第6話 -ゆきさき-
今まで、何も持っていなかった人間が、突然何かを与えられると嬉しさよりも先に
恐怖が襲うらしい。
綺星さんの名前を呼んで、名前を呼ばれた。
ただそれだけなのに、今まで一人で過ごして来た自分には戻れなくなってしまったような感覚になり、窓の外にある過ぎていく景色が、まるで自分のようで怖くなった。
ぼーっとしながらそんなことを考えていると、車が止まった。
車内から外を覗くと、なんだかとても高そうなお店に停まっていた。
恐らく、俺がお腹が空いたといったから連れて来てくれたのだろう。
でも、見た目からしてあまりにも高そうな店だ。
「ねぇ、俺のこと肥えさせてから食べる気?」
「…は?」
俺は、真面目に聞いたつもりだったが綺星さんは理解不能だと言わんばかりの表情を浮かべ、運転をしてくれていた人も静かに肩を震わせている。
「え、なに?」
「いや、随分馬鹿な事を言う奴だと思ってな。」
「失礼じゃない?」
「ふっ、まぁいい。降りるぞ。」
車から降りる綺星さんを追いかけるように急いで車を降りる。
「あれ、運転手さんは一緒に行かないの?」
「ああ、好きに食べろと言ってあるから俺たちがいなくなれば、どこか行くだろう。」
そういうと、綺星さんは店の中へと歩みを進める。
俺はそれについて行くことしか出来ない。
店内に入るとすぐに店員さんが綺星さんの元に来ると何かを耳打ちした。
すると、露骨に表情が変わる綺星さん。
店員さんが先頭に店の奥へと案内してくれる。
ある個室の前に停まりこちらです、と綺星さんを案内した。
ああ、と短く返すと店員さんは軽くお辞儀をすると戻っていった。
「蒼空」
「はい?」
「先に面倒な奴が来ているらしい。無視していいからな。」
「…はい?」
俺が理解をするよりも先に個室の襖が開いた。
「ちょっとー聞こえてるよぉ?面倒な奴とか酷くない?」
空いた襖の奥から見えたのは、綺星さんと同じくらい長身の銀髪をハーフアップにしているなんだか雰囲気のある男性。
その人は、ちらりとこちらを見てニコリと微笑んだ。
「はぁー、何でお前がいるんだよ。」
「ふふっ、俺が見通せないことなんてないよ。」
「…。蒼空こっちに来い。」
俺は呼ばれるままついて行き、個室へと入った。
「蒼空くんっていうんだぁ。僕は、桜夜っていうんだ。
よろしくね。」
「桜夜、さん。よろしくお願いします。」
「蒼空くんは、綺星に拾われたの?」
「拾われたというか、拉致された?みたいな。」
「ははっ」
俺の言葉に笑うのは、桜夜さんではなく隣に座る綺星さんだった。
「拉致はないだろ。拾ってやったのに。」
「いや、あの状況下で死ぬか生きるかみたいな選択を与えるのはほぼ拉致でしょ」
俺がムッとしながら答えると、また更に笑った。
ふと、桜夜さんの方を見ると俺を見ながら笑っていた。
料理が運ばれて来て、好きに食べろと言われた俺はむしゃむしゃと料理を頬張った。
正直言うととてもお腹が空いていて我慢の限界だった。
無我夢中で食べる俺を、2人は黙って見ている。
「え、なに。」
「いや?別に?」
「いっぱい食べなぁ、のどに詰まらせないようにね。」
テーブルの上に沢山並べられた料理を見ながら一番好きだった料理を2人の前に差し出す。
「これ、凄い美味しかったよ。食べないの?」
俺の言葉に2人は驚いたような顔をしている。
しかし、綺星さんの表情はすぐに戻り少し笑いながら俺が差し出した皿を受け取り、
食べ始めていた。
「珍しいね。」
桜夜さんがさらに驚いた顔で綺星さんを見ると
綺星さんは笑うだけで、さらに箸を進めていた。
「蒼空くんはさぁ、」
少しすると桜夜さんが突然俺に話しかけて来た。
相変わらず口に沢山の料理を含んでいた俺は急いで飲み込み、はい?と答える。
「随分綺星に気にいられているけど、どうやって取り入ったの?」
こてんと首を傾げて聞く姿はなんだかとても、妖艶だった。
しかしその質問に、隣に座る綺星さんは怪訝そうな顔をし、おいと口を挟むが
桜夜さんは、しーっと口元に指を置き何も言わせない。
「えっ、と。俺って、綺星さんに気に入られてるの?」
「「は?」」
俺の答えに2人は同じリアクションでこちらを見た。
「え!?うるさい餓鬼だな、くらいにしか思っていないんじゃないの!?」
「いや、まぁ実際そう思ってはいるが」
「でしょ?気に入ってるとかそういう感情以前の話だよね?」
「…ああ。」
「あっははははは!!」
俺と綺星さんが結論を出していると突然、桜夜さんが腹を抱えて笑い出したので、俺たちはその姿を黙って見ているしかなかった。
「ははははっ、あーお腹痛い!僕も気に入っちゃったよぉ”蒼空”《そら》のこと」
「え!?どこで!?」
俺が返事を返すと、また桜夜さんはケラケラと笑っている。
「2人の道に僕も混ぜてよ。久しぶりに楽しめそう。」
ケラケラと笑いながら言う桜夜さんを見ながら、綺星さんが心底面倒くさそうにため息をついた。
そしてその様子を見ながらまた、桜夜さんは笑った。
俺は、生まれて初めて、温かい食事を取った気がした。




