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婚約破棄させてください!!~双方合意は取れてます~

掲載日:2025/10/15

「第一王女シャルロット、君との婚約を破棄する!私はリーナとの真実の愛に目覚めたのだ!」


 リーヴェ王国王城にて開かれた冬の舞踏会。白く上品な装飾で飾り付けられたダンスホールに響き渡ったのは一人の貴族令息の声であった。


 ホール中の貴族たちは何事かと彼に目を向けた。自分に注目が向いているのを確かめると、令息は満足そうにくいっとメガネの位置を正した。


 彼の傍には、リーナと呼ばれたふわふわとしたミルクティー色の髪にうるうると潤んだ瞳をした小さな令嬢がもじもじと立っていた。桃色のオーガンジーのドレスを纏ったその姿は可憐な妖精のようだった。


 ただ、物語の妖精と異なる点といえばそのドレスによってさらに盛り上がっているたわわな胸だろう。ドレスの胸元が大きく開き、主張されたその胸は令嬢がふるふると震える度に小刻みに揺れる。小さな身体に対してその大きさはある意味物語的(ファンタジー)であると言えるかもしれない。


 令息はチラチラとその谷に目をやりつつも、正面にいる令嬢を睨みつけた。彼の前にいるのはふんだんに薔薇の刺繍がされたジャガード生地の真っ赤なドレスを纏い、豊かな金髪を結わった頭にこれでもかと宝石や真珠を飾りつけている。豪華絢爛を全身で表現しているような令嬢だっだ。


 胸以外は吹けば飛ぶような存在感のリーナとは対照的で、シャルロットは誰もが強制的に目を引かれる存在感がある。ついでに言うと、胸元をコサージュや刺繍で飾りつけてはいるが胸の平さは隠しきれていない。胸の大きさも対照的ではあった。


 シャルロットと呼ばれた彼女は、ドレスよりも紅い瞳を釣り上げて、目の前の婚約破棄宣言をしてきたサミュエルを睨みつけた。


「それはこちらのセリフよ!宰相令息、サミュエル・ド・ルノワール!!」


 シャルロットは側に控えていた黒髪の近衛騎士を引き寄せると、その腕にしがみつく。


「私は、エドモンと真実の恋に堕ちたのですわ!」


 鍛え上げられ、がっしりとした体格にきりりとした太い眉に精悍な顔つき。筋肉でムチムチの身体は騎士服の上からも丸わかりだ。男らしさ全開のエドモンはヒョロガリのサミュエルとはこれまた対照的であった。


 シャルロットとサミュエル空中で火花を散らす。シャルロットは、はっ!と鼻を鳴らし、サミュエルはメガネクイッと持ち上げると、同時に王座に顔を向けた。


「「婚約破棄させてください!!」」


 王座に座っていた国王と、その傍に立っている宰相は同時に頭を抱えた。


 そして二人のやりとりを見ていた周囲の貴族たちも、呆れたようにざわめき始めた。


 なんだ、()()()()()()()、と。




 シャルロットとサミュエルは舞踏会の途中ではあるが、王の私室へ連行された。もちろん王の居殿など、限られた者しか入れない、二人が自分の恋人だと主張するリーナとエドモンは別室にて聞き取りがされている。


「帝国との小競り合いで不安定なときに、何ちゅうことしておるんじゃお主らは」


 王は豪華でふかふかの椅子に腰掛けると、広い部屋の端と端で威嚇し合っているシャルロットとサミュエルに声をかけた。


「二人とも、座りなさい」


 王の前にある長椅子に座るよう指示するが、二人は聞いていない。ちょっぴり悲しい表情になった王をみて、側にいた宰相はため息をつくと口を開いた。


「座りなさい、二人とも」


 決して声を荒げている訳でも大きい訳でもない。しかし、宰相のよく通る低い声に促されるまま、二人は長椅子に腰掛けた。それでも、二人とも長椅子の端と端にへばりついて空けうる限りの距離は空けていた。


「なんでジルベールの言うことは聞くのに、ワシの言うことは聞いてくれんのかの」

「「聞こえていなかっただけです」」


 二人同時に発言する。被ったことが気に食わないのか二人はふん!とお互いにそっぽを向いた。


「ジルベールゥ……」


 王は情けない顔で宰相を見上げた。宰相はまたため息をつくと自分の息子に目を向けた。


「……サミュエル、なぜ婚約破棄など申し出たのですか?」

「決まっています、私はシャルロットと結婚など断じて、絶対、決して、したくないからです。派手派手で毳毳(けばけば)な彼女のセンスは理解ができない」


 サミュエルは間伐入れずにキッパリと発言した。


「それはこっちの……!」


 シャルロットは声を荒げて立ち上がるが、宰相の咎める目つきを見てバツが悪そうに座り直す。


 宰相は大人しく座り直したシャルロットから、サミュエルに再度目を移す。


「サミュエル、シャルロット殿()()です。礼儀をわきまえなさい」

「昔、呼び捨てでいいとおっしゃったのは王陛下です。つまり、これは王命であります。逆らう方が不敬ではないでしょうか?」

「ああ言えばこう言う……」


 宰相は眉間に皺を寄せるが、サミュエルは飄々としている。国王は娘のシャルロットに目を向けた。


「シャルロット、お主もお主じゃ。なぜサミュエルという婚約者がおりながら、エドモンという騎士にうつつを抜かしておる」

「そんなの、決まってますわ!サミュエルは本ばかりよんで、頼りなくて、ナヨナヨしくて。そんな男と結婚したくないのです!」

「なっ!?」


 サミュエルは、怒ったように立ち上がる。シャルロットが即座に長椅子のクッションを投げつけると、サミュエルも近くのクッションを投げつけた。二人のクッションの投げ合いが始まった。


