第7話 -あゆみ-
外は、知らぬ間に時が進んでいて、すでに日付を超えていた。
留まることを知らない時間と、変わってしまった自分の状況が重なる。
暗くて、少し寒くて、突然変わった今に、微かな恐怖を覚えた。
立ち止まったまま動けなくなる俺に、
「どうした?」
と、綺星さんが声をかけてくれる。
「食べ過ぎたぁ?」
と、桜夜さんも覗き込んできた。
その声に、張り詰めていた何かがふと緩む。
「……なんでもない。」
そう答えた俺は、迎えに来てくれた車へと、自分の足で歩みを進めた。
後部座席に、俺と綺星さんが乗り、助手席には当たり前のように桜夜さんが乗り込んだ。運転手さんは、桜夜さんに、お疲れ様です。と短く挨拶をしていた。
「綺星ぇ、一家に行くんでしょ?」
ルームミラー越しに桜夜さんが問う。
「ああ、他の奴らに挨拶は昼間でいいとして、とりあえず今日は休みたいだろ」
俯きがちに座る俺に、綺星さんが言うと俺は素直に頷いた。
「明確に言われてないけど、俺ってヤクザに拾われたって解釈であってる?」
俺が言うと、綺星さんは煙草に火をつけながら静かに頷いて見せた。
絶対にそうだとわかってはいたけど、そんな人に俺結構生意気な態度取ってるなーと
静かに思った。
「そうそう、蒼空はヤクザに拾われてこれからそこで生きていくことになった
可哀想な少年だよ。まだその年じゃあやりたいことも沢山あるだろうに…」
桜夜さんがわざとらしく笑いながら泣くような仕草を見せる。
「別に俺は、やりたいこととか本当に何もなかったし生きることで精一杯だったから
正直言えばこの状況も、助かったって思っている方だよ。」
「そっかぁ、てか蒼空は何であんな施設にいたの?」
「…え?俺のことなんて調べて来てるんでしょ?」
桜夜さんの問いに素直に答えると、桜夜さんは少し困ったように
笑うと、
「蒼空の言葉で聞きたいんだよ?」
そう、優しくつぶやいた。
俺から話すことも恐らく調べ上げている情報と変わらないのにどうしてだろうと思いながらも、
俺はとりあえず頷き、過去を話し始める。
「俺が物心がつく頃には、父親にぶたれる毎日だった。酒にギャンブル、今思えば薬もやっていたんだと思う、機嫌が良かろうが悪かろうが俺を痛めつけては大笑いしていた。
母親は、そんな様子を見ても助けてくれはしなくて父親と同じく避け、ギャンブル、薬に支配されていたと思う。
幼稚園なんて行っていないし、小学校もほとんど行った記憶が無い。
小学中学年の頃だったと思う。母親が大泣きしながら帰ってきたことがあった。
死んじまえと言われながら殴られた記憶がある。
それからしばらくしたら、あいつ他に女作ってそいつと生きていくんだって。
私らは捨てられたんだよ。
そう言い捨てると、またどこかに消えて行った。
数日すると怖いほど上機嫌で帰ってくると俺を優しく抱きしめたんだ。
初めてのその温かさに俺は素直に嬉しかった。
その背中に手を回そうとしたよ。そんな時言われたんだ。
あんたは本当に、あの人に似ているって。
気付いたら俺は、母親に犯されていた。
当時の俺は、何が起きているのかなんてわかりもしなかったけど母親が笑ってくれるから
怖かったけど、嬉しかった。
初めて俺に向けてくれた笑顔だったから。
だけど俺も成長してその異常さをわかって来た。
ちょうどその頃、母親に身体を売って来いと言われた。
顔だけは良く生んでやったんだから、行ってこい。だけど、最後はちゃんと私の元に帰ってくるんだよ。
母親に言われるがまま俺は生きた。
だけど突然、母親はいなくなった。
当時住んでいた場所の大家が、施設の先生で俺はそのまま施設に引き取られて
今まで生きて来た。
小さな世界で生きて来たと思う。
父親も母親も俺も。
だから、俺は正直今恐怖心と好奇心がせめぎ合ってる。」
過去のことを話すと、本当にすごくクソみたいな人生だなと改めて思い笑えて来た。
「あらぁ、蒼空も大変だったねぇ。」
聞いてきた桜夜さんが他人事のように言う。
「でも、安心しな。うちにはそんな傷を負った奴ら沢山いるし、それでも楽しく笑えてる奴らが沢山いる。
綺星も僕も、蒼空のこと気に入ったしいなくなることはないよ。ね、綺星」
桜夜さんが優しい言葉をかけてくれ綺星さんをミラー越しに見る。
俺もその目線につられて、綺星さんの方を見ると、目が合った。
「そうだな。一度ペットを拾った以上責任があるからな。」
そう言うと、微かに笑いながら雑に俺の頭を撫でた。
想像もしていなかった綺星さんの行動に、なんだか少し視界が歪んだが
疲れのせいにしてそっと目を閉じた。




