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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

記憶する水

作者: 星河雷雨

 

 今日はよろしくお願いします。瑞野、と申します。


 ……はは。そうですね、暑いですねえ。すみません、お見苦しくて。僕汗っかきでしてね。


 あ、アイスコーヒー二つお願いします。……そうです。二つ、二杯下さい。


 そういえば、関西の方では、四十度近くになったそうですよ? 今、スマホにニュース流れてきました。万博行こうか迷ってたけど、行かなくて良かったなあ。


 え? ああ、今日の取材? 大丈夫ですよ、気にしないでください。行こうかなって思ってただけで、僕基本出不精なんで。連休と言っても、こうやって取材受けなきゃ、とくに予定もなく暇持て余してるだけでしたよ。


 それで……畑山、さん? 今日聞きたいことって、あの件でしたよね? 僕がSNSに上げたやつ。どうして僕があの湖で、人が殺されたことがわかったのか。


 ええ、まだ若い女性だそうですね。……ええ、バラバラにされて。……可哀想に。


 不思議? ……そうですね。ニュースになる一週間前にはSNSに上げてましたしね。


 え? ……だって通報したら、探されちゃうじゃないですか。それに……どうせ、信じて貰えないし。


 たしかに、今思えばちょっと軽率でしたね……。通報しなくたって、犯人じゃないかって、警察に目を付けられる可能性だってありましたものね。そしたら、やっぱり探されただろうし、実際あなたにはこうして見つかっちゃいましたし……。


 ああ、あれ。消しました。あなたから連絡あってすぐに。


 いえ、構いませんよ。嫌なら取材、断りましたよ。


 僕もね、ちょっと……今回は一人で抱えているのがしんどくてですね。だから、SNSなんかに上げちゃったんですけど……。


 ええまあ。……ちょっと生々しくて。かなり新しい情報でしたし……。


 まあそういうわけで、話せることならなんでも話します。


 でもですね。僕の能力って……霊能力とはちょっと違うんですよ……。まあ、あの湖であったことがわかったのも、たまたまといえば、たまたまなんですよね。また同じことしろって言われても、できないかもしれません。だから、特集はさすがに無理じゃないかな……。


 え? いえいえ、目撃なんてしてないですって。実際に見てたら、さすがに通報しますよ。犯人捕まっていないんでしょ? そうじゃなくて……。


 ……畑山さん、サイコメトリーって、知ってます? 知らない? ほら、有名な漫画あったはずだけど……ああ、世代じゃないか。若いですもんね、あなた。


 ま、簡単に言っちゃうと、超能力の一種なんですけど。


 対象物に触れると、その対象物に触れた人の記憶や感情、所謂残留思念というものを読み取れる能力のことを言うんですよ。


 あ、海外テレビの特集で見たことある? ……そうそう! あんな感じで。


 でもあれってね。実は手からだけ読み取れるわけじゃないんですよ。手が一番、読み取りやすいことは確かですけど、足とか、頭とか、鼻とか。対象物が触れた箇所は、どこでも。どこからでも、読み取れちゃう。


 ……いや。全員が全員、そうだとは限らないかな。というか、もしかしたら僕だけ、かも。


 多分、他の人より感度が良いんだと思うんですけどね。唇とか、舌とかもね。口に入れたものとかからも、運が悪いと読み取れちゃうんですよ。


 そう。口から。


 ……信じられません?


 もうね。加工してない食品とか特に。肉とか最悪です。どうやって殺されたか、その時どんな感情を抱いていたか……。


 ああ、ありますよ。動物にも、感情。人間程はっきりとはしてないですけど……。


 そう。だから、残留思念て人間だけのものじゃないんです。動物とかね、滅多にはないですけど、植物なんて時もありますよ。


 いえいえ、食べますよ。食べますけどね。肉の美味しさには勝てないですよ。というよりですね……いちいち気にしていたら、食べられるもの無くなっちゃいます。飲めるものもね。


 だから食べますけど……でもああいうのって、唐突に来るんですよ。映像やら、感情やら、心構えも何にもないところに、精神に劇物を投与されるようなものです。毎回見るわけじゃないから特に。不意打ちですよ。


 だからね、そういう時、僕は今ホラー映画を見てるんだって思い込むんですよ。スプラッタ系のホラー見ながら、食事する人だっているでしょ? 医療系ドラマの、手術シーン見ながらとかね。

 

 でもそれだって毎回ってわけじゃないから、何とか生きてられるんですけどね。


 それで、ですね。


 まあ肉は……ある意味予想がつくというかね。大体はこんな感じで来るな、っていうのがわかるんですけど。予想がつかないものも、あるんですよねえ。嫌な話、とくに液体とかはそう。しかも、強く残っているんですよね。


