときレイ兄様は、会談のために席を外されてましたし、全く危険な目になど遭ってませんから。落ち着いてください。レイ兄様」

人目がある分まだ自制が利いているレイ兄様は、抱きつくだけでそれ以上にはならないので、私もほんの少しだけ安心は出来る。

 「それよりも、レイ兄様」

ぽむっとわざとらしく一つ手を叩き、私はレイ兄様を見た。そうそう忘れるところでした。上手く二人の距離を縮めるという使命があったことを。

 「前に、二の姫様の腕前を褒めていらっしゃいましたよね。私、お二人の手合わせを見てみたいです」

ふわりと笑って二人を見れば、レイ兄様は私のお願いを断れるはずもないし、二の姫様も、こうして話すよりは気が楽な様子で、嬉しそうに頷いている。どうやらこちらの方が目論見は上手く行きそうだと、私がにっこりと笑うと、マリ姉様は、一つ小さく溜息を吐いた。

何か不味かったんでしょうか? マリ姉様の様子を見て、私は一つ首を傾げた。何が不味かったのか分からないまま、二人は城の中にある練習場へと移動していく。

やけに真剣な眼差しで、防具を整え、刃を引いたとは言え、やりようによっては骨折ぐらいはさせられるそれを構えた二人を見て、何となく分かってしまった。

 「マリ姉様」

この二人、演武とか軽い手合わせとかそう言う考えが欠片もない用で、やるからには正しくやるかやられるかと言った様子。

 「たいがい、レイ兄様も大人げないのよね」

 「ああ」

こうなってしまっては、もう私に止められる術があるはずもなく、ただ眺めることしかできない。いえ、全く手段がないというわけではないですけれどね。それは、どちらかが命の危険にさらされたとかでなければ、出す気のない奥の手ですから。

 「二の姫様、お顔に傷付いたりしませんでしょうか?」

 「流石に、レイ兄様も、顔は狙わないとは思うけど」

急所が集中しているし、目に当れば失明の危険性もある。けれど、目立たない内臓の集中する腹などを狙うのも危険なはずだ。いざとなったら止めに入るかと、ごそごそと準備をしていると、マリ姉様が恐ろしいほどの笑みを浮かべて私を見ていた。

 「何してるのかしら。リィリ」

これは十中八九止められるというか怒らせると分かりつつも、流石に私もこれに関してだけは引けませんよ。マリ姉様。

 「私が引き起こした事態は、私が収束させます」

きっぱりとそう言えば、マリ姉様は言い返す言葉を探すようにしながらむくれている。そんな風に心配を掛ける気はないんですけれどね。まあ、私に荒事がつとまるかと問われれば、迷わず無理と答えますから。

 「無茶と無理をしたら許しませんからね」

こうと言ったら梃子でも考えを変えない私の性格は、マリ姉様も良く分かっている。だから諦めたようにそう言って、我慢をしてくれた。

 「はい」

自分がケガをするようなことはしませんから。一応。

相対する二人の瞳が、一瞬にしてしんと冷えきった。見ているものはお互いで、けれどもそこには、なんの感情も感じられない。ある意味二人はよく似ているのだなと、私はそんな二人の顔を見ながらくすりと笑う。

短い呼気と共に、ギィーンと鈍い音が響いた。模擬用の刃を引いてある剣だというのに、そのひらめきは一瞬にして命を絶ちそうな雰囲気で、思わず息が詰まった。

一合二合と打ち合う度にその激しさはどんどんと増していき、気が付けば打ち合う二人の表情は、なんというか、親の敵でも見るような。それとも、ライバルを見付けて歓喜しているようなそんな表情で、どう考えても、打ち合いが終わった後に和気藹々と相手を湛えて笑い合えるような雰囲気には見えなくなってきた。

 「マリ姉様?」

趣味でわかり合えればよいのではと思った私の考えは、随分と甘かったとそう言うわけですか?

視線だけで訴えると、マリ姉様は、疲れた笑みを浮かべた。そう言えば、私、打ち合っているレイ兄様を見た記憶がほとんどない気がしてきました。それって、スー兄様とマリ姉様が見ないようにしていてくださったとかそう言うことでしょうか。

どちらにしろ、このまま行くと、どちらかが致命的なケガをしそうな雰囲気になってきてしまって、私は一つ溜息を吐く。最終手段と思っていたけれど、そんな悠長なことを言っている暇はどうにもなさそうですよね。これ。

 「マリ姉様」

曖昧に笑って私はマリ姉様に実行に移すことを告げると、マリ姉様はただ仕方がないという笑みを浮かべた。ここまで夢中になる人たちだとは知らなかったんです。マリ姉様。と、心の中で言訳をして、私は二人が打ち合いをしている場所に下りていく。

