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10.一段落したところ

 ここまで来てしまった以上、ごねたところでしかたがない。精霊の巫女とかはとりあえず無視の方向で話を進めることにした。

 『それで、何を伝えればいいの?』

私がそう問いかけると、精霊樹は、少し考えるような間を置いた。まさか何も考えていなかったとかそんなことじゃないでしょうねと、思っていると、精霊樹は困ったような声を出す。

 『なんて言ったら良いんだろうな。俺たちは、この土地を守るために人間と契約をした。寿命の短い人間が、この長い時間の間で、契約の内容を忘れるなんてことくらいは、俺たちだって分かっている。けれどもな。俺たちは、血を好まない。争いを好まない。この土地が。この土地に住まう者達が、無益に争うというのであれば、我ら精霊の加護は遠くなく消え失せる。俺たちが望むと望まざるとだ。何より、血を浴びすぎ呪われたせいで、精霊樹の声を聞く役目の姫巫女ですらその有様だ』

精霊樹が気配だけでニーイル様を見ているのが分かった。精霊樹としても不本意ではあるのだろう。多分、ずっと警告を発していたはずだ。けれども、巫女が伝えなかったのか、王族が突っぱね続けていたのか。その警告は、未だ持って、届いては居ないと言うことになる。

 『で、精霊樹としては、どうしたいんですか?』

私が単刀直入にそう問いかけると、精霊樹は、ほんの少しだけ間を置いて、意地の悪い声を出した。

 『お前を巻き込む』

きっぱりとした精霊樹の言葉に、私はあからさまに嫌そうな顔をする。なんで私がこんな事に巻き込まれなくちゃならないんだ。今でも十分巻き込まれているというのに、まだ巻き込み足りないのか。

 『いい加減にして欲しいですよ』

イライラと、はっきりとした口調でそう言うと、精霊樹は、ケラケラと笑った。それでもお前はいやだとは言わないだろうと言って。

悔しいけれど、そうだ。ムディラン王家や家臣なんかどうなったって良心は多分痛まない。だけど、私のせいで、国民全ての命が左右されるとなると話は別だ。

ああ、王族全て根絶やしにしたところでいいと思っていたのは、頭が無くなったところで、ムディランに暮らしている民は、サムロイ、レイダレット、シュロスティアの三国で保護できるのが分かっていたからだ。

けれども、ムディランという土地そのものが無くなってしまっては、流石に全てをどうにかは出来ない。だから、私はこの精霊樹の言葉を無碍に断わることは出来ないのだ。

何より、私、ムディランの民のために、代わりに精霊樹ともう一度契約を交わす気なんて無いですし。

 『とりあえず、条件を聞きます』

諦めて私がその先を促すと、精霊樹は、またしても笑った。

 『このまま争いを続けるなら、この地は遠くなく精霊の加護を失い、もとの荒れ地に戻るだろう。お前なら分かるだろう。この地は精霊が力を付帯しなければ、草一本生えないほどに痩せている。本来であったなら、侵略し、広げた土地にまでは影響は出なかったが、精霊の加護だけはきっちりと手順通りに浸透させたもんだから、今やこの広大な土地全てがムディランだ』

それはすなわち、加護を失えば一国砂漠化ってことですか。洒落にならない緊急事態だ。最悪、本当にムディランの精霊樹と、私が再契約するしかないのかも知れないが、それは最終手段だ。

 『まあ、だが、時間はある。ここからが条件だ。これ以上レイダレットや他の国との戦争を続ける気であれば、いずれ遠くなく精霊の加護は消える。よって、全ての争いの矛を引け。で、次に、精霊の加護を再び受けたいのであれば、精霊の巫女を娶れ。ただし、無理矢理に手に入れようとしたり、穢そうとしたり、本人の意志を無視することがあれば、その時点で加護は消え失せる』

