第ニ話 就活生とネコロンチーノ(後編)
前編の続きです(当たり前だ)。さて、就活生はどうなったんでしょうか?
それから数日後のこと。
この日も店内は三太とあかりだけであったが先日とは違い、嵐のようなランチタイムが終わったところであった。
「ふう。店長今日のランチタイムは忙しかったね。今日は雨で気温も肌寒いから暇だと思ってたのにほんと、お客さんっていつ来るか読めないわ~」
「ま、それでも来ると思って来ないよりはいいにゃ。やっと一息ついたし、ちょっとお茶でも飲むかにゃ」
そう三太が言って電気ケトルに水を入れお湯を沸かそうとしたところ。
からん、からん♪ と入口のベルが鳴る。
一人の女性が入ってきた。先日就職活動の愚痴を言っていた女性客だが前回よりも晴れやかな顔をしている。
「こんにちは。どうぞお好きな席へ」
あかりはいつも通り案内する。
「こんにちは。またネコロンチーノが食べたくなって来ました」
声も前回よりずいぶん張りのある明るい声であった。
三太とあかりは顔を見合わせた。
「何かいいことあったんですか?」
二人を代表してあかりが問うと女性客は嬉しそうに返事を返す。
「ええ、実は内定が出たんです」
「あら、ほんとに? おめでとうございます。もうランチタイム終わってるけどお祝いにサービスでドリンク付けますね!」
「ありがとうございます。では今日はアメリカーノで!」
「にゃにを勝手に……まあいいけど」
三太は文句を言いながらも嬉しそうにネコロンチーノを作り始める。ちなみにアメリカーノはアメリカンコーヒーと混同されることが多いが別物である。アメリカンはコーヒー豆を浅煎りで焙煎したドリップコーヒーであるのだが、それに対してアメリカーノはエスプレッソをお湯で薄めたもの。
と言っても安っぽい味ではなくシンプルにコーヒーの風味を味わうことが出来る飲み方だ。昔アメリカ人がエスプレッソを飲みやすいようにするために開発したと言われる飲み方で、イタリア人にはあまり歓迎されないが、あのエスプレッソの小さなコーヒーカップって、プレイリードックが持ってちょうどいいくらいの大きさで、人類がティータイムを楽しむには向いていないように三太は思う。
四人でお茶しに行って一人だけエスプレッソだったら一人だけあっという間に飲み終えるであろう。その後エスプレッソを頼んだ人って水だけ飲んでるのかな?だったら最初からお湯で薄めたアメリカーノでよいと思う。そんなことを考えながら三太は粛々とネコロンチーノを作っている。
一方、あかりは女性客が座ったカウンター席の隣に図々しく座り興味津々な顔で女性客に話しかける。
「で、どんな会社なんですか?」
「えーとよくわからないけど、健康食品とか健康器具を売ってるとか。海外にも支店があるらしいんです!」
「ふーん? てゆうかよく知らない会社の面接受けたの?」
「いや~もう何十社も落ちてると応募できるところも限られてきたから……とりあえず一旦新卒で就職できればなんでもいいでと思って」
あかりは眉間にしわを寄せながら
「え~大丈夫? いつ受けたの?」
「今日?」
女性は顎を上げて誇らしげに答える。
「今日受けて今の今で内定が出たの??? で、返事したの?」
「いえ、留守電に入ってたのを聞いただけなんです。折り返しの電話も話し中だったから先にご飯食べようと思って」
三太もあかりと同じように眉間にしわを寄せながら厨房から出てきた。麺はタイマーで茹で上りを知らせてくれる。
「面接の後にすぐ採用って、ちょっと怪しいと思うにゃ」
「えーでも面接官いい人そうでしたよ」
女性は不服そうに口をとがらせて言った。
「面接は? どんな感じだった?」
あかりが聞くと女性は頭に手を当て少し右上を見上げながらぼそぼそと話し出す。
「えーと確か、『うちの会社は有名企業ではないですが、世の中の役に立つ製品を開発し貢献することを大事にしている会社です。ですから学歴にこだわらずやる気のある人を採用したい』って。だから私やる気だけはありますって!学歴差別しないなんてステキ! って思っちゃった」
「ふーむ」
三太は頭を掻きながら続けて聞く。
「で、待遇とか、労働環境について聞いた?」
「もちろん。初任給は安いけど営業職だから成績次第でどんどん給与はあがるって。面接に同席していた会社の人三年で年収一千万超えたって言ってました。残業や休日出勤も『基本的にはない』って言われましたし」
「基本的には?」
三太とあかりの声がハモった。
その後、先にあかりが口を開いた。
「もしかして、その会社の面接官遅刻とかしてこなかった?」
「え?何で知ってるんですか? 13時の約束だったんですけど、始まるのが15分ほど遅れて。なんか会議が長引いたとかで」
続いて三太が口を開く。
「具体的な年収とか、有給の数って聞いた?」
「聞いたんですけど、『まあ詳しいことは会社に入ってから説明する』って言われていたんです……でも悪いようにはしないからって言ってくれたし」
三太とあかりは顔を見合わせ、またハモる。
「ブラック企業だな」
「えええ‼ 何てこと言うんですか。確かに遅刻はしたけど、すごくいい人達でしたよ。確かにあんまり業務内容は詳しく教えてくれなかったし、『海外の支店はどこにあるんですか?』って聞いたら、中南米とか、って抽象的なことしか教えてくれなかったけど、こんな面接下手な私をやる気だけで雇ってくれるって言うんですから!」
「面接下手でやる気だけの人を即日採用する会社ってそれだけでやばくない?」
