第一話 就活生とネコロンチーノ(前編)
猫シリーズ第二作目です。ある程度書いてはいるのですが、挿絵が中々上手く書けないので、ぽつぽつと更新したいと思います。とりあえず第一話、第二話は前後編になってますので二話合わせてお楽しみください。よく考えたらこれも仕事がテーマみたいなものなので、イベントにも参加させて頂きます。
東京郊外に古くからあるこの商店街にはやはり歴史あるお店が並んでいる。その中で新しい喫茶店が商店街のほぼ中ほどに二年前オープンした。
店構えは喫茶店というよりはレストランのような外観をしており、凸凹のある白い壁には“喫茶ミケ”という看板が掛けられている。建物自体は決して新しくはないがよく掃除されているのか清潔感があり、太陽の光に当たると白い壁がより一層輝いていた。
この喫茶店の名物メニューは“ネコロンチーノ”である、いわゆるペペロンチーノがベースだが、自家製の麺に魚粉が練りこまれていて最後に鰹節がのったパスタである。まあ、さほど奇抜な工夫ではないがニンニクとカツオ節の相性が良くて意外と人気があり、この店の人気ナンバーワンメニューとなっている。と言っても元々そんなに流行っている店ではないので、日に十食も出れば御の字であるが、やはり日本人は魚好きということなのかもしれない。
その他、コーヒーは自家焙煎で南米やアフリカの豆を使っており、数種類の産地を選べるがカフェインが苦手な女性にも優しいデカフェの豆もそろえている。しかしこの店の一番の特徴はパスタでもコーヒーでもない、実はこのお店の店主は人間の姿こそしているが、その正体は猫それも猫叉なのだ。
今日の店内にはその猫叉の他もうひとり、人間の店員が暇そうに腰かけていた。
「店長~、今日は暇だね」
窓の外の秋晴れの空を見ながら店員の女性がポツリと言う。見上げた先には澄んだ青色の中にイワシ雲が浮かんでおり穏やかな空気が流れている。時計の針はもう午後一時前であるがお客は来ない。ランチタイムにこんなに来ないことも珍しかった。
「まあ、こんな日もあるにゃ」
店長と呼ばれた猫顔の青年は客のいない店内で椅子に座って新聞を読みながら答える。年の頃は三十歳前半であろうか、やや丸顔の顔は童顔で愛嬌がある。
「『にゃ』って言ったら駄目だって言ってるでしょ。お客さんに変に思われるじゃない。そうでなくても店名も猫みたいなんだからさあ~」
店長を注意した二十代と思われる若い女性は白いシャツに赤いエプロンをして、デニムのパンツを履いた店員だった。女性としては背は高めでスラッとしている。
「猫なんだからいいにゃ! 大体僕の方がだいぶ年上だし店長なんだから敬語を使ってって言ってるにゃ」
「いや、いくら年上でも私が三太の飼い主なんだし。大体猫に敬語使いだしたら人間おしまいじゃない?」
「あ~種族差別発言。いけないんだにゃ‼」
「あ~猫が人権を主張するのうっとうしい‼」
いつものように軽口を言い合うこの二人はこの喫茶店の店長で猫叉でもある“三太”とその飼い主で従業員の“あかり”である。それがどうした成り行きか今は二人で喫茶店を経営している。
どうしてそうなったかは話せば長くなるので、それまた別途まとめてお話することとして、今日最初のお客がやってきたようだ。
からんからん♪ と入口のベルが鳴る。
純喫茶でございと言わんばかりの昔ながらの聞きなれた音だ。あかりは慌てて椅子から立ち上がり、赤いエプロンを直しながら、声をかける。
「こんにちは。どうぞお好きな席へ」
この店のもう一つ変わったところだが、お客が来ても「いらっしゃいませ」とは言わない。「別にこっちが呼び出したわけでもなく、お客が勝手に店に来るわけだから、いらっしゃいはおかしい」と店長の三太は言うのだ。来る方も迎える方もあくまで対等な状態で人間関係を構築する(かたや人間ではないが)。というのが三太のコンセプトらしい。
「『いらっしゃいませ』って言わないくらいで怒る客は来なくて結構にゃ!」
と三太は言っている。こうゆうのは頑固なラーメン屋とかがするもので、あまり喫茶店では聞かない。何のこだわりかは不明だが、猫だから人に媚びるような真似を嫌うのかもしれない、とあかりは思う。
