キャッチボールin海霧
夏の海霧が好きだった。
俺が育った土地はとにかく海霧が出た。
その海霧だが、他の土地とは全く濃度が違う。
特に夏は濃い。
短時間で区域も限定とはいえ、ひどいときには数メートルほどしか視界が利かなくなるのだ。
自動車のライトなどの照明はもっと遠くから届くので事故に遭ったりはしなかったが。
そんな海霧が好きだったというと『湿気て嫌じゃなかったの?』と聞かれたりする。
実際母などは洗濯物が乾かないとボヤいていた。
しかし子どもだった俺にはそんなことは関係ない。
海霧の中ではいつもの遊びが全く違うものになる。
例えば鬼ごっこにしても足音は聞こえても至近距離に入るまで鬼なのか追われる仲間なのか分からない。
スロープを滑り降りるにしても数メートル先に現れる地形を見て、とっさにコースや体勢をコントロールしなければならない。
スリルのレベルが違ってくるのだ。
その日も遊んでいると海霧が濃くなって視界が利かなくなってきた。
「よし、キャッチボールするか」
「アホか!」
「死ぬわ!」
一緒に遊んでいたタケの提案をアッジと俺ことヒロは即否定する。
この視界の利かない中でキャッチボールなどすれば、自分の数メートル先に突如ボールが現れそれが自分に向かって飛んでくることになる。
スリルにも限度があるだろう。
ボールを食らって病院に運ばれる未来しか見えない。
「だって今日3人しかいないから鬼ごっこもイマイチだろ?大丈夫だって。ちゃんと用意してっから」
そう言ってタケは小さなリュックから白いボールを取り出した。
ボールは柔らかく、これなら当たっても怪我はしそうになかった。
「うん、まあ、これならいいんじゃね?」
「じゃあ散らばろうぜ。ミニミニライト持ってるよな?大体の位置分かるようにそれ足元に置いてやろうぜ。あ、誰か他の人近づいてきたら中止な」
「オーケー」
「わかったー」
それぞれ散らばってキャッチボールを開始する。
順番はタケ→俺→アッジで回していく。
最初は捕り損ねが多かったが次第に慣れてくる。
「おおっ、超ファインプレー!」
「ちょっと右に投げるぞー」
「俺、ナイスキャッチ!」
互いの姿は見えないが自分の反射神経が極限まで試されている感じが楽しい。
が、ふと気付くとタケの声が聞こえなくなった。
どうかしたのか声を掛けようとしたところでタケが投げるためにステップする音が聞こえて捕ることに集中する。
ボールは俺から見て左斜め上、やや高すぎるところに現れた。
と、突然ボールが軌道を曲げ、俺の目の前を横切って右斜め下に落ちてきた!
反応しきれずボールを取り落とす。
「うおおおっ!?なに!?なに今の!?」
「ヒロ、どうした?」
「タケがすげえカーブ投げてきた!」
「マジ!?」
運動神経いい奴だとは思っていたがこんな変化球を投げられるとは知らなかった。
ボールがいつもと違うせい?
なんかコツでもあんの?
その後は逆方向に曲がるシュートや落ちる変化球まで投げてきた。
捕り損ねも増えてきたが捕れるとめっちゃ嬉しい。
やがて送球の順番を逆回りにすると当然アッジが叫ぶ。
「え!?今のマジ!?初めて見たんだけど!?こんなん捕れねーって!」
「慣れれば捕れるぞっ」
「アレ捕ったの!?」
その後、また送球の順番を逆回りにしたところで、後ろの足音に気付く。
タケのカーブをなんとか捕って2人に呼び掛ける。
「あー、ちょっとストップー。人来たー」
そして後ろを振り向くと
そこにはタケが居た。
「え!?タケ、なんでここに居るの!?え?」
「なんでって。『今日は出路里庵でジュース30円で売ってるの思い出したからちょっと行ってくるわ』ってさっき言ったじゃん。買って戻ってきたんだけど?」
「……今このボールお前があそこから投げてきたんだけど」
俺はタケにボールを見せてそれが飛んできた方向を指差す。
そこには足下のミニミニライトの光だけが見えた。
それを見たタケは一瞬驚いた表情を見せた後、ポケットから自分のミニミニライトを取り出して言った。
「……あそこに居るのは俺じゃない」
「!?」
「何だかわかんねーけど……アッジー!こっちに来い!」
「え!?タケ?なんでそっちにいるの?」
「ア、アッジ、とにかくこっちに来い!」
タケに続いて俺もアッジを呼び、こっちに来たところで状況を説明する。
「ど、どーすんの?」
『何か』がいるはずのミニミニライトの明かり(本当にミニミニライトの明かりなのか?)の方を向いてアッジが怯えた顔で聞く。
俺も怖い。
だけどタケだけは怯えている感じがしないのが凄い。
タケはミニミニライトを向けたりしているがそんな光では『何か』は見えなかった。
と、タケは突然俺の手からボールを奪い取ると『何か』に向かって投げた!
ザッ、パシッっと『何か』の足音とボールをキャッチする音がした。
「いきなり何すんの!?」
「お前らだってあいつとキャッチボールしてただろ?」
「そういう問題!?怒らせたらどーすんの!?」
「それも含めてちょっと確認しようと思ってな。大丈夫だ。あいつは『悪いモノ』じゃない」
「ええ……?」
「そうなの?」
俺もアッジも疑問はあるが、経験上タケがこういう言い方をするときは間違いはなかった。
「つってもこのままじゃな……よし、行って確かめるか」
「いやいやいや!」
「ちょっと待った!……あ!」
『何か』に向かって歩を進めるタケを俺とアッジが止めたところで突風が吹いた!
あっと言う間に海霧が晴れて視界が利くようになる。
海霧が濃くなり出した頃は曇り空だったというのに、いつの間にか晴天だ。
『何か』がいた所にはミニミニライトも無く、ボールだけが置いてあった。
……いや、ボールの下に紙が敷いてあるようだ。
タケはスタスタとそこまで歩いていくとボールと紙を拾い上げ、こちらに戻ってくるとアッジと俺に紙を見せる。
そこには
アリガトウ
ウミギリ
とだけ書いてあった。
「俺たちと遊びたかっただけなんだろな」
「は……?」
「そういうことだったの……?」
戸惑う俺たちをよそにタケは明るく言った。
「とりあえずジュース飲もうぜ」
「そうだね……」
「つ、疲れた……」
こうしてその日俺たちはジュースを飲んで帰ったわけだが。
その後、海霧の出た日に「ウミギリさーん」と呼ぶと俺たちと遊んでくれるようになった。
このウミギリさんといろんな遊びをしたり、心霊現象に巻き込まれたりするのはまた別の話だ。