17話 お父さん、嫌な予感がする。
連れてこられたのは、日当たりも悪く、少しジメジメした場所だった。
地面から不規則に長い葉が顔を出している。
土の匂いが強く、踏み込むたびに靴底が湿った音がした。
腕を組み、不機嫌そうに立つ少女。
赤橙の髪が本人の機嫌を代弁するかのように揺れていた。
「リシテアじゃん、どうしたんだ?」
「……罰よ」
その言い方は、どこか拗ねた子どもみたいだ。
視線を合わせず、口だけが不満を吐き出している。
「俺たちの監視に来たってこと?」
「……わたしも、一緒に草むしりする」
リシテアは視線を逸らした。
赤くなった頬を誤魔化すように。
「一緒に罰受けるのって、リシテアか」
「文句ある?」
「いや、頼りになるよ」
「足、引っ張らないでね」
「ちなみに、リシテアは何をしたんだ?」
「……ごはんを食べたのよ」
「それで、なんで罰?」
「他の人のも食べたから、時間前に」
「つまみ食いじゃねぇか」
「しょうがないでしょ! お腹空いてたんだから!」
子どもかよ。
見た目、二十歳くらいなのに、中身はそのままか。
「規律違反ってとこか」
「……あなたたち、草むしりの内容、分かってるのよね?」
「内容? 雑草、抜くんだろ?」
「何も知らないのね……まぁ、いいわ」
「待て、草むしりって何するんだ?」
「マンドラゴラを集めるの」
「マンドラゴラって……理沙、知ってる?」
理沙は小さく頷いた。
「生きた植物、良い薬ができるみたい」
やっぱり、そうだよな。
この世界でも、重要な薬として扱われているらしい。
「これ、使いなさい」
渡されたのは、手袋、シャベルと革製の袋。
どれも土まみれで、年季が入っている。
手袋はちょっと臭い。
絶対洗ってないやつ。
「お父さん、おいも掘りみたいだね」
「あぁ、そうだな」
湊は目を輝かせている。
……芋感覚で抜ければいいけど。
マンドラゴラって、甲高い声で叫ぶイメージなんだよな。
「俺の知ってるマンドラゴラって、叫ぶんだけど、耳栓いらない?」
「叫ぶわけないでしょ」
「そうなんだ」
「叫ばないわ、でも走る」
「走る!? 気持ち悪っ」
「叫ぶのも、大概だと思うけど」
リシテアは、小さく息を吐いて、シャベルを握り直した。
「じゃあ、やり方を教えるから聞いて」
リシテアはしゃがみ込み、葉を指差した。
「……ちゃんと聞きなさい。失敗したら、面倒だから」
面倒って……。
結構、地雷な気がするぞ、このフレーズ。
俺たちは、一つの葉を囲んで、腰を下ろす。
「マンドラゴラの葉は、これ」
「たんぽぽみたいだね!」
湊が無邪気に覗き込む。
「そうだな」
「油断しないで。引っ張った瞬間、全力で逃げるから」
「植物が全力疾走かよ」
リシテアはため息をついて、シャベルで地面を軽く叩いた。
「いい? 最初に周りを少し掘って、抜きやすくする」
的確な手つきで、無駄がない。
何度も同じ作業を繰り返してきた人間の動きだ。
でも、気のせいか?
葉がぷるぷる震えてる……?
まるで、これから自分がどうなるか、理解しているみたいだ。
「それから──」
リシテアが葉に手をかけようとした瞬間だった。
地面が、もぞもぞ動いた。
「……今、動いたよな?」
「動いたね!」
「動いたわね」
「最悪……もう起きちゃってるわ」
四人が揃って視線を落とした次の瞬間──。
ズボッ!!