今日最初のお客は紺のスーツを着た小柄な若い女性であった。髪は長髪を後ろで束ねている。就職活動中であろうか、女性はカウンターの端に座るなり、大仰なため息をついた。
あかりが水とおしぼりをもって女性に近づき声をかける。
「こちらをどうぞ。温かいお絞りとお水です」
「あ……どうも」
女性は疲れた顔で、か細い返事を返す。
「なんだかお疲れのようですね」
「ええまあ。今日も朝から就職活動でお昼も食べないまま、こんな時間になってしまって、就職活動を始めてもうニ十社以上面接受けてるんですけど、うまくいかなくて。結局学歴フィルターで落とされてることも多いと思うんですけどね。それなら書類だけで落としてくれればこんな無駄な面接をしなくていいのに……」
女性は小さな声で、しかし苛立ち交じりの尖った声で愚痴を吐き出してからまた、ため息をついた。
「それは、大変ですね。まだランチタイムでドリンクも無料でつきますのでゆっくり休んでいってください。こちらメニューです」
あかりは女性にメニューを渡すと、一旦奥に戻っていく。
女性に渡されたメニューは喫茶店にしてはかなりしっかりした、まるでフランス料理のお店に置いてあるような皮のカバーのついたメニューであった。女性は少し重めのメニューをよいしょ、と開き中を見る。
メニューに書かれているのはサンドイッチ、パスタ類、パンケーキ、デザートなど一般的なメニューであったが、その中の異質なメニューが目を引く。
「ネコロンチーノ?」
思わず女性が口に出して読む。あかりは、再び女性に近づき声をかける。
「お決まりですか? ちょっと名前はやっちゃってますが、特製のペペロンチーノで当店の一番人気メニューなんです」
「誰がやっちゃってるにゃ。面白いにゃ」
厨房の三太が顔をしかめててつぶやいている。
「普通のペペロンチーノと何が違うんですか?」
「まず自家製の麺に魚粉が練りこんであります。最後に鰹節をかけて出すので和風ですがニンニクオイルともよく合いますよ」
女性は少し考えてから、
「鰹節か……魚介系ラーメン好きだしこれでいいか、じゃあこのネコロンチーノを。ドリンクはドリップコーヒーで」
「承知いたしました。今日は深煎りのオリジナルブレンドと浅煎りのタンザニアありますがいがかしますか?」
「じゃ、タンザニアで、食後にお願いします」
「承知いたしました」
あかりはメニューをもって奥に戻っていき注文を通す。
「店長、ネコロンチーノ入りました」
「はいにゃ」
三太は手際よくパスタを一人前つかみ、鍋に入れながらあかりに話しかける。
「学歴フィルターってそんなに就職に影響あるのかにゃ?」
「あ~あ、三太は学校行ってないしわかんないか~」
あかりはわざとらしく手を軽く広げて三太をからかう。
「呪い殺してやろうかにゃ」
「ちょっと! 軽口の代償としては怖すぎるって、でゆうか猫叉ってそうゆうことも出来るの?」
「そこまで出来るわけないにゃ。でもまあ、奥歯に挟まった食べ物を一生取れないようにするくらいならまじないで出来るにゃ」
三太はすました顔で言う。
「うわ‼ 最悪。それはそれで死にたくなるかも」
「それに僕は学校には行ってないけど、近所の先生に色々教えてもらってるにゃ」
「あー三丁目の先生ね。確かにあの先生は物知りだよね、小さいけど」
「先生に言っとくからにゃ」
「冗談、冗談」
そんなくだらないことを言いあっている間にも、パスタはちゃくちゃくと作られていく。使うパスタはディ・チェコ1・6ミリのスパゲティーニ。一般的にパスタ=スパゲティと思っている人もいるが、パスタはヨーロッパで小麦粉を使った麺類の総称でスパゲティは正しくはスパゲティーニという細くて真っすぐなパスタの一種である。
最近は色々な形のパスタが一般的なスーパーでも売っているが、やはり喫茶店のパスタと言えばスパゲティーニがしっくりくる。喫茶店でショートパスタとか出して「マカロニやないか‼」と突っ込まれたらいやだと三太は思っている。