なんとも、私にだけ面倒くさい。

 『本当はもう見捨てたいんですか?』

思わずそう聞いてしまった。

 『そんな訳あるか。俺たちは、この土地を愛している。出来ることなら、ずっとだ。だが、人はいつでも俺たちの願いを踏みにじる。まあ、それが悪いと言ってるわけじゃない。それが人というものだと、俺たちは知った上で、契約を交わすんだからな』

なんというか、契約って言っても、一方的に人間が搾取しているように思えて、心苦しい。私は別に、契約など交わさなくても良いんじゃないかと思うけれど。

 『好きだから傍に居たいだけだよ』

そう言って小鳥が舞い降りてきた。やっぱり羽音がしない。羽ばたいていないと言うことだと言うことに、気が付いてはいたんだけれど。

その瞬間、やっと収まったはずの吐き気が込み上げる。私の中を探ろうと延びてくる沢山の手。まさぐられるとしか言いようのないその感触に、私はそのままふらりと膝を付いた。

 「気持ち、わる」

頭まで痛くなってきた。

 『なんだ。お前風の以外は拒絶してんのか?』

不思議そうな精霊樹の言葉に、私は、よろよろと視線を上げて。

 『何言われているのかが分かりません』

と、力なく返事をした。

 『お前が風の以外相手にしないから、みんな焦れて構ってくれって言ってんだよ。もしかしてお前、無意識に閉じてんのか?』

 『さっぱり』

もう、まともに返事も出来ない。頭は痛いし、気持ちは悪いし、意識は遠のきそうだし。

 『仕方ないな。ゆっくりと呼吸しろ。で、感覚広げろって分かるか?』

言葉につられて、私はゆっくりと呼吸をし始める。感覚を広げるってどう言うことだろうと思いながら、視野を広げる感じだろうかと、体の力を抜いて、自分の中にある何かを広げていく。そうすると少しずつ気持ちの悪さや頭痛が引いてきて、次の瞬間。

 『風ばっかずるいよ』

抗議の声で溢れかえった。未だガンガンと痛む頭に、三つほどの声が響いているのだが、とりあえず。

 『黙れ。煩い』

思わず素が出た。

もっとも、声が聞こえ始めてから、痛みと吐き気は急速に引いていっている。原因はこの声だったのか。という事は、移動時のあれも全てこれのせいか。

 『ボクだけ特別なのも嬉しかったんだけどね』

愛らしく小鳥が首を傾げて言った。どうやらこの子が風だったらしい。どう見ても小鳥だし、ジュダンにも触れたし、鳥じゃないものだとは思いもしなかった。

 『一番最初に声を出した時、あれ、鳥たちには聞こえてなかったんだよ』

 『え?』

だからなかなか出てきてくれなかったのか。理由が分かってすっきりとしたけれど、納得はいかない。

 『ボク達の声を聞かないのに、ボク達に話しかけてた。でも、ボクが鳥の姿で出た時、君はボクの声を聞くことを受け入れてくれた。その後鳥たちを連れていったら、普通に会話が出来るようになってたけどね』

そう言って、小鳥、いや、本当は風の精霊なのかは、笑った。

 「姫さん。大丈夫?」

心配そうにジュダンが覗き込んできている。心配はするか。突然蹲って倒れれば。

 「大丈夫。ごめんなさい。ちょっと色々とあって」

ジュダンの手を借りて、なんとか立ち上がると、私は一つ深呼吸した。周りで煩いのは無視することにして、ニーイル様の方を見る。ニーイル様も心配そうだ。本当になんと言ったらいいのか。私のせいだけど私のせいじゃないのだと叫び出したい。

 「ニーイル様。精霊樹の言葉をそのままお伝えします。


 これ以上レイダレットや他の国との戦争を続ける気であれば、いずれ遠くなく精霊の加護は消える。よって、全ての争いの矛を引け。

 次に、精霊の加護を再び受けたいのであれば、精霊の巫女を娶れ。ただし、無理矢理に手に入れようとしたり、穢そうとしたり、本人の意志を無視することがあれば、その時点で加護は消え失せる。


