第9話 帰還─未熟な炎はどこまで
──夜の零室本部、地下エリアにて
「……青山、聞いているのか?」
「……はい」
夜が明けていた。
拠点に戻ってすぐ、俺は桐嶋先輩に呼び出され、地下フロアの作戦室にいた。
広い部屋の中心に、仮設モニターと机。
照明は最低限しかついておらず、薄暗さが逆に緊張を増していた。
「命令を無視した。それは事実だ」
桐嶋先輩は、低い声で言った。机の上に、任務記録の端末を置く。
「……対象は異能暴走状態。通常なら即座に制圧判断を下す局面だった。
君の判断次第で、空木が大火傷を負っていた可能性もある」
俺は黙ってうなずく。否定する理由はなかった。
実際、結果だけを見れば運が良かったのかもしれない。
空木の冷静さと、先輩のフォローがなければ、彼女はその場に倒れていたかもしれない。
だが──
「俺は……間違っていたでしょうか」
「間違っていたか、か」
桐嶋先輩は、わずかに眉を寄せた。
「間違っていれば死ぬのがこの仕事だ。だが、正しければ救える命もある。
その両方を理解した上でなお、お前は“自分で考え、選んだ”──そうだな?」
「……はい」
「なら、少なくともその責任は自分で背負え。
この場はそれで済む。だが、次はないと思え。わかったな」
「……はい。肝に銘じます」
その瞬間、扉がノックされ、情報班の調査員が入ってきた。
白衣を着た細身の女性。端末を持ち、短く頭を下げる。
「失礼します。現場で確保した対象の解析が完了しました。
対象少年は12歳。登録名:倉科慶太。
脅威度スレッド・クラスは暫定で4.2。能力は《熱波操作》、ただし制御不能状態でした」
「異能の暴走理由は?」
「情緒的外傷。家庭内での強い抑圧と虐待が、異能覚醒と重なった可能性が高いです。
異能は本来、意識と感情に強くリンクしますが……今回はそれが完全に暴走トリガーとなったようです」
「……なるほどな」
桐嶋先輩は短く息を吐き、視線を俺に戻した。
「この国には異能を持っただけで管理対象になる子供がいる。
……お前のやったことは、現場判断としては愚策だった。
だが、その愚策が、『倉科慶太』という一人の命を救った」
その言葉に、俺ははっとして先輩の目を見た。
「誇れとは言わん。
だが、それを見なかったことにするな。お前が選んだ結果だ。
──その火を、自分の中で絶やすな。青山」
桐嶋先輩はそれだけ言うと、調査員を促し、部屋を出ていった。
残されたのは、重たい静寂と、自分自身の鼓動だけだった。
俺は、ようやく深く息をついた。
叱られたのは事実だ。正面から、間違いを指摘された。
けれど、それでも。
──あの時、俺は確かに“誰かの命を救いたい”と思った。
その行動が報われたかどうかなんて、誰にもわからない。
ただ。
ほんの少しだけ、自分の中に灯った火が、消えずに残っている気がした。