「サミュエル!……シャルロット!うごっ!」


 王は二人を咎めるために焦って呼びかけたが、流れクッションを食らって撃沈した。


「サミュエル、シャルロット」


 宰相が低い声で呼びかけると、二人はすぐに大人しくなり、長椅子に座り直した。


「なぜじゃ、あんなに……あんなに仲が良かったではないか。昔は、結婚式ごっこだのなんだの言ってワシらの前でちゅーまでしておっただろう」


 王は、クッションが直撃した鼻を撫でながら昔のことを思い出して言った。


 そうだ、今でこそこんなに犬猿の仲の2人ではあるが昔は大層仲が良かった。2人を婚約者にしたのは、王自身であったが、イチャイチャしている娘を見るのは結構心にきた。


 何せ、お父様(パパ)と結婚する!と言われる間もなく、シャルロットはサミュエルと結婚する!っと宣言していたのだから。


「お父様!!そんな昔の話やめてちょうだい!!反吐が出そうだわ!!」

「陛下、それは若気の至りです!!思い出しただけで、蕁麻疹が…」


 シャルロットとサミュエルは悶え苦しむように、頭や体を掻きむしっていた。


「とにかく!お主ら二人の婚約破棄は認められん!」


 国王がそう告げると、苦しんでいた二人はぴたりと動きを止め、国王に詰め寄った。


「かわいい娘の願いも聞いてくれないのね!お父様、お父様の馬鹿!」

「国王たるもの、国民の願いを聞くべきです!ここに困っている国民がいるのですよ!ほら、僕です!」


 二人は猛烈に王を批判した。王は涙目になりながら宰相を見上げる。宰相は眉間の皺を深くすると、ため息をついた。


「とにかく、正当な理由も無く、二人の婚約破棄は認めません。いいですか?シャルロット殿下、サミュエル」


 宰相の低く、怒気を含んだ声はビリビリと部屋の空気を震わせた。


 シャルロットとサミュエルは途端に首をつままれた猫のように大人しくなる。


「返事は?」

「「はい!!」」


 長年の躾によって、反射的に返事をするシャルロットとサミュエル。


 わしが王様なんじゃけどな…という国王の呟きは誰からもスルーされてしまった。





「リーナ、すまない……。僕にはあの魔王(ちちうえ)に打ち勝つことができなかった」


 サミュエルはデュオ伯爵家の花咲きほこる中庭のベンチで隣に座る可憐な女性リーナに語りかけた。リーナはデュオ伯爵家の娘である。


 サミュエルとリーナが出会ったのはデュオ伯爵夫人が開いていた文学サロンだった。確か、『人生とは〜哲学者オードレによる回顧録。苦難を乗り越えた男』について語り合う会だった。


 婚約者であるシャルロットはその本のことを、言い回しがくどいナルシストの本と酷評していたが、サミュエルには、哲学者オードレの話はとても深く、考察のしがいがある本だと思っている。


 しかし、シャルロットのように読解力のない人間が多いのか難解な哲学者オードレの本は人気が少ない。そのためサロンも開かれず、サミュエルは嘆いていた。


しかし、珍しいことに哲学者オードレを語る文学サロンがデュオ伯爵夫人によって開かれ、サミュエルは飛びついた。


 期待してサロンに訪ねたのは良いものの、主催者であるデュオ伯爵夫人は哲学者オードレの話を浅いところまでしか分かっておらず、サミュエルは大層肩を落とした。


 しかし、伯爵家の娘リーナは大変聡明であった。リーナはサミュエルの話をよく聞き、彼が長年望んでいた哲学対話に付き合ってくれたのだ。哲学的な話をしだすと逃げ出すシャルロットとは違って。


