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《零室 -REISHITSU-》  作者: 鳥野 餅
名もなき焔は歩み出す
8/20

第8話 彷徨える炎、焔が裂く

到着は、警報のような無音の中だった。


車両が停止し、ハッチが開く。

外は夜の名残が張りついた空気で、瓦礫に埋もれた旧駅構内が広がっていた。


足を踏み入れた瞬間、空気の密度が変わる。


「……感じる?」

「……ああ、確かに何か、熱い。空気が揺れてる」

「これが異能反応。誰かが異能を使った、余波」


空木が一歩前に出て、手をかざす。

その指先に、うっすらと青い光が灯る。


「方向は……東通路、旧ホーム側。構造物が一部、溶けてる。

灰戸くん、後ろ、カバーお願い」

「了解」


そして、数分の探索の後だった。


最奥の柱の影。

一人の少年が、地面に蹲っていた。年齢は十代後半。

身体の周囲に、揺らめく熱波のような歪み。


──その中心に、確かに《火》がいた。


「……異能反応、クラス3.7。予測より上。

空木は対象の説得を試みろ。灰戸は待機だ」


「……でも、あれ……」


俺は言葉を詰まらせた。


少年の手が、微かに震えている。

何かを拒むように、何かに縋るように、彼の炎は……暴れてはいなかった。


それは、まるで――助けを求める手のひらのようだった。


「……ねえ、君。大丈夫? 名前、言える?」


空木が慎重に、声をかけた。


数メートルの距離。だが、その僅かな間に、熱は確実に圧となって全身にのしかかってくる。


柱の影にうずくまる少年は、反応を見せなかった。

頭を抱え、膝を抱えたまま、ただ肩だけが震えている。

汗まみれの首筋。焦げた制服。

精神崩壊ではない──が、明らかに危うい。


「……機械の測定値がさらに上昇してる。3.7から、4.1になってる」

「予測以上の出力上昇だ。空木、退け。強制鎮圧も選択肢に入れる」

「待って。まだ──」


その時だった。


「やめてっ……!」


少年が顔を上げた。

泣き叫ぶような声と同時に、爆風のような熱気が弾け飛ぶ。


俺は思わず後退し、目を細める。

視界が揺れる。立ち上る蒸気。溶けゆく床材。


少年の目が、赤く光っていた。

理性も、論理も、そこにはなかった。


「──下がれ!これはもう、暴走だ!」


桐嶋の叫びと同時に、閃光のような炎弾が放たれる。

空木が身を投げてそれを逸らし、床を転がった。


空木のスーツが、熱で一部焦げている。


「くっ……思ったより熱いな、これ……!」


「対象、暴走状態へ移行。制圧フェーズに移行する。空木、灰戸──」

「待ってください!」


思わず、俺は叫んでいた。


「……何をしている、青山!」

「彼は、“助けて”って叫んでた! さっき、ちゃんと……聞こえてた!」


俺は前に出た。蒸気と熱が肌を切り裂くようだ。

だが、その奥に――確かに人の気配がある。


「……俺、俺たちは、君を傷つけに来たんじゃない。

ただ、君自身がその異能に壊されそうになってるなら……止めたい。助けたい」


その言葉が、どれほど届いたのかはわからない。


だが少年の動きが、ほんの一瞬だけ止まった。


そして次の瞬間、彼の周囲の熱が、暴発した。


視界が、赤に染まる。

全身を押しつぶすような火の奔流。


逃げられない。避けきれない。


「──防げるかじゃない、防がなきゃいけないだけだろ」


俺は、自分でも驚くほど自然に、手を前に出していた。


そして、世界が変わった。


──感覚が収束する。

燃え盛る熱波の芯が見えた。

空間の歪みの中に、微かな収束点が存在する。

意識を集中し、異能を走らせる。


脳内に走る音。高周波のような脈動。

視界が歪む。その先で、火の奔流が軌道を逸らされていく。


俺の能力── 《焔》

まだ未完成な、不安定な力。


だが、この瞬間だけは、届いていた。


「……止まった……?」


空木の声が、かすかに届く。

周囲の空気が冷え始める。


そして、熱源の中心で、少年が崩れ落ちた。


「…………」


桐嶋が慎重に近づき、少年の状態を確認する。


「……意識低下。生命反応安定。制圧完了だ」


言葉の一つ一つが、耳に届くたびに、力が抜けていく。


任務、完了。


俺たちは、生きて帰ってきた。


───


搬送が終わる頃、空はうっすらと白み始めていた。


仮設拠点に戻った俺は、誰にも見られないところで膝をつく。


足が震えていた。まだ、止まっていなかった。


「……よくやったよ、灰戸くん」


空木が、ふと隣に座った。


「不測の事態でも、ちゃんと動けてた。それだけじゃない。本来、失われてたはずの命を、救えたんだ。

……最初の任務で、それができたなら、もう十分だよ」


「……怖かった」


正直に言葉がこぼれた。


「当然だよ。私も最初は震えが止まらなかった。今でも少し怖い」


「でも、君は前に出て、助けようとした。

……私たちが諦めてた中、君だけが動いてた」


空木は微笑んで立ち上がった。


「行こっか、零室に。まだ、やることはたくさんあるよ」


 


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