ざらりとした土の感触。前を見れば、打ち合う二人の鬼気迫るような圧迫感が私を襲う。出来れば穏便に何事もなければいいとは思っていたんですけれどね。

 『聞こえる?』

ケガをする気がない以上、私は私の持てるものを最大限使うしかない。大丈夫だとは思いたいんですけれど、ちょっと自信がなくなってきましたし。

 『なに?』

答えたのは風だけ。この場で力を発揮できるのは、土と風だけれど、土は流石に目立ちすぎることを分かっているようで遠慮をしてくれたらしい。

 『軽傷で済む程度で守ってください』

風にそう言うと、困惑した雰囲気が当りを包む。

 『またそう言う難しい事言う』

全力で排除する方が力加減が要らなくて楽なのは分かりますけどね。それをやったら、二の姫様がケガをされるじゃないですか。レイ兄様だけなら、少々のケガくらいと言えますけど、二の姫様はダメです。

 『出来ないですか?』

無理というのであれば別の手段を考えるしかない。まあ、少々私がケガをすればいい程度の事ですから、問題はないんですけれど。

 『出来るよ。面倒だけど』

 『なら、お願いします』

そう言って私が笑うと、溜息を吐いた雰囲気が伝わってくる。何か私、不味いことを言ったでしょうか?

とりあえず、身の安全は保証されたので、二人の様子を見ながら、間合いを計る。激しいせめぎ合いの後、呼吸を整えるのに、一時離れるところを狙うのだ。

 「そこまでです」

そう言って二人の間に割り入って、制止の言葉を発する。けれども、動き出した二人は勢いを殺すことは出来ず、必死に剣筋を変えようとしていた。下手に動く方が危ないのは分かっているので、私は二人の顔を交互に見て、笑って見せる。

ギリッと歯を食いしばる音が聞こえてきそうな二人の表情に、ちょっとやり過ぎたかと、思っていると、がつんと鈍い音が二つ響き、地面に二本剣が突き立っていた。

 「リィリっ」

 「リィリア姫っ」

二人の声に、私は曖昧に笑う。それよりも心配なのはマリ姉様ですよ。この状態を見て、怒っていないでしょうか。いえ、怒らせただけでしたらいいんですけれど。

ちらりと視線を向けると、案の定、今にも倒れ込みそうなほど青い顔をしたマリ姉様がいた。

一番危険が少ないのを選んだのですけれど、見た目的に一番危ないものでしたね。そう言えば。

 「一歩間違えたら大怪我処じゃなかったぞ」

こちらも同様、顔面蒼白で私を心配して言葉がきつくなっている。

 「リィリア姫。危ないことはしないでくれ」

二の姫様も、今にも倒れそうな顔色だ。

なんだかこの状況、もしかしなくても、私が一番悪いんでしょうか?

 「二の姫様も、レイ兄様も、絶対に私を傷付けるはずかないって分かってましたから。考えていた手段の中で一番安全なものだったんですが」

そう言うと、レイ兄様は溜息を吐いて、他の手段を言ってみなさいと、私に促した。

 「戟を使って、お二人の剣を絡め取る。盾を使って受け止める。お二人に攻撃をする気は全くなかったので、その手段は考えてませんでした」

そう言うと、二の姫様もレイ兄様も、ガックリと肩を落とす。そんな落胆するほど酷い作戦でしたでしょうか?

 「確かに、その二つなら、今のが一番安全だが、寿命が縮む思いがしたから止めなさい」

そう言うと、レイ兄様は私をきつく抱き締める。

 「貴女にケガをさせたなんて知れたら、三の姫になんとなじられるか。私からもお願いする。あのような無茶はやめてくれ」

二の姫様まで今にも泣きそうな顔をされていた。マリ姉様は、と、視線を巡らせると、恐ろしいほどに微笑んでいらした。

私、一番確実な方法でかつケガもしませんでしたよ。でも、心配を掛けてしまったというのは、確かですし、この後マリ姉様からのお説教と、スー兄様からのお説教と、コーディに泣き付かれて、それからクー兄様に構われて、最期はお父様とお母様に、お説教コースですね。

心配を掛けてしまったのは確かですし、お説教は甘んじて受けましょう。悪いとは本当に思っているんですよ。ただ、同じことがあれば、同じことをしますけれど。だから、スー兄様には、反省の色が見られないと怒られると分かってはいますが、こればかりはどうしようもないと諦めて頂くしかないのですよ。

 「でも、レイ兄様も二の姫様も凄かったです。あんな息詰まるような打ち合いを見たのは、初めてです」

そう言って笑うと、レイ兄様と二の姫様は、一瞬互いを見て、ふっと笑い合った。

ふむ。まんざら悪い雰囲気ではない気がします。これはこれで成功だったんじゃないかと、私がほっとしていると、いつの間にか下りてきていたらしいマリ姉様と、三人で、じっと私を睨み付けてます。

 「リィリ」

 「リィリア姫」

 「リィリ」

三人が同時に私を呼び、にっこりと笑っているのを見て、背に冷や汗がたらりと落ちるのを感じる。どうやら私、やり過ぎたんでしょうか?

 『自業自得だと思う』

止めは精霊達の声。

身の安全もきちんと確保していたのに、なんとも釈然としない展開ですが、マリ姉様の今にも泣きそうな顔を見てしまえば、お説教は静かに拝聴しようと思います。

けれども、マリ姉様、完全に当初の目的を忘れていらっしゃるんじゃと思いつつも、今は何も語らずに置くことにしましょう。


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