初まり
リストフ王国、ジーゼル市。
ベールを纏った女性が、レースの傘を刺して歩いている。彼女の名は「ルビィ•ダディック」。ただの魔法使いだ。
この日の空はまるで絵の具の灰色をぶちまけたかのような色。
お散歩にはあまり適した天気とは言えない。
だが、雨が好きな物好きもいるものだ。
おおよそ彼女もその1人なのだろう。
橋を渡ろうと一歩足を出した時、雨音に紛れて赤子の泣き声が聞こえた。
よく聞かないと聞き逃してしまう。
いや、よく聞いても聞き逃してしまいそうな声。
それに気づけたのは幸運だろう。
声のする方に行ってみると、カゴの中に赤子がいる。
しかも2人だ。
だがカゴは明らかに1人用だ。
そしてカゴの中に用意されている哺乳瓶。
それも一つ。
おそらく元々あった赤子が入ったカゴの中に、さらに新しく赤子を入れたのだろう。
ルビィの顔が少し歪む。
それは赤子に対する仕打ち。
命を雑に扱うことへの憤怒があった。
それを現実に戻したのは赤子の泣き声だった。
「よしよし…大丈夫ですよ」
そう言って2人の赤子を抱き上げる。
ルビィの身長はとても高く220cmもある。
そして顔を覗かせる。
ルビィの顔は、普通の人が初めてみるといつも「うわ!?」や「え…?」と恐れや困惑の声を漏らす。
身長も相まって、彼女は自分があまり好きではない。
しかし、2人の赤子は恐怖することなく笑っていた。
「えへへ、あぅ、んへぇ!」
「んきゃう!んばぁ!」
その姿はとても愛おしい。
また、その反応は身長、顔のことをたくさん言われてきたルビィにとって嬉しいことでもあった。
そこでルビィは決意した。
自分が育てると。
自分が母になると。
「今日から私があなた達の母になります」
そう優しい声色で赤子に言うと、赤子はさらに声をあげて喜んだ。
まるで歓迎をしてるかのように。
「2人の名前を決めましょうか。…青い髪のあなたは「ヒュバ」。紫髪のあなたは「サリファ」です」
新たな名前を告げると、2人は喜び疲れたのか眠ってしまった。
それもまた愛を加速させたのだ。
優しく2人を見るルビィ。ベールのしたの顔…いや彼女に人間の顔のパーツはない。
彼女は真っ白な肌と丸い輪郭。そして顔の中央に大きく閉じた一つ目がある、異種族系魔法使いだ。
だが優しく赤子を抱く姿はまるで聖母のようだった。
雨はいつのまにか止んでいる。