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10話 お父さん、本当に大丈夫かな?

希が泣いている。


目は覚めている。

意識もはっきりしている。

それなのに、俺は起き上がれなかった。


「……希」


声だけが先に出た。

身体に力を入れた瞬間、腰に激痛が走る。


息が詰まる。

身じろぎすらできない。


ベッドの中で天井を見つめたまま、泣き声だけが耳に刺さる。




「どうしたの〜、希〜」


理沙の声。

ほどなくして、泣き声が少し遠のいた。



「ごめん」


「いいよ、寝てて」


「ありがとう」


昨日のことは誰にも言わなかった。

というか、言ってしまったら、みんなを巻き込む気がして何も話せなかった。


理沙には、すごい勢いで問い詰められたけど、訓練のせいにして、なんとか誤魔化した。


「オムツだったみたい」


「そっか」


「腰はどう?」


「痛え」


「もう若くないんだから、無茶しないでよね」


若くないことなんて、分かってるつもりだった。

だけど、改めて現実を突きつけられると自信なくす…。



「気をつけます」


「思ってないでしょ」


「思ってます」


「顔に出てるよ」


「出てないって」


「まったく……今日はどうするの?」


「医者探してくる、家から出れるか怪しいけど」


一瞬、理沙が黙る。


「……もう無茶しない?」


「え?」


「無茶なことしないって約束できる?」


この言い方、本当にクギを刺されてる気がする。


「そうだな」


「ほんとに分かってる?」


「分かってる、肝に銘じて」


「じゃあ、リビングで横になって」


「リビング?なんで?」


「いいから」


理由を言えよ。

こっちは起き上がるだけで、一苦労なんだぞ。


「わかったよ」


一歩踏み出すだけで、鋭い痛みが体を駆け抜ける。

昨日より悪化してる…。



もう、今日一日終わりや。

てか、三日は動けないよ?これ。


どうすっかなぁ。


「はい、横になりましたよ」


「大変だね」


理沙は吹き出した。


「なに、笑ってんだ」


「ごめんごめん、なんか笑っちゃった」


ほんとにふざけんなよ。


「動かないでね」




理沙は慎重に杖を構え、静かに息を整える。


部屋の空気が少し変わった。


語りかけるように詠唱を始める。

とても穏やかで、この痛みさえ忘れそうだった。




「──治癒ヒール




柔らかい光に包まれる。



あったけぇ。



空っぽの体が理沙の魔力で満たされるような、体の芯から温まる感覚。



「どう、かな?」


腰を動かす。

さっきまでの激痛が嘘みたいだ。


「……すげぇ」


回復魔法、やっぱりあった。




「完全に治ったわけじゃないから、医者行ってね」


「流石、看護大学主席」


「褒めても何も出ないよ」


「マジで助かった、ありがとう」


「どういたしまして」


「よし、朝飯準備するかな」


キッチンに向かおうとすると、理沙に手を取られた。


思ったより、強く。


「……本当に、無理しないでね」


その言い方は、さっきまでと少し違う気がした。


「分かってるって」


俺は手を離した。


理沙は何も言わなかった。

ただ、視線を落としたまま。

それ以上、引き止めてはこなかった。



「今日はこの街を散策してみるよ。医者とか店とか」


「じゃあ、ケーキが食べたいです!」


返事がやけに明るい。

その笑顔に、さっきまでの重さは見えなかった。


「了解」


「やった!楽しみ〜」


理沙の笑顔、久しぶりに見た気がする。


やっぱ、守りたいよな。

守られるよりも。



腰も大丈夫そうだけど、医者は行っとくか。

行かないと、後で地獄を見そうだしな。


しかし、医者やらケーキ屋って誰に聞けば分かるんだ?


やっぱりギルドか。



◇◇◇



ギルドに踏み入れると、朝のざわめきが一気に押し寄せてきた。


うるさすぎだろ、冒険者ども。

少し落ち着け。


受付の向こうにリズがいた。


こちらに気づくと、表情を明るくして、カウンターの横から駆け寄ってくる。


「陽介さん!おはようございます!」


「おはよう、リズ」


「希ちゃんも、おはようございます」


リズはベビーカーの前で屈み、希の頬をつんつんする。


希はしばらくリズを見つめて、小さな手でその指を掴んだ。


「……かわいい〜」


そのままの姿勢で、リズの動きが止まった。


「あれ?」


俺の顔をじっと見て、何かを感じ取ったようだ。

何があったのか知らんが。


「どうかしたか?」


「いえ、その……」


言いかけて、首を振る。


「なんでもないです!」


いや、絶対なんかあるだろ。

まぁ、詮索はしないけど。


「今日はどうしました?」


「医者と……ケーキ屋さん行きたいんだけど、良い所あるかなって」


「ケーキですか!?」


仕事モードだった顔つきが、柔らかくほどけた。


「あります!“スウィーツ・ポリン”のケーキ、すっごく美味しいんです!」


「そんなに?」


「はい!休憩のたびに行きたいくらいです!」


「太っちゃうだろ」


「罪な味なんですよね〜」


この前、教えてもらったお店もおいしかったし、期待はできるな。


この世界にもスイーツがあって良かった。

ないと生きていけないからな、理沙が。


「行ってみるわ」


「ぜひぜひ!」


「医者はいいとこある?」


「お医者さんは“ノーツさん”が評判いいですね」


「サンキュ」


「そうだ、陽介さん」


「うん?」


「この前のイビルボアのことで…」


リズの声のトーンが少しだけ落ちる。


「何か分かったのか?」


「いえ…特には…」


言葉を探すように、視線を落とした。


「……ただ、近くにこれが落ちてました」


カウンターの下から小さな包みが出てきた。

中から銀色の光が反射する。


「なにこれ?銀色の欠片?」


「…はい、ギルド内でも見た人がいなくて…」


「そうか」


何だこれ。

なんてことない欠片だけど、変に禍々しいというか、嫌な感じがする。


「いや、仕方ないさ。また何かあったら、教えてよ」


「わかりました」


手の中に残る、銀色の冷たさは気になる。

だけど、考えるのは後だ。


まずは医者に行かないと。


欠片をリズへ渡し、医者へ向かった。



◇◇◇



リズから教えてもらった場所は、思ったより地味な建物だった。

看板もなければ、ただの民家にしか見えない。


大丈夫か?ここ。


中に入ると、薬品と薬草の匂いが鼻をつく。


「いらっしゃい」


椅子に腰掛けた老人を見て、思わず足が固まった。


白い髭、細い目、落ち着きすぎた雰囲気。


「あれ?職業鑑定のじいさん?」


「ほう、異界の者か」


老人はゆっくり顔をあげ、こちらを見る。


「今度は医者として、会うことになるとはの」


「いや、俺も驚いてます」


鑑定士と医者の二刀流かよ。

このじいさん、若い時めっちゃ強かったんじゃないの?


「それで、どうしたのじゃ?」


「腰の怪我を診てもらいたくて」


「よかろう、他に気になるところは?」


「特にないですね」


「……しかし、前にお主を鑑定した時に気になることがあってな…」


「気になること?」


まさか、俺が無職なこと、関係あったりする?


「念のため、全身見ておこうかの」


「お願いします」


老人はゆっくりと、俺の胸あたりに手をかざす。


「──鑑定」


空気が張り詰めた。


視線を向けられているだけなのに、身体の内側まで、全て丸裸にされている感覚だった。


「ふむふむ、見える見えるぞー」


いやぁぁぁ。

みないでーーー。


「腰は治っておるな、完璧に」


「え?完全じゃないって」


「いやいや、見事な腕前じゃ、なかなか見んよ」


「そうなんですか」


鑑定は続く。


嫌な沈黙だ。


「やはりな…」


「いやな間、やめてもらえます?」


「いや……ちと、言いづらいんじゃが…」


「不治の病とか、なってたりします?」


「違う」


「呪いにかかってるとか?」


「それも違うの」


「それじゃあ、一体なんです?」





「……EDじゃ」




「え?」 


思考が止まった。


「なんですって?」





「EDになっとる」




えぇーーーーーー!


どこにデバフかけてんだよ、クソ異世界ーーーー!


待って、自覚ないよ?いつから?

いつの間に、男の尊厳も失ってるの?


「回復魔法で治せますよね?」


「いや、無理じゃな」


「どうして!?」


「回復魔法はな、怪我は治せるが病は治せん」


「…そ、そんなぁ」


「まぁ大丈夫じゃよ」


全然、ダイジョーブじゃなーーーい。


「薬を出しておくぞい」


「ばつぐんに効くやつお願いします!」


「もちろんじゃ……死活問題じゃからな」


老人は意味深に笑うと、奥の戸棚から小瓶を一つ取り出した。


「これは?」


「エルフの飲み薬じゃ」


なんですか、そのMP全回復しそうな薬は。

でも効きそうな気配もすごい。


「いつ飲めば?」


「“使いたい時”に飲むのじゃ」


使いたい時…ね。


「さすれば道は拓けるじゃろう」


一体、何の道を拓こうとしてんだ。


「ありがとうございます」


でも、待てよ。

使うことあるか?これ。


「そうじゃ、おなごには見つからんようにな」


「それはどういう?」


「ほっほっほっ」


いや、笑って誤魔化すなよ。



そっか、俺の体…。



握ったままの小瓶。

その重さを感じながら、医者を後にした。


外に出ると、昼前の光が目に刺さった。

通りを行き交う人々は、誰も、俺を気にも留めない。




はぁ、マダンテぶっ放しちゃおうかなぁー!




……なんて。



もし、また次。

希が泣いて、理沙が困って。


その時も俺が動けなかったら──。


それは、流石に笑えないよな。


体鍛えよ。




ケーキ屋に向かって歩く。


しかし、異世界にもケーキあるんだな。

あって良かったね、俺は甘いもの苦手だけど。


みんな、喜んでくれるかな。


こっちの世界に来て、少し疲れた心を癒せればいい。


そんなことを考えていた。


だから、気づくのが一瞬遅れた。



 

人通りの向こう。

店の前で立ち止まり、談笑する四人組。


その一人に見覚えがあった。



──葵だ。



歩いてくる。

こちらに向かって。



やばい。



咄嗟に路地に身を滑り込ませていた。


なんで隠れてんだ?


別に声をかける理由は、いくらでもあるのに。


まぁ、仲良くやれてるみたいで良かったよ。

あっちの友達とも離れて寂しいだろうに。


お父さん、一安心。



がんばれよ、葵。



通り過ぎた葵をそのまま見送ろうとした。



うん?



葵が、笑った。

知らない男を見て。


俺の知らない、柔らかい表情で。


その笑顔を見た瞬間、喉の奥が詰まった。

何が変わったのかは分からない。

ただ、俺が守らなくていい場所へ行ってしまう気がした。


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