個人、いや個猫的な偏見はさておき、三太はパスタの茹で上がりの少し前にオリーブオイルでニンニクと半分に割った唐辛子を入れて香りと辛みを油に移す。その後ゆで汁を加えてよく混ぜ、乳化させた後、アルデンテのパスタを入れさっと炒めてからスパイスと塩で味付けして出来上がり……じゃなかった鰹節をかけて出来上がり。鰹節は毎朝三太が魂を込めて削るので、格調高く香ばしい香りが広がる一品である。
「うーん、いい匂い、私もお腹空いてきた」
あかりが思わず恍惚とした声を出す。
「開店前にまかないのサンドイッチ食べたにゃ」
「鰹節の香りは別腹なの。ご飯の上に載せて醤油をかけて食べたいな」
「パスタ作ってるのに身もふたもないこと言うにゃ」
あかりはつけ合わせのサラダを盛りつけている。今日のサラダはベビーリーフと砕いたカシューナッツと早生のミカンを和え、同じく早生のミカンのドレッシングで合わせたものである。やがてやがて鰹節のいい香りがカウンターで待つ女性客にも届く。
「あ~いい香り」
暗い表情だった女性客も思わず顔がほころぶ。
「お待たせいたしました。ネコロンチーノです。サラダにはドレッシングがかかっておりますので、そのままどうぞ」
「ありがとうございます。美味しそ~」
女性客は机の上の籠に入ったフォークを取り出し、大きな口を開けてネコロンチーノを口に入れると思わず目を大きく見開いて感嘆の声を上げる。
「わ! 思ったより全然美味しい!」
「どう思ってたかは気になるけど、気に入って下さり、ありがとうございますにゃ」
三太が厨房の奥から女性客に声をかける。
「あ、ごめんなさい。ちょっとイロモノっぽいかなと思ってたので。でも自家製パスタが魚粉が利いてて美味しいし歯ごたえもアルデンテでばっちり。でもなによりこの鰹節が最高。なんなら、ご飯に乗せてお醤油かけて食べたい」
三太の横であかりが笑いをこらえて肩を震わせながら相槌を打つ。
「いやはや同感です」
三太は横目であかりをにらみながらも優しい声で言う。
「よければ白米も後でお出しできますが、まずはネコロンチーノをご賞味くださいにゃ。鰹節とよく混ぜて食べるとより味が深くなりますにゃ」
「なるほど。ではさっそく」
女性客はフォークを使って麺と鰹節をよく絡めさっきよりもさらに大きな一口でネコロンチーノをほおばる。
「ほんとだ。これヤバい! さっきよりも全然美味しくなった!」
女性客は嬉しそうに話すが、三太は少し心配そうな表情を浮かべる。
「さっきも思ったけど、『全然』っていうのは本来否定的な内容で使う言葉にゃ。そんな格好してるってことは就活中でしょ? 特にビジネスではあまり使われない表現だから面接のときとかは気を付けた方が良いにゃ」
それを聞いた女性客は急にがっくりうなだれる。
「それ、もう今日やっちゃったんですよ~。面接官に『仕事で外国人の担当とやり取りすることもあるけど英語大丈夫?』って言われて。私旅行が好きでお金がたまったら海外に行って現地の人とも英語で喋ってたから得意なんです。だから自信満々に答えたんです。『全然大丈夫です!』って」
「そう答えたら?」
あかりが聞くと
「『君は英語以前に日本語が変だね』って!」
女性客はフォークにネコロンチーノを巻き付けたまま天を仰ぐ。
「それで店に入ってきたときにため息ついてたの? でもそれくらいで面接落ちないでしょ?」
あかりがあきれたように女性に聞いた。
「いや、それで私動揺しちゃって、その後の受け答えがグダグダでなんて答えたかもほぼ記憶がなくて。私そんなのばっかりなんです。面接が苦手で、もう四年生の秋なのに就職がまだ決まってなくて……もぐもぐ」
女性はまたうなだれながらもフォークを動かしてネコロンチーノを口に運ぶ。
「まあ、とりあえず食欲あることはいいことにゃ、しっかり食べてまた頑張るにゃ」
三太がいうと
「ありがとうござまひゅ……もぐもぐ」
「食べるか喋るかどっちかにするにゃ」
女性は一度口の中のものを飲み込んでから。
「こんな変な喋り方の店長の居る喫茶店でもこんなに美味しいパスタが作れるんですものね、私も頑張ります」
「あかり、いまこいつの奥歯に挟まってるベーコン、一生取れなくしていいかにゃ?」
「やめてください」
この日のランチタイムのお客はこの女性が最後であった。
第二話(後編)に続く




