第3話 -よる-
泣き始めた空を車窓から眺め、打ち付ける雨粒の方がよほど自由に見えた。
後部座席に座らされた俺は、同じく後部座席に座る彼の気配を感じながらも
特に何も考えることなく、何も伝えることなく車の揺れに身を預けていた。
どのくらいこうして揺られているだろう。
外の景色はもう、夕暮れとなり始め一番先に輝き出す星が光を放ち始めていた。
長い時間、音もなく、こんな見ず知らずの人に拘束されているのに、
時があっという間に過ぎた気がした。
なんだか車の揺れは、居心地が良く眠くなる。
「悪いな、学校帰りにいきなり」
目を閉じようとした時、彼の口が開かれた。
「別に、居心地が悪くて、帰ろうとしていたから。」
「そう。でも、帰り道は歩き出していた道と反対方向なんじゃないか?」
「……そう、だね。一晩で住んでいるところまで特定して、
あの”落とし物”にはGPSでもついているの?」
”落とし物”の言葉を口にすると、ルームミラー越しに彼と目があった。
「その”落とし物”は、今も手元にあるか?」
「鞄の中にね。すっかり忘れていたけど、貴方達の物なら返すよ。
多分、俺には必要のない物だろうから。」
ガサゴソと鞄を漁り彼に、”落とし物”を渡す。
「中身は見たか?」
「見てないよ。言ったでしょ、すっかり忘れていたって。」
「ふっ、そうだったな。」
彼が、微かに笑いながら”落とし物”を自身の内ポケットへしまう。
「ところで、俺はいつまでここにいなきゃいけない?
あまり遅くなりたくないんだけど。」
普段よりはもうすでに帰りが遅くなっている。
恐らく先生は、どこをほっつき歩いていたんだと、俺を痛めつけるだろう。
そんな思いをするなら逃げてしまえばいい。
そんなこと思っていた時期もあったが、行動に移すのも移した後もきっと同じような人生しか
待っていないだろうからやめた。
「雨が止んだな。」
俺からの問いは無視し、彼が言葉を放つ。
その言葉につられ俺も外を見る。
「鬱陶しいな。」
ぼそりと呟いた言葉。
昼間は青空ひとつ見えていなかった空に、今は星がぽつりぽつりと
輝き出していた。
さっき見つけた最初の星はもうとっくに、見失い夕方と夜の間の空だった。
どうせ夜が暗いのなら、星も月も無くなればいいのに。
夜に光があるから手を伸ばしたくなる。
どうせ、誰も助けてはくれないのに。
どうせ、独りなのに。
「ついたぞ。降りろ。」
彼の言葉に思考の底から引き揚げられ、言われた通り車を降りた。
そこは、見慣れた景色。
施設の目の前だった。
「お前、死にたいか?」
突然彼からの意味不明な問い。
でも、それを全力で拒否出来るほど俺は興味が無かった。
「どうでもいいよ。どうせ、どうにもならなくなったら消えようと思っているから。
ただ息を吸って吐いていることを、生きることだとするなら、死にたくはないかもね。
息止めるの苦しいし。」
自分でも何を言っているのかわからない。
どこに沈んで行っているのかも。
〈ピーンポーン〉
突然鳴る機械音。
視線を向けると、彼が施設のインターフォンを鳴らしていた。
何をしているのだろう。
彼の行動に疑問を抱きながらそのまま時が流れる。
しばらくすると、施設の扉が開いた。
先生は俺と目が合うと腹を蹴飛ばして来た。
「今までどこ行きやがってた!!」
倒れ込みそうになった俺を、さっきまで運転してくれていた人が
支えてくれた。
「あ。ありがとうございます。」
お礼を言うと俺は、先生にすみませんと呟く。
その行動に余計腹が立ったのか先生がまた殴ろうとしてきたので、
特に抵抗もせずに受け入れる。
しかし、いつまで経っても痛みが感じない。
見上げると、彼が先生の拳を止めていた。
「すまないが、この子を貰いたくてね。」
「「は?」」
意味の分からないことを口にする彼に、思わず先生と固まる。
「施設を運営するうえで貰っている支援金や子供たちが働いた金は、
お前の酒と薬代に消えているだろう?」
「っ!?」
……薬?
「証拠はあるから警察に突き出すことも可能だが、この子を譲ってくれるなら
話は変わってくる。」
「……っ!ああ!いいさ!こんな餓鬼!!!こんな奴邪魔者でよ、消えてくれねぇかと思っていたところだ!それが俺のためになるなら願ったり叶ったりだ!」
何を、言っているんだ?
意味の分からない自分が主人公の紙芝居が勝手に進んでいく。
気付けば星たちは雲で覆われ、真っ黒な夜が俺を纏い始めていた。




