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5話 お父さん、何も言えなかった。

リズと買い物を終えてギルドに戻ってきた。

ちょうど依頼を終えた冒険者たちが帰ったところで、受付前は少しざわついている。


「はい、これが魔法石です。それ以外は買えましたよね?」


リズが差し出した魔法石は、虹色の光を秘めていて、呼吸しているみたいだ。

表面は滑らかで、少しひんやりしている。


子どもたちの必要な物は全て買えたし、魔法石はもらえたから完璧。


「あぁ、助かったよ」


魔法石って売り切れるんだね。

無限に買えるもんだと思ってた。

財布の許す限りね。


「お役に立てて良かったです。一時はどうなるかと思いましたけど」


「本当にありがとな」


一日で準備が終わって良かった。

一人だったら終わってなかっただろうな。


「いえいえ、楽しかったですし、大丈夫です!」


「やっぱり楽しんでんじゃねぇか」


「ば、バレちゃいましたか」


リズは頬を指先でかき、照れを誤魔化すように笑う。


「まぁ、最初から気づいてたけど」


「色々と隠すのは得意なんですけどね……」


「いや、バレバレよ」


「陽介さんは、この後はどうするんですか?」


「二人を迎えに行くかな」


「もう学校終わる時間ですもんね!陽介さん、また何か困ったことがあったら、いつでもギルドに来てくださいね」


「おう、サンキュー」


「希ちゃんも、またね」


リズと別れ、ギルドスクールに向かう。


両手の荷物は重いけど、家族のための重さなら悪くない。


さて、行くか。



◇◇◇



夕陽に染まるギルドスクール。

放課後を告げる鐘の音が一定間隔で空気を震わせる。


この景色にこの音を聞いてると、なんだかノスタルジックな気持ちになっちゃうよね。

おじさんになると分かるんだよなぁ。



校門の隣の大きな切り株。

ゆっくり腰を掛け、年輪を指でなぞる。

ざらざらした感触が誰かの長い人生に触れたみたいで不思議と温かい。


希を膝に乗せて、二人の下校を待つ。

ちょこんと座る小さな体重が愛おしい。


「今日も出かけっぱなしで疲れたね〜」

「お姉ちゃんとお兄ちゃん、学校がんばってるよ〜」


もうすぐ一歳か。

歩けるようになったら、お散歩しような。


お父さん、楽しみなんだぜ〜。



「パパー!」


元気な声が夕焼け空に反響して、二人が駆けてきた。


「二人とも、一緒か」


「うん!終わる時間は一緒みたいだよ」


「そうなんだ」


「あと、明日から武器持って来てだって」


武器使うの?

湊も?


帰っていく子どもを見ると、湊くらいの子も装備を持っている。

だけど、何も持たずに帰っていく子も、ちらほら。


「持ってない人もいるみたいだけど」


「持ってない人は職業がなくて、ギルドから何も貰えないんだって」


まじか。

持つ者と持たざる者、格差が生まれちゃうんじゃ…。

二人は職業あるから良いけど…。


無職の人たちは、どうなっちゃうの?

肩身狭くない?


「それで、二人とも学校は楽しかったか?」


「楽しかった!」

「楽しい!」


「そうか、良かったな」


「オレ、友達できたよ!」


「おっ!良かったな!」


「葵も大丈夫そうか?」


「うん、あたしはパーティーも組んだよ」


「パーティー?」


「十歳になると四人一組で練習するんだって」


いかにもって感じだな。


「みんなと打ち解けられそうか?」


葵は小さく頷く。


「色々話して、仲良くなれた気が…する」


「良かったな」


子どもはあっという間に友達になれてすごいな。


俺なんて歳を重ねるごとに、連絡を取る友達が減っていって、今はもう誰もいない。


今の友達、大事にな。


「ちなみになんて子たちなの?」


「リーファちゃんと、ガンウ君と、レクス…君」


うん?最後だけなんか、あれ?


