3話 お父さん、一緒に学校へ。
朝のギルドは冒険者の身なりをした人たちで溢れている。
特に掲示板の前は、人がごった返していて、まるで朝の満員電車。
いや、スーパーで値引きシールが貼られた瞬間に近いかもしれない。
「昨日の受付の人、ちゃんと一家揃って来ましたよ」
「陽介さん!おはようございます!私はリズレットです。リズって呼んでくださいね」
受付の女性はそう名乗ると軽く会釈をした。
揺れた茶色の髪の隙間から、耳元の青い宝石が覗く。
「あれ?陽介さん、朝からなんだかボロボロですね」
眉をきゅっと寄せ、視線が上から下へと流れる。
その目つきは有能な受付の観察眼だ。
「あぁ、家の前にデカいイノシシが現れてな…でも、理沙が倒したから大丈夫だ」
「一人で倒したんですか!?流石、雷鳴の魔導師さんは規格外ですね……でも、おかしいですね、街に魔物が現れるなんて…」
目を丸くして驚いたかと思えば、口元に手を当て、思案顔になっていた。
まじ?
普通はいないの?
じゃあ、不吉なことが起こる前兆じゃん。
絶対、暗躍してるやつ、いるじゃん。
裏でフードを深く被って、ニヤッてしてる奴。
絶対いるよ。
「まぁ、いいですよね…」
思考が行き詰まったのか、リズは考えることを放棄してしまった。
よくないよくない!
だいたいの大事件は、こういう小さい違和感から始まるから。
そのうち魔王とか出てきちゃうから。
「いやいや、ちょっとは調べよ?」
「でも、手がかりもないし」
「じゃあ、そこから調べよう。現場に何か手がかり残ってるかもしれないし、イノシシもそのままだしさ」
「たしかに、そうですね…」
引き出しから書類を取り出すとペンを走らせ、小さく頷いた。
リズの動きは素早く、明らかに仕事慣れしている。
「ギルドからの調査依頼として発注しておきました」
良かった、なんとか調べてもらえそうだな。
何かわかると良いが…。
変な円陣がありましたーとか、やめてよ?
「それで、俺たちはこれから何すれば?」
「えーとですね、今日は色々説明したいのですが……」
リズは机に積まれた書類の山から器用に資料を引っ張り出す。
「まず、雷鳴の魔導師さんは、パーティーを組んで活動してもらうので、基本から教えますね。お子さんたちは、ギルドスクールの説明です。陽介さん、付き添いお願いして良いですか?」
「もちろん」
職業開発学校の話は後だ。
まずは、葵と湊の生活を安定させてやらないと。
「では、雷鳴の魔導師さんは、あちらの男性に、ついて行ってください」
細身の男性が手を振っている。
「陽介さんたちは、私が学校まで、ご案内しますね!」
「理沙、無理すんなよ」
「うん、陽介もみんなのことよろしくね」
「じゃあ、またな」
「ママ、がんばってー!」
「バイバーイ」
理沙は男性に連れられ、ギルドの奥へ消えていった。
すごく心配だけど、自力で何とかしてもらうしかない。
不安と一緒に理沙を見送った。
「それでは、行きましょうか。ギルドスクールはギルドからすぐそこです!」
リズが軽やかに先を歩く。
その背中に導かれるように、俺たちは歩みを進めた。
◇ ◇ ◇
屋根の低い校舎が左右に広がる翼のようで印象的だ。
正面の広場には三本の旗。
白い兎、赤い鷹、銀色の獅子が描かれ、風になびいている。
扉の隙間からは子どもたちの元気な声が漏れ、遠くから剣戟の音が響く。
「まずは、さっと校内を見て回りましょうか」
スカートの裾をなびかせ、リズは小さくステップを踏みながら案内を始めた。
案内するのが好きなのか、職場から出た解放感からなのか、すごく生き生きしている。
異世界の学校の匂いは、どこか日本の学校と似ていた。
だけど、授業の内容は武術や魔法、何かの実験、戦闘の演習と学ぶことが全く違う。
こちらの世界では、この知識が生きていくために必要なんだろう。
二人ともキョロキョロと辺りを不安そうに見渡している。
そりゃそうだよな、お父さんも見たことないものいっぱいあるもん。
「ここでは、年齢に応じて三つのクラスに分けられます。白兎学級、赤鷹学級、銀獅子学級です!十五歳になると、正式なパーティを組んで活動することになります」
「葵さんは赤鷹、湊さんは白兎ですね」
「あなた方が異界から来たという方々ですかな?」
背後から落ち着いた足音とともに現れた一人の老人。
白髪を後ろに結い、口には立派な髭が蓄えられている。
彼が歩くたびに空気が引き締まっていく。
動きに無駄がなく、まるで長年“武人”として生きてきたような重みがあった。
「校長のグラッセです」
落ち着いた安心感のある声。
葵と湊の前に歩み寄ると、膝を折ってゆっくりとしゃがみ込んだ。
鋭く見えた灰色の瞳がふっと柔らかくなり、二人を真正面から見つめる。
その瞳には、まるで「あなたたちを見守ってますよ」と語りかけるような優しさがあった。
「この学校は、規律と個性を重んじております。異世界から来た才能あるお二人、心から歓迎しますぞ」
「お二人には、今日からしっかり学んでもらいますよー」
「陽介さん、こちらに必要な物が書いてありますので、早めに準備してくださいね」
何やら買うものがたくさんあるな。
筆記用具は分かるとして、稽古用装備、魔力の粉とかってどこで買うんだ?
「…ねぇパパ、ぎゅってしよ」
「ん?あぁ、いいぞ。湊もおいで」
そっと抱き寄せて、二人の背中をさする。
温かいのに、震えている手の感触。
楽しそうにしてたけど、そりゃ新しい環境は不安だよな。
「葵、湊、大丈夫。二人とも立派な職業もらえたじゃないか。お父さんなんて無職だぞ?きっと、上手くいく」
二人の手をそっと握る。
「…もし、つらくなったら、胸に手を当てて、あの“おまじない”を思い出すんだ」
「うん、わかった」
葵は強がって笑っていたけど、指先はほんの少し冷たかった。
「えー、行きたくなーい」
湊は口を尖らせ、駄々をこねる。
いつものことだ。
新しいことはちょっと苦手。
「湊、先生がかっこいい戦い方教えてくれるんだってさ。帰ったら、お父さんにも教えて欲しいなー」
「えーでもさー」
「きっとバルクスより強くなれるぞ?」
「…うーん、わかった、サイキョーになってくる」
「よし!行ってこい!」
「先生、二人をよろしくお願いします」
「もちろんです、では、行きますぞ」
「湊、行くよ。希、行ってくるね」
葵と湊は離れがたそうに希の頭を撫で、小さく笑いかけた。
希も何か伝えようとしているのか、口をぱくぱくさせて腕を伸ばしている。
葵は湊の手を引いて、進んでいった。
その背中が少し大きく見えて、視界がぼやけ始める。
「お二人とも、しっかりされてますね〜………お父さん、泣き過ぎですよ」
「はい」
お父さん、今、めちゃくちゃ感動してます。
まだまだ子どもだと思ってたけど、成長してるんだなぁ。
二人がはじめておつかいに行った時を思い出してしまいます。
あぁ、今日も枕を濡らしてしまいそうです。