 リーナはデュオ伯爵家に引き取られたばかりの養女だったため、それまで社交界で見かけることはなかったが、そのサロンでの出会いをきっかけに仲を深めるようになったのだ。


 知的でありながら、可憐な女性リーナ。そんな彼女に惚れ込むのはそうかからなかった。


「宰相さまはお厳しい方と聞いておりますから」


 リーナは悲しそうに目を伏せた。リーナも聡明なサミュエルを尊敬し、愛していると伝えてくれたのだ。


 そんな相思相愛の彼らを阻むのはサミュエルとシャルロットの望まぬ婚約だった。


「悲しまないでくれ、リーナ。僕は君を諦めたりなんてしない」

()の哲学者も言っていたじゃないか、思い合った愛は不屈で誰も二人を割くことはできない。出会うべき二人は必ず結ばれるのだと」


 悲しむリーナの手を取ると、彼女は分かりやすく頬を染めた。


「嬉しいです」


 リーナは彼の手を取ると、そっと自身の胸元に添えた。手に柔らかい感触が当たって、サミュエルはドギマキしてしまう。


 男女の触れあいは結婚するまですべからず。そんな厳格な考えを貫いているサミュエルでも、リーナの豊満な魅力にはドキドキが止まらない。


 それに、彼個人の意見としてもなるべく女性の胸はあればあるほど嬉しいと思っている。なのでシャルロットの絶壁はちょっとお断りなのだ。


「必ずシャルロット様との婚約を破棄してくださいね。サミュエル様」

「もちろんだ。あんな悪趣味女ではなく君こそが僕の運命の人だ。必ずやシャルロットとの婚約を破棄しよう」


 サミュエルは鼻の下が伸びてしまうのを我慢しながら、キリっとした顔でうなずいた。





「エドモン、私ではあの鬼畜宰相(おじさま)を説き伏せることができませんでしたわ」


 王城の真っ赤なバラが咲き誇る温室でシャルロットは自身の近衛騎士であるエドモンの手を握り、嘆いた。


「あぁ、どうか気に病まないでください。シャルロット様。サミュエル殿よりあなた様にふさわしい男になれない私の力不足なのですから」


 エドモンはその長い脚を曲げて、シャルロットの前にひざまずく。そして懐からシャルロットの大好きなバラを一本差し出した。


「たとえ、宰相殿に反対されようと、私はシャルロット様を愛しています。どうかこの私……いえ、俺を選んでください」


 一本のバラを差し出し、愛を求める騎士。その真摯なまなざしにシャルロットの胸はときめいてしまう。

 この恋愛小説でみたようなロマンスあふれる一幕こそ、シャルロットが求めていたものなのだ。エドモンは、こうして毎日バラの花を送ってくれる。花をくれと言ったら、これでも見ておけと花図鑑を渡してくるサミュエルとは大違いだ。


「もちろん。あなたこそが私の運命の人よ」


 シャルロットはバラを受け取ると、エドモンを立たせる。二人並ぶとエドモンとの身長差が顕著になって余計彼の男らしさを感じた。シャルロットはドキドキしてしまう。


「……シャルロット様」

「……エドモン」


 そうして二人は見つめ合う。シャルロットは目を閉じて、続きを待つが、彼女に与えられたのは優しい抱擁のみ。エドモンは奥手なのか未だに口づけをしてはくれない。まぁ、そんなところも誠実さを感じて一層好ましいのだが。


 存在を確かめるように、強く抱きしめられる。シャルロットの薄い胸に、エドモンの鍛え上げられた厚い胸が押し付けられる。


 シャルロットは自身の鼓動が伝わりやしないかと余計ドキドキしてしまう。公言はしていないが、シャルロットの理想の男性は筋肉質な男性である。特に、個人的な意見として、胸の筋肉はあればあるほど嬉しい。だから、ひょろひょろのサミュエルはちょっとごめんなのだ。


「必ず、サミュエル殿との、婚約を破棄してくださいね。シャルロット様」

「ええ、もちろんよ。運命の人はあなただもの。必ずやサミュエルとの婚約を破棄して見せるわ」


 シャルロットは飛び出しそうになる心臓を我慢しながら、余裕のある笑みでうなずいた。





 シャルロットとの婚約を破棄する、と言ったはいいものの、具体的にどう婚約破棄するべきかサミュエルには分からなかった。

 

 どれだけシャルロットのことをこき下ろそうとも、父は王族とのつながりを惜しんで、婚約の破棄を認めてくれない。


 そこで、思いついたことはシャルロットの現恋人であるエドモンを監視する、という作戦だ。


 もし、エドモンが品に欠けるような行為を取っていたら、例えば夜の街で遊んでいた、などの証拠が掴めれば、そんな品のない男と関係を持った女性と婚約などごめんだ!といって婚約破棄を強行するのだ。

 

 未だ清らかなサミュエルと違って、エドモンはむさくるしい騎士だ。あんな色気もなにもないシャルロットでは満足できなかろう。欲に負けて、多少の羽目は外しているはずだ。


 夕刻になって歓楽街へと足を踏み入れるエドモンをサミュエルは尾行した。


(くっくっく、さぁ、その薄汚い本性を晒すがいい、騎士エドモンよ!)


 にやにやとしながら突然物陰に隠れたり、走り出したりするサミュエルをすれ違う人々は怪訝そうに見ていた。





 サミュエルとの婚約を破棄する、と言ったはいいものの、具体的にどう婚約破棄するべきかシャルロットには分からなかった。


 どれだけサミュエルのことをこき下ろそうとも、父は宰相との繋がりを惜しんで、婚約の破棄を認めてくれないだろう。


 そこで、思いついたことはサミュエルの現恋人であるリーナを監視する、という作戦だ。もし、リーナが品に欠けるような行為を取っていたら、例えば他の男と遊んでいた、などの証拠が掴めれば、そんな品のない女と関係を持った男と婚約などごめんだ!といって婚約破棄を強行するのだ。


 未だ、純潔なシャルロットと違って、あのサミュエルにべたべたと縋りつくリーナ。あれは相当男に慣れている女のする態度だ。恋人があんな唐変木サミュエルだけだなんてさぞ、満足できないだろう。きっと他で遊んでいる男がいるはずだ。


 シャルロットは護衛もつけずに、夕刻になって歓楽街へと足を踏み入れるリーナを尾行した。


(おほほほほ、さぁ、その薄汚い性根を見せなさい、伯爵令嬢リーナ!)


