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鈍音

作者: べのあ
掲載日:2026/07/03

「壁ドン」ってあるじゃん?ロマンチックじゃない方の。

最近、上階に住んでる住人達が、お互いの生活音に壁ドンし合ってて困ってるんだよね。

あれは当事者じゃない人にも迷惑が掛かってるって理解をした方がいいと思う。


まず単純にうるさい。

私にとっては全然関係ない喧嘩に巻き込まれてるようなもの。上階の音が止まったと思ったら、次は私の部屋へ壁ドンしてくる事もあったんだよ。

私の部屋から壁ドンされてるって勘違いしてたんだと思う。

今は隣人も引っ越して何もないんだけど。

そういえばこの間、不動産屋の前通ったら、その隣の部屋の家賃安くなってて!

本当に不公平が多い世の中だよね。


そんな友人の愚痴を聞いたのは、友人が原因不明の心不全で亡くなる一週間前のことだった。

「ドタバタうるさい男が住んでた部屋。本当にせいせいしたよ」

友人は手元のカフェラテを啜りながら、事も無げに言っていたと思う。

葬儀を終えた後、私は何気なくあの部屋を検索してみた。

たしかに格安だ。

友人が住んでいたのは303号室。

その「安くなっていた隣の部屋」というのは、302号室。

だが、私が手元の画面で見ている大手賃貸サイトの「入居可能時期」の欄には、奇妙な文言が躍っていた。

『302号室 即入居可(空室期間:3年)』

私はスマートフォンの画面を伏せた。

三年間、あの部屋には誰も住んでいない。

なら、先週まで友人の部屋の壁を叩き返していたものは、一体何だったのか。

「隣人が引っ越して、今は何もない」と友人は笑っていた。本当に「引っ越した」のだろうか。それとも、壁の向こうにいた何かが、ついに――。


昨日、久しぶりにあのアパートの前を通った。

302号室の窓は、三年前から変わらず暗いままだ。

しかし、その隣――ぬしを失った303号室の窓の奥から、低く、鈍い音が響いてきた。

――ドン。

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