「お父さん、お腹すいたー」


湊が訴える。

それは分かる、お父さんもお腹ぺこぺこ。


「食いもん買って帰るか」


「いぇーい!」



リズおすすめのお店に行ってみるか。

聞いた話だと、家に帰る途中にあるはず。


色んなごちそうを持ち帰れるようだし、料理ができない俺にも優しいな。


でも、いずれ夜飯も作れるようにならないとな。

朝飯は作れるけど、夜ってハードル高いなぁ…。



って、理沙は毎日やってくれてたんだよな。

がんばろ。



少し歩いた先に『キッチン・ランベール』の看板。


ここがリズのおすすめか。

ふんわり香るごちそうの匂いがもう美味い。


扉を開くと、香ばしい香りが一気に押し寄せる。

昼飯食べてない俺に、これは反則。


店内には、色とりどりの料理がテーブルにずらりと並んでいて、やっぱりどれも美味そう。



悩む俺を置いて、二人はもう袋に包んでもらっていた。


「ちょっと、お父さんまだ決めてないんだけど」


「お父さん…判断が遅い!だよ」


「パパとママの分も選びましたー」


会計を済ませた途端、二人が袋を抱えて、夕暮れへ駆け出した。


「おい、危ないぞ!」


長く伸びて遠ざかっていく影を目いっぱいの早歩きで追いかけた。



◇◇◇



家に帰ると、隣に見覚えのない建物がくっついていた。


「ふ、増えてる!?」


警戒しながらいつもの玄関から開けると、魔法の灯りが俺たちを出迎えてくれた。


広いキッチンに、きれいなトイレ。

湯気立つ大きな風呂まである。


「仕事早すぎだろ…」


たぬきにお願いした時みたいだ…。

でも、ローンは組まされないからな。

化石掘らなくていいし、魚や虫も捕まえなくてもいいから気楽。


「パパ、すごいね」


「すごすぎて、ちょっと怖いな」


「パパは怖がりだなぁ」



玄関の扉が開く。


「ただいまー」


理沙も帰ってきた。

ぐったりした声で、すごく疲れていることは、すぐに分かった。


「お母さん、おかえりー」


「おかえり、理沙、ごはん食べようぜ」


「ありがとうーお腹すいたよー」


靴を脱ぎながら見せた、少し力の抜けた笑顔。

子どもたちを抱きしめる時のそれは、ほっとしたような、初めて見る表情だった。



「いただきます」


みんなで食卓を囲う。

魔法の灯りは柔らかくて、空気まで温かくなるような不思議な感じだ。


でも、騒がしいのは変わらない、いつもの日常がそこにあった。


「理沙は今日どうだった?」


「魔法の使い方とか、色んな道具の使い方教えてもらった」


「本当に冒険者になるんだな」


「うん、あと…私、Aランクパーティーに入ることになった」


「Aランク?」


思わず、箸が止まった。

それって、たぶん上位だよな。


「結構上の方らしいよ、なんか、私、強いみたいな」


「みたいなって…」


「ママすごいね!」


「待て待て、何するんだ?危なくないのか?」


「壁の外にいる魔物倒したりとか、護衛とかするらしいよ」


「やっぱり、やめておかないか?冒険者になるの」


「どうして?他にもメンバーいるし…大丈夫」


「いや、でもさ…」


「パパ、ママ強いから大丈夫だよ。朝もすごかったし」


心配なのは強さじゃない。

理沙は優しいし、戦うとか争いとか、きっと向いてない。


それに、何が起きるかわからないこの世界で、こうして家族一緒に過ごせる時間を失いたくない。


「さぁ、食べよ!食べよ!」


理沙のいつもの笑顔の裏に、何かを押し込んでいるように見えた。

その違和感が胸につっかえたまま、離れなかった。



◇◇◇



「ごちそうさまでした」


美味かった。

不安な気持ちだけど、お腹はすく。

人間だもの。


「よし、洗い物するかな」


「私やっておくから、陽介、湊、希と先にお風呂入っちゃって」


「いいよ、俺やるよ」


「準備してくれたから、片付けは私がやるの」


「悪いな、ありがとう」


湊の着替えも準備ヨシ。

希の着替え、オムツもOKっと。


「湊、風呂入るぞ」


「久しぶりの風呂サイコーだな」


「前のお風呂よりすごいね」


「そうだな、希も気持ちいいね〜」


どういう原理でお風呂沸いてるのか、わからないけど、気持ち良いからどうでもいいや。


「湊は学校で何したの?」


「走ったりとか、戦ったりとかした」


「戦うって何と?」


「センセー、強かった」


「先生強いんだ」


「次は倒す」


「がんばれがんばれ、じゃあ三十数えてあがろうか」



◇◇◇



電気を消すと、湊と希は、あっという間に寝息を立てた。

寝るの早っ。

まぁ、そりゃ疲れたよな。


しかし、今日一日ハードすぎたな。


イノシシを倒して、子どもに付き添って、イノシシを倒して、学校の準備して、夜ごはん準備して…。


リビングに戻ると、理沙は窓際で外を眺めていた。


夜風に当たって、ただ静かに佇んでいる。



「湊と希、寝たよ」


「ありがとう、葵も部屋に行ったみたい」


「理沙、今日どうだった?」


「すごい疲れた。体は重いし、頭もまだぐるぐるしてる」


「初日だしな、すぐに慣れるさ」


返事はすぐに来なかった。

沈黙の後、理沙がぽつりと漏らした。



「……“命を奪う”ことって慣れても良いのかな」



その一言で、今日、何を見てきたのか、分かってしまった。



「魔物を倒すのは仕事。みんなを守るためって頭では分かってる」


窓の外に目を向けたまま続ける。


「戦うのは怖くない。だけど、命が途切れる瞬間は、どうしても見たくない」


震えた声が、夜の静けさに滲んでいく。


「……力を入れた瞬間に全部が終わるの。それが、私の手だと思うと…」


返す言葉が見つからない。


「無理に冒険者にならなくたって良いさ。普通に働いたって──」


理沙は首を横に振る。


「でも、今のままじゃ、また今朝みたいな時に…みんなを守れない」


「それが一番、怖いの」


「いや、家族は俺が──」


ようやく振り返った理沙の瞳は、強い意志と不安で入り混じっているようで、たまらなく真剣だった。


「私、強くなりたい」


「守られるだけじゃなくて、私の力でみんなを守れるように」


月夜に照らされたその瞳は、どこまでも真っ直ぐで。


その覚悟の重さに、俺は言葉を飲み込むしかなくて。

ただ震える肩を、そっと抱き寄せることしかできなかった。

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