 全身真赤なドレスでこそこそと物陰に隠れるシャルロットを道行く人たちは不信そうに見ていた。





 サミュエルの父である宰相ジルベール・ド・ルノワールは若いころから大変エリートであった。侯爵家である彼は現王の妹との婚約話が持ち上がっていたほど期待されていた男なのだ。


 しかし、そんな貴族として魅力的な話があったにも関わらず、父は平民であった母と大恋愛の末に結婚したのだ。当時は猛反対されていたようだが、その恋愛の様は美談として語り継がれている。


 そんな話を周囲から聞かされていたサミュエルは結婚というものは政略結婚などではなく、愛し合ったもの同士が結婚するべきだと信じている。


 そして、何を血迷っていたのか、幼い頃は幼馴染であったシャルロットを運命の人だの言って、彼女との婚約も喜んでいたものだったが、今では犬猿の仲だ。


 あんなに可愛くて儚げな子だったのに、今ではキーキー口うるさく、ド派手なドレスで着飾る趣味の悪い女性になってしまった。サミュエルは守りたくなるような女性が好きなのだ。そう、リーナのような。


 リーナと結婚するためにも、悪いがエドモンにはシャルロットを貶めるための駒になってもらわなくては。


 エドモンは花屋に入ると、花を見ているようだった。サミュエルも不自然にならないよう、買い物客のふりをして彼を監視する。すると、店頭に飾ってあった花束が目に留まった。


(お、この花束、リーナにいいんじゃないか?)


 サミュエルは店に飾られている花束を購入するため店員のいるところまで向かった。しかし、その間にエドモンは何も買わずに花屋を去ってしまった。サミュエルはおつりをきっかりもらうと、急いで彼の後を追った。


 エドモンはきょろきょろと周囲をはばかるように確認すると、細い横道に入っていく。


(何やら怪しいな!しめたぞ!)


 サミュエルは横道に向かって走り出した。





 シャルロットの父である国王である父は昔から、宰相のジルベール・ド・ルノワールが大好きである。幼馴染のお兄さんとして幼い頃から慕っていたそうだが、本当に兄弟になってほしい!と駄々をこねて、父の妹と宰相の婚約話など無理やりねじ込んでいたらしい。


 まぁ、それも宰相が恋愛結婚をしたことで無くなったそうではあるが。それでも父はあきらめずに、次は自身の子供たちを結婚させることにしたのだ。


 これ以上宰相家とつながりを持つことにメリットはないのに、だ。結婚しなくとも充分につながりのある宰相家とではなく、シャルロットは隣国の王族や、つながりの弱い有力貴族と婚約をするべきなのだ。


 しかし、幼いシャルロットは男を見る目がなかったようで、彼女自身も幼馴染であるサミュエルとの結婚を喜んでいた。だが今では全く馬が合わない。


 昔はあんなに、シャルロットより賢くて頼りがいのある子だったのに、今では頭でっかちでひょろひょろの情けない男性になってしまった。シャルロットは守ってくれるような男性が好きなのだ。そう、エドモンのように。


 エドモンと結婚するためにも、悪いけれど、リーナにはサミュエルを貶めるための駒になってもらわなくては。


 リーナは本屋に入ると、本をパラパラとめくって読んでいる。シャルロットも本を見ているふりをしながらリーナを監視していた。すると、店頭に飾ってあった本が目に留まった。


(あら、この本エドモンにいいんじゃないかしら?)


 シャルロットは手に取った本を店員に包んでもらう。しかし、その間にリーナは気に入った本がなかったのか、本屋を去ってしまう。シャルロットは、おつりはいらないと言って、金貨を叩きつけると、包まれた本を持ってリーナの後を追った。


 リーナは周囲を確認すると、こそこそと細い横道に入っていった。


(あら、怪しいわね!しめたわ!)


 シャルロットは横道に向かって駆け出した。





 サミュエルとシャルロット、不幸なことに二人が目指した横道は同じ横道であった。お互いがお互いの尾行対象に夢中になっていて、同じ横道に入ろうとした存在に気づかなかった。


 当然、狭い横道の入口で二人は衝突した。


「いててて、大丈夫ですか、レディ!」

「大丈夫じゃないわよ!どこ見てるのよ!」


 お互い尻もちをつき、顔を上げると、そこには見知った顔。


「「げ」」


 今、というか、いつでも会いたくない人間がいた。二人は揃って喉の奥から変な音をだす。


「私が先にこの横道に入ろうとしたのだけど」

「いや、僕が先だ」


 二人は立ち上がり、お互いを押しのけて横道に入ろうとするが、入口で拮抗し合っているだけで前に進めない。


「おどきなさい!この軟弱ひょろひょろ男!」

「退くのは君だ!この悪趣味ハデハデ女!」


 服を掴み、押しのけ、しがみつき、いい歳した男女が情けない争いをしている。街ゆく人々は彼らを避けて、後ろの大通りを通っていった。


「も……!!」

「…ぼ…だ!!」


 二人が騒いでいると横道の奥の方からも男女の騒ぐ声が聞こえてきた。シャルロットとサミュエルはピタリと止まる。不穏な気配に顔を見合わせると、二人は息を殺しそろそろと奥へ向かった。



「仕方ないじゃない!私だってこんなこと……!」

「でも、お前が苦しむなんて見ていられない!」


 シャルロットとサミュエルは入り組んだ道の奥で騒いでいる男女を曲がり角からこっそりと覗き見ていた。騒ぐ男女を見て、二人は驚きで口を開いていた。


 騒いでいる男女は、彼らが追っていたリーナとエドモンだった。そこにいる二人は普段と全く違う様子だった。


 いつでもにこやかに笑っていたリーナは泣きながら激昂している。そして、いつでも優し気な笑顔のエドモンは苦し気に顔をゆがめていた。彼は逃げようと暴れるリーナの腕を強く掴んでいる。


「お願いだから!あなたは関係ないの!」


 リーナは泣きながらエドモンを拒絶するように突き飛ばした。それでもエドモンはリーナの腕をつかんで離さない。


 リーナは震える声で、エドモンに懇願していた。


「お願い、お願いだから……私の近くにこないで……」

「それはできない」

「……っ!」


「「……もが!!」」


 エドモンの起こした行動に、シャルロットとサミュエルは思わず声を上げてしまいそうになった。だが、お互いの口を容赦なく手でふさぐことで何とか防ぐことができた。


((キ、キスしてる!!!!))