 売ってる清涼飲料水とかは、まだマシなんです。できあがるまでの工程で、人の手がいっぱい加えられていますから。


 逆じゃないって、思うかもしれませんが。ああいうのって、情報が重なれば重なる程、混ざってぼんやりするんです。モザイクみたいになるんです。


 だから本来なら、川とか、湖とか、海とかも。人が多い観光地程、雑多にはなっている筈なんですが……。


 でもですね。あれらはもう、生き物だから。人工物とか、無機物のようにモザイクにならないで、ずっと重なり合ったままなんですよね。そこで、波長が合っちゃった情報を、勝手に読み取っちゃったりするんです。


 ……そうそう。だから、毎回は無理なんです。


 テレビとかでも、サイコメトリーに限らず超能力者や霊能力者が失敗していることありますよね。ああいうのって、対象物から何かを読み取ろうとしても、波長が合う時と合わない時があるし、体調によっても変わってくるんですよ。感度が良い時と、悪い時。結構違いますよ? 


 まあ、毎回毎回百発百中の人って、よほどの人か、インチキですよ。


 ああ、話がそれちゃいましたね……。


 ええ、そうそう。ああいう場所って、事故もいっぱいありますしね。今回のように……殺人、とかもね。ああちょっと……思い出しちゃったな……。


 …………。


 ……すみません、大丈夫です。


 ええと……もちろん、それと同じくらい楽しい記憶も残っているんですよ。ほとんどの人間は、楽しもうと思って来てますからね。でもまあ、選べませんから。自衛するしかないんですけど……。


 でも、自衛にも限界ってものがありまして……。今回もそれで、見えちゃったわけですしね。湖……ってのが、またよくなかったんですよねえ。


 え? ああ……仕方なくですよ。祖父の三回忌だったんです。祖父の家、あの湖の近くでしてね。さすがにね、行かないわけには……。可愛がってもらってましたし。


 でも水はね、やっぱりやばいんですよ。


 だから普段は、水辺には極力近づきません。あの時だって甥っ子にせがまれて、まあ仕方なく。見張ってないと危ないですしね。


 ……いえいえ。それだけで済めばいいですけど……実はね。飲み水とかも、例外じゃないんですよ。さっき言ったでしょ? 清涼飲料水なんかはマシだって。


 川とか湖とか海とか、ああいうのは生き物だって言いましたよね。生態系の一部ですし。それでですね、僕の感覚からすると、水って腐るまでは生きてるんですよ。水は流れている限り、まあ腐らないですよね?


 僕たちの家の蛇口から出る水だって、ずっと流れてきていますからね。いうなればあれも、生き物なんですよね。


 ほらあれ。なんか……水に言葉をかけると、綺麗な言葉の時は綺麗な結晶が、汚い言葉の時は汚い結晶ができるって聞いたことありません? 


 ……え? あれインチキ? 科学的根拠がない?


 はあ、でもまあそれを言っちゃうと……僕だって同じですよ。


 もしかして、実はインチキだって思ってます?


 ……まあいいですけどね。


 ……いえいえ、怒ってはいないですよ。慣れてますし。それに、こういう感覚的なものって、同じ能力持っている人同士でも受け取る情報が違うなんてことがあるんです。だから、言ってることが違う、インチキだ、なんて言われちゃって……。


 でもね。当たり前なんですよ。受け取る情報が全然違う時もあるし、そもそも受け取る人間が違うんですから。たとえ同じ情報読み取っていても、解釈が違うんです。あれ……ロールシャッハテストだと思ってもらえると、わかりやすいですかね。


 同じ一枚の絵を見ているのに、見えているものは違う。あれと同じ。ようするに、個々人のフィルターを通して情報を伝えようとするから、食い違っちゃうんです。人間なんて、思い込む生き物ですしね。


 ……ええ。なんとなくで良いんですよ。見ているものなんて、皆違うんですから。

 

 それで、話を戻すとですね。……水、水の話ですよ。


 生き物って、水がなくちゃ生きていけないですよね? 食べなくても数週間は生きていけるらしいけど、水がないと……長くて一週間程度しかもたないって。食べ物があったって、水を一滴も飲まなければ、もっと短いって話でしたよね。


 生き物にとっては、必要不可欠なんですよね、水って。


 僕だってねえ、飲まなくて済むなら……。


 ……酷い時には、飲んだ直後に吐くことがあるんです。とてもじゃないけど、飲み込むなんてできない時があるんですよ。


 怖い話だけじゃないですよ? 汚い話だってあります。上下に分かれていたって、消毒されていたって、情報は関係ないですからね。そりゃもちろん、薄れてはいると思いますけど……。


 でも、畑山さん。水ってね。僕たちの口に入るまでに、それはもう様々な体験をしているわけですよ。水に体験て、おかしな言い方かもしれませんが、僕にとって水って、生き物ですからね。


 水自体に個々の意思……のようなものは、多分ないと思うけど……。そういえば、そういう感じのSF小説ありましたよね? 意思を持つ水? 海? 何でしたっけ、タイトル? 知らない? ……まあいいや。


 でも水って、生まれてから死ぬまで、本当様々な体験をしてますよね。蒸発と降水を繰り返して、生まれては死んでを繰り返して。循環してるんです。僕たちの周辺至る所に、形を変えて存在してるんです。


 あれ、何か有名な画家がそういう絵描いてましたよね……? 


