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12話 パパ、見てて。


よし、これを出したら、葵に謝ろう。


習い事とランドセル、勝手に決めたのは事実だけど。

いろいろあったんだよ。


習い事は葵も楽しんでる。

そう思い込んでいるだけだった。


心のどこかで、ずっと見ないふりをしていたんだろう。




トイレのドアを開いた。




葵は縁側で黄昏ていた。


「葵、ごめん」


窓の外を眺め続けている。


「怒ってるよな…」


返事はない。


「少し話さないか?これからのことも含めて」


声をかけても、微動だにしない。

いつもなら、名前を呼べば振り返ってくれるのに。



嫌われた、か。



「無視しないでくれよ、葵」



そこで違和感に気づいた。

葵の影が朝日で伸びていない。


「……葵?」


「陽介」


背後から理沙の声。


「それ、幻影」


「幻影!?」



恐る恐る手を伸ばす。

触れる直前、葵が振り返った。


目が合った、と思った瞬間。

その指先は、何も掴めず、葵の体をすり抜けた。



触れられない。



そこにいるのに。



なんだよ、これ。




「そろそろ、私たちも行こう」


「理沙は知ってたのか?葵の力」


「え?見れば分かる」


「まじで?」


「私もギルドまで一緒行くよ」


「…湊、行くぞ」



希をベビーカーに乗せて家を出る。


頭の中は、戸惑いとこれまでの後悔。


そんな気持ちとは裏腹に、頬を撫でる異世界の朝風は心地よかった。


「やっぱり、葵は引きずってるんだね」


「体操は楽しそうに行ってたじゃん」


「うん、でもね」


理沙は少し言い淀んでから、歩調を緩めた。


「湊が生まれる前、サッカー観に行ったの覚えてる?」


「覚えてるよ」


「あの時から憧れてたって」


俺も初めてのスタジアム。

明るい照明と埋め尽くす観衆。


ゴールを決めた瞬間の、大歓声と葵の輝く瞳と逸れない視線。



連れてきて良かったと思えた。


数少ない三人での思い出。



「陽介、勝手に決めちゃうんだもん」


返す言葉が見つかりません。



「ランドセルは本当に怒ってた」


「それは、親父たちがさぁ…」


勝手に決めちゃうんだもんな。

親父たちを悪者にしたくなくて、間を取り持ったつもりだったけど……。



「緑色、好きだったでしょ」



葵が店で指差していた色。

『こっちがいい』と言いかけて、やめた表情。



手にしたのは、あれこれ理由をつけて、大人が決めた色だった。



俺は何をしてんだろう。



「じゃ、私こっちだから」


「理沙も気をつけてな」


「うん、湊をよろしく」




ギルドスクールの前で、校長が子どもたちを出迎えている。


「おはようございます、グラッセ校長」


「おや、陽介殿。送迎、ご苦労ですな」


「湊、行ってらっしゃい」


湊はこちらも振り返らず、校内へ走っていく。


「湊殿は元気いっぱいですな」


「はい、元気すぎて困るくらいです」


「微笑ましいですな」




「あの……、葵はここで上手くやれてるでしょうか?」


「さて……どうでしょうな」


「……というと?」


「地図の描き方は、人それぞれ違うものです」


「はぁ……」


「大人が選んだ道が、必ずしも正解とは限りません」


「それは……わかります」


「見守る、というのも……なかなか、難しいものですな」


俺の心を見透かされている気がした。

過保護で、弱い自分の心を。



「……そうですね」




演習場を眺めながら歩く。


広い。


圧倒的に。



「見守る、ね」



勝手な親だったのかな?俺。



もっと任せても良いのか?