 シャルロットとサミュエルは驚きで目を見開いた。エドモンが腕を引き寄せてリーナに強引に口づけをしたのだ。


 しかもリーナは突然のことに驚きつつも、大人しく口づけを受け入れているようだ。リーナはエドモンの首に腕を回し、エドモンもリーナの背中に手を回して硬く抱き合っている。


 シャルロットとサミュエルはしばらく石のように固まっていたが、顔を真っ赤にしてすごすごとその場から退散した。



「なんだったんだ」

「なんだったのかしらね、今のは」


 サミュエル、シャルロット、二人は夕暮れ時の中をとぼとぼと城に向かって歩いた。その頭では、自分たちが何をすべきか考えながら。





「あー!この場を借りて一つ!皆に言わなくてはならないことがある!」


 王城にて開かれる春の舞踏会、その場で声を上げたのは宰相の息子サミュエル・ド・ルノワールであった。彼は、貴族たちが呆れたように自分に注目しているのを確認すると、くい、っと眼鏡の位置を直す。  


 父親に似て良く通るその声はどこか疲れが滲んでいるようだった。サミュエルの腕にしがみついていたリーナは困惑しながら彼を見た。前回の婚約破棄騒動では事前にサミュエルが何を言うのか知っていたが、今回何か舞踏会で宣言するなど聞いていない。


 それに最近は二人で会う機会も減り、サミュエルは何か忙しそうにしているようだった。リーナに黙ってサミュエルは一体何をしようとしているのか。サミュエルの腕を掴む力が少し強くなった。


「我が、愛す……親愛なるリーナのご両親よ、どうかこちらまでいらしていただけないだろうか!!」


 リーナの両親、正確にはリーナを養女として迎え入れたデュオ伯爵夫妻がダンスホールの中心までやってきた。伯爵夫妻は困惑した面持ちで、サミュエルの前までやってくる。


 同時に彼らの側に、宰相家の使用人が二人、それぞれ布で包まれた何かを持ってきた。


「どうか渡したいもあるのです。お二方とも両手を出して受け取っていただけますか?」


 伯爵夫妻はうなずくと言われるままに両手を前に差し出す。すると、側に控えていた使用人たちが動いた。


「これ……は!?」

「何をするのです!?」

 

 伯爵夫妻、二人の腕には手枷がはめられていた。驚きで声を上げる二人にサミュエルはくい、っと眼鏡を直すと淡々と告げる。


「スペンサー・ド・デュオ伯爵、並びにアベラ・ド・デュオ伯爵夫人、国家反逆罪で逮捕する。主にスパイ容疑、細かいことは……多すぎるので、自分たちで思い出してくれ」


 手枷をはめられた義両親を見て、リーナは青ざめた顔で側にいるサミュエルを見上げた。


「……サミュエル様?」

「リーナ、いや、リーナ嬢。安心するといい。君を脅かすものはもういない」


 サミュエルはぎこちない笑顔を向けるが、リーナは青ざめたまま横に首を振る


「……いけません……サミュエル様」

「あははははは!!裏切ったわね!この小娘!」


 伯爵夫人は突然、狂ったように笑いだした


「この舞踏会にも私の仲間は潜んでんだよ!お前の裏切りはすぐに孤児院を見張っている連中に届くだろうね!!かわいそうに!お前のせいで可愛い弟妹たちは死んじまうよ!」

「……あぁ、そんな、ちが……。だめ……やめて………」


 リーナは青ざめて、倒れそうになるが、サミュエルが彼女を支えた。


「サミュエルさま!お願いです!王都の東の孤児院に……!」

「君の大切な家族は大丈夫だよ」

 

