14話 お父さん、これは禁忌です。
マリィは研究室の奥へ向かった。
「ちょっと、来なさい」
命令口調なのに、声が低い。
相変わらず偉そうだ。
棚の裏。
さらにその奥。
隠す気もない。
マリィは一つの箱を取り出した。
金属製の箱。
角が擦り切れ、古い。
だけど、埃一つ被っていなかった。
「これよ」
マリィが蓋に手をかけた、そのとき。
一瞬、呼吸が浅くなったように見えた。
ほんの一瞬。
でも、見間違いじゃない。
「待て」
気づいたら、その手を掴んでいた。
「何よ」
理由は上手く言葉にできない。
ただ、これは開けちゃいけないやつだ。
なんだよ、この感覚。
直感がやめとけって言ってる。
「大丈夫なのか?開けても」
「開けたって、何も起きないわよ」
「手、震えてるけど」
「別に……ちょっと昔を思い出しただけ」
「じゃあ、この中は?」
「アンタ、禁忌を犯さないかって言ったでしょ」
「それがここに?」
マリィは静かに頷く。
「人間は一度、禁忌に触れてる」
「それがこれ?」
「正確には──」
マリィは何か言葉を選んでるように見えた。
「“禁忌に一番近づいた失敗作”ね」
失敗作、ね。
「何がダメだったんだ?」
「人間と武器の、親和性」
「どういうこと?」
「魔物を倒すのに職業が必要な理由、知ってるわよね?」
「……気持ち?」
「アンタ、バカ?」
マリィは呆れてため息をついた。
「武器の魔法石に魔力を供給して戦うの」
「そうなのか」
「魔力がないと名匠が作った剣だって、ただの棒切れと一緒」
「俺にとっては、高い棒切れってことか」
「ニートゥーは、魔力があっても供給ができない」
あれ?魔力がカケラもない俺はどうするの?
ほんとに詰みじゃん。
「じゃあ、開けるわよ」
「ちょっ──」
止める間もなく、蓋が開いた。
中にあったのは、古びたつるぎ。
拍子抜けするほど、普通。
派手な装飾や紋章もない。
だけど、錆びてもいない。
──なのに。
触れるな。
本能がそう言ってる。
柄の中央に埋め込まれた、黒い歪な核。
俺をどこか誘うように怪しく脈打つ。
「……こいつか」
「無職でも戦えるようにする思想は、確かにあった」
マリィの声が一段、低くなった。
「二十年前くらいはね、ニートゥーの手も借りたいときがあったのよ」
「二十年って……」
あなた、どう見ても十代じゃん。
「お前、その頃、まだ子どもだろ」
一瞬、空気が止まった。
「……三十六」
「は?」
「アタシは三十六。何、聞こえなかった?」
「タメかよ!」
若く見えるとか、そんな次元じゃないぞ。
魔女やん。
「誰が魔女よ」
「やべ、またバレた」
「だから、普通に口に出してるわよ」
「十八くらいだと思ってました」
「それは……悪い気はしないわね」
そう言いながら、マリィは視線を逸らす。
耳の先が少しだけ赤くなった。
「若くて可愛いなんて、照れるじゃない」
「可愛いは言ってない」
「心の中で言ったでしょ」
「言ってねえ」
マリィは小さく息を吐いた。
それから、箱を見下ろしたまま、少し黙り込む。
剣ではない。
もっと別のものを見ているような目だった。
「──それで、これ」
「何よ」
「結局、なんで失敗したんだ?」
「理由は単純」
マリィは箱から視線を外さない。
淡々と告げた。
「人間が耐えられない」
「……どういう意味だ?」
「この武器はね、ニートゥーから魔力を“引き出す”」
「引き出す?」
「供給できない相手からは、強制的にもらうしかない」
マリィが黒い核を指差す。
「そのための装置。ある人の血で作った、代わりの魔法石」
血、怖いよ。
「引き出すのは、魔力だけじゃなかった」
震えた声で続ける。
「意識も、生命も、一度魔力を差し出せば、持ってるもの全部」
「……全部」
「最初は上手くいってた」
「最初は?」
「始めは一人目も戦えてた。ニートゥーが戦えた、革命的だった」
「でも、徐々に失われていった。感覚、感情、自我。最後には──枯れたわ」
マリィはそれ以上続けなかった。
研究室から音が消えた。
……枯れる、か。
苦しむでも、死ぬでもない。
末路を想像するのは、やめよう。
夢に出てきそうだし。
グロ耐性はゼロなんです。
しかし、この剣。
触っちゃいけない。
そう分かってるのに、目が離れない。
禁忌に呼ばれているような感じがする。
──絶対、触らないけど。
「で、俺に起動条件とか色々聞いたのは?」
「あれは別」
「どう違うんだ?」
「禁忌は使用者の魔力を引き出す」
「あなたのは?」
「アタシのは魔力の外部化」
天才よ、頭が追いつかん。
「ちなみにアタシのやり方も、禁止はされてる」
「じゃあ同じじゃん」
「違うわ」
マリィははっきりと答えた。
「途中で辞めたの」
「なんで?」
「軍事利用しようとしたバカがいたからよ」
少しの間を置いて、マリィは言った。
「その一線を越えたら、戻れない」
「体が吹き飛ぶってのは?」
「……失敗しちゃったの」
失敗してんじゃん。
何が、アタシ、失敗しないわよ?だよ。
「設計は完璧だった」
「まぁ、そう思いたい気持ちも分かるよ」
「完璧だったの……」
「俺に作ってくれるのは、カンペキにしてくれな」
「当たり前でしょ」
マリィは箱に手を伸ばし、ゆっくりと蓋を閉じた。
耳に残る、鈍い金属音。
閉じる、刹那──。
禁忌の脈動が、俺の鼓動と重なった気がした。
いや、ただの気のせいだろ。
そう思おうとした、その時。
「──動かないで」
マリィの声が、低く鋭く聞こえた。
俺は金属の箱に手を伸ばしていた。
自分でも気づかないうちに。
マリィに手首を掴まれた。
「アンタ、もう帰りなさい」
力が強く、結構痛い。
「なんで」
「いいから、早く」
腕を思いきり引かれた。
扉が勢いよく閉まる。
研究室の外に放り出されていた。
ほんと、勝手な奴。
廊下を歩きながら、右手を握る。
掴まれた手首が、なぜかまだ、熱を残していた。




