頼むからおはようと言ってくれ
[春の日差しが強い日に]
春の日差しが強くなってきた日のこと。
カチカチと時計が動く音が響くだけの静かな病室に〈ガラガラ〉とドアを開ける音が響いた。
「おはよう」
と呟き入ってきたのは、黒髪の青年。
悲しげな表情を浮かべ、ベットの近くの椅子に腰をかけた。近くの棚に花束を置き、目も開かない病人の顔を寂しげに見つめだした。
半年前君は子供を守って植物状態になってしまった。
君は頭がよかったからこうなるときっとわかっていただろうね。だけど、だけどね
僕はやめて欲しかったなぁ。
この病室に入るのもこれで何回目かな? もう両手でも数えられなさそうだね。
でも君は一度も起きてはくれなかった。
初めに来たのは確か、夏が終わりかけた頃。
本当に心臓が止まるかと思うくらいドキドキしたのを今でも覚えているよ。
いつも通り遊ぶ約束をしていたらいきなり君のお父さんから電話がかかってくるもんだから。
子供を助けるなんて本当に君はお人好しだね。
でもさ、無理はしないで欲しかったな。
「おはよう」って言葉が好きだった君は、いつ会ってもおはようって言ってきた。
深夜でも、昼でも、勿論朝でも。
だから君が目を覚めたらおはようって言ってくれるって信じてるよ。
もう一度あの天真爛漫な笑顔で言って欲しいな。
花が大好きだった君は、花を見かけるたびに花言葉を言い当ててたよね。
心の底から凄いと思ったよ。
それは昔、お母さんが入院していた頃に沢山話したからって言っててよね。
本当に君は家族想いだよ。
みたらし団子が好きだった君は、喧嘩しても団子をあげたら許してくれたよね。
てか、いつも団子がくるのを待っていたよね。味を占めた猫のように。
たまに意地悪して三色団子を買って行ったのが懐かしいよ。
病室に響く〈ピッピッ〉と鳴る機会。無機質な音だけが響く病室はこの一年で沢山の変化があったよ。
僕や君のお父さんが持ってきてくれた見舞いの品や、窓の外に咲く桜が季節によって変わる。今日は綺麗に咲き誇っているよ。
後は、どんどん機械が増えていったよ。
一個、二個何個も何個も増えるくせに減る事は決してなかった。
痩せてみる影もなくなった身体にガサガサになった髪。黒い髪の輝きはどんどんなくなっていった。まるで君の死期を伝えるように。
今日はトルコ桔梗を持ってきたよ。
どんな花言葉かわかるかな? 当ててみて欲しいな。
じゃあまたね。
君の声を聞ける日、楽しみにしているから。
青年は椅子から立ち上がり、病室を出ていった。まだ少し温もりの残っている椅子が完全に冷え切る頃、病人の鼓動が世界から消えた。
また世界に一つの静寂が訪れた。
〈十数年後〉
今日も桜が綺麗に咲き誇っているよ。
君のおはようは聞ける事はなかったな。
なんとなくわかってはいたんだ。
だけど、目を逸らし続けた。怖かったんだ。
君を失うのが、君とさようならを告げるのが。
君のおはようを聞けないと覚悟するのが。
君の墓の前、僕は昔のことを思い出した。
「おはよう! そうそうもし自分が死んだらみたらし団子添えてくれよ。」
「はいはい」
「約束だぞ」
「まずまずくたばらないでくれよ」
「ほーい」
あぁ、こんな事もあったな。
自然に出てきる涙を止めようともせず僕は歩き出した。
そんな事を思い男性が立ち去った墓には二つ入りのみたらし団子が一本無くなっていた。
桜が綺麗なこの日に、
『おはよう。そしてごめんね』
この声は決して男性に届く事はなかった。
その声の主はトルコ桔梗を一輪持っていた。
自分に希望をありがとう。
読んで頂きありがとうございます。
『頼むからおはようと言ってくれ』
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