 リーナはサミュエルにしがみつくが、サミュエルは安心させるようにただ笑った。


 その途端、広間の扉がバン!と開かれた。輝く金髪にダイヤモンドをちりばめ、深紅のドレスを纏った第一王女シャルロットが騎士を引き連れて広間に入って来る。


「遅れて失礼?」


 シャルロットは真っ黒で細かい刺繍の入った扇子を開いて笑う。後ろに控えていた屈強な騎士がぐるぐるに縄で縛られて気絶している茶色い燕尾服を着た男をその前に転がした。


「もう一匹潜んでいたお仲間っていうのはこの男のことかしら?こーんなに面白いことが起こっているのに、城から飛び出そうなんて怪しくてしょうがないわね」


 彼女は真っ赤なエナメルのハイヒールで転がった燕尾服の男の背中を踏みつけた。

 そしてサミュエルの横にいる今にも倒れそうなリーナに気づくと、シャルロットは楽しそうに笑った。


「東の一番小さな孤児院でしょう?見張っていた奴らも私の頼れる騎士たちが駆除したし、子供たちもシスターも保護したから安心なさい」


 そう言うと、シャルロットは自身の側にいた黒髪の近衛騎士の肩を叩く。


「道案内は彼がしたから、孤児院を間違えたってこともないでしょうし?」


 彼を見て、リーナは喜びで涙を滲ませる。肩を叩かれた近衛騎士は、一目散に彼女の元へ駆け出した。


「リーナ!」

「エドモン!」


 エドモンとリーナ、二人は硬く抱き合った。その感動的な様子に、貴族たちは理解が追いついていなかったが、とりあえず雰囲気に当てられ涙ぐんでいた。


 一方、シャルロットとサミュエルの笑顔はどこか引きつっていた。

 そんな二人は知らず、充分な抱擁を交わしたエドモンとリーナはお互いを見つめながら話しだした。


「孤児院のみんなは……?」

「みんな、無事だ。今は王城で保護してくれている」


 エドモンがリーナに言い聞かせるように言うと、リーナは涙ぐみながらシャルロットとサミュエルを見た。


「サミュエル様、シャルロット様。本当にありがとうございます」

「俺からも……感謝しても感謝しきれないです」

「ああ」

「ええ」


 心からの二人の感謝に、サミュエルとシャルロットは複雑な笑顔で受け取る。


(リーナが!リーナが!ほかの男に!これが、寝取ら……いやこの場合僕のほうが間男……)

(エドモン!エドモン!やはりあなたも、そんなふわふわ、もちもちバインバイン女がいいなんてぇぇえ!)


 二人の心境は嵐のように荒れ狂っていたのだが、それを表に出さずにただ慈愛の笑みを浮かべていた


「くそっ!どこまで……」


 騎士たちに拘束された伯爵夫人は吐き捨てるようにシャルロットたちを睨みつける。シャルロットはすまし顔で扇子を扇いだ。


「全部よ、全部。あなたたちが見目麗しいリーナ嬢を養女にして、サミュエルを篭絡し、私たちの婚約を破棄させようとしたことも。彼女たちの育った孤児院を脅しに使っていたことも」

「夫人が帝国からの工作員で、デュオ伯爵に多額の支援金を渡して取り入っていたことも全て知っているよ。隅から隅まで調べさせてもらったからね」


 サミュエルは使用人たちが持ってきた書類を拘束された伯爵夫妻の前に投げ捨てた。書類には、帝国へ王国の情報を流していたこと、帝国に有利な政策を行うように仕向けていたこと、帝国からの賄賂で落ちぶれかけていたデュオ伯爵家が復興していたことなど、事細かく書かれていた


 伯爵夫人は悔しさで唇を噛みしめ、不正がバレた伯爵はうなだれている。


「里親に引き取られていたエドモンがリーナ嬢を心配して、近衛騎士にまで上り詰め、シャルロットの方から婚約破棄させるようにしていたなんて。とても健気だ。演技とはいえ、シャルロットのバラで埋め尽くされたお子ちゃまロマンスの拷問によく耐えたものだよ」

「あら、サミュエルのくっつだらない、論的、哲学的話だのなんだのに付き合わされていたリーナ嬢がかわいそうで、かわいそうで仕方ありませんわ。大切な家族のためとはいえ、何っつにも面白くない話を聞かされるんですもの」


 サミュエルとシャルロットはお互い青筋を立てながら声をあげて笑い合う。そんなことは露知らず、感動の涙を流すリーナは二人を尊敬のまなざしで見つめた。


「もしや、最初から、全てご存知だったのですか……」

「俺たちが脅されていたから………わざとここまで」


 リーナとエドモンの感激した様子に、シャルロットもサミュエルも言葉を詰まらせた。


「え、ええ。もちろんよ。あなたたちの猿芝居なんてお見通しよ!エドモンの完璧な騎士姿に惚れ惚れしてるなんてこと、これっぽちもなかったのですから!おほほほ!」

「も、もちろん最初から知っていたとも!君たちのために策に乗ってあげていたのさ!リーナが可愛らしくて、君に似合う指輪は何だろうとか少しも考えていなかったのさ!ははははは!」


 シャルロットとサミュエルは涙目になりながら高笑いをする。嘘である。シャルロットはエドモンの白馬の騎士姿をうっとり見ていたし、サミュエルはリーナに送る婚約の指輪はなんの宝石がいいかな、とか考えていた。今では儚い泡のような思い出になったが。


「もう、君たちは自由だ。これ以上、苦しむこともないさ」

「ふん、随分と甘いんだねぇ。彼女たちはあんたたちの仲を裂こうとしたってのに」


 サミュエルの言葉を、デュオ伯爵夫人いや、帝国からの工作員は鼻で笑う。


「いや、寧ろありがた……うぉほん!」

「彼女たちは、あなたたちに従うしかなかった。所詮は道具、向けられたナイフにすぎないわ」


 シャルロットは険しい顔で女を見下ろした。


「ナイフを向けた人間に罪はあっても、ナイフに罪はあるまいよ」


 サミュエルはうんうん、とうなずく。シャルロットは扇子をパシッと閉じると、その深紅の唇をニヤリとゆがませた。


「私たちの大切な国民を道具のように扱った、あなたたちにはどんな罰がお似合いかしら」

「くそ……!」

「させなくってよ」


 工作員の女は逃げ道のないことを確信したのか、自身の舌を噛みちぎり自決を試みた。しかし、間一髪で口に押し込められたシャルロットの扇子のせいで叶わなかった。


「連れていけ。死なせてはいけない。大切な帝国からのお客様だからな」


 サミュエルがシャルロットの騎士たちに命じると、彼らはうなだれているデュオ伯爵と、逃げ出そうと暴れている工作員を引きずっていく。


「これにて一件落着かな」

「かしらね……」


 サミュエルとシャルロットは遠い目をしながら、自分たちの成果を眺める。二人の目線の先は、感動で涙を流すリーナと優しく彼女を慰めるエドモンの姿があった。


 二人が親密な関係であることを目撃してから、サミュエルとシャルロットは二人のことを徹底的に、それはもう徹底的に調べ上げた。サミュエルはデュオ伯爵家の財政の記録やリーナの養子縁組の手続きなどを調べ、シャルロットは社交の場で、エドモンとリーナの出自を調べた。