あかりの言葉が芯を食い、女性が一瞬ひるむ。
「で、でも私の人柄とか、ほら中身を評価してくれた——とか?」
女性客は狼狽しながらもなんとか反論しようとするが、
「面接で自分の人柄がわかるようなエピソードでも話したの?」
とあかりが追撃する。
「いや、そんな余裕なくて、『やる気があります』の一点張りでした」
「じゃあ超能力者でもない限りは無理だね」
あかりに論破されて、しょぼんとする女性に三太が声をかける。
「大体『悪いようにはしないから』ていうセリフは悪役が相手を悪いようにするときに言うセリフにゃ」
「あ、言えてる『行けたら行く』が行かない人の言うセリフなのと同じだね」
あかりが真面目な顔で言う。三太は続けて、
「君が話してくれた面接の内容はブラック企業の見本のような面接にゃ。『独身寮に安く入れますよ』とかも言われなかった?」
「言われました……」
「あーもう24時間監視下にゃ」
女性はちょっと遠くを見て泣きそうになっている。
「ネットでちょっと調べれば出てくる情報にゃ。ウチもあかりがそれで結構苦労したから……」
「三太! 余計なこと言わない!」
店長ではなく「三太」と呼ばれ三太はビクッとなる。一瞬尻尾が出そうになった。
「ま、まあ、まだ返事していないなら幸いにゃ。今から断りの電話を入れれば……」
と言ったところで厨房からタイマーの音が鳴る麺が茹で上がった合図だ。
「あ、いけね」
三太は急いで厨房に戻っていく。
あかりは三太の言葉を引き継ぎ、断りの電話を入れるように促す。
「でもまだブラック企業と決まったわけじゃないし」
女性はまだ未練がましく言う。
「会社の名前は?」
「〇X商事です」
あかりはスマホを手に取り検索する。しばらくスマホの情報をふんふんとうなずきながら見た後、
「ほら、この会社最近社名を変えてるけど、前の名前を辿って検索すると、厚生労働省のブラック企業のリストに掲載されてるよ。多分行政指導受けるたびに名前変えてんだろうね」
「そんなあ……」
女性はカウンターの机にスライムのように溶けていく。
「私もうミミズになりたい……、ミミズになって土の中で一生過ごしたい」
「ま、断りの電話もミミズになるのも、とりあえずお腹を満たしてからにするにゃ」
三太がネコロンチーノとサラダを持ってくる。今日のサラダはレタスと柿のサラダだ。ドレッシングはすりおろした柿とオリーブオイル、米酢、黒コショウを混ぜたシンプルなものだが食べると柿の風味が広がってネコロンチーノとも合う。
女性は半泣きになりながらも、鼻をヒクヒクさせ、ゆっくりと体を起こしてネコロンチーノに手を付ける。
最初は一本ずつ食べていたが、だんだん一口が大きくなり一気に平らげた。
「ふーーーー‼」
女性は大きく息をつくと、スマホを操作し電話をかけた。今回は話し中ではなかったようだ。相手が「はいこちら〇×商……」、と言いかけたのを遮るようにまくしたてる。
「先ほど面接いただいた阿部ですけど、内定は辞退します! 以上!」
女性はそれだけ言って電話を切り、相手の電話番号をすぐに着信拒否にしていた。
「あーもう沢山! なんで私ってこうなの?」
女性はまた大きなため息をつく。しかし今度はうなだれず世知辛い世の中を憎むように正面を向いていた。美味しいもので腹を満たすというのはそれだけでもエネルギーが充電されるものだ。
「はい、アメリカーノ」
あかりがコーヒーを持ってきた。
「思ったんだけど、元々は営業とかじゃなくやりたい仕事があったんだよね?」
「はい、海外旅行が好きなので旅行会社に入ってツアーコンダクターになりたかったんです。
就活じゃこんな私ですけど海外ではオープンになって外国の人と喋るときも全然緊張しなくて、向いてるなーとか勝手に思ってたんですが必要な資格……旅程管理主任者資格って言うんですけど、大学の単位取るので精いっぱいで、それも取れてなくて」
「で、もう手当たり次第にエントリーしていたと」
「そうなんです。でも今日の出来事でちょっとバカバカしくなってきました。やりたいことでもないのに苦労して就職活動して、あまつさえブラック企業に応募するなんて」
「やりたいことをやるのに学歴は関係ないにゃ。僕なんて大学も出てないけど、やりたいことやってるにゃ。就職は学歴が大事かもしれないけど、少なくとも人生は学歴じゃないにゃ」
三太はやや自慢げに言った。
「大学どころか小学校も行ってないけどね」
あかりが三太にだけ聞こえるようにぼそっと言うが、三太は何事もなかったように無視して話し続ける。
「今の時代やりたいことがあるって言うこと自体が才能にゃ。有名大学を卒業するのもいろんな資格を取るのもスキルの一つであって全てじゃない。それと同等のスキルはやる気次第で必ず身につけられるにゃ」
女性はゆっくり立ち上がりこぶしを握る。
「ありがとうございます。もう一度やりたいことをやるためになにが必要か考えてみます。私大学も浪人したんで就職も浪人したってかまいません!」
声高らかに宣言した女性客は帰り際に、
「私、阿部カオルって言います。またネコロンチーノを食べに来ます」
と言って意気揚々と店を後にした。
その女性“阿部カオル”はその後、海外ボランティアに応募し世界を駆け巡り、やがて念願のツアーコンダクターになることが出来たのだが、それはまた少し後のお話。
カオルが帰った店内でしばらくの沈黙の後、三太は半眼であかりを見て言う。
「さて……ちゃんと学校に通って勉強していたあかりさんは、何を奥歯に一生挟みたいにゃ?」
続く