とのことです」

激しく私に不利な気がするが、まあ、その辺りは精霊樹の主観しか入っていないから諦める。

 「そうですか。精霊の巫女とは、貴女のことなのよね」

ニーイル様が穏やかな笑みを作りながら私にそう問いかけた。ここで誤魔化したところで意味はない。だから私は諦めて静かに頷く。

 「ムディランに来ては頂けないかしら?」

姫巫女としては正しい問いかけだ。私も同じ立場だったら、同じように問いかけただろう。

もし、王族達がロクでもないことを画策していなければ、私はこの返答をかなり迷っていたんだろうなと思う。国が潰れてしまうのが分かっていて、放っておけるほど、私も流石に冷酷ではない。

けれど、今の私は全部知ってしまっている。このままムディランに入ったところで、人間らしい生活が出来るとは思えなかった。

 「残念ながら、現在の王族、家臣が治めている限りは」

はっきりとそう言って私が断わると、ニーイル様は少し寂しげに笑う。ニーイル様だけだったら、私、ムディランに着てもいいって思えるんだけれど。

 「そうよね。今、ムディランに来れば、多分、貴女は神殿最奥に幽閉されるでしょうしねぇ」

そこまで強行でしたか。

 「多分、精霊樹の言葉など聞かずに、そうすると思います」

そうすれば直ぐにでもムディランは砂漠になり果てるだろう。王族でありながら、精霊契約の恐ろしさを知らない。もっとも、精霊自体は決して恐ろしいものではない。ただ、人間の側が、扱い方を間違えてしまうと言うだけで。

 「もう一つ。加護を失った場合、ムディランはどうなりますか?」

真剣な瞳に、ニーイル様がどうなるかにほぼ気が付いていることが分かる。ただ、規模までは分かっていないのだろう。もし、契約が切れれば、ムディランと言われた土地全てが砂漠化する。それが、どの程度で戻るのかは知らない。元々加護がなくても大丈夫な土地であったなら、もしかしたら、そうかからず復活は出来るのかも知れないが、それは私には分からない。

 「ニーイル様もお気づきと思いますが、ムディランと呼ばれている全てが不毛の地となります」

 「やはりそうですか」

 「そこで相談なのですが」

にっこりと私は笑った。精霊樹の話では、未だにレイダレットへの侵略を諦めていないようであるし、ちょっと懲らしめる意味も込めて、精霊樹にもほんの少しばかり手伝って貰おう。

 「何かしら?」

 「少しばかり、お灸を据えるのがよろしいかと」

にっこりと笑って私はそう言った。もっとも、お灸を据えると言うよりは、執行猶予期間を与えるという方が正しくはあるのだけれど。甘いと言われようとも、やはりあまりいい気分のするものではない。自分が原因の一端を多少ならずとも担うとなると。

だからこそ、一度は、修正できる道を残しておきたいと言うだけなんですけどね。



 そう言ったわけで、私は今度は正式にムディラン入りをすることにした。式典という事で、他の国の王族も入っている。あまりに舞台が整いすぎていて、怖いくらいではあるが、こう言うのをきっと予定調和というのだろうと思うことにする。

おかげで今回は、グラッパリエを連れてこれた。その関係で、シャルトアも一緒だ。シャルトアに関しては、この間の褒美の一貫だと言う事になっている。

ここまで関わったのだから、最後まで特等席で見せて上げようと言う優しい私の配慮ですよ。ジュダンの方が身軽で良かったと思っているだろうことを見越して、嫌がらせも兼ねていたわけじゃないですよ。決して。

レイ兄様、クー兄様、スー兄様は、とりあえず、待機の方向で、お父様共々納得させた。

最後まで、ごねられてしまったけれど、一度だけでいいからと、お願いして納得して貰った。代わりに、帰ったら、死ぬほど四人のお相手をすることになるのは目に見えているんだけれど。まあ、これが一段落付けば、そのくらいのお相手をする心の余裕も出来ると思う。

 「それで、何をするつもりかの。リィリア」

移動中、グラッパリエがそう聞いてきた。その瞳は、好奇心でキラキラとしている。流石に色々とばれると困るので、ジュダンにはこの詳細だけはグラッパリエにも漏らさないで欲しいと頼んだのだ。だから、グラッパリエはなにがあるかまったく知らないはずだ。

