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ひずみ  作者: 大和 雅
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惜別

反対する響子の家族の元へ何度も足を運んだ承一だったが、結果的に許しを得ぬまま響子は嫁いだ

響子の母は長兄や次兄に世話になっているため強く出ることが出来なかった分、こっそりと響子の手のひらに何かを握らせた

耳元で

「困った時にはお金に変えなさい」

そう早口で言うと素知らぬ顔をして離れていった

帰る道すがら手の平に乗った金の指輪を見て泣いた


嫁入り道具などもないまま承一の嫁となった響子


結婚後はすぐに承一の家での新婚生活が始まった

と同時に承一の母 姑との同居生活も開始


トタン屋根にバラック小屋のような長屋の1角


風が吹けば飛ばされそうな、冬の寒い日には隙間風に悩まされる

雨が降れば部屋中に雨受けの皿やお椀、バケツを置いて凌ぐ

そんな部屋を見渡しながら響子はこの隙間風が吹く壁は、夏には程よく風通しの良い物になるだろうと はにかんだ


承一はとても器用だったため、よく日曜大工のようなことをして、隙間を埋めたり雨漏りのする箇所にヒマを見つけては幾度となく修繕を繰り返した


その甲斐あってか他の家よりは格段に住み心地は悪くなかった


部屋は2つ


1部屋は姑の部屋

土間を挟んだ向かい側にある部屋が承一の部屋

きちんと整理整頓されており、余計な物も無く、2人で過ごすには申し分ない部屋だった

響子は反対を押し切って嫁いだものだから、手持ちの荷物も少なかったのも功を奏した

母に貰った金の指輪をそっとしまい、身支度を整えて

大きな釜と、いくつかの小さな釜のある土間へと向かった


一つ一つ丁寧に小さな釜の蓋を開け、味噌、醤油、塩…と中身を確認した


嫁いだ日から響子は毎朝4時に起床し、食事の支度をする

集めてきておいた木屑や薪をくべらせることから1日が始まる

そこに承一も手伝いに入る


すぐさま姑が横やりを入れる

「男は土間に入るな!」

姑の声に響子が驚いて慌てていたが、承一はすぐさま返事をした

「火をおこすのはいつも私の役目だったでしょう」

姑をたしなめた


響子は自分がするので早く土間から出ていくように承一を促すが、女ひとりで火をおこすのは大変だからと響子をも黙らせた

響子は内心ホッと胸を撫で下ろした

火をおこすのは得意では無かったからだ


すすだらけの承一の傍らで、響子は数少ない食材の下準備をした

幸せな朝だった


火を起こし終えても土間から出て行かず米を研ぎ始める承一

さすがに姑が怖くて米を研ぐ承一の手を止め土間から追い出した


食事の支度が終わるとすぐさま洗濯(と言っても洗濯機がある訳でもないので全て手洗い)し、姑の昼食と自分たちのお弁当を作った

朝食をとり片付けが済むと、手を繋いで縫製工場へと出勤した

言葉では言い尽くすことが出来ない程、響子は幸せを噛み締めていた


そんな生活を続けてから半年経った頃

響子に異変が起きた

懐妊したのだ


手放しに喜ぶ承一

その様子を見ていた姑が痛烈な一言を放った


『男を産みなさい』


響子は天国と地獄を同時に見た気がした

女の子だったらどうなるのだろうか…


承一の耳にも届いていたはずだが、姑を見ることも無く、何の反応も示すことなく目の前に居る響子だけを労った


時は過ぎ…

いよいよ出産を迎えた

当時は自宅での出産が当たり前だった


産婆さんが赤ちゃんを取り上げた時に

«綺麗で可愛らしい玉のような女の子だわ»

と性別を教えてくれた

響子はすかさず、手の指も足の指も揃った五体満足で出てきてくれたのかと荒い息を無理にでも整えながら産婆に聞いた


«元気な声で泣いてるの聞こえてるやろ?何も心配ない。五体満足で立派な出産でした»