 あ、そうそう。生々流転。 


 え? 人間? 


 ……人間は知りませんね。輪廻転生のことですか? さあ……。

 

 ああ、気にしないでください。僕だって、結構話脱線してるし。


 いいですよ。気になったら何でも質問してくださって。


 それで……ですね。そうやって様々な記憶を写し取って、情報を蓄積していって、それらをずうっと保持してるんですよ、水って。人間よりよっぽど、記憶力良いですよ。もちろん、新しい記憶の方が読み取り易いんですけどね……。古い情報はちょっと……難しいかな。


 まあ、そうやって蓄積された情報って一種の壮大な物語みたいだし、感動的ではあるんですけどね。


 世界は繋がっている。人も、動物も、植物も、生命は何時だって、何処でだって繋がっている。命の尊さや儚さを、思い知る時もありますね。


 でもね。やっぱり僕も、人間ですから。それとこれとは話が別って言うか……。そう簡単に、割り切れないって言うか……。


 僕……日本に生まれて良かったって、心から思っているんですよ。ちゃんと、水道から出てくる水が飲める国に生まれて、良かったなあって。


 色々言いましたけど、浄化設備に不安のある水道水になんて触ったら、悲惨ですからね。蛇口から出てくる水をそのまま飲める国って、確か世界中で十前後しかなかったんじゃないですかね。まあ、うろ覚えですけど。


 それでも、ですからね。日本の水道水でさえ、くるときはガツンとくるんですから。


 だから僕、水のままでは飲まないんです。大体、お茶とか珈琲にして飲みます。特に珈琲は良いですよ。


 この、水を真っ黒に染めてくれる、あの苦みが、まるで水を消毒してくれているみたいに思えて……。


 好きなんです。珈琲豆の記憶に、上書きされますし。たまに豆を収穫する人の指先がアップで見える時もあって、そういう時は驚きますけどね。でも、そうやって、ようやく安心して飲めるんです。


 ……ん?

 

 あ、この水?


 ……う~ん。僕は飲まないかな……。だから、ほら。アイスコーヒー二つ。頼んだんですよ。真水はねえ、やっぱり……。畑山さん、僕の分飲んでいいですよ? もう飲み終わっちゃったでしょ?

 

 え? ……いいですよ? 何見ます? 上手くいくかわからないけど……。


 ああ……いい腕時計ですね。メーカーはわからないけど、海外製ですか? それにします?


 …………。


 …………。


 ……すみません。ちょっと、今日は調子が悪いみたいです。ええ、すみません。


 ……いえ、こちらこそ。なんだか畑山さんに話聞いて貰って、すっきりしましたよ。だって誰にも言えませんし、こんなこと。こちらこそ、ありがとうございます。


 え? ……ああ、大丈夫です。そういうことも、ありますよね。ボツになったら仕方ないですよ。気にしないでください。


 はい? ……そうですね。もし、今後私が犯人を知ってもですよ……。大丈夫です。警察に言っても、信じてくれないですから。下手すると犯人扱いだし……。だから、ええ。何も心配することはないですよ……。


 それでね、畑山さん。


 さっきは人間の輪廻転生なんて知らないって言いましたけど……人間の身体の大部分て、水分でできてますから。水は、人の身体の中にもあります。人間だけじゃないですけどね……。


 きっとあの女性の身体の中にあった水も、あの湖に融けだしてるんじゃないですかね? まあ、水以外にも色々……。


 魂? は知らないですけど、彼女だったものの一部はきっと、またどこかで生まれて、色々なことを体験して、記憶を蓄えて、今もこの地球上のどこかを循環してますよ。


 それって、永遠の命と同じだと思いませんか?


 ……何がですか? 


 いいえ? 見えませんでしたよ。そう言ったじゃないですか。……残念なんですか? あなた、何のために僕に会いにきたんです?


 ……わからないか。でもねえ、それが人間ってものですよ。そう簡単に割り切れないですよ。僕はね、そんなあなたのこと、結構好きですよ。


 ……ええ。これからどうするかは、あなたの自由です。僕がどうこう言うことじゃあありません。


 ……おかしい? 僕が? 


 まあ、あなたは真剣に僕の話を聞いてくれましたし……それに――。


 やっぱり僕達みたいな人間、普通の精神じゃ生きていけませんから。

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