さいしょの国
迫害された少女と獣はどこへ行くのか。どこへたどり着けるのか。
「大丈夫?シルフィ、そろそろ歩き疲れた?」
そう言ってドージは給水袋をシルフィに差し出した。
シルフィはふるふると左右に首をふると、
白魚のように真っ白な手をまっすぐ前に出し砂漠の山の上を指し示した。
「あ、もう国につくのか。どうかな。君は入れるとして僕も一緒に入国できるかな。」
そうドージが自嘲気味につぶやくと、シルフィはさみしそうに葡萄色の目を彼に向けた。
ドージは優しく彼女の頭を撫でる。
「まあ最悪、僕は君の奴隷ってことで。」
そう言ってドージは下がり眉を下げ、耳と尻尾を垂れた。
検問はなんとか難を逃れた。
一言も声を発しないシルフィに門番は少し怪訝な顔をしたが、
ドージが主人は砂漠で喉をやかれてしまい声を出すことが辛いのだというと、特に問題はなかった。
それよりも問題だったのはドージの耳と尻尾だった。
門番は獣くさい、と一言発してドージの前に槍をかかげた。
ドージはそういった対応には慣れているので顔色一つ変えず、
僕は一つ前の国で主人に買われたんです。と首輪のタグを見せた。
それを見た門番はいい顔はしなかったが、ふさいでいた槍をどけ、二人を国の中に通してくれた。
そうして二人は一つ目の国に入国できることになった。
二人はまず市場に向かった。
砂漠での旅で水はもちろんのこと食料をほぼ食べつくしてしまったからだ。
市場の商人達はまずシルフィを見て、育ちの良いお金持ちが下町に来たのかと期待を寄せるが、
そのすぐ後ろをついて歩くドージを見て眉をひそめ、
さらに交渉や購入などはシルフィではなくドージが直接やりとりをすることにあからさまに嫌な顔をした。
しかしドージはそんな商人達を気にすることもなく、一通りの旅に必要な物資を買い終えた。
「シルフィどうする?疲れたよね。どこかご飯屋さんでも入ろうか。」
シルフィがこくんとうな頷くのを見ると、ドージは鼻をひくひくとさせてあたりを見渡した。
「あのお店が美味しそうだ。入ろうか。」
そういって彼女の手を引いて市場の中心にあった店へと向かった。
店に入って二人は愕然とした。
汗を垂らして身体を震わせながら人間椅子となる男、
床に這いつくばり残飯をすする裸の女、
死んだ目をして主人であろう人間の口からでる鳥の骨を回収する子供。
そしてそれを横目に酒を飲んで楽しそうに談笑をする着飾った男女たち。
「これは、、、」
重い木戸をシルフィが入れるようにと開いていたドージは、そのまま手を止めた。
するとやせ細った店主がおそるおそる近づいてきた。
「どちらの方でしょうか、、、?lここいらではお見掛けしませんが。」
主に目線はシルフィに向けられていた。
ドージは透明人間かのように見ていないふりで、ただただ彼女の素性が気になっているようだった。
「僕たちはついさっき入国して、」
「犬畜生には聞いていない!」
主人は声を荒げると、ドージの話は何一つ耳に入っていなかったらしく、
再びシルフィに問いかけた。
「お嬢さん、親御さんは上の街に住んでいるのかな?」
優しいようで含みをもった猫なで声に、シルフィが狼狽えたことを感じ取ったのか、
ドージがもう一歩中に踏み込んで店主と彼女の間に立った。
「すみませんが、帰らせていただきます。」
店主は眉間に皺を寄せたが、それ以上何も言わず、立ち去った二人のうしろで粗雑に扉を閉めた。
「ごめんねシルフィ、とんでもない店に連れてきてしまったね。」
ドージは申し訳なさそうに耳と尻尾を垂れてシルフィの方を見た。
シルフィは大丈夫というようにドージに向けて首を振り、
そしてさらに街の高くなっている方を指さした。
「そうだね。上の街の方も見に行ってみようか。」
「きっと、今以上にいいはずはないけれど。」
同意するようにシルフィはドージのふさふさした大きな尻尾を握った。