どうなるかの予想は出来たとしても。

 「まあ、なかなかの見物になるかと思いますよ。グラッパリエ」

多分こんな物、一生見られないだろう。精霊樹は少しばかり渋ったが、人間は現実を見なければ納得できない生き物なのだ。その後のフォローは、私が、必死に平謝りをして精霊達にも手伝って貰えることになった。おかげで、私の心労はまた増えたわけだが、頼まなくとも増えていたのだから気にしないことにする。

 「見てのお楽しみと言う事か」

 「ええ」

流石に、大っぴらには言えない。何処で誰の目があるか知れないので下手に話題にも出来ないのだ。それが分かっているので、グラッパリエもそれ以上は突っ込んでこなかった。とりあえず、式典までは平気だろうし、のんびりと過ごそう。

 「本当に平気ですか?」

グラッパリエとの会話が終わったのを見計らい、ガルエル王子が声を掛けてくる。その表情はなにやら不安気だ。まあ、それはそうだろう。流石にこの話、ガルエル王子にだけはした。彼の協力もなくては困るからだ。

 「お前がおたついてどうする。お前が、最終的には護らなくちゃならないんだぞ」

従者に相変らず突っ込まれているガルエル王子。大丈夫なのかこの人。

 「分かってる。そうじゃなくて、ボクが心配しているのは」

 「その点に関しては、一ヶ月程度で収束するように尽力はいたします。原因が私と言う事はご内密に。ここで、レイダレット、サムロイ、シュロスティアで、搾り取れるだけ搾り取ってやりますので」

にっこりと私が笑うと、ガルエル王子は口を噤んだ。彼も分かっているのだろう。このくらいやらないと、納得できないのだと言う事。そして、今回搾取に及ぶのは、国力を下げるのも目的だ。下手に力があるから、いずれ他国を飲み込もうと思うのだから、それだけの潤沢な資金さえなくなれば、しばらくは大人しくなるだろう。ガルエル王子に代替わりをすれば、精霊樹の信仰も上がるだろうし、多少は安心出来る、と思いたい。

さあ、一世一代のペテンに掛けに行ってきますよ。



 神殿での式典前に、予定通り、ニーイル様からあの条件を王族に伝えて貰った。物々しい雰囲気になったのを見て、私は、予想通りだと笑い、ガルエル王子は、頭を抱えていた。

ガルエル王子も、それなりに進言はしたらしいのだが、やはり影響力はなかったようだ。信じる信じないは勝手だが、祭り上げているものを信じないというのもどうなのだろうなとは思う。

 「本当に、このままで良いんですか?」

ガルエル王子が、私にそう問いかける。妙に真剣な眼差しを向けられ、なにを心配しているのだろうかと、私は首を傾げながら返事をした。

 「このままというと?」

 「貴女が傷付くのではないですか?」

ずっとガルエル王子が浮かない顔をしていた理由が分かった。そう言うことか。本当に甘い人だ。最初からこう言う態度で来られていたら、ほんの少し絆されてしまったかもしれない。

 「拳を振り上げた以上、自分だけ無傷でいるつもりはないんです」

誰かを害する以上痛みが伴うことは分かっている。それも込みで私はこの作戦を決行すると決めたのだ。

 「すみません。私にもう少し力があれば、貴女にこんな思いをさせずにすんだのに」

甘いけれど、私はこの甘さが嫌いではない。だから、私は笑って返事を返した。

 「過ぎたことです。ガルエル王子」

今更何を言ったところでもう変えられない。後はもう、私たちに出来るのは、時を待つだけだ。

 つつがなく、一通りの式典が終わり、私が戻ろうとしたとき、人の目の無くなったところで、兵士達に囲まれた。あまりに予定通り過ぎて逆に笑いが込み上げる。

 「我々とともにきていただきたい。むろんお命に関わるようなことはいたしません」

臣下の一人がそう言った。王族がやったのではないと言いたいのだろうが、そう言うわけにはいかないのに気が付いていないのだろうか。ここは、王族のみが使える通路だ。そこにこんな風に簡単に入れて言訳など出来るはずがない。

