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六話

「こんな風に誰かと一緒に夜を一日過ごすのは初めてかもしれない」


「それは私も同じだよ」


 保健室に入ると、ベッドに横になる橘くん。私はその横に座って、橘くんの様子を見ていた。今までもこうやって一人で寝ていたのだろうか。それで昼は体調が悪くなるから寝たままで、夜になるとまた一人で教室で勉強してるんだよね……。


「ねぇ、琴里。少しワガママを言ってもいい?」


「どうしたの?」


「膝枕をしてほしいんだ。そしたら体調が良くなる気がする」


「いいよ。こっちおいで」


「ありがとう」


 橘くんの髪が当たって、少しくすぐったい。照れくささを感じながらも、橘くんが私の膝で落ち着いてることが今の私には何よりも嬉しかった。橘くんの心臓の音、近くだから聞こえる。どこか安心してしまう自分がいる。


「琴里、今日は本当に泊まってくれるの?」


「うん。お母さんには連絡してあるから」


「それならいいんだけど……」


 こんな状態の橘くんを置いて帰ることなんて出来ない。橘くんを一人にしたら、次の日には消えていなくなってるかもしれない。それは嫌だ。


 私は橘くんの隣にいるって決めたんだもん。仮の恋人だっていい。それで橘くんが思い出を作れるなら。


「僕が寝るまで琴里の話を聞かせて?」


「私の話?」


「そう。琴里は昼に友達とどんなことを話すの? やっぱり恋バナ?」


「橘くんのこと……」


「え?」


「名前は伏せてるんだけど、男の子のお友達が出来たよって話をしたの」


「そう、なんだ」


「それでその彼のことが気になるって話もした」


「……」


 今なら素直に言える気がした。橘くんとの距離が近いせいか、そういう雰囲気なのかはわからない。けれど、スラスラと思ったことが口に出てしまって……。


「僕のことが気になるの?」


「これだけ思い出を作ったら、それなりにね」


「それなりなんだ。僕は琴里のこと世界で一番好きなのに」


「それズルくない?」


「ズルくないよ。今なら耳を塞いであげるから琴里も本音を言ってみて」


 あまりにも直球で告白してくるから反則だと思った。


「わ、わかった」


「……」


 本当に聞こえてないみたい。なら、言ってもいいよね。


「わ、私も橘くんのことが好き……です」


「ありがとう琴里。キミの本心が聞けて嬉しいよ」


「ちょっ……耳塞いでるって言ったのにっ!」


「あははっ、ごめんごめん」


 からかわれちゃった。でも、橘くんの調子が少し戻ってきた気がする。


「琴里が可愛くて、またイジワルしちゃった」


「もうっ……」


 橘くんだから許すけど。私も好きな人には甘いな。


「琴里の元気な姿を見てたら、僕の体調も良くなってきたよ」


「ほんとに?」


「うん」


「嘘じゃない?」


「ウソじゃないよ」


「それなら良かった」


 体調を誤魔化したところで、また血を吐いたりしたらわかることだから、わざわざウソをついたりはしないと思うけど。やっぱり心配なものは心配なんだ。


「僕はそろそろ寝るね。おやすみ琴里」


「橘くん、おやすみなさい」


 橘くんはそういうと静かに目を閉じた。呼吸は安定している。良かった。安心した私は橘くんと一緒に意識を手放し、夜は更けていった。


 どうか、明日には橘くんの体調が少しでも良くなってますように……と神様に願った。


 橘くんの体調が良くなった気がするというのは本当にウソじゃなかったみたいで、それからしばらくは血を吐いたり体調が悪化することはなかった。だから、いつものように思い出を作った。


 ある日、私がお弁当を作って持っていくと喜んでくれて。『美味しい?』って聞いたら、歯切れが悪かったから私も食べてみた。すると砂糖と塩を間違えてたりしていて。

 それでも自分のために手料理を作ってくれた事実が嬉しくて喜んだんだよと言ってくれた。その言葉を聞いて、私はますます橘くんのことを好きになった。


 こんな幸せがいつまでも続けば良い……そう思ったのも束の間、別れは唐突に訪れた。


 それはいつも通り、真夜中に教室を訪れた日のこと。


「琴里、いきなりだけど僕と別れてほしい」


「え……今、なんて?」


「ごめんね。僕と今すぐ別れて」


「どうして? なんでなの?」


 みっともなく騒いでみせた。そうすれば橘くんが別れることを躊躇してくれると思ったから。


 橘くんは優しい。だから私が悲しそうな顔を見せれば別れずに済むかも。我ながら最低な作戦だ。情に訴えかけて泣き落としをするなんて女の子としては一番駄目なパターン。


 橘くんのことだから何か理由があることはわかっている。だけど、いきなりのことで頭が追いつかないのもまた事実で……。


「琴里。僕と出会った日のこと、覚えてる?」


「忘れるわけない! あの日、橘くんに出会えて本当に嬉しかった」


 今ではどうしようもないくらい橘くんのことが好き。嘘偽りなく誰に話すにも自慢の彼氏だと言うくらい、橘くんに夢中なんだ。橘くんしか見えてない。でも、橘くんは違ったのかな? もしかして、私以外に好きな子でも出来たの?


「なら僕が死ぬ前に恋がしたいって、琴里と仮の恋人になってほしいと頼んだのも覚えてるよね?」


「うん。それがどうしたの?」


「あれ、実はウソなんだ」


「えっ?」


「キミを好きだなんて言ったのはウソ。一目惚れしたっていうのも天使みたいに可愛いって言ったのも全部ウソなんだ」


「……」


 鈍器で殴られた衝撃よりも重く、ツラい言葉だった。それを言い放たれたとき、そのコトバが嘘だったら良かったのに……と思った。


 真夜中に出会い、突然告白されて舞い上がってた自分が馬鹿みたい。今の私は誰よりもカッコ悪くて醜い顔をしてるに違いない。真夜中につかれた嘘。私は過去のトラウマを無理やり思い出し、今起こっている現実から目を背けようと必死だった。


「別れたくない。私は橘くんとずっと一緒にいたい!」


 どんなに酷い言葉を言われてもいい。私は自分の心にだけは嘘をつきたくないから。嫌われたっていい。私の想いが橘くんに伝わるなら。


「やっぱり僕が好きになった琴里だね。キミならそう言ってくれると思ってた」


「……え?」


「僕はね? キミのことを本当に心から好きになってしまったんだ。琴里と一緒に色んな思い出を作っていくうちに、これが本当の恋なんだって気付いたんだ」


「橘、くん」


 その言葉を言われて救われた気がした。今まで私がしてきたことは無駄じゃなかったんだって。橘くんから、それをいわれたらもう思い残すことはない。いつ死んだっていい。


「でも本当の恋を知ったからこそ、僕はもうすぐこの世からいなくなる」


「ごめん。言ってる意味がわからなくて……」


なら、私と別れる意味って? 本当の恋を知ることがそんなにいけないことなの?

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