年老いた産婆さんがにこやかに応えた


無事に産まれてくれた喜びと 出産がこんなにも辛いものなのかと痛感しながら 意識が朦朧とする中で、瞬間的に姑の痛烈な一言が頭をよぎりハッとした

『男を産みなさい…男を…男を…』




臨月に入る直前まで仕事がしたいと懇願しギリギリまで働いていた

今度は承一がそろそろ仕事を休んで出産に備えてくれないかと懇願してきた

職場でご迷惑を掛けてしまうことを避けるためにも休職をした

出産までの僅かな時間を姑と過ごすことが多くなった


響子は姑との時間に緊張し、少し身構えていた

が、姑は意外にも優しかった

特になにか優しい言動があった訳では無いが、横になっている時に姑が様子を伺いに来てくれたので慌てて身体を起こそうとすると、寝てなさい。と気遣ってくれた

身構えてた自分を恥じ、申し訳なさでいっぱいになったりもした


ただ、子どもの名前を考えてくれていたのだが全て男児の名だった


最終的に差し出されたのが

命名書

だった


『跡継ぎやから奮発して大枚はたいて見てもらって来たんやから、産まれてくる子はこの名前や』


重圧に押し潰されそうになるのを必死で堪えるも、震えが止まらなかったことなどが走馬灯のように頭の中を駆け巡りつつ…出産の疲れから眠りについた


承一は大手を挙げて、娘の誕生を喜んだ

かたや姑は初孫にも関わらず、見向きもしなかった


肩身の狭い生活が始まった


赤子の愛くるしい姿と、承一の愛情たっぷりの子育てに救われいた


2年後に妊娠、出産

マキが産まれた

またもや女児が誕生


ますます姑の機嫌を損ねることとなった


そしてその1年後に妊娠、出産

姑の態度が一変した

そう…待望の男児 イサムが誕生した


響子はやっと嫁の務めを果たせたことに安堵した


分け隔てなく子育てをしたい響子だったが、姑はそれを許さなかった


いつも承一の居る時は、不機嫌さを隠し平静を保っていた姑だが、承一が仕事へ出かけ留守にすると真っ先にイサムに駆け寄り面倒を見た

面倒を見ると言っても、手を尽くす訳では無い


響子が炊事をしていようが、洗濯をしていようが、上二人の女児の世話をしていようがお構い無しに響子を呼ぶ

«イサムのおしめを変えなさい»

«イサムにお乳をあげなさい»


そんな日々が続いたある日の夕方

長女の姿が家のどこにも見当たらない

嫌な予感がして、家の外に飛び出して辺りを見渡すと、鳥小屋のある軒下で倒れている長女の姿が目に飛び込んできた

急いで駆け寄り抱き上げると、虫の息だった


子どもの名前を何度も繰り返し呼び、頬をたたくが反応が薄い

即座に抱き上げ、部屋へと急いだ

マキを背負い、お金をかき集め、姑にイサムをお願いしますと言いながら足早に病院へと向かった


助からなかった


膝から崩れ落ちた響子の前に、息を切らした汗だくの承一が立っていた


医者から告げられた病名は【破傷風】


響子は泣き叫び、承一もまた響子を抱きしめながら号泣した

承一がマキを背負い、響子を支え家路に着いた


長女が亡くなったことを承一が姑に告げた

憔悴しきっている響子の耳に届いた姑の言葉に自分の耳を疑った

«親より先に死ぬとは、なんと親不孝な…隣近所に知れ渡らぬように静かに弔い、送ってやりなさい 跡継ぎのイサムでなかったのが不幸中の幸いや»


響子は愕然とし、泣きじゃくりながら嗚咽と共にその場で吐いた

温厚で母親思いの承一も、さすがに姑の言葉に我慢出来ず、大声で姑に歯向かい、全身を震わせて怒り狂った


戸籍から長女の名前が消えた

長女の欄には マキと記され上書きされた


役場での手続きが終わったあと、承一はその場で倒れたと、数日後に近所の人の話で知ることとなった響子


響子はずっと自分を責め続け、明るかった笑顔も消えた


そしてこの頃から、姑との暮らしが耐え難いものとなり、まさに生き地獄そのものだった





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