 そこで共通していたことは、エドモンとリーナが同じ孤児院出身であること、そして最近その孤児院で怪しい人たちが出入りしていることが判明した。二人で調べていくとデュオ伯爵夫妻の怪しい動きが全て帝国とつながっていて、夫人が帝国から来た工作員であることも分かった。


 そこで二人は知ってしまったのだ、リーナもエドモンも夫人に脅されて自分たちの婚約を破棄させるために近づいてきたことを。


 二人としては、婚約破棄は大歓迎だったので、このまま知らなかった振りもすることはできた。しかし、調べていく中でエドモンとリーナが恋人、もしくは想い合っていることを確信してしまったのだ。


 シャルロットもサミュエルも、他に愛し合う人がいる人間を愛せるような性格ではない。二人は血の涙を飲み込み、春の舞踏会が行われる今日この時に、エドモンとリーナが自由になれるよう策を立てたのだ。


 策は見事に、成功。脅されていたリーナもそれを守っていたエドモンも無事、帝国の魔の手から逃れることができた。とはいえ――


(リーナ、君が愛してくれていると言っていたのは全部、僕を騙すための嘘だったんだね……)

(エドモン、あなたの真摯なまなざしは全て、私のためではなく、そこの女のためだったのでしょう……)


 サミュエルもシャルロットも失恋をしたことだけは変わりない。二人の胸は空っぽになってしまったように悲しかった。



 貴族たちがリーナとエドモンに感動しすすり泣く声が聞こえる広間に、ゆっくりとした拍手が響く。


「お見事です、シャルロット殿下、サミュエル」


 人混みをかき分けてやってきたのは、拍手をする宰相と国王だった。


「我が国に潜むスパイをこうも容易く見つけ出してしまうとは。これならわしらも二人に国を安心して任せられる」

「ええ、シャルロット殿下とサミュエルの二人ならばどんな困難が降りかかろうと、この国をより良くしていけるでしょう」


 その言葉を支持するように、貴族たちは一斉に拍手をし始めた。


「さすが!シャルロット殿下とサミュエル様!」

「お二人であればリーヴェ王国も安泰だ!」

「未来の女王陛下と王配殿下に万歳!」


 王城の広間が二人を称える拍手喝采にあふれる。そんな中で、シャルロットとサミュエルは青ざめた。


「いや、リーナがいなくなっても、シャルロットとの婚約は……!」

「エドモンではなくとも、サミュエルとだけはごめんですわ!」


 二人の悲痛な声は広間の喧噪に飲み込まれる。そんな二人の頭に宰相の手がポンと乗せられた。


「せっかく円満に終わったのです。これ以上ややこしくするなら、仕置きが必要ですよ、二人とも」


 笑顔のまま低い声で囁く宰相にシャルロットもサミュエルも震え上がった。


「無理よ、無理無理……」

「お願いですから……」


 二人は涙目になりながら目の前の冷酷な宰相に訴えかける


「「婚約破棄させてください!!」」


 二人の必死の叫び声は拍手喝采にかき消され、誰の耳にも届かなかった。





 時は冬の舞踏会、シャルロットとサミュエルが婚約破棄騒動を起こし、宰相が二人に説教をかましたところまでさかのぼる。


 婚約破棄が叶わず、意気消沈しながら王の部屋を去っていくサミュエルとシャルロットの背中を見て、国王は少し罪悪感がわいてきたのだった。


「流石に可愛そうだし、婚約破棄を認めてやったほうがよいかの。わしが無理言って婚約させてようなものだし……」


 まだシャルロットとサミュエルが生まれたての頃、二人を婚約させようと言い出したのは国王だった。宰相の息子として少し先に生まれていたサミュエルは男の子だったし、続いて生まれてきた国王の子は娘だったのだ。国王としては、婚約させなくてなんとする。


「そうですね、私としてもこの婚約は大層無意味なものであると思っていましたよ」

「しゅん……」


 当時から宰相であったジルベールは幼い子供たち二人の婚約に反対していた。宰相家と王族の結びつきは彼と国王の代からしても充分だ、サミュエルもシャルロットも、より国を強くするための繋がりを作れる相手と結婚するべきなのだ。


「じゃが、なら何でお主も婚約破棄に反対したのじゃ。反対する必要もないじゃろう」

「いいえ。反対する理由ができてしまいましたので」


 宰相ジルベールは二人が去っていった扉を見つめる。そう、最初は彼も無駄な婚約だと思っていたのだ。しかし成長する二人を見てジルベールは確信してしまった。


「あの子たちは二人でいるときが最強ですから」



 春の舞踏会で湧き上がる歓声のなか、国王はそう宰相が言っていたことを思い出す。現に見事、帝国からの間諜を見つけ出し、捕まえた二人の連携はすばらしいものだ。


 そして宰相は拍手喝采のなか涙目になっているシャルロットとサミュエルの頭を掴んでいた。


 宰相ジルベールは国の利になることは決して逃さない。国王はその手腕を知っている。彼がシャルロットとサミュエルの婚約に利を見出したのなら、きっと二人の婚約破棄は叶わない。