わからん。




演習場に二つの影が入ってきた。


あれは……。


葵…と、多分レクスだ。


あ、まずい、見つかる。


咄嗟に木の陰に隠れた。


「朝から稽古なんて、珍しい」


「ちょっと、ね」


朝から二人っきりで、稽古ですか。

こんなに広いのに、そんなに近づく必要ないぞ。



演習場の中央で、二人は向き合った。



「じゃあ、葵、構えて」


レクスは長い刀身の剣を構える。

その立ち姿は、慣れた余裕さがあった。


深呼吸した葵が槍を向ける。


「いいね、だいぶ力が抜けてきた」


「自然体、でしょ」


短いやり取り。

でも、分かってる感じだ。



葵が地面を蹴り出す。


深緑色の装飾が光に揺れた。


葵の一閃をレクスは軽くいなす。



「良い一撃」


「ほんと?」


「ああ、無理してない」



その言葉に、葵は少しだけ笑った。


昨日と同じ笑顔で。




気づけば、俺は呼吸すら忘れていた。




金属のぶつかる音が朝の乾いた空気に響く。



二人の間に、言葉はいらない。



お互いを認め合う。


ただ、隣にいる感じ。


そう見えた。



俺と葵の距離感ってなんだろう。



「もう一回、いけるかい?」


「いける」



迷いのない返事。


葵は、また槍を構えて、前に出る。

その視線は真っ直ぐで、純粋だった。



ああ、これは、もう──。



木の陰で、無意識に拳を握りしめていた。



レクスに対してじゃない。

信じきれなかった自分に、だ。




「誰だ?出てこい」


やべ、隠れてるのバレた。


「魔力なさすぎて、気づくのが遅れたよ」


「……何してんの?」


「葵の知り合い?」


「パパ」


「お父さんか……」


「あ、いや」


「帰って」


「ごめん、それじゃ」





二人に背を向けようとした。


その時だった。




地面が鳴った。

低く、鈍く。


地震でも崩落でもない。

地面の内側から押し上げられるような──。




「下がれ!」


レクスの声と同時に、土が隆起する。

次の瞬間、地面が裂けた。


黒ずんだ土塊が飛び散り、一帯に土埃が舞う。

土埃の中に、巨大な黒い影。



「葵!来るよ!」



黒い影がこちらに突進する。


レクスが受け止めると、その姿があらわになった。


茶色い体毛に覆われ、前脚の爪は刃のように鋭く、異様に発達している。


一撃でももらったら、ひとたまりもなさそうだ。



「……グリムモールか、こんなところに」


レクスが呟いた。



俺の足が半歩前に出かけて──止まった。


出るべきなのか。

それとも…。



俺の前で葵が槍を構える。


「パパは希と逃げて」


「いや、でも」


「あたしがやる」




その瞳には、一つの意志が宿っていた。




「見せるんだろ?フォローするよ」


レクスが葵の隣に立った。


葵は小さく頷く。



グリムモールが前脚を地面に叩きつける。

土煙が立ち、衝撃が、靴底を貫く。




──いない。




俺が理解するより先に、レクスが叫んだ。




「潜行だ!」



地面が唸りを上げる。



「来るぞ!」



葵が跳ぶ。

その直後、葵のいた場所から土柱が噴き上がった。




危ねぇ……。


思わず歯を食いしばる。




葵は着地と同時に、槍を低く構え直す。

重心は、ぶれない。



再び、地面がうねった。

さっきよりも大きく。



「葵──」


叫ぼうとした瞬間だった。



地面が弾け、グリムモールの爪撃が葵を襲う。



でも、葵はもう動いている。


体を反らせ、後ろに跳ぶ。

だけど、完全には避けきれない。


鋭い爪が葵の肩口をかすめた。


布が裂け、血が弾ける。


「……っ」



小さく息を呑む声。




それでも、葵は倒れなかった。




着地と同時に地面を蹴り、距離を取る。

槍の矛先が、ぶれずにグリムモールを捉えている。



グリムモールの爪が振り下ろされた。



レクスが一歩、踏み込む。

剣が閃き、爪撃の軌道を逸らした。


「今だ!」


その声に呼応して、葵は迷わず懐に飛び込む。


地面を蹴り出す音が、空気を裂く。

傷を負ったことなんて、最初からなかったみたいに。




あぁ。


葵にも覚悟がある。




正面から突き出す。


閃く深緑。

土煙を割って、一直線に伸びていく槍。




グリムモールがよろめき、地響きとともに崩れ落ちた。




やった、のか……?



土煙が少しずつ晴れていく。


葵はすぐには振り返らなかった。



駆け寄りたいのに、踏み出せない。




「葵!やったよ!」


ハイタッチする二人。


もうすでに、俺が入り込む余地なんて、ない。



「おい、レクス」


「なんですか?」


「葵は危なっかしいところもある、頼んだぞ」


「もちろん、同じパーティーの仲間ですから」


仲間、か。




「葵」


「なに?」


「強くなったな」


「うん」


「無理するなよ」


「うん」


「あと、これまで、ごめんな」


葵は何も言わず、頷くだけだった。


それでも、前よりもずっと安心できた。



手を伸ばさなかったことだけは、たぶん、忘れない。

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