私は、ただ苦笑を浮かべてそれらを眺めた。予定通り過ぎて。逆に悲しくもあるのだけれど。

そして、悲鳴が上がった。

 「始まったようですね」

にっこりと私が笑えば、なにが起こったのか理解をしていないようで、呆けた顔をしている。言ってあったはずなのに、本当に理解していない。とりあえず、渋る精霊樹に、一度だけは警告で済ませてくれと頼み込んだのは正解だった。

 「なに、が」

どんどんと広がっていく悲鳴に、兵士達も脅えが見え始める。なにが起こったのか分からない状態は怖いだろう。従うしかない兵士には、ほんの少しだけは同情する。

 「姫巫女様のお言葉をお聞きにならなかったのですか? 私の意にそまぬことをすれば、その場で精霊の加護は消え、ムディランは不毛の地と化すと、告げられたと思うのですが」

 「まさかっ。まさかっ」

そう言うと、慌てて男は神殿の方へと走っていく。今頃グラッパリエは、笑いながらこの光景を見ていることだろう。まあ、一気に世界が砂漠化していく様など、見たくとも見れないだろうし、出来れば見たいものではなかったけれど。

 『リィリの言ったとおりになったね』

精霊たちがまとわりついてきてそう言う。

 『精霊樹はとっとと手を引けば簡単なのにって言ってたけど』

相変らず物騒な。

 『王族だけが被害に遭うならそうしてたけど、ムディラン全土の民が干上がるのは流石に』

悪いのは王族であって、民ではないし。今回のもかなり民に負担を強いるから、あまり良い手とは言い難いんだけれど、このくらい痛めつけとかないと、私の身が危険だし、次はないしと言う、苦肉の策だった。

 『まあ、これで懲りればいいよね』

ケラケラと笑う精霊達に、私は温く笑い返した。これで懲りてくれないと、私、本当にムディラン乗っ取りを仕掛けなくてはならなくなるんですけど。お願いだから、これで懲りてください。


 まあ、その後は、王族一同、床に頭を付けんばかりに平謝りをした。

 「どうか、精霊樹の怒りを解いて頂けないだろうか」

玉座に私を置いて、家臣一同、王まで揃って私に額づく。そうするのならば、なんでこんなバカなことを企てるのかと、私は言いたいのだけれど、こんな事になるはずがないと高を括っていたのだろうことも分かっている。

 「なにを愚かしいことをしているのですか。見苦しい」

私がどうしようかと悩んでいると、ニーイル様がやってきて、一喝した。決して、ニーイル様自体を軽んじてはいないが、巫女であるという事は、長く蔑ろにしてきた。そのツケを今払っているという訳なのだから、ニーイル様の言葉に逆らえるものはここには居ないだろう。

ここまでやってしまうと、狂信的になりはしないかというのが次の怖いところではあるのだけれど、まあ、私の知ったことではないという事にしておきたい。

 「わたくしの忠告も聞かず、シュロスティアの姫に手を出したあげく、怒りを解いてくれなどと、よくも言えたものです。一国の王として、恥ずべきことだと分かっているのですか?」

 「ですが、母上」

王がそう言って、顔を上げる。その顔は、悪戯が見付かって怒られている子供のようで、酷く情けない。

 「むしろ、この程度で済んだことを感謝なさい」

本来であれば、あの時点でこの国は加護を完全に失っていたのだ。それを必死で交渉して、一回だけチャンスを貰った。

もっとも、私が考えていた以上に規模は大きく、この国の半分以上が干上がってしまったというのを精霊達から聞いたときは、倒れるかと思った。それでも、砂漠化するよりはましで、一ヶ月もあれば、加護と精霊達の力添えでほとんど元の状態に戻るらしい。

