第6話 始動、零室の炎
配属初日の朝は、意外なほど静かだった。
本部の地下区画――その一角にあるのが、《桐嶋隊》の拠点だった。
俺は空木に案内され、その重たいスライドドアの前に立つ。
「今日から、君は正式にここで動いてもらうよ。
桐嶋隊、戦闘部所属。……ま、言葉にすると堅いけど、気負わなくていいからね」
「気負うなって言われても、
桐嶋先輩のところだろ。最初の模擬戦で、何もさせてもらえなかった相手だ」
「でもさ、桐嶋先輩でよかったかもね……むしろ、君みたいな“感覚型”の異能使いとは、相性いいかも」
感覚型――俺の異能、《焔》がそう分類されるものだ。
論理ではなく、感情や直感に呼応して発動しやすく、制御が難しい反面、爆発的な力を秘めている。
訓練の時に言われた、「死なない程度には使える」という言葉が、少しだけ現実味を帯びてきた気がする。
ドアの開閉音。
中に入ると、既に桐嶋─いや、桐嶋先輩が机に書類を並べていた。白のシャツの袖をまくり、筆跡も正確に整ったまま記入している。
「来たか。配属通知は昨日通ってる。これから正式に、うちで動いてもらう」
「よろしくお願いします、桐嶋先輩」
「よろしく。……空木、お前も手短に説明してくれ」
空木が頷いて、壁の端末を操作すると、空間にホログラムが展開された。
そこには、組織全体の戦力図と、各部隊の編成が映し出される。
「じゃあ改めて、《零室》の実戦チームについて説明するね。
私たちの組織では、異能対策のために戦闘、後方支援、諜報、医療の4種類の専門部隊を設けてる」
「そして、部隊はそれぞれ、隊長の苗字を冠した『○○隊』で構成されてる。
私たち戦闘部門に属する『桐嶋隊』も、そのひとつ」
「今は……俺、空木、君の三人だけ?」
「そう。元々、桐嶋隊には私たち以外に5名の実動隊員がいたんだけど、
今は長期出張で他拠点に出てる。戻るのはたぶん来月かな」
「つまり……小隊単位では、今が最低構成」
「うん。でも、そのぶん動きやすいよ。
それに、灰戸くんが加わってくれてよかった。今のタイミングで、“任務”が一件来てるんだ」
「……その前に、驚異度について、詳しく説明しておこう」
桐嶋先輩が無機質な声で切り出した。
ホログラムに浮かぶ画面が切り替わり、そこに現れたのは、赤と灰色で色分けされた10段階の驚異度だった。
「零室では、異能や事件の危険性を脅威度で分類している。大まかに10段階。必要に応じて小数点でさらに細分化される」「……じゃあ、俺の異能は?」
つい口に出していた。焔の手応えが、日常の尺度では測れないのは分かっていた。
だが、自分がどの位置に置かれているのかは、正直、怖くもあった。
先輩は俺を一瞥し、短く告げた。
「4.8」
「……微妙に高いな」
「操作性は及第点だが、出力次第では構造物を破壊できる。制御と持続性に難がある以上、この値が限界だろう。現段階ではな」
空木が笑いながら補足する。
「私は3.6。……だけど、精神干渉系で、事故ると跳ね上がるから、結構怖がられてるよ」
「……なるほど。じゃあ、桐嶋先輩は?」
訊いた瞬間、二人の間に一瞬、微妙な空気が流れた。
「……詳細は非公開だ。実際に見るまで楽しみにしておけ」
それだけを言うと、桐嶋は話を強引に終わらせた。
隊長という立場が、彼の実力を如実に語っていた。
一つの隊の全員の命を背負う男。
そんな男が弱いわけがないのだ。
「数日後、任務に入る。君はそれまでに、桐嶋隊の方針と動きを頭に叩き込んでおけ」
俺は小さく頷きながら、画面を見つめた。
スレッド・クラス。脅威度。
それは、この場所で生きるということの“物差し”だった。
人がどれほど強くなれるかじゃない──
人が、どれだけ他人の世界を壊せるかの指標。
俺はまだ、その線のどちら側に立つ者なのか、自分でも分からなかった。