 宰相に反抗するのをやめた二人はお互いがどれだけ自分にふさわしくないか罵り合っていた。国王はそんな愛おしい子供たちを見て笑う。


 婚約破棄が叶わないのはちょっぴりかわいそうだけど、何気に仲よさそうだし、まぁいっか。と結論づける国王だった。





 そうして、春の舞踏会はシャルロットとサミュエルの心中をのぞき、無事終わった。


 人も去り、暗く閑散とした城の廊下でシャルロットは本の包みを持って立ち尽くしていた。


(これ、どうしましょう……)


 彼女の手にはリーナを歓楽街で尾行していた時に買っていた本があった。エドモンが喜びそうだと思って買っていた本だが、渡すこともできずに終わってしまっていたものだ。


(捨てるには忍びないし……)


 かといってシャルロットが持っていても仕方がないのだ。そうして廊下をうろうろとしていると、曲がり角からサミュエルが現れた。


「うわ」

「失礼ね。あんたの方からでてきたくせに」


 あからさまに顔をしかめるサミュエルにシャルロットはむかっ腹を立てた。サミュエルの手には花束があった。


「あら、その花」


 花束を見てシャルロットは少し驚く。なんといってもその小さな花束にはこれでもかというほどドピンクのバラが詰められていた。シャルロットの一番好きな花は真っ赤なバラだが、ピンクのバラも嫌いではない。


 バラに釘付けになっているシャルロットの目線に気づいて、サミュエルはさっと花束を守るように抱え込む。


「勘違いするな、これはリーナに渡そうと思っていた花だ」

「勘違いなんてしないわよ。気色悪い」


 別に、サミュエルがシャルロットに花を買ってくれたなんて、これっぽっちも思っていない。一瞬だけ思ったけど、一瞬だけだ。


「フン、どうせ、もう渡せやしないってのに。どうするのよ、それ」

「どうしようもないさ、このまま持っていても枯れてしまうだけだし。僕に花を愛でる趣味はないし……」


 花束にはまだ咲いているバラもある。だが、随分前に買ったものなのか、手入れされずに枯れかかっているバラもあった。


「あんたが要らないなら私によこしなさいよ」


 バラが大好きなシャルロットには見逃しがたい、こんなにピンクで可愛らしいバラが枯れるのを見過ごすなんてシャルロットにはできないのだ。


「え、それは嫌だな」

「は?」

「君にバラを渡したら僕が損するだけじゃないか」


 なんてけち臭い!シャルロットは自分の婚約者の吝嗇(りんしょく)さに呆れつつも、手に持っている本を突き出す。


「これあげるから等価交換よ。本よ。あんた本ならなんでも好きでしょ」

「へ?シャルロットが僕に本を?失恋して気でも狂ったのかい?」


 サミュエルは自らの身体をかばうように抱く。失恋したのは自分も同じ癖に何言っているんだこの男は。


「んなわけないでしょ!あんたと同じでエドモンのために買ってたのよ!」


 シャルロットは持っていた本を押し付けるとサミュエルの手からバラの花束をひったくった。


「いいからよこしなさい!」


 シャルロットは奪い取ったバラの匂いを嗅ぐ、彼女の好きな香りだ。少し枯れてしまっている花もあるけれど、手入れすればまた綺麗なバラになるだろう。


「『魂と肉体の論理』、哲学者オーレンの最新本じゃないか!君にしては趣味がいい本を選ぶね!」


 サミュエルは本の包を開くと喜び出した。シャルロットは表紙が筋肉マッチョの絵が描かれていたから買っただけなのだが、どうやら著者がサミュエルの好みだったらしい。


 ひとしきり喜び、サミュエルは本から顔を上げるとシャルロットをじっと見つめた。あまり、二人見つめ合う機会はないからシャルロットは少し居心地の悪さを感じた。


 何か、言わなくてはいけない気がして、彼女は口を開いた。


「あ、あなたもこのバラを買ったのはセンスが良くなってきているんじゃなくて?まぁ、ありが……」

「よく考えたら、可憐なリーナにそんなドピンクのバラは苛烈すぎて似合わないな。あげなくてよかった」

「は?」


 シャルロットは言おうとしていた感謝の言葉を取り消した。代わりに低い声が出た。


「その苛烈なのが私には似合うて訳?」

「ああ、ぴったりだ」


 その通りといいながらうなずくサミュエルに、シャルロットの口元がひくひくと痙攣する。


「あなたこそ、ろくに鍛えもしないくせに、肉体を語るなんて間抜けなことしてるのがお似合いよ」

「それはどういう意味かな?」


 ニコニコしていたサミュエルの笑顔が引きつく。


「運動しないで本ばかり読んでるからそう頭でっかちになるんじゃない?」

「趣味の悪い君には言われたくないかな」


 夜の冷たい空気にピッキっとひびが入る。


「やっぱり君とは――」

「やっぱりあなたとは――」


 サミュエルとシャルロット、二人は貼り付けた笑顔で笑い合う。


「婚約破棄だ!」

「婚約破棄よ!」


 二人の声は静かな城に響き渡った。






〈完〉

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