16話 お父さん、王の首取れた。
王は静かに怒っていた。
これが一番まずい。
怒鳴らない。
机も叩かない。
ただ、玉座に座ったまま、こちらを見下ろしている。
「──説明しろ」
短い。
重い。
でも、上司より怖くない。
理不尽な数字を突きつけられるわけでもないし、この場で今月の売上を詰められるわけじゃない。
……たぶん。
背後で宰相らしきおじさんが咳払いをした。
完全に「お前ら死刑だぞ」という空気を漂わせている。
ただ、サッカーしてただけなのに。
本当にそれだけだった。
どうしてこんなことに。
◇◇◇
俺たちは公園に来ていた。
城のすぐ近く。
めっちゃ広いし、芝も丁寧に刈られている。
高台から見渡す街も最高。
なにより頬を撫でる風が心地よかった。
噴水の前に置いてある、王の銅像が雰囲気を損ねてるけど。
やたら立派で、無駄に自己主張がすごい。
「ここから、ここがゴールね」
湊は小石で目印を置く。
「はいよ」
「お父さん、キーパーね」
「いいぞ」
ボールを持って離れていく湊。
その背中はやけに小さい。
職業があったって、五歳は五歳だな。
「行くよー!」
「遠くないかー?」
「大丈夫!」
一生懸命に小さな歩幅で、助走する。
芝を踏むたびに、靴が少し沈む。
難なく、両手で止めた。
軽い。
衝撃も、音も。
予想通り、子どものシュートだ。
「くっそー」
「まだまだ、だね」
「もう一回!」
「いつでもどうぞー」
軽く蹴ってボールを返す。
転がすだけ。
「お母さん、蹴り方教えて」
「お母さんでいいの?」
湊は小さく頷いて、理沙から蹴り方を聞いていた。
「教えられるのかー?」
理沙はあんまり運動得意じゃなかったし、サッカーだってやったことないはずだ。
……まぁ、ボール蹴るくらいできるか。
葵は木陰で読書。
こちらの様子を気にすることなく、ページをめくる。
あんな分厚い本、何を書いてるんだか。
あれ以来、少しだけ距離感が掴めないでいる。
「やってみる!」
「湊、がんばれ!」
理沙の即席レッスンは終了したらしい。
「お父さん、行くよー!」
「いいぞー」
湊はまた、助走する。
変わらない小さな歩幅。
変わらないはずだった。
だけど、ボールに近くにつれて、足元の芝が波打つ。
風、じゃない。
地面そのものが呼吸してるみたいだった。
鈍い音とともに蹴り出されたボール。
うわあぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁ。
反転する視界。
ざらつく頬。
肺の奥に、土の匂い。
は?
ボール速すぎ。
全然見えなかった。
五歳児のシュートじゃねぇ。
絶対、キック力増強シューズ履いてるじゃん。
「ゴーーーール!」
湊は両手を上げて、満面の笑みだ。
「理沙!何教えたんだ!」
「魔力の込め方、教えてみた」
「魔力込めるの禁止ーー!」
「ごめーん」
「死人が出るぞ」
まったく、いつからサッカーはデスゲームになったんだ。
てか、どこまで飛んでいったんだよ。
ボールの軌道の行き先を辿る。
行き着いた先。
そこで見たものは。
顔がサッカーボールになった王の銅像だった。
……あ、これ、終わった。
首から上だけ、きれいに消し飛んでいる。
うーん、新しい顔が必要だな。
「おい!なんださっきの衝撃は!?」
鎧の音を鳴らしながら、衛兵数人がこちらに走ってきた。
銅像を見た瞬間、全員顔が引きつってる。
まぁ、そりゃそうか。
王の銅像の顔、サッカーボールだもん。
なんか得体の知れない球体がそこにあるもん。
「えーっと……」
どう説明したらいいんだ。
五歳児がキック力増強してました、とか。
マッドサイエンティストのジジイが作った、靴履いてました、じゃ通じないよな。
「お前がやったのか?」
衛兵の一人がこちらを睨む。
「……いえ」
「風のいたずらです」
「風でこんなことには、ならないだろう」
「風は気ままなんで」
「では、お前ではないんだな?」
「はい」
「しかし、これはお怒りになるぞ」
衛兵は頭を抱えて、困り果てた様子だった。
怒ります、よね。
そりゃそうだ。
「お父さん!オレのシュートどうだった?」
空気が凍った。
「今は黙ってなさい」
「お父さん、ボール取って!」
「このボールは君のかい?」
「うん!」