土を突き破って、顔のついた大根みたいな何かが飛び出した。
『ぎぃぃやあぁぁぁぁ!!』
「叫んでるじゃねぇか!」
「起きちゃってたから! 個体差よ!」
「陽介! 追いかけて!」
マンドラゴラは叫びながら、全力で地面を走り出した。
足みたいな根っこを思いきりバタつかせて。
「嘘だろ……速えぇぇぇぇ!」
ピクミンみたいな見た目なのに、足速すぎだろ。
何ピクミンだよ。
「捕まえて! 街に逃げたら大変よ!」
「なんで逃げるんだよ! 草ぁぁぁ!」
理沙が回り込み、革袋を構える。
湊は、完全に遅れて、ただ走り回っていた。
「待てコラ! こっちは草むしりだと思って来てんだぞ」
マンドラゴラは急旋回して、一直線にリシテアへ。
「リシテア! 行ったぞ!」
リシテアは一歩も退かない。
シャベルを振り上げ、腰を落とす。
次の瞬間──。
シャベルが叩き込まれ、マンドラゴラは地面にめり込んだ。
『ぎいぃぃぃぁぁ……ぁ』
「土に返すな!」
「捕まえただけよ」
「そんなに雑でいいのかよ」
リシテアは根をまとめ、革袋に放り込む。
「まぁ、こんな感じね」
「いや、こんな感じって……」
袋の中でマンドラゴラが、まだジタバタしている。
湊がそれを見て、なぜか拳を握った。
「オレ、捕まえる!」
「湊は見てようね」
理沙が湊をなだめる。
「やる!」
湊の足元で、草が波打つ。
「──魔力抑えて!」
リシテアが叫んだ。
遅かった。
目に見えるほどの魔力が、湊の周りから一気に溢れ出す。
その瞬間。
地面が一斉に悲鳴を上げた。
「嘘だろ……」
地中から次々に、マンドラゴラが飛び出す。
『ぎぃぃやあぁぁぁぁす!!』
マンドラゴラたちは、ただひたすらに、四方八方に逃げ始めた。
「おいおいおい、やばいぞ」
回収できねぇ。
街に逃したら、さらなる罰が待ってる……気がする。
「リシテア! 魔法使え! 一気に──」
「ダメ!」
「なんで!」
「焼けたら薬にできない!」
「そんな悠長なこと言ってる場合か!?」
「いいから! 早く捕まえて!」
「……焼けなきゃいいのよね?」
理沙が杖を構える。
「何する気だ!?」
「動きを止めてみる」
「できるのか!?」
理沙は小さく頷いて、詠唱を始めた。
「早くして!」
「──雷鳴の鎖環!」
地を這う雷撃がマンドラゴラの足元をなぞった。
『ひぎゃぁぁぁぁぁ!!』
次々とマンドラゴラたちが硬直する。
……と思った矢先。
あれ? 俺もしびれ──。
「陽介、ごめん!」
その間にも、リシテアは動いていた。
動きの止まったマンドラゴラを一体ずつ、無駄なく袋に放り込んでいく。
迷いはなく、動作は淡々としている。
片手で掴み、革袋へ放る。
それだけ。
だけど、その一連の動作が、やけに洗練されていた。
「……なんか、すげぇ」
思わず漏れた声に、リシテアは手を止めずに言った。
「……当たり前でしょ」
そう言いながら、次の一体を捕まえる。
「何回やってると思ってるの」
「罰、何回目?」
「……たくさん」
袋の口を縛り、土を払う。
「……めんどくさい罰だからね」
「めんどくさい?」
「火の魔法、使えないでしょ」
そう言って、リシテアは最後の一匹を放り込む。
中から聞こえる「ぎ……」という声が、気持ち悪い。
焼けば一瞬で終わる作業。
それができないから、時間と手間のかかる“草むしり”を命じられているんだな。
「だから、この罰か」
「それ以外の罰は魔法で余裕だから」
「てか、罰、受け過ぎだろ」
「う、うるさいわね。報告行くわよ」
そして、俺たちは“草むしり”の報告に向かった。
◇◇◇
「草むしり、完了しました」
「うむ、ご苦労」
回収数、逃走なし、被害なし。
王は満足そうに聞いていた。
「加藤家の三人も、ご苦労であった」
「いえ、すみませんでした」
てか、葵と希、置いてきちゃったよ。
「時に理沙よ──お主、雷鳴の魔導師を発現したと聞いたぞ」
「はい、その通りです」
理沙は一歩前に出て、少し緊張した面持ちで答えた。
「次の“雷霆”はそなたかもしれんな」
「えっ? 私がですか!?」
「噂は聞いておるぞ、素質はある」
王は顎に手を当て、満足そうに頷く。
何? 雷霆?
雷鳴の上位職的なもの?
“次の”ってなんだよ。
「ちょっと、理沙」
「なに?」
「雷霆ってなに?」
「雷霆はね──」
その時、声が裂く。
「報告します!」
衛兵が扉を押し開け、駆け込んできた。
「どうした?」
「北方より、大型魔獣の飛来を確認! ドラゴンです!」
場の空気が一気に張り詰めた。
ドラゴン?
ドラゴンって、あのドラゴンか?
異世界だし、そりゃいるか。
でも、やばそうな雰囲気だ。
「龍守は何をしておる?」
「現在確認中です! 応答がなく……!」
リシテアが隣で舌打ちをした。
「……最悪」
王は玉座から立ち上がった。
「──事態は急を要する。即刻、討伐隊を編成せよ」
その視線が、真っ直ぐこちらへ向く。
正確には、リシテアと……理沙へ。
「煉獄の魔導師・リシテア。そして、雷鳴の魔導師・理沙よ」
ん?
煉獄さん?
リシテアが?
「汝ら二人にドラゴン討伐を命ずる」
「はっ」
リシテアは一切の迷いなく、跪いて応じる。
「わ、私も……ですか?」
「うむ、何か問題はあるか?」
「い、いえ……ただ、ドラゴンを見たことがなくて……」
「良い機会であろう。頼んだぞ」
「わ、わかりました」
理沙の声は硬い。
こっちに来て数日の人間にドラゴンなんて荷が重すぎる。
そんな人間がちゃんと対処できるのか?
「……あの、俺と湊は、どうしたら?」
「お前たちが行って何になる?」
それはごもっともなんだけど。
でも、心配じゃないですか。
「……すいません」
「では、すぐに出立せよ。後に応援を送る」
「了解しました」
理沙とリシテアは、同時に頭を下げた。
「行くわよ、理沙」
「はい」
二人は踵を返し、扉へ向かう。
その背中は、これまでと違い、頼もしく見えた。
──さっきまで、土まみれでマンドラゴラ追いかけてたのに。