そう言う意味では、一安心だ。一ヶ月程度であれば、農作物をまた育てることは出来るだろう。ただ、樹木に関しては、何処まで生き残れるのかは、精霊樹も分からないとは言っていた。全滅することはないらしいので、こちらも何とかなるだろう。

 「お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした」

 「いいえ。二度目がないことを分かって頂ければ」

そう。二度目はない。次に私に手を出せば、ムディラン全土が砂漠化だ。今回ので分かるように、じわじわと加護がなくなるわけではない。一気に潮が引くようになくなってしまうのだ。

 「それでは、これで失礼させて頂きます」

私は軽い会釈をすると、玉座から居りた。目指すは、グラッパリエのところだ。こんなところに長居は無用。強行軍で、皆には迷惑を掛けてしまうけれど、こんなところに一秒でも居たくなかった。



 途中神殿に向かい、グラッパリエを探した。グラッパリエも、直ぐに帰るのだろうことを見越していたようで、神殿で待っていてくれたようだ。

 「なかなか凄い見物であったの」

私の姿を見かけると、苦笑を浮かべてグラッパリエがそう言った。

 「あまり気分の良いものではないけれどね」

私がそう言うと、グラッパリエが、おもむろに私の体を抱き締める。あまりこう言うスキンシップをしなかったグラッパリエが、突然どうしたのかと思っていると。

 「リィリアが悲しんでいたら、こうして上げてくれと、マリルリイ様直々に頼まれての」

悪戯っぽくグラッパリエは笑った。それにつられて私がやっと笑みを浮かべる。一人で来なくて良かったと、本当に思う。一人だったら、苦しくて潰れそうだ。

 「それでは、皆で帰りましょう。こんなところに長居は無用です」

 「そうだの」

グラッパリエと話しをしている間も、精霊樹はしつこく私に声を掛けているが、無視をする。ほとんどが、再契約しようというお誘いの言葉であったからだ。あれだけ断わっているというのに、しつこいものだ。私の態度に、精霊達は笑っている。

木は地に根を張る分、人に寛容だ。だから、精霊樹は再契約を望むが、精霊は縛られないから、無視をする私を見て笑っているわけだ。

ムディランが変わったのなら、考えなくもない、いや、やはり無理か。私は、ムディランに残る気はないのだから。

 『諦めてください』

私は、精霊樹にそう言うと、グラッパリエと共に帰路についた。



 お母様は予定通り、ムディランから搾れるだけ搾り取ったらしい。四国間同盟があるため、そうそう無体をしたわけではないようだけれど。式典で、上手い具合に全ての国の王族が集まっていたという都合の良い状態だったため、そのまま締結したようだ。

おかげで、私がシュロスティアに帰ってくる頃には、ほとんどのことが終わっていた。これで少しはムディランも大人しくなってくれればいいなと、人ごとのように私は考える。

いや、確かに感慨深くはあったのだけれど、帰ってきて、それ以上の衝撃があったため、なんだか、ムディランのことがちょっとどうでも良くなってしまった。

今回、ムディランのことがあって、とうとう父様は、スー兄様を南の塔から出してしまったのだ。話をよくよく聞けば、なんだか良く分からない事情があって、スー兄様は、南の塔に入っていたらしい。良く分からない事情というのは、どれだけ聞いても、父様が話してくれなかったから、結局私は知ることが出来なかったためだ。

だから、帰ってきたら兄弟姉妹全員が揃っていたという事実に、驚いてしまって、本当にどうでも良くなってしまった。

結果として、ムディランへの危険度は増しているわけですが、まあ、嬉しいので考えないことにした。

 「ただいま戻りました」

私がそう言うと。

 「お帰りなさい」

皆の声が私を迎えてくれた。


 色々と大変だったけれど、なんとか一仕事終わりましたよ。本当にいらないオプションだった。ああ、本当に、私は平々凡々に、日々を暮らしていんですよ。

色々と文句は言いますけど、ここに居ることは、いやではないから、これからも少々騒がしく、ほんの少しだけ平凡とは遠い日常を過ごしていくのだと思いますけどね。


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