衛兵たちの視線が湊に向いた。
「いや、ボールは私たちのなんですけど、なんというか……」
「お父さん、もう一回やろうよ!」
「ダメだ」
「えー、なんでー」
「ダメなものはダメだ」
「陽介、大丈夫?」
理沙が遅れてこっちに来た。
状況を一目見て、言葉を失った。
頭がサッカーボールになった銅像。
池の中に落ちた、王の頭部。
衛兵たち。
俺と湊。
「もしかして──」
咄嗟に理沙の口を抑える。
「なにすんの」
小声だが、はっきり怒ってる。
当たり前か。
「なんとか誤魔化してる」
「正直に謝ろうよ」
理沙の目は真っ直ぐだ。
こういう時、嘘をつかない。
まぁ、嘘はついちゃいけないんだけどさ。
「なんか、やばい気がして」
「陽介、正直に謝れば許してもらえるよ」
「お前ら、何をこそこそ話している」
衛兵の低い声が、空気を裂く。
「いえ、なんでも」
「おじさんたちもサッカーする?」
「おい、湊──」
「なんだかわからないが、これがお前たちの物ならば、帰すわけにはいかない」
衛兵はサッカーボールを手に取り、言った。
「はい」
「城まで来てもらおう」
「わかりました」
「お父さん、どこ行くの?」
「お城」
「みんなでサッカーする?」
「しない」
「何するの?」
「ちょっと、お話」
言葉を選ぶ余裕はなかった。
「怒られる?」
「たぶん」
「オレ、謝るね」
まさか、湊の口からそんな言葉が出てくるなんて。
こんな時だけど、お父さん感動。
今まで、謝らない!とか許さない!とかだったじゃん。
「お父さんも謝るよ」
こうして。
俺たちは、王に再会することになった。
◇◇◇
王は、やはり静かに怒っていた。
「それで」
王がゆっくり口を開いた。
「説明は終わりか?」
「は、はい」
やばい。
家に来た時は、大したことないと思ったけど、玉座に座ってるからか、威光がすごい。
「で、こうなった……と」
王は衛兵から差し出された、自分の頭部に視線を落とす。
「……ふむ」
……怒られない。
この間が逆に怖い。
「実はな……」
王はため息をついた。
「はい」
実はなに?
めっちゃ大事だった?
「あの銅像、あまり気に入っておらんのよ」
「……へ?」
変な声出ちゃった。
宰相がわざとらしく咳をしている。
「いやな」
王は続ける。
「あの顔、鼻が高すぎるだろう」
「……そうですか?」
「それに、変なホクロも付いてる」
「……」
「なにより、あのポーズだ」
「ポーズですか?」
「威厳?いや、変に自己主張が強すぎて、本当の私ではない」
さっき俺が思ったことと、だいたい一緒じゃん。
王も人並みの感性を持ってるんですね。
金銭感覚イカれてるとか言って、ごめんなさい。
「撤去も考えていたんだが……」
じゃあ、なんで置いたんですか、とは言えない。
「私としても大事にはしたくない」
「それじゃあ?」
「だが、公共の物を破壊したのは事実だ」
王はこちらを見る。
湊はきょろきょろと天井と玉座を見上げていた。
「はい」
「……示しは必要だな」
ここで処刑とか言われたら、どうしよう。
思わず、湊の手を握りしめた。
理沙も不安そうな表情で、頭を下げている。
「よし」
王が手を叩いた。
「罰を与える」
全員の背筋が伸びた。
「裏庭の草むしりをせよ」
「草むしり……?」
「そうだ、それでは足りぬか?」
「いえ、ありがとうございます!」
「よかったね」
理沙は涙ぐんだ瞳で、こちらを見る。
「あぁ、そうだ」
「なんでしょうか?」
「もう一人、同じ罰を受ける者がいる」
「協力して進めよ」
「分かりました」
ひとまず、良かった?か。
実質、許されたみたいなもんだよな。
「よかったね、陽介」
理沙が小さく呟く。
湊もやる気だ。
その反応を見て、衛兵の一人が顔をしかめた。
「なにかありました?」
「何も知らないんだな」
「何がですか?」
問い返すと、衛兵は首を横に振った。
「いや、なんでもない」
この雰囲気、なんでもないわけないな。
「さぁ、行くぞ」
俺たちは促されるまま歩き出す。
扉が閉まる瞬間、背後で誰かが小さく息を吐いた気がした。
そう、俺はまだ知らなかったんだ。
この草むしりが、さらなる悲劇の幕開けになるということを……。
と言っておけば、何も起きないと思うので、とりあえず言ってみた俺だ。




