プロローグ
迫害された少女と獣はどこへ行くのか。どこへたどり着けるのか。
世界は、音で満ちていた。
風が草を撫で、遠い鐘が鳴り、砂が夜を歩いてゆく。
そのすべてが、彼女――ミアにとっての“光”だった。
彼女は生まれながらにして、夜の子だった。
どんな朝も、どんな夕暮れも、彼女の瞳には映らない。
けれど、世界の声は聴こえる。
木の葉が揺れる音、鳥が翼を打つ瞬間の息。
それらが、彼女にとっての“風景”だった。
その旅の始まりの日も、風は優しかった。
――彼が、現れた。
灰銀の毛並みを持つ獣人、ライゼル。
その目は深く、夜の底に沈む星のように光っていた。
彼の足跡は重く、けれど、どこか寂しげだった。
人に恐れられ、忌まれ、
ただ生き延びるためだけに牙を持った男。
だが、ミアは言った。
「あなたの歩く音、好き。
怖い音じゃない。……あたたかい音がする。」
ライゼルは答えられなかった。
その言葉が、あまりにも穏やかで、あまりにも遠い夢のようで。
彼の中で、凍りついていた何かが、音もなく融けていった。
「お前は、何を見ている?」
「見えないけれど、感じるの。
風の匂いも、あなたの声も。
それが、私の世界なの。」
――そのとき、彼は思った。
この少女の世界は、どんな星空よりも広いのだと。
そして、彼女が願った。
「ねぇ、私を連れて行って。
風の向こうの国を見てみたいの。
あなたの歩く世界を、一緒に聴きたい。」
ライゼルは、長い沈黙のあとで頷いた。
その仕草はまるで、運命に従うように静かだった。
こうして、
光を知らぬ少女と、闇を抱く獣の旅が始まった。
彼らは風を渡り、海を越え、
炎の国、氷の都、霧に沈む山を巡るだろう。
世界の果てで、
少女は“音の光”を見つけ、
獣は“声の温もり”に救われる。
――これは、
瞳を閉ざした少女と、心を閉ざした獣が、
ゆっくりと互いの中に“光”を見出していく、
旅と恋の叙事詩である。




