裏
私には可愛い婚約者が居る。明るく、朗らかで。笑顔のよく似合う、春の妖精の様な彼女。
そんな彼女が最近、悩ましげにこちらに問いかけるのだ。
「あの子は誰なの?」
「ねぇ、どうにかならないの?」
分かっている。私もどうにかしなければいけないということを。
ただ家の事情もあり、すぐに対処する事も出来ずどうにか宥めすかすしかなかったのだが。
この度、方針も定まりやっと可愛い彼女に胸を張って言えるようになった。
「問題ごとは片付いた。やっと君と結婚できるよ!」
出会いは何時だったか。たぶん、小さい頃。割と大きなお茶会だった。そんなもの、あの頃は頻繁に起きてたから細かいことは覚えてない。あるお茶会で婚約者も居ないし飽き飽きして庭園を歩いていたら、端のほうで下手くそな隠れんぼをしたみたいに植木で揺れるスカートに目がいって。気になって近づいたら、自分より何歳か下の少女だった。
見たこともない顔だったが、母から
「女の子にはやさしくね?」
と口を酸っぱくして言われたから、どうにか表情を作ろって最近読んだ小説の騎士の様な気障ったらしい台詞を吐いた。
「見たことのない花が揺れてたとおもったら…やぁ、可愛らしい花の妖精が隠れていたんだね?」
そうしたら、その子はバッ、と下を向いてモニャモニャと呟いてからだんまりとした。
どうしたもんかなぁ、と思ったが女の子には優しく。その言葉を胸にどうにかその少女を親御さんの所まで連れて行った。
小さな頃の彼女は恥ずかしがり屋でろくに会話は出来なかったけど、最後は笑顔でお礼を言ってくれた事が懐かしく感じた。
それからしばらく経った後、少女とお茶会をする事になった。
名目は前回の御礼とお詫び。
相変わらずボソボソ、モニャモニャと何かを言っていたが最後には
「このご縁を大切にしたく思っておりますの!」
と言ったので、買い言葉で
「僕も良い縁だと思う。お互い頑張ろうね」
と返してしまったのだがこれがだめだったらしい。
何を勘違いしてしまったのか、少女から手紙や贈り物が届くようになってしまった。
当たり障りなく返信とばかりに茶菓子を返していたのだが、それがまずかったらしい。
少女の両親の話によると、なんと私は少女と婚約をしていることになっているそうなのだ。
たしかに、誕生日や何かのお祝い事に毎度贈り物が届き、季節の挨拶をする様に手紙が届いていたように思う。
茶会などの時も、此方を意味を有りげに睨んで居たように思ったが、成る程。
勘違いも甚だしい。
彼女と婚約をしたのは幼少期で。最初は親が決めた話だからと不貞腐れていたが、今では私が彼女に夢中になってしまっていたのに。
それを浮気者、等と一方的に思われていたそうだ。
なんだったら、親戚の女性陣とたわいない会話をしていただけで浮気なクズ野郎。
恐怖すら感じる。
どうにか関係など持たないように避けて、逃げていた矢先になんと、少女の方から遠い領地へ引き篭もるとの話になった。
どうにも少女の両親も早々に勘違いに気づきなんとか本人に説明していたそうなのだが、いざと話しても左から右。事情を知らない侍女やメイドが話を煽るものだから勘違いは正されないまま。
療養とは名ばかりに領地へ押し込めようとした矢先に本人から婚約を破棄したいと言ってきたので、渡りに船とばかりに話を合わせたそう。
何故、そんな勘違いをしたのかは分からないが此方を睨むあの瞳には何か危険な気配もしていたのでこれ幸いだった。
彼女に危害でも加えかねない可能性すら感じたのだ。
確かに、年回りや爵位は婚約の障害にはならなかったかもしれないが、そもそも此方には既に婚約者がいる。
しかも両家の業務上、此方とあちらでは職務が被りすぎて不利益は合っても旨味も何もないのだ。たとえ婚約者が居なくとも利益の無い婚姻は結ばれるわけもない。
果たして、言い方は悪いが邪魔者が居なくなったので、やっと愛しの彼女との結婚へ憂いもなく踏み出せる。
「愛しているよ、私の春の妖精。どうぞ私と結婚していただけませんか?」
溢れるような彼女の笑顔に私も思わず破顔してしまう。
嗚呼、私はなんて幸せなんだ!
